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神龍殺しは少女のために

神龍殺しは少女のために①

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 龍を殺さなければならない。

 もう一度、頭の中に刻み込むように口にする。
 龍を殺さなければならない。

 目を閉じれば少女の顔を思い出す。あどけない顔付き、小さな手で痩せこけた頰を隠しながら、俺のことを本気で心配していた。

 少女はそんなことを望んではいないだろう。だから、だからこそ、そんな少女がいるのだから……俺は龍を殺さなければならない。

 龍の前に立つ。息を潜める必要はない。相手は人間に攻撃された程度では死なない生き物なのだから、無造作に人間が近づいたとしても警戒の一つもしないだろう。

 一歩、また一歩、龍に身体を近づけていく。龍を狩るだけの用意はしてきた。

 最後にこの国で龍が狩られたのは、数十年前のことで、数千人の軍を以て追い詰めて殺したらしい。

 ……それに対して俺は一人。

「……まぁ、俺にとっては楽なもんだな」

 巨大なオオトカゲのような化物を見つめる。


 ◇◆◇◆◇◆◇

「……みんなが、きっといつか、幸せになりますように」

 慈悲深い誰かの声が聞こえて、寝ぼけていた頭が冴えていく。
 心地の良い感触。優しそうな誰かの声に導かれるようにして目を開ける。

 目を覚ますと知らない森の中だった。

「……はあ?」

 寝る前に何をしていたか思い出そうとする。確かコンビニに行って夜食を買って、新作のゲームを一晩中しようと思っていたが、思ったよりも面白くなかったからすぐにやめて寝た。

 ……それで、なんでこんなところにいるんだ。
 そんな風に呆けていた頭をツンツンと棒で突かれてそちらに目を向ける。

 子供だ。歳は十そこそこだろうか。
 あどけない顔立ちに警戒心の薄そうな表情をした、色白の少女。
 直線と曲線が入り乱れる独特の模様の仕立ての良い服の上に、絹に似た真っ白い着物のような上着を羽織っている。

「……生きてます?」

 こてりと首を傾げて、ペタリと朽葉の上に横座りする。

「……生きてます」

 同じ言葉を返しながら、グッと身体を起こすと、ガサリと体から朽葉が一斉に落ちる。それを払おうとすると、全身に苔のようなものが張り付いていることに気がつく。

「うげ、何だこりゃ」
「……石像って話すんですね。あ、石像さん、立てますか?」
「いや、石像じゃないが……」
 
 変なことを言う子供だと思いながら立ち上がると、脚に木の根のような物が大量に張り付いていた。
 少女が俺の脚に付いた木の根を掴んで、グイッと引き上げる。

 立ち上がって、何故か異様に固まっている身体を解して、改めて周りを見るが、やはり山の中だった。

「……知らないうちに拉致でもされたのか?」

 だとするとこの子供もその拉致グループの仲間か? ……いや、そうは到底見えないな。

「ありがとう。助かった。……ここどこだ?」
「いえいえ、ここはシルシ開拓村ですよ。石像さん」

 だから石像じゃない……というか、何で石像だと思われているのか。
 ガリガリと頭を掻くと、頭にキノコが生えていて引き抜く。

「あ、そのキノコって美味しいんですよ」
「……そうか、やる」
「えっ、あ、ありがとうございます。お礼にご馳走しますね! 石像さん」

 少女は笑みを浮かべ、パタパタと獣道を歩いていく。
 少し迷ったが、付いていかないという選択をしても山の中で迷子になりそうだと思ってそちらに向かうと……大地が揺れる。

 地震かと思って少女に飛びつき、木が倒れてきても大丈夫なように覆い被さるように抱き締める。
 そんな咄嗟の判断をした次の瞬間には、地震ではなかったことに気がつく。酷い耳鳴り、山の中から音が消えるような感覚……俺の腕の中で耳を押さえている少女を見て、理解する。

 今のは地の揺れではなく……音だ。あまりに大きい音で全身が震えて、地震と勘違いしたのだ。
 呆気に取られていると、腕の中の少女がモゾモゾと動く。

 寄せるようにして身体を丸めた少女は俺に抱き締められたまま顔をこちらに向けて、赤らんだ頰をゆっくりと動かす。

「あ、あの……ま、守ってくれようとしたのは分かるのですが、その……す、少し恥ずかしいので……」
「あ、わ、悪い」

 恥じらっている少女の様子に急いで手を離す。顔を赤めたまま少女は俯き、恥ずかしそうに俺の方をチラチラと見つめる。

「……あ、あの! 今のは、アレが正体です!」

 少女が誤魔化すように指差したそれは……遠くに見える、木よりも遥かに背の高い何か。
 ほんの少しトカゲに似ているように見えるが、サイズもおかしい、色も赤いし、何より翼が生えている。

 それはまさに。

「……龍?」
「そうです。アレが吠えたんです」

 それはノソリと動き、こちらを見据える。思わず少女の肩を抱き寄せて一歩下がると、少女は再び恥ずかしそうに身体を縮めながら俺の方に目を向ける。

「あ、あの、今襲われるってことはないので……」
「悪い」
「い、いえ……」

 真っ赤にした少女は、ペコリと頭を下げて恥ずかしそうに笑みを浮かべた。

「ありがとうございます。守ろうとしてくれたんですよね。私は、ニエって言います」

 強大な龍の姿に震えていた俺の手を、ニエは恥ずかしそうにギュッと握り込んだ。

 ◇◆◇◆◇◆◇

 震えはとうに、消えた。
 未だに思い出す手の温もり、背筋が凍るような龍の視線を感じながらも、確かに俺はここに立った。

「お前は、龍は……人よりも強く賢く気高く美しい。そう聞いた」

 龍がのそりと、首を上げた。

「お前は、あの子のために死ね」

 振り下ろした短刀が、カツン……と妙に静かな音を鳴らして、たった一枚の鱗に弾かれた。
 まぁ……こうなるに決まっている。まるで金属のような鱗に呆れながら、短刀を鱗の隙間に突き入れて、テコの原理で引き剥がす。

 唸り声が響く。巨大な脚が動く。
 山が揺れて、多くの鳥が一斉に飛び立ち羽ばたいた。

 さあ、かかってこい。
 龍が立ち上がったのと同時に、全力でその場から退避する。すると龍は再び腰を下ろし、俺が再び龍の元に行こうとすると龍は吠えた。

 ビリビリと頰に振動が走りつつ、手に持ったスリングショットに石を乗っける。狙うのは龍の眼球……俺が放ったそれは綺麗な放物線を描いて龍へと飛び、龍の小さな身動ぎで目から外れる。

 まぁ、どうせ当たらないとは思っていた。重要なのは敵対することだ。
 再び立ち上がった龍は、その巨体を動かして俺を睨んだ。

 何か物理的な変化が起こったわけではない。だが、それでも理解する。
 ああ、これが世界で最も強い生き物なのだと。格が違う。ただの日本人が勝てるような相手ではない。

 再びスリングショットに石ころを込めて、腕の振りと合わせてそれを飛ばす。当たらないが、龍が目に当たるのを避けて動く。
 それが俺の持っている唯一の勝機だ。神と崇められる龍の唯一の殺し方……動かして、動かして、動かし続けて、飢えて死ね。

 ……殺して見せよう、この龍を。だからニエ……君はもう、いい子じゃなくていい。

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