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松岡さんの夢が叶う

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私は一応、就活生だ。就活をしている。

就活はしている。

そう、しているのだ。

だが、胸の中で感じるモヤモヤがこの頃収まる気配がない。

このモヤモヤは、何なんだろう。

 分かるのは、就活が決まらないこと。

 そう、一番それが重要だ。

 やることは、やっている。

でも、就活は順調なのだ。

もう少しで、出版社の会社に決まりそうなのだ。

その会社の最終面接までいったのだ。

 前みたいに、変なミスをしないように事前にきちんと準備する。

最終面接は、明日だ。

「陽琉、明日だろ? 今日来ても大丈夫だったのか。また、ミスするんじゃないんか?」

 松岡さんは、ピヨを抱き胡座をかいて私に言った。

その仕草にドキっとしている自分がいる。いやいや、ないない。

「し、し……失礼ですね。大丈夫ですよ。やるときはやりますから」

 その気持ちを悟られないように自分の胸をバンと右手で叩いた。

「まあ、そんな自信あれば大丈夫か。そういえば、コバと昇哉さん、頑張ってんな! 昇哉さん、忙しいのにね。有難いね」

 ねぇ、ピヨ、ねぇと彼は甘える声でピヨに話しかけていた。

いつも、ピヨと話しているが返事もしない動物に何を感じるのだろう。  

彼は動物から愛情を求めているのだろうか。

まだ、私が知らない彼がいるかもしれない。


コバさんは、カメラマンになるために頑張っている。

カメラマンは、くるみさんのお客様として来ている大手企業の一番真面目な印象があった昇哉さんに来てもらうことになった。

昇哉さんに説得してくれたのは、くるみさんだ。

 どういうふうに説得したのかよく分らないが、昇哉さんにとって都合がいいことらしい。

 ここに来る時に、少し口を緩めつつニヤニヤしていた。

 松岡さんは、何も言わずに対応していたが、私の隣にいたコバさんと私は目が合った。

 多分同じことを思ったので、話をしたかったのかと思えた。



「同じこと、思ったよな?」

 彼から珍しく話しかけられ驚きを隠しきれなかった。

だが、そんなことも彼の表情を見て忘れてしまった。

 いつもは怒っている顔しかしない彼が真顔に聞いてきたので私は笑いそうになった。

「……昇哉さんどうしたんでしょうね?」

「なあ、あの人初めて会うけど。何かありそうだな、くるみと」

「はい」

 話終わった後、コバさんは松岡さんに呼ばれて、昇哉さんを紹介されていた。

 私はその一部始終を見ていた。

 昇哉さんは、私を覚えてくれたのか言葉を交わさずに目を合わせてお辞儀をしてくれた。

 私も遠慮気味にお辞儀をした。


昇哉さんは、松岡さんに案内された。

前にくるみさんと話していたテーブルで話し合いをしているのだ。

 この前のくるみさんと昇哉さんの情景が頭から離れない。

彼女と彼の関係が気になってしょうがない。

松岡さんは呑気に胡座をかいて、ピヨとじゃれていた。

 コバさんと昇哉さんは、真剣に話しあっているのに、この人は。

「松岡さん、ピヨとじゃれあってないで。なんかしたらどうですか?」

「今してるよ。ピヨとじゃれ合ってるよ」

「いや、そういうことじゃなくて。古本を整理するとか、なんかあるでしょ」

「……陽琉。俺がすることは夢を叶えてやることなんだよ。それを見届けること、それだけ。古本を売るのは大事だよ。生活かかってるしね。大事なのは、人生で何を成し遂げるかだよ、陽琉」

私は松岡さんが言ったことを黙って聞いていた。

 彼に言い返すことが出来なかったからだ。

確かに言っていることは、正しいかもしれない。

 しかし、彼はこの古本屋で生活出来ているのかと他人であるが心配になる。

 ましてや、従業員の夢を叶えるためにお客様を呼んで本を買ってもらい、お金は入ってくる。

 コバさんやくるみさん、私の分のバイト費までやったら、無くなるのでないかと思えた。

「陽琉? どうした? 大丈夫か」

「あ、はい。大丈夫です」

 私がそう言いかけた時、ガラっとドアが開く音が聞こえた。

「今お取り込み中なんですが、何か……」

 松岡さんは、遠慮がちに言った。

「陽和さん、昨日はどうも」

 見知らぬ太めの男は、礼をしてアナウンサ―みたいに発音がはっきりしていた。

「太橋さん、昨日はありがとうございました。あ、冷えてるビ―ルあるんで、呑んでいきませんか?」

「いや、今日は遠慮しておくよ。すぐ済むから。総理入ってきて下さい」

 太橋さんはそう言って、後ろを振り返り、総理? という人を呼んだ。

 あだ名かな? まさか、本当の総理とか?

そんな訳ないよね。

「だから、総理って呼ぶのやめないか、林さんにしてくれ」

 心の中で呟いていたら、そこにいたのは小柄な男性であった。

 どこかで見たことがある。

   昨日どこかで。

「あ、林総理大臣!」

 あ、と口にあて、思ったことを口にしてしまった。 


どこかとは、テレビで見たのだ。

松岡さん達は、私を見ていた。

私の大きい声に反応して、コバさんと昇哉さんは、なんのことだと言わんばかりに立ってドアの方に歩み寄ってきた。

「……親父、なんで……ここに。太橋さん、どういうことですか?」

 松岡さんは、太橋さんを怒ることもなく、今起こったことが信じられないのか目をこすっていた。

くるみさんが言っていたことは事実だったのだ。


林総理大臣が松岡さんの父親。

林総理大臣は、白髪で少しやつれていて、目元にはクマがあった。

日本のために、仕事を頑張っているのだ。

その姿は、一生懸命に誰かの夢を叶えようとしてくれる松岡さんの雰囲気に似ていた。


「聞いてくれ、陽和さん。俺は会社の経営には詳しいけど、ここでネコカフェと古本屋を融合させるのはどうかなあと思ってたの。でも、陽和さんに言わなかったけど、総理とは昔から付き合いがあってね。総理にそのことについて言ってみたんだ。そしたら、いいんじゃないかって。総理が決めたことではない。ただ、ネコカフェというものに俺が興味を示すようになったんだ」

 太橋さんはそう言ったが、それはまるで総理が決めたことのようだった。

 彼は林総理大臣を見て話をして下さいと言っていた。

「なんだよ、親父。なんでなんだよ。なんで、いつも。親父が」

 松岡さんは、髪だけは整えられていたが、顔は我を失っているようだった。


「陽和」

「俺の名前を呼ぶな」

「お父さんは、お前に悪いことをした。謝りたい、それだけだ。償いとして、ネコカフェは立ててもらいたいと思っている」

「……」

 松岡さんは、黙っていた。

 黙っていたら、彼の横をコバさんが通りすぎた。

「コバ……いいから」

「よくない。ひよっちは黙ってて」

 コバさんは強気な言葉で彼に言うと、林総理大臣に話しかけ始めた。

「総理いや、林さん。ひよっちには、一切近づかないって約束しましたよね」


「……ああ。お前は、あの時の少年か。大きくなったな。確かに、約束した。でも、親だから顔見たいのは当然だろう?」

「……お前はひよっちの気持ち分かってないんだよ。才能見極め人と称されていたひよっちは、会社に勤めてからネコカフェの夢が諦められなかった。だから、会社を辞めてから、人望の厚かった会社に片っ端に電話したんだよ。従業員が揃ったら、夢を叶えたい従業員の思いを叶えてくれって。何度も頭を下げて、だから今の店があるんだよ。お前は知らないだろうけど、俺達の知らない所でバイトしてお金貯めて、やっと夢叶えられるかもしれないって時になんでお前が入ってくんだよ!」

 ……才能見極め人。昇哉さんが、あの松岡さんだからって言った理由これだったんだ。  


そんな凄い人だったとは。

ってか松岡さん、どういう会社で勤めてたんだ?

コバさんが林総理大臣に言いたい事を言った瞬間、松岡さんが低い声で話しかけてきた。

「……コバ、俺がバイトしてるの。知ってたのか?」

 コバさんは笑顔で答えた。

「ひよっち、知ってたよ。夜に散歩してたら、コンビニでバイトしてんだもん。驚いたわ」

 彼は、コバさんに無理な笑顔を作っていた。

「ありがとな。でも、これは俺の問題だ。コバは、昇哉さんと話の続きをしろ」

「……分かった」


コバさんは、松岡さんの言うことを聞きいれて、素直にテーブルへ戻った様子であった。  

だが、昇哉さんにはトイレに行くと言ってその場を離れたようだった。

「陽和。いい友達持ったな」

「親父、ネコカフェはやってくれるんだろうな」

「ああ、責任は太橋さんが持つよ」

 林総理大臣は、太橋さんを見て言った。

 太橋さんは頷いていた。

「……分かりました。では一つ条件があります。ここで作るにあたり、私の希望通りにして作っていただきたい」

 林総理大臣は、松岡さんの目を凝視して頷いていた。

「……いいだろう。その条件は叶えてあげられる。ねぇ、太橋さん」


当たり前のことだが、彼にとっては林総理大臣と太橋さんが信用ならなかったのだろう。

だからこの条件にしたのだと思う。

林総理大臣は、最後の言葉のねぇが太橋さんに圧力を掛けているようであった。

 間を置いて太橋さんは、は、はい勿論ですと言っていたが、林総理大臣の言葉に強張っているように見えた。

「……今日はわざわざありがとうございました。太橋さん、後日会いましょう」

 松岡さんは、二人に礼をした。
だがその様子は、敬意を示しつつも顔は睨んでいるようであった。

「……陽和……では帰るとしよう。太橋さん」

 松岡さんを見てから林総理大臣は、不敵な笑みを浮かべながら言った。


「……はい。では、また連絡しますね。話はついたので、帰りますか。総理。では、またね。陽和さん」

「はい、ではまた」

 松岡さんは、ひきつっている顔を笑顔にしながら返事をした。

 ドアの閉まる音が耳の中で繰り返し、リピート再生されるかのように林総理大臣がいたという現実が古本屋『松岡』に突き刺さった気がした。

古本屋『松岡』だけではなく、松岡さんにも。

彼の心の傷がようやく分かった。

 理解しても何もできない自分がいるけど、彼の悲しい表情だけは見たくないと思えた。

 彼が傷つける根本的な原因は何なのかを知りたい。


「松岡さんの父親って、林総理大臣なんですか? 初耳ですよ、俺」

 林総理大臣と太橋さんは帰っていたので、口を出していいと思った昇哉さんは言った。

「親父です。本当の父親ではないですけど」

「……そうだったんですか」

 空気を読んだのか、彼に何も聞かずに返事だけをした。

 すると、コバさんの姿が見えない。

「コバさんは?」

「小林さんのこと? それなら、多分トイレだと思うけど、トイレにしては長いね。どうしたんだろうね」

 松岡さんは、黙っていた。

「私、見てきます」

 知りたいんです、松岡さん。

どのような心の傷を持っているのか。

「陽琉、いい俺が行く」

「……いいや、私が行きます。そんな顔でコバさんに会えますか?」

 私は、はっきり彼に答えた。

 コバさんが心配なのは分かるが、今は自分自身を心配してほしい。

松岡さんは、げっそりした顔をしていて、さっきの明るい表情とは違い、疲れている様子だった。

「……明日の面接は、もうバッチリだな。分かった。俺の代わりに行ってきてくれ」

「分かりました。行ってきます」

 私は松岡さんに返事をして居間に向かった。

だが、トイレに行っても何処を探しても見つからなかった。

 裏口から外に出て、コバさんを探すことにした。

 歩いても、一向に見つからない。


近くに小さい公園があった。

そこに、ブランコがあり、ゆっくりと誰かが動かしていた。  

誰かなとふっと見ると、変な恰好をしているコバさんだった。

 駆け足でコバさんの所へ向かった。

「コバさん」

 彼は、ブランコの下にあった砂を足で子どものように蹴飛ばしていた。

 私が彼の名前を呼ぶと顔を上げた。

「お前、なんでここに」

「だって、トイレ行くって昇哉さんに言って、どこにもいないし。だから、外にいるかなと思って、探してたらコバさんいたんで」

「……なんなんだよ、お前」

 両手に頭を抱えて元々髪がグチャグチャであったがもっと乱れていた。

でも嬉しそうに言っていたように見えた。


「心配してますよ、松岡さん。答えたくなかったらいいんですけど、あの林総理大臣となんかあったんですか?」

 さりげなく私はコバさんに聞いた。

「……俺たちは中学一年生に出会ったんだ。ひよっちは、転校生としてやってきたんだ。ひよっちの親父は、まだその頃は総理大臣じゃなかった。新米の議員だった。来る前から父親が議員だって噂になって知ってたけど、面白くて楽しい奴だったから。すぐみんなと仲良くなれたんだ。ある時だった。あの時から変わり始めたんだ。あの親父は」

「あの時って?」

 私は首を傾げた。

「……ある派閥に入ったんだ」


「派閥?」

「ああ、あの親父は一番たち悪い派閥に入ったんだ。本当に悪い噂しか流されない派閥だったんだ。そんな所に入るのは少人数だった。その少人数にあいつが入ったんだ。入った本当の理由は、俺はよく分からない。でもひよっち言ってたんだ。親父すごい人になるんだ。やっぱ親父はすげぇやって。あの噂は知ってたと思う。でも尊敬してたんだよな」

「松岡さんは、そんなに林総理大臣を尊敬していたのに何でですか?」 

ジッと私を見てから目を逸らして、晴れている空を見た。


「……あの空みたいにあの親父は晴れ過ぎていたのかもしれない。真っ直ぐで上しかみてなかったんだよ。ひよっちの気持ちは置き去りにして」

「林総理大臣が、松岡さんの気持ちを理解していなかったからですか。それは忙しいから仕方ないことではないのですか?」

「お前、分かってないな。あいつはな、お前が思っているほど余裕なんてなかったんだよ。あいつは、ひよっちが大好きなネコを殺したんだよ」

 私は目を丸くした。
まさか、あの林総理大臣が。

議員に優しくて、国民の支持を集めている人が。

「え? あの林総理大臣がまさか」

 コバさんは、ブランコから降りて言った。


「そのまさかだよ。あいつは、政治界に入ったのは総理大臣になるためだからなんでもやってたよ。どんな仕事でも。あの派閥に入ってもっとストレスが溜まったんだと思う。それで、ネコにあたったんだよ……事件は、ひよっちの家で起こった。俺とひよっちが、ネコで遊んでいたんだ。本当、可愛くてな。もうずっと遊んでたよ。遊んで帰る時だった。突然、ドアから入ってきたんだ、あいつが。俺たちは必死で止めたけどあいつは、ネコを取り上げてズボンからナイフを取って……」

 彼はズボンからタバコを出して、俯いた。

彼の言葉を読み取るように、私は彼の変わりに口にした。

「殺した」


人間は殺したという言葉を簡単に口にはしてはいけない。だが、事実を受け入れなくてはならない。

「ああ、だから。その時、携帯で警察に通報しようとした。でもあいつは警察に通報したら、あんたらどうなると思う? って、言ってきたんだ。俺たちはあいつに殺される、ここから、逃げなきゃって。だけど、ひよっちは呆然とあいつを見ているだけだった。俺はただあいつに言ったんだ。もう、ひよっちとは一切会うなって。俺たちは、その場から逃げ出した。窓から。あいつは俺たちに返事もしないで何故か笑ってたよ。それからひよっちは、俺の家に住むことになった。俺の家は、ばあちゃんだけだから。何も言わないで住まわせてくれたよ」

 タバコに火を付けて、そのタバコの煙が彼の悲しさを表しているように見えた。


「……私、何も知りませんでした」

 私は本当に何も知らない。

彼のおかげで自分が何をしたいのか見つけようと思えるようになったのに。

何も、彼の気持ちより自分のことしか頭になかった。

私を見て、タバコをプハーと息を吐いて彼は言った。

「いいんだよ、知らなくて。別に。でも、お前がいてくれてよかったかもしれねぇな、ひよっちも」

「はい? どういう意味でしょうか?」

 コバさんはタバコを地面に捨てて、乱暴に踏みつけて照れ臭そうに言っていた。

「なんでもねぇよ。それはいいとしてネコカフェ。ひよっち、引き受けたのか?」

「……引き受けてました」

 彼は、呆然としていた。


「なんでだよ! あ――戻るぞ!」

 乱れている髪をまたグチャグチャにして、彼は地面を蹴り飛ばしていた。

「え? ちょっと待ってください」

 コバさんが急に走って行くので私は慌てた。

「早く行ってるぞ―!」

「え? ちょっと待って―!」

私は彼が急いで行くので、私より足が速いコバさんの速さにはついていけなかった。

 待ってよ―!

私はコバさんに一生懸命ついていき、古本屋『松岡』に着いた。 

ガラっとドアを開けた。

「ひよっち、なんでだよ!」

開けると、コバさんが怒鳴り声を上げていた。

松岡さんは両手で腕を組み、黙って椅子に座っていた。



「……落ち着け、コバ。話したいことは分かる。陽琉」

 松岡さんは私のことに気づいたのか、私の方を見て言った。

その場所には、コバさんと松岡さんしかいなかった。

 昇哉さんはいなかった。

多分松岡さんは、昇哉さんに今日は帰った方がいいかもしれないですねと適当なことを言い、帰らせたのだろう。

「コバさん、松岡さん」

 コバさんは、怒り心頭に怒っていた。

「陽琉、コバから聞いたか」

「はい」

「……コバ、陽琉。聞いてくれ」


「なんだよ! ひよっちが、あんな奴の手助けで、夢を叶えるなんて思わなかったよ。本当になんでだよ! ひよっち。俺、わかんねぇ―よ!」

 テーブルをバンと叩いて、コバさんは猫背気味で椅子に座った。

松岡さんは、目を瞑ってまた目を開き静かに口を開いた。

「コバ、陽琉。俺はね、夢を叶えるって。簡単なことじゃないんだと思う。いつも、俺はコバ達に夢は叶うって言っているけど。本当に簡単じゃない。でも、夢は叶うって信じることが大切だと思う。俺は夢っていうのはどんな形にしろ叶えたいと思うんだ。だから、俺はネコカフェを作りたい!」

「……ひよっち」

 真剣な目をして、コバさんは松岡さんを見ていた。

「松岡さん」

 私は立っていたので、コバさんの左隣に座った。


松岡さんは、コバさんの真正面に座っていたので私はコバさんと松岡さんの真ん中に座った。

「夢を叶えたいっていう、ひよっちの気持ちは分かる。でもなんであいつなんかに……」

 コバさんは、右手を握りしめて私が見たことがない怖い表情をしていた。

怒りというよりは憎しみな表情を浮かべていた。

「コバ。言いたいことは分かってる。俺は夢を叶えるならこのチャンス逃したくない。もしかしたら、失敗するかもしれない。でも、一パーセントでも信じてみたいんだ」

 私達を交互に見ながら今までにない真面目な顔で彼は言った。

 コバさんは頬杖をつき、納得していないような表情をして黙っていた。



「……言いたいこと分かった。ひよっちが、それでいいなら俺はもうなんの反論もしない。でも俺から言わせて。本当にこれでいいの?」

 頬杖をするのをやめて彼は真っ直ぐに松岡さんを見ていた。

 その様子を私は交互に見ていた。

「……ああ、俺が考えたことだから。はっきり言って、ネコカフェを作るのは、親父は関係ないし、ただネコカフェを作るのにあたって了承してくれただけだ」

「……そうかな? それだけならいいけど」

 コバさんは、本当? と疑っている顔をしていた。

「大丈夫だ! 心配するな」

「……ひよっちがそう言うなら」

「はい、この話は終わり。だから、そんな顔するな」

 コバさんは、まだムッとした表情を浮かべて、松岡さんを凝視していた。

私はコバさんを慰めるためにこう告げた。


「大丈夫ですよ、松岡さんなら。コバさん」

「……本当? ひよっち」

 松岡さんは頷いた。

「ああ、だから大丈夫」

「分かった。でも、なんかあったら俺に相談しろよ」

 松岡さんは笑顔で微笑んだ。

「分かった、ありがとな」

「ふん、別に」

 コバさん、素直じゃないんだから。

 私はコバさんと松岡さんの様子を見て、クスっと笑った。

「なんだよ!」

「なんでもないですよ。ふふふ」

「陽琉が笑うなんてな。あはは」

 松岡さんは、笑っていた。

それを見て、コバさんは、安心したのか彼の笑いに釣られるかのように笑っていた。

コバさんの笑顔は、優しくて、太陽のように光っていた。

松岡さんとコバさんは、お互いを大切にしながら接しているんだ。

 松岡さんの知らなかった過去。

 あんな顔をする人なんて、思わなかった。

私ならあの人を笑顔にするのに。

あれ? え? いや、まさかね。

 私は松岡さんを見た。

「どうした?」 

「いや、なんでも……」

「顔赤いぞ」

 そう言って、松岡さんは私に近づき私のおでこを触った。

「以上ないな。うん? また、赤くなってるな、大丈夫か」

「……」

「ふ―ん、なるほどね」

「え? 何がコバ」

「ひよっちはそういうの鈍感だからね」

「だから何が」

必死な顔をして彼は知ろうとしていた。

「自分で考えてみたら? 俺は知らない」

 コバさんは意地悪そうな顔で舌を出して、立ち上がり居間へと行ってしまった。

 教えろよと松岡さんは言って、テ―ブルに座り考え込んでいた。

「陽琉、本当にどうしたんだ?」

 彼の顔は、本当に私のことを心配しているようだった。

だが、言えるはずがない。

「だ、大丈夫です。きょ、きょ、きょうは失礼します」

私は礼をして、逃げるように帰った。

外に出て、私は近くにあるバス停まで息を切らして足を止めずにダッシュで駆けていた。   


自分の手で頬を触ったらまだ赤かった。

このモヤモヤはなんなのか分からなくて悩んでいたが、今分かった。

 そう私は松岡さんに恋をしたんだ。

「もう、ヤダ。なんでよ、もう恋なんてするもんじゃないのに」

 私は空を見上げた。

さっきは雨が降っていなかったのに、小ぶりに雨が降っていたみたいだ。

歩いている人は、傘をさすのをやめて傘を閉じていた。

 上を見上げたら眩しくて、目が開けられないほどの晴天に変わっていた。

 私の気持ちはこの晴天みたいに輝いているはずなのに、何故か不安な気持ちでいっぱいであった。

 その時は、本当に仕事が決まるのか。

 また、恋に対して臆病な私に恋をして実るものなのかという不安の連鎖が連なっていたのだ。

 夢を叶えるというのは、どんな手段でも叶えるべきなのだろうか。
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