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夢を提供する場所

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松岡さんに会って、二日経った。それから松岡さんから連絡があった。

 帰り際、メールアドレスと電話番号を聞かれて答えた。それで、連絡がきたがその連絡は、たった一言。

 今日、十四時から来れるか? と書かれていたのだ。

 …午後は授業も何もなかったので、行くことにした。

 大丈夫です。了解です。とメールに打った。

「どうしたの。なんか嬉しいことあった?」

 夏帆はスマホを弄り終えて、私の方を向き直して聞いてきた。

 大学の授業が始まる前、狭い教室で私たちは授業の時間になるのを待っていた。

「いや、なんで? そんなことないよ」

「いや、あったね! 顔が柔らかくなったもん」

 私は自分自身の顔を触り始めた。
いや、そんなことはない。

 A会社は不合格になったしそんないいことなかったけどな。

 でも、ひとついいことというか。まあ、楽しいことはあった。

「ないよ」

「もしかして、就活終わった?」

 口にコ―ラ―を含ませてから、教室にあった時計を見て言ってきた。

「…いや、終わってはない。でも楽しいことはあったかな?」

 そんなことを言いながらスマホをロック解除にして、私が大好きな歌手のツイッターを開いて見ていた。

「…なになに。珍しい、陽琉がそんなこと言うなんて」

 夏帆はゴホゴホと咳き込んでいた。

 気管に入り込んだのかコ―ラを飲むのをやめて、私の方を見た。

「…なんでもないよ。でも、自分を見直すことが出来たよ」

 夏帆が、はあ? 何それと言った途端、先生がきた。

 一三時五十分

 古本屋『松岡』に着いた。

「……来たけど。ここでアルバイトだよね。     
アルバイトは初めてじゃないけど、大丈夫だよね。自分を見直す為に」

 独り言を呟き、古本屋のドアを開けた。

「……こんにちは」

 松岡さんは椅子に座り、新聞を読んでいたのか眼鏡をしていてお茶を飲んでいた。

 もう、おっさんじゃないか。

 本人に言えるはずないが。

 だが、眼鏡をしている松岡さんも中々かっこいい。

「お、こんにちは。来たか―」

「はい」

「よし、待ってよ。今、持ってくるから」

 新聞をたたんで、机に置いてから立ち上がり、ネコ柄のエプロンを持ってきてくれた。

 やはり、ネコなのね。
 
 嫌いじゃないけどと思いながら持ってきたエプロンを見ていた。

「ありがとうございます。私は何をすればいいでしょうか?」

「あ―、そうだね。まあ古本の整理とか、会計とか、客が来たら適当に対応して―。あ、会計はそこにお金があるから―後は任せた。俺は、ちょっと行ってくるわ」

「え? 何処に」

 松岡さんは、人差し指を口に当てて私に言った。

「内緒!」

「はあ―」

 アイドルみたいなウィンクをして、松岡さんは私に言ってきた。

ため息というよりも、引いていた。

ってか、初めてアルバイトの者をひとりにしていいのかよ。

「あ、もう少ししたら、陽琉の頼りになる人が来るから、頑張ってね―」

 そう言って、松岡さんは行ってしまった。  

 やはり誰か来るのね。

 良かった―安心したと思ったが、ひとりになると不安になる。

 昨日、古本屋『松岡』のバイトをすることに決まったが、夢を叶えるためなのか自分でも分からない。

 でも就活をやり直して、自分が何をしたいのか見つめ直したい。

 それだけははっきりしている。
 
 でも夢を叶えるとしたら現実問題、小説家になっても金銭問題がある。

 才能がなかったら、一生小説家になれない可能性もある。

 二二歳、まだ時間はあると思うが、実際すぐに時間は流れる。

 だから、夢を諦めて前に進む方が人生にとってはいいのかもしれない。

 だが、私が楽しくない職業に就いて、楽しいのかと疑問に思う。

 二二歳って大人だと思っていたが、いつまで経っても子供だ。

 古本の周りを歩き、本を見ながらどのくらいの本があるのか見ていた。

「だから、あなたには関係ないでしょ!」 

 バンというドアが開いた音がしたので玄関に行ってみると女性がいた。

 私は唖然とした。

「……」

 右手にスマホを持ち、誰かに電話で話していたようだ。

 ドアを足で蹴って来店してきた。

 なんと迫力のある人だ。

 来店してきた女性を見た。

 女性は、胸が見えそうなワンピースを着ていて、綺麗な黒い長髪をしていた。

 左手に持っていたカバンが全開に開いていたので、優しい方なのかもしれない。

 女性は立ち止まり、カツンカツンとヒールの音がする中、私の方へ近づいてきた。

「あなた、ここで働いている人?」

「あ、はい。そうです」

「あ―、陽和が言っていた。アルバイトの人ね。はいはい」

 女性は、私の全身を見つつ、自分の顎を右手に当て私をみてきた。

「え? はい?」

「…ふーん。陽和もこんな人をアルバイトにしたんだ。ふーん…」

 顎を右手に当てて、私をずっと見てきた。

「…なんでしょうか?」

「あ―、私ここで働いている者でくるみって言います。以後お見知りおきよ」

 え―、まさかの先輩! まじか。頼りになる人が来るって言ってたな。

「……よ、よろしくお願いします!」

「あ―はいはい。よろしく」

 そう言って向かったのは、奥の部屋であった。

 ヒールを乱雑に脱ぎ捨てて、戸を開けたままカバンを置き、ネコ柄のエプロンを出した。

「え―と、あなた名前なんて言うの?」

 くるみさんは口にゴムを加えながら髪を結んで靴を履き私を見上げた。

「小松陽琉です」

 私はそう言い礼をした。
 くるみさんは私をずっと見てきた。

 何かなと思っていた時、くるみさんが話しかけてきた。

「あなた、陽和は私の恋人だから」

 くるみさんはそれだけ言い、本を整理し始めた。え―と、松岡さんの恋人!

 え―! なんで私にそんなこと言うの。別に松岡さんの恋人とかどうでもいいですけど。

「はあ、分かりました」

 私は呆然と立ち尽くして、私は言った。

「あなた」

 くるみさんは、また私に話しかけてきた。

「はい、なんでしょうか?」

「そこ掃除して。汚くなっているでしょう」

 そことは、古本屋の床掃除を任された。

 確かに汚くなっていた。全然気づかなかった。


「あなた」

「はい?」

「この店の仕組み、分かってる?」

「あ、それならさっき松岡さんに会計とか本の整理とか客の対応をすれば大丈夫と言われました」

「そういうことじゃないの」

 くるみさんがそう言った時、大きい胸が揺れたのは女の私でも見逃さなかった。

「え―と、なんですか」

「あなた何も言われてないの。じゃあ、私が説明しなきゃ分からないか。あなた、夢ある?」

 くるみさんは、諦めたようにため息をついて聞いてきた。

「……え―と、なんでそんなこと聞くんですか?」

「はあ、本当に何も聞かされてないのね。私が、あなたごときで心配することなかったかも。この店は、夢を提供する所なんだよ」

「夢を提供する所?」

「そう。ここは、夢を提供するところで私達は、夢を持っている人しか雇われないんだ。だから、夢を持っているか聞いたんだよ。私は、モデルになりたくて、陽和と偶然会ってここに勤めるようになったの」

 偶然か。そんなことあるのかな。

「……私は」

 私の夢は小説家なのかな?
でも、本当になりたいの?

「それであなたの夢はなに?」

 くるみさんは、本を奥にしまいつつ掃除している私に言ってきた。

「…一応、小説家です」

 私は、今思っている夢を口にして、はいと頷いた。

「……ふ―ん、そう。陽和はこの子入れたんだ。でも、この店は、あんまり客来ないから。来るとしたら、私達の夢のために来てくれてるかな」

 どういうこと? 

 この店は、あんまり客が来ないとかアルバイトしている意味あるのかな。

 しかも引っかかるのは、客は、夢のために来てくれること。

「私達の夢のために客が来てくれるってどういう意味ですか?」

「まさにその通りよ。あなた聞いてた?」

「あ、はい。すいません、聞いてました」

「はあ、全く。だからね、夢って言っても私達の店は、夢がいつになっても叶いそうにない人がここに雇ってんの。まあ、例外もいるけど……」

「はあ……」

 ため息混じりの声を発した。

「だから、夢を叶えるためにはここは最高の場所なんだからね。覚えておいてね。後、十五時になったら、お客さん沢山来るから。対応よろしく―」

「あ、あの、松岡さんって何処に行かれたんですか?」

「あ、そういえば今日は何もないと思うけど……」

 首を動かさずに黒目だけを動かして私を見てきた。

「はいはい、そういうことね。あなたは知らなくて大丈夫よ」

「え? どういうことですか?」

「まあ、ここで働けば分かるから。徐々にね」

 なんだろう、わからないな。

 くるみさんは、手を止めていた作業を開始し始めた。

 すると、お客さんが来た。

 中年男性十人組がやってきた。

 左手首にしていた腕時計を見ると、十五時だった。

「いらっしゃいませ」

 私は中年男性達に声をかけた。私の声は太めな男性にかき消されて、くるみさんの所へ早々と行ってしまった。

「くるみちゃん、今日も可愛いね。やっぱり俺の事務所来てよ。なんでダメなの―」

 どこかの事務所の方だろうか、くるみさんに世間話をしている。

 その人は秋なのに半袖、半ズボンを着ていた。眼鏡をかけており、体型は太めでいかにもくるみさん狙いであった。

「え―! くるみは、早下さんのものじゃないし―」

 く、くるみさん。
 さっきと別人なんですけど、しかもポ―ズを決めて。もしかして仕事モードのスイッチ入った?

 よ、よく分からないが、その集団はいかにもくるみさんのファンのように思われた。

 半分くらいだろうか。半分くらいの者が世間話をしていたら、ひとりの男性が手を挙げた。

同じような者がいる中でその男性だけは、ビシっとネクタイをしていた。上までボタンを締めて、まさに優等生であった。

 その男性だけはその集団から少し離れてひとりポツンと後ろで見ていた。

「なんですか? 昇哉」

 昇哉という人は、真っ直ぐくるみさんを見て言った。

 中年集団はくるみさんから目を離して、一斉に昇哉を見た。

 くるみちゃん、なんであいつだけ呼び捨てなんだよ、ずるいと言っていた。

くるみさんは中年集団の言っている言葉を無視して、昇哉を見ていた。

「早く始めないか。いつもはすぐ始めるだろう? もしかして、新人の子が来たから見せ付けたいのか」

 昇哉は親指で後ろをさした。それは、私の方を向いていた。中年集団はその方向を見て私を見てきた。

 え、え―みんな見てくる。
 私はどうしたらよいか分からず、目をキョロキョロさせた。

「あの子困ってるだろ? 皆ジッと見るな」

沈黙を破ったのは、昇哉だった。

しかし、最初に言ったのは昇哉ではないか。

何故そんなことを言うのかと文句を言いたくなった。

「はいはい、分かりました。やりますよ。待っててね」

 とくるみさんは言い、奥の部屋に行き、戸を閉めて何かをし始めた。

 中年集団と昇哉は、カバンからカメラを出して、スタンバイしていた。

 すると、くるみさんが戸を開けて

「お待たせ―」

 と言い中年集団と昇哉に手を振っていた。

 くるみさんは、さっきの格好とは違い、水着を着ていた。ゴムを結んでいた長い髪はおろされていた。

 くるみさんの体型に目を奪われた。

 鎖骨、長い脚、長い手、整えられた顔。

 八頭身もあるかと思われる体型を中年集団と昇哉は、カメラを握りしめて真剣な眼差しでくるみさんを見ていた。

 その光景を見ると、ちょっと気持ち悪い。

 昇哉は真面目な雰囲気とはガラリと印象が変わり、いいね、はい―こっちと明るい声で言っていた。

 また、後ろにいた昇哉は中年集団を横切り、前を陣取っていた。
 中年集団は、なんだよ、俺が前だと言わんばかりに前でパシャパシャとカメラのシャッタ―を切っていた。

 『『いいね』』

 声を揃えて中年集団と昇哉は、くるみさんに言っていた。
 この写真を撮ってどうするのかよく分からないが、みんな狂うようにシャッタ―を切っていた。


 パシャパシャとシャッタ―音が聞こえる中、中年集団と昇哉のこっち向いて―という声が響き渡っていた。

 すると、五分後。

「今日の分は、終了―!」

 昇哉は、カメラをパシャと一枚撮ったら、中年集団に呼びかけた。

「お疲れ―」

 昇哉は中年集団に言った。

「お疲れ―」

 中年集団も昇哉に言って、カメラを片付けていた。

 くるみさんはみんなに一礼をして奥の部屋に入り、着替えをした。

 中年集団と昇哉は、カメラをカバンにしまい、帰り支度をし始めた。

 しかし帰り支度を始める中、早下さんは、中年集団のひとりと話をしていた。

「どうだった? 今日もいいけど、先月の方が良かったかもな。まあこれで、事務所に入れるか分からないけどな」

 早下さんはカメラを繰り返し見ながら、中年集団のひとりに同意を求めていた。


「確かにな。くるみちゃん。大手企業の事務所しか興味ないからな。俺達は、子会社だからな、でも、ひとりだけ大手企業の人はいるけどな」

 中年集団のひとりが後ろを振り向いて、見たのが、昇哉だった。

「確かに…俺ら、くるみちゃんに入ってほしいんだけどな。それを思って、四年か。短いような長いような…でも、希望は持とうぜ。俺ら」

 中年集団のひとりは、早下さんにポンと肩に置き慰めていた。

 よほど耳が良いのかその話を聞いていた昇哉は

「お前ら、まだ、くるみはまだまだだぞ。甘いんじゃないか? ポージングちゃんと見たか。ちゃんとやっているようだが、あんなポージングは不自然しすぎる」

 くるみさんがやったポージングは、右手を腰につけたり、可愛い顔をしてみたり、モデルだからいろいろな表情や仕草をしなくてはならない。

 だが、昇哉は不自然だと言う。

 私には理解できない領域だ。

 中年集団のひとりは、口を開けたまま呆然と昇哉を見上げていたが、早下さんだけは反論した。

「昇哉さん。いつも言ってるけど、くるみちゃん頑張ってるからね。メイクだって前よりはよくなったし、ポージングだってね、最初よりは」

 早下さんはそう言い、間を置かずに昇哉は言った。

「いや、まだだな。くるみは俺の事務所にまだ相応しくない。後、お前らの事務所にもな。まあ、俺の判断は社長公認だからな」

「昇哉さん、そんな事毎回言って。くるみちゃんは、俺の事務所入れますよ―。まあくるみちゃんが了承するか分からないですけど」

「勝手にしろ! 俺は帰る」

 昇哉がそう言い、カバンを肩にかけて帰ろうとした時だった。

 奥の部屋からくるみさんが出てきた。

 中年集団は、だ、大丈夫かなと呟いていた。

「昇哉」

「なんだよ」

「もっと私頑張るから。だから、本だけは買っていてね?」

 くるみさんは、満面な笑みで昇哉に言った。

「……はあ、それは分かってるよ。いつものことだろ?」

 昇哉は、くるみさんの笑顔に降参したのかため息をつきながら言った

「……ありがとうございます!」

 くるみさんは礼をして、笑顔で答えた。

「じゃあ、本選びますか」

 昇哉は振り向き直して中年集団に言って、カバンを肩にかけて古本の棚を見始めた。

 中年集団もよし、本買うか―と言い、古本の棚を見始めた。

「…なんなんだ。これ?」

 中年集団と昇哉が古本を選び始め、何を読もうか考えていた。
 
 私はほうきを片手にその風景を見て呟いた。

 そう言った途端、くるみさんは腕を組みながら私の近くにやってきて言った。

「どうだった? 私のポージングは」

 くるみさんのポージングは凄かったよ。でも、私が知りたいのは、今あった出来事だ。

 あ、はあとくるみさんに言い、愛想笑いを浮かべた。

 それに気づいたのか、くるみさんは私に言ってきた。

「驚いた? やっと、この店の仕組み分かった?」

 いや、分かるはずない。

 くるみさんが、モデル事務所と思われる人に写真を撮られて、事務所に入る、入らない。

最後には古本を買う。
分かるはずがない。

「いや、分からないです」

くるみさんは、あなたバカね―と言葉は厳しかったが、眉毛がタレ下がり優しい目をして私に言ってきた。

「えーとね、この店はね。夢を提供してくれる場所と言ったじゃない」

「はい」

くるみさんは私の目を見て言い、私は答えた。

「それでね、ここに来るお客様は、全て私達が夢を叶えてれる手助けしてくれるの。私の場合は、モデルの事務所に入りたいんだけど……やっぱり、大手の事務所に入りたいからね。中々入れないんだよな……」

 髪を右耳にかけて少し悲しい顔を浮かべながら私に言った。

「はあ」

「えーと、まあつまりね。私の場合は、事務所の人が来てくれて、私の写真を撮ってくるんだけど。それを社長に見せて、事務所に入れるけど……大手には一回にも引っ掛からないんだよね。子会社は、呼ばれるんだけどね。だから、あなたもこの場所でチャンスが掴めて、お金が貰えるのよ。一石二鳥でしょ」

「…でも、なんでお客様はこんな小さい古本屋なんかに来るんですか? しかも、こんな場所で」

 くるみさんは、腕を組み私をジッと見て言った。

「…それは、私が教えることじゃないね。陽和の行動を見れば分かるよ」

 そう言って、古本を探している中年集団と昇哉の元へ一人一人に声をかけた。

 私はゴミを取り終わり、近くにあったちりとりでゴミを取った。それを終えて、私は古本の整理をし始めた。

 それを見ていたくるみさんは、大きい声でちょっとこっちに来てと手で合図をしていた。

 早足で、くるみさんの所へ行くと中年集団と昇哉が古本を買う所であった。

 会計するために私は呼ばれたみたいだ。

「手伝って! やることは分かってると思うけど」

「はい」

 私は急いで、本を会計し始めた。

 それを見ていた早下さんが声をかけてきた。

「君も、夢を追っているのかい?」

 早下さんは、この店が熱いのか額の汗を右手に持っていたハンカチで拭き取っていた。

 ハンカチで拭ったあと、目を細めて私に聞いてきた。

「はい、まあそうですね」

 見知らぬ人が何故そんなことを聞いてきたのか見当もつかなかったので、適当に返事をした。

「頑張って下さい」

 早下さんは私にそれだけ言い、中年集団の会計を終えるのを待って、出ていった。

 昇哉は、最後尾に行った。その会計は私が行った。

 くるみさんがやると思っていたけど昇哉と話をしたいから会計しておいてと私に任せて、くるみさんと昇哉はテーブルで楽しそうに話をしていた。

 話の内容は聞こえなかったが、二人の関係性が気になった。

 大手事務所の関係者とモデルを目指している女性。

 だけではない気がした。

 それだけで、昇哉はくるみさんに頭を撫でたり、髪を触ったりするだろうか。

 くるみさんは、昇哉に顔を近づけて笑いあっていた。

 なんなんだろう、あの二人の関係性? 

 陽和の彼女ではないのか?

 二人のことをチラチラと見ながら、会計を済ませ終えた。

「くるみさん、終わりましたけど」

「あ、終わった? 昇哉、終わったって。まあ、私がモデルになれるように頑張るから見てなさいよ、昇哉」

「はいはい、分かってます。それ何度聞いたか。でも、俺は待ちますけどね。じゃあ、行くわ」

 昇哉はガタっと椅子から立ち上がり、私を黒目だけちらりと見て、礼をして帰っていた。

 くるみさんははあ―楽しかったと言い、靴を脱ぎ奥の部屋に行ってカバンを取りに行った。

「あなた、今日の仕事終わりよ。後は、お客様は来ないと思うから上がってもいいわよ」

 くるみさんは私にそれだけ言い、私の返答を待っていた。

 丁度お金を整理し終わったので、私はくるみさんを見て疑問に思ったことを聞いた。

「はい。いやでも、まだ一六時ですよ。閉店する時間じゃないんじゃないんですか」

「まだ分からないの? ここはね、指定のお客様が来たら、それで仕事終了なのよ。一般の古本屋とは違うところがあり過ぎるけど、ここでは当たり前なのよ!」

 くるみさんは、腰に手を当て鼻で笑いドヤ顔をして私に言ってきた。

 そんな顔しなくても。
 あなたの店じゃないんだからさ。

 昇哉が見たら、どんな反応するのだろうかと一瞬さっきの二人の関係性を見て思えた。

 あの人は、くるみさんの二面性を理解しているのだろうか。

 私には関係ないが、こんな可愛い顔を見たら、惚れるに決まっている。

 だが、今こんな顔したら可愛さが台無しなのではないかと思えた。

 そんなことよりも、指定のお客様しか来ないことだ。

 どういうお客様が来るかよく分からないが限られている。

 モデルの関係者。
 まだそれしか知らないが、お客様は少な過ぎるのではないか。

 アルバイト代とかは、ちゃんと出るのだろうか。

一般の古本屋とは違うからどうなるのか不安になった。

「あなた聞いてる?」

 くるみさんは、私の近くにいた。

「すいません。考え事していました」

 くるみさんは深いため息をつき言った。

「人の話は聞いてよね。あなたにも事情があると思うけど、ここは、本当に夢を叶える為には、いいところだから。それだけは、覚えておいて」

 くるみさんは右手で長い髪を後ろにやり言った。

「あの、夢って本当に叶うんでしょうか?」

 くるみさんは一瞬目を瞑り、私に言った。

「夢は思い続けることが大事なの。あなたはずっと思い続けたことある? 私はずっとモデルになりたいって思ってたから。雑誌でモデル募集しているオーディションに受けるけど落選しまくってね。私が二一歳だったかな? もうどうしようと思ったんだけど、偶然陽和にあってね。それで今に至ってるわ」

 長い時間、何も飲んでいなかったようで、カバンからペットボトルを取り出してお茶を飲んでいた。

その横顔も綺麗だった。

「何、見てんのよ!」

「あ、すいません」

「だからあなたも信じてれば大丈夫よ。まあ私はまだまだみたいだけどね。後、陽和帰ってくると思うから」

 くるみさんはそれだけ言い捨て、帰っていた。モデルとしてやっていける素質はあるはずなのに。

 なんで、受からないんだろう。

 他人事ではないが、くるみさんには頑張ってほしいと心底思った。

「ただいま―」

 顔を上げると、松岡さんであった。

「あ、おかえりなさい」

「あれ? まだ帰ってなかったんだ」

「今帰る所です」

「そうか、今日は面白かっただろう?」

「はい。面白かったです。あの一つ質問していいですか?」

「いいよ。何?」

「この店は、私のアルバイト代も出るんですよね? お客様もあまり来られないし」

 松岡さんは、少し微笑んで笑った。

「大丈夫だよ、心配しないで。あ、そうそう言い忘れてたけど、この店の従業員はね。陽琉含めて、三人だからね―」

 私含めて、三人か。
 くるみさんと私、後は誰だろう?

「……帰り送っていくけど?」

 松岡さんは、私と話している間にいつの間にか両手にピヨを抱えていた。

「いえ、大丈夫です」

「いや、ピヨの散歩しなくちゃ行けないから。送るよ」

 私はそう言って、ピヨを連れて私達は外に出た。

「そういえばピヨ、店にいなかったですけど、何処に行ってたんですか?」

「本当はねひと時も離れたくないんだけど。前、仕事でネコ持ってたら怒られたから。俺の友達に見てもらたんだ。一番信頼できるからね。店にいるとわんさか泣くし、どっか行っちゃうし、やだからね」


 へぇ―、やっぱり。松岡さんは、自分でピヨを守ってやりたいんだな。

 店にいる時は、私がピヨを見守ってあげられるのに。

 まだ、私信頼されてないな。

「そうだったんですか」

「あ、今日いいことあったんだ!」

「なんですか?」

「内緒!」

 また内緒か。私には言えないことなのか。

「あの、松岡さんって夢あるんですか?」

 何故か分からないが、突然そんなことを聞いていた。

「……くるみから聞いたのか。あるよ。ネコカフェを作ること」

 ネコカフェ?

 考えていることとまるで違ったので動揺した。

「なんで、ネコカフェなんですか?」

「決まってんじゃん。ネコたくさん飼いたいし、ネコが幸せになってもらえるようなカフェ作りたいの!」

 ネコが沢山いて幸せなカフェを作りたいのか。

「それが松岡さんの夢ですか。素敵ですね。私、小説家になりたいのかまだよくわからないんです」

 私は小声で松岡さんに聞いた。

「…大丈夫。陽琉は、小説家になれるよ。まだ、何もしてないでしょ。俺が、サポ―トしてあげるから。一緒に頑張ろう!」

 小説家になりたいか分からないって言っているのに、松岡さんは勝手に話進めて。

「本当に大丈夫だから、初めて話した時から陽琉なら大丈夫って思ってるから」

 松岡さんは、私の気持ちを察して優しい言葉をかけて、目が小さくなり歯が見えるほど笑顔で私に微笑んできた。

 その笑顔にドキっとして、松岡さんから目を逸らした。

「なんで目逸らすんだよ!」

 だって、あなたが最高の笑顔を私に微笑むから。

「べ、べつに意味はありません」

「そう。ならいいけど。陽琉にはあの古本屋で頑張ってほしいんだ。いろんな意味で」

 いろんな意味。

 私の目的は、夢を叶えるためだけじゃないの?

「……分かりました」

「じゃあ、俺はあの広い草原行くから。ここまでな。気を付けてな! またな」

 松岡さんは私にそう言い、ピヨとあの広い草原に向けて歩き始めた。

 その後ろ姿は、あどけない子供っぽさを残しつつも頼もしい背中であった。

 夢。

 みんながなりたいと信じている夢。

 その夢を実現できるように行動している。

 必ずしも夢が実現できる訳ではない。

 私はそれを知ってる。

 信じることは大切だが、信じてもダメなら諦める勇気も人間は必要だ。

 あの人達は、諦める勇気を知らないのだ。    
だから、そんな希望を持っている。




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