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勇者エリク
勇者エリク②
しおりを挟む世界を救った数年後、僕は各地を旅していた。訪れる村には、“勇者エリク”の功績を称える銅像が建てられ、そのすべてに「勇者エリク」の名が刻まれていた。僕はその銅像を掃除し、子どもたちに“勇者エリク”の物語を語って聞かせた。
けれど、僕が一度も訪れない村があった。村長の息子と僕の故郷、お互いの家族がいる村だ。僕は怖かった。自分が“エリク”ではなく、貧しく病弱だった少年であることがことがバレるのが。
だから、僕は手紙と生活費だけを送り、二度と家族の元には戻らなかった。
そして、僕は、“勇者エリク”の銅像を掃除しながら、子どもたちに“勇者エリク”の物語を語り続ける旅を続けた。
ある日、その旅の途中で“イヴァン”という少年を魔物から救った。だが、彼の両親は助けることはできなかった。目の前で両親を失った彼を、僕は孤児院に預けようと考えていた。
だが、イヴァンは《紡ぐモノ》という特別なスキルを持っていたし、不思議と僕に懐いてくれて、なんだか放っておけなかった。
それから数年、イヴァンと一緒に旅を続けた。けれど、やがて僕は歳を取り、長い旅路が辛くなってきた。イヴァンが学校に通う年齢になった頃、僕たちは《ヴァルハラの家》の噂を聞いた。そこは、かつて名を馳せた英雄たちが余生を穏やかに過ごす場所だと言う。
僕たちはその場所を訪れることにした。そこに着いてからの日々は、穏やかで幸せだった。イヴァンと一緒に過ごし、笑い合い、他の英雄たちとも時を重ねた。
しかし、その幸せな日々も永遠には続かない。今、僕は《追憶の灯》の中で、最期の夢を見ながら死者の国へと旅立とうとしている。
――――――――――――――――――
そして今、僕の目の前には村長の息子がいた。あの日の光景が走馬灯のように蘇る。
「ごめんね…僕だけが生き残って、君の名前を勝手に使って…ごめんね。怒ってる?」
彼はただ黙って立っている。
「僕は…勇者として、ちゃんとやれたかな?」
その問いにも、彼は何も言わない。
僕の意識は次第に薄れていく。少しずつ瞼が重くなり、僕は静かに目を閉じた。
長い旅路を終えた勇者は、ついにその重荷を下ろし、永遠の眠りについたのだった。
――――――――――――――――
お世話係“イヴァン”は特殊スキル《紡ぐモノ》を用いて、英雄の最期の夢――勇者エリクの過去を共に見ていた。
目の前に、少年が高熱で苦しそうに寝込んでいる。その傍らには母親らしき女性が座っていて、彼の額を撫でながら、小さな声で囁いていた。
「アル…アル、大丈夫? ごめんね、丈夫に産んであげられなくて。本当に、ごめんね…」
母親は涙をこらえながら、少年にそう語りかける。
「母さん、母さんは悪くない。だから泣き止んで。」 「それよりいつもの絵本を読んでよ! 僕勇者の話がまた聞きたいんだ!」
少年が掠れた声で優しく言った。すると母親は少し呆れたように微笑みながら尋ねる。
「そうね…ごめんなさい。分かったわ、読むわよ!
でもまた勇者様の絵本なの? この前も、その前も読んだのに、本当にそれでいいの?」
少年は無邪気に頷き、嬉しそうに言った。
「いいの!僕は勇者様のお話が大好きなんだ!今はこんな身体だけど、いつか弱い自分を克服して、勇者様みたいになるから!だから、安心してね、母さん…!」
少年の優しげな瞳が、母親を真っ直ぐに見つめている。
―――――――――
少年“イヴァン”は、静かにその光景を見つめていた。
――そうか、貴方の本当の名前は、『アル』というのか。
イヴァンは静かに呟いた。
「勇者エリク……貴方の本当の名を、そして物語を、僕は絶対に忘れない」
そう決意しながら、イヴァンは勇者エリク、いや『アル』の名を深く心に刻み込み、彼の最期を静かに見届けたのだった。
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