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第一章 聖女?召喚

1.聖女認定の儀 直前

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中央神殿の1室、祈りの間に近い小広間。

中央の大テーブルには、奥に向かって右手には貴族らしき青年1名と女性1名が
着席している。背後に立ち並ぶ騎士8名は護衛というところか。
左手に10名ほどの神殿の巫女たちが立ち並び、入り口に目を向けている。

そこに案内の巫女に続き青年と少女が入室してきた。
巫女側から進み出た壮年の女性、礼装から巫女長であろう、が一礼する。

「お待ちしておりました、つかさ殿。」

「巫女様方にはお初にお目にかかる。お待たせしたようで申し訳ない。
 アムザと申す。こちらは先ぶれに出したのでご存じかと思うが、マイン」

青年と少女は軽く礼を返し、案内の巫女に軽く礼を述べると、テーブルに
向かったアムザは右手を見ながら問いかける。

「今回は、こちらの女性の聖女認定の儀ということでよろしいかな?」

「はい。」

「なるほど。了解しました。」

着席したままの女性を見据えて、アムザが頷く。


と、いきなり

「無礼であろう!」

女性と共に着席していた青年が立ち上がり叫びだす。

「無礼とは?」

「我は第3王子エルリクなる!
 彼女は我が婚約者、レティシア・フォン・アッシュフィールド侯爵令嬢なるぞ!
 見下ろすなど不敬であろう!」

顔を赤くして興奮するエルリクを一瞥して、密かに嘆息しながら頭を下げるアムザ。

「あいにく私はこの国のものではないので、何かしら礼を逸したのであれば謝罪
 致します。」

頭を上げたアムザは、ちらりと巫女側を見やり

「ただ、不敬を申されましても、着席されていたのは殿下と侯爵令嬢様のみです。
 見下ろすと申されてもこの場合致し方ないものかと。
 そもそも本来礼を尽くすべきは聖女認定の儀を申し入れた側ではないかと愚考
 しますが?」

グッと詰まったエルリクの背後で騎士らが気色ばんだ様子で若干殺気を帯びたが、
アムザがそちらを一瞥すると殺気は霧散する。
平静カーム! 一瞬で騎士を?)
レティシアが驚いたように目を見開いたのを感じながら、アムザは続ける。

「まあ、殿下も巫女様方も席につかれるとよい。」

不服そうなエルリクと巫女らの着席に合わせるように、アムザとマインも着席する。

「それでは改めて。
 今回聖女認定の儀を申し入れられた理由を、ご説明いただきたいがよろしいか?」


それを受けて滔々と演説するエルリクの話をまとめれば、以下の通り。

ある日、婚約者である侯爵家の令嬢が聖女として覚醒した。
その力は膨大であり、治癒・回復はもとより瘴気や魔物の浄化を簡単にこなし、
領地の村々に一人で守護結界を張り巡らせさえした。
聖女が顕現したと確信したエルリクは、侯爵家領地の神殿に報告し、婚約者を聖女
と認定するように申し入れたが、神殿側は拒否したという。
侯爵家領地の神殿には中級巫女しかおらず、信用できなかったエルリクは中央神殿
に赴き、レティシアを聖女として認定するように申し入れたが、中央神殿側からも
認定できないと断られたため、王家に残されていた資料から、聖女認定の儀の存在
を知り、中央神殿に開催を申し入れた、


「...聖女様として覚醒ですか。レティシア嬢は聖女様ということでお間違い
 ないですか?」

「はい。私は聖女です。」

「エルリク殿下は女神さまの聖典を読まれたことは?」

「当然であろう。学生の時に宗教学の教材としてきちんと読んでおる」

アムザが尋ねると、エルリクが答える。

「そうですか...」

アムザは少し目を落とした後、巫女側に向き直ると

「神殿としては、当初聖典に基づいて聖女認定ができなかったものの、聖女認定の
 儀の申し入れで、私に連絡したということで間違いないですか?」

「はい、おっしゃる通りです。」

巫女長の返事を聞き、再びテーブルに目を落としたアムザ。数秒後、目を上げた
アムザが左右を見渡し、口を開く。

「今から始めても構いませんかな?」

それを聞いたエルリクが破顔する。

「もちろんだ。さっさと始めたまえ。」

「レティシア嬢、巫女様方もよろしいか?」


双方の了解を得たアムザはふと周りを見渡す。

「ここは少々広すぎるか...もう少し狭い部屋は用意できますかな?」

「隣に控えの小部屋がありますが」

「では、そちらで。案内いただけますかな?」

巫女長の答を聞いたアムザが席を立つと、巫女長が

「ただ、この人数は少々難しいかと」

「そちら上級巫女様は5人ですね。とりあえず8人入れれば」

「それでしたら...」

「どういうことだ!」

再びエルリクが割り込むように怒鳴る。

「?」

一瞬虚を突かれたような顔をしたアムザだが、すぐに納得する。

「ああ、これは説明が足りませんでした。申し訳ない。聖女認定の儀を行う場には、
 認定を受ける者とつかさたる私、上級巫女様以上の者のみが入れるのです。」

「我もその場に立ち会わせてもらう。2度も認定を拒否した神殿のもののみでの
 儀式など信用できん!」

立ち上がったエルリクが吠える。

「それは...」

若干困惑した様子を見せたアムザが再度口を開く。

「儀式の場は女神様の神域と化します。認定を受ける者はともかく、立ち会うものは
 上級巫女様以上でなければ心身が耐えられません。
 エルリク殿下では場に耐えられないかと存じますので、お立合いはご遠慮ください。」

「だめだ、我も立ち会う! 我は王家の護符も身に着けている。例え神域であろうと
 問題はあるまい。レティシアも守護の術を掛けてくれるだろうしな。」

なおも言い募るエルリク。

「神域の神気はなまじの護符や術は意味をなさないんですが...」

「殿下!無茶はおやめください。御身に何かあれば一大事!ここはお引きください。」

アムザの言葉に、護衛の一人が諫めようとするが、エルリクは聞く耳を持たない。

「だめだ!我も立ち会う!」


「では、何があろうとご自身の責任で立ち会われる旨、一筆したためてください。
 私からはお止めした旨も添えて。それを以て誓約魔術をかけましょう。」
 
半分投げやりという風にアムザがいう。

「ふん、脅しても無駄だ。誓約魔術だろうとなんだろうとかまわん。どうせ神殿の
 権威付けのための誇張であろう。誰か紙をもて。」

さらさらと書き上げた紙を渡し、胸を張るエルリク。
それを受け取ったアムザが軽い調子で魔術を行使する。

「レティシア、今の魔術は?」

問いかけるエルリクにレティシアが答える。

「誓約の魔術ですね。先ほどの紙に書かれた内容を、エルリク様が女神様に誓ったと
 いうことになります。言を翻すことは出来ません。見事な魔術です。」

「そうなのか?」


小声でやり取りする二人を無視するように、巫女長に声をかけるアムザ。

「9人となりましたが、部屋は大丈夫ですか?」

「問題はないかと。」

「では護衛の方々と上級以外の巫女の方々はこちらでお待ちいただくということで。
 あ、部屋の扉は開けたままでも問題はないので、護衛の方々も多少ご安心いただ
 けるかと。」

若干の皮肉を込めてアムザが言い放ち、各々は小部屋に移動を始めると、エルリクは
レティシアに頼み、身体強化と守護の術をかけてもらい、小部屋に向かう。

残された巫女らはそのまま席に残ったが、護衛の騎士達は扉の前に移動し、室内を
睨むように整列する。それが役目とはいえ、ご苦労さまというか、お気の毒さまと
いうか。目の端にとらえた護衛騎士たちに内心で同情するアムザであった。

(そうしていても、ほとんど意味ないんだよね)
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