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三話 ヴェルムテラへ(2)【9/28 修正】
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「これでわかったか? 神子が女神の使者なら、赫物は竜の眷属だ。赫物がいるかぎり、女神は竜の解放を阻止する。神子はそのための存在だ。おまえたち兄弟が一緒にいられるはずがない」
阻止、という言葉に、悠真は首をさする。
「もしかして、悠希は、ひとを殺める可能性があるんですか?」
「……過去に教会へ救いをもとめた赫物たちがいたが、誰も戻ってこなかった」
男は言葉を選んでくれたのだろうが、衝撃は拭えない。疑念が確信になり、顔を手で覆う。命があまりにも軽い世界に目眩がした。そのうえ、自分が得体のしれない存在になったと知り、怖くなる。
悠真へ手をかけた、悠希の苦悶に満ちた顔が、脳裏に浮かぶ。なぜ悠希だったのだろう。自分たちは日本の一般家庭で育った、変哲もない大学生だったはずだ。両親は今頃、ふたりを必死に探しているに違いない。
「権能って言われても、実感がまったくないです。でも、悠希にとって危険があるなら……」
このままにしておけない。
動転して、いつのまにか悠希のことを「弟」と呼ばずにいることに、悠真は気がつかない。
「神子は唯一、赫物に対抗する術を持っている。そうそう危険な状態にはならない。勢力的には赫物が劣勢だ。権能が千差万別なせいもあるが、そのせいで自覚がないまま捕らえられた者は多い。おまえがなにを得たのか、それを知るためには、ヴェルムテラへ行くべきだろう。あそこには権能を取り除く方法がある」
「元に、戻れるんですか?」
可能性があることに、思わずまえのめりになる。
男はふたたび悠真に向き直ると、四つ折りにされた紙を取りだす。広げられたそれを覗くと、地図であることがわかった。色あせてぼろぼろの紙面に、掠れた線が陸を描いている。
両端に大陸がひとつずつあり、それらに挟まれた小さな陸がひとつ。横並びの陸地は、かろうじて繋がっている地形だった。
「いまいるのは右側の大陸だ。アウレリアといって、アストリオン教会が大陸を統治している。脱してきた街はアウレリアの首都だ。そして、ヴェルムテラはここだ。教会とは関係のない独立国家を築いている」
男が指をさしたのは左側の大陸で、最も端の位置だった。縦断する山脈を越えた先に、ばつ印が書かれている。国や街の印なのだろうか。右側の大陸は印がほかより少ない。
大陸を横断する道のりに、中間地点が少ないのは気がかりだ。たどり着くのは容易でないだろう。
「連れて行ってやる」
男の声に悠真は弾かれたように顔をあげた。男の灰色の双眸と視線がかちあう。
「俺も赫物だ」
「え、でも、目の色が……」
「薬があるからな。おまえひとりくらいなら、片道分はわけてやれる」
林藪で男が何かを飲み込んでいた姿を思い出す。あれは薬を飲んでいたのか。
どうりで赤い瞳に既視感があったわけだ、と悠真はうなずく。そして男が聖騎士ではないのだと、誤解していたことに気がついた。赫物では決してなれない立場だと、聞いた話で察しがつく。
「もしかして竜を助けるために変装を? だから、あの場所にいたんですか?」
「ああ」
男は変わらず淡々と返答するが、ほんの少し瞳の奥が凪いだように思われた。
悠真を助けたことを後悔しているのだろうか。あのとき、でくわさなければ、彼は目的を果たせたのだから。
──いや。それなら一緒に行動しようとするのはおかしい。俺の顔は向こうにバレているし、このひとにとって、荷物でしかない。それがわからないひとには見えないし……。
別に理由があるのだろうか。それとも本当にただの親切心なのか。
「それで、どうする?」
落ち着いた声音にはっとする。男は静かに悠真の返答を待っていた。無理強いをする気配はなく、悠真の意見を訊いてくる。
悠真の意思はすでに決まっていた。
──悠希なら、こんなとき、俺のために行動する。
そして「向こうから言ってきたんだから、世話になればいいじゃん」と男についていく。よろしくと言いつつ、危険になれば逃げるだろう。
「よろしくお願いします。俺は、田中悠真っていいます。悠真が名前です」
「ジヴァンだ。道は長い。気楽に話せ」
どっしりと構えた風貌に、ぶっきらぼうな口調だが、嫌みはない。
──悠希なら、初対面なのに偉そうだって怒りそう。
悠希がするであろう行動を、ふと思い起こした。同時に、日本で過ごした日々が思い出され胸が塞ぐ。
──はやく元の姿に戻って、悠希と一緒に日本へ帰りたい。
見たこともない地形を記す地図を眺めながら、悠真はそう思った。
阻止、という言葉に、悠真は首をさする。
「もしかして、悠希は、ひとを殺める可能性があるんですか?」
「……過去に教会へ救いをもとめた赫物たちがいたが、誰も戻ってこなかった」
男は言葉を選んでくれたのだろうが、衝撃は拭えない。疑念が確信になり、顔を手で覆う。命があまりにも軽い世界に目眩がした。そのうえ、自分が得体のしれない存在になったと知り、怖くなる。
悠真へ手をかけた、悠希の苦悶に満ちた顔が、脳裏に浮かぶ。なぜ悠希だったのだろう。自分たちは日本の一般家庭で育った、変哲もない大学生だったはずだ。両親は今頃、ふたりを必死に探しているに違いない。
「権能って言われても、実感がまったくないです。でも、悠希にとって危険があるなら……」
このままにしておけない。
動転して、いつのまにか悠希のことを「弟」と呼ばずにいることに、悠真は気がつかない。
「神子は唯一、赫物に対抗する術を持っている。そうそう危険な状態にはならない。勢力的には赫物が劣勢だ。権能が千差万別なせいもあるが、そのせいで自覚がないまま捕らえられた者は多い。おまえがなにを得たのか、それを知るためには、ヴェルムテラへ行くべきだろう。あそこには権能を取り除く方法がある」
「元に、戻れるんですか?」
可能性があることに、思わずまえのめりになる。
男はふたたび悠真に向き直ると、四つ折りにされた紙を取りだす。広げられたそれを覗くと、地図であることがわかった。色あせてぼろぼろの紙面に、掠れた線が陸を描いている。
両端に大陸がひとつずつあり、それらに挟まれた小さな陸がひとつ。横並びの陸地は、かろうじて繋がっている地形だった。
「いまいるのは右側の大陸だ。アウレリアといって、アストリオン教会が大陸を統治している。脱してきた街はアウレリアの首都だ。そして、ヴェルムテラはここだ。教会とは関係のない独立国家を築いている」
男が指をさしたのは左側の大陸で、最も端の位置だった。縦断する山脈を越えた先に、ばつ印が書かれている。国や街の印なのだろうか。右側の大陸は印がほかより少ない。
大陸を横断する道のりに、中間地点が少ないのは気がかりだ。たどり着くのは容易でないだろう。
「連れて行ってやる」
男の声に悠真は弾かれたように顔をあげた。男の灰色の双眸と視線がかちあう。
「俺も赫物だ」
「え、でも、目の色が……」
「薬があるからな。おまえひとりくらいなら、片道分はわけてやれる」
林藪で男が何かを飲み込んでいた姿を思い出す。あれは薬を飲んでいたのか。
どうりで赤い瞳に既視感があったわけだ、と悠真はうなずく。そして男が聖騎士ではないのだと、誤解していたことに気がついた。赫物では決してなれない立場だと、聞いた話で察しがつく。
「もしかして竜を助けるために変装を? だから、あの場所にいたんですか?」
「ああ」
男は変わらず淡々と返答するが、ほんの少し瞳の奥が凪いだように思われた。
悠真を助けたことを後悔しているのだろうか。あのとき、でくわさなければ、彼は目的を果たせたのだから。
──いや。それなら一緒に行動しようとするのはおかしい。俺の顔は向こうにバレているし、このひとにとって、荷物でしかない。それがわからないひとには見えないし……。
別に理由があるのだろうか。それとも本当にただの親切心なのか。
「それで、どうする?」
落ち着いた声音にはっとする。男は静かに悠真の返答を待っていた。無理強いをする気配はなく、悠真の意見を訊いてくる。
悠真の意思はすでに決まっていた。
──悠希なら、こんなとき、俺のために行動する。
そして「向こうから言ってきたんだから、世話になればいいじゃん」と男についていく。よろしくと言いつつ、危険になれば逃げるだろう。
「よろしくお願いします。俺は、田中悠真っていいます。悠真が名前です」
「ジヴァンだ。道は長い。気楽に話せ」
どっしりと構えた風貌に、ぶっきらぼうな口調だが、嫌みはない。
──悠希なら、初対面なのに偉そうだって怒りそう。
悠希がするであろう行動を、ふと思い起こした。同時に、日本で過ごした日々が思い出され胸が塞ぐ。
──はやく元の姿に戻って、悠希と一緒に日本へ帰りたい。
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