君と取り戻す大晦日

鶏=Chicken

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りつ!起きろって!!」
 俺は、また救うことができなかった。親友は俺の目の前で無残に死んだ。今回は自宅のマンションから転落して死んだ。その前は飲酒運転の車に轢かれて死んだ。さらにその前は…。
 俺には、親友を助ける力はないのかもしれない。それでも俺は救わなくてはならない。親友の命を、取り戻さなくてはならないのだ…。


「人間の寿命って、最初から決まってるらしいよ」

2024年大晦日、俺は親友であり幼馴染の律とテーマパークに遊びに来ていた。
俺たちももう高校三年、別の進路を目指している律とは気軽に遊べなくなってしまう。難関校を受験する律はこれからさらに忙しくなるから、一日中ゆっくり遊ぶとなるとこれが最後のチャンスになる。それゆえに、俺は一週間も前からこの日のために準備をしていたのだが、気恥ずかしいから律には内緒だ。

というわけで、今現在、嫌がる律を説得して無理やり乗せたジェットコースターの待ち時間中なのだが、突如としてそんなことを言い出したというわけだ。

「なんだよそれ?律ってそんなタイプだっけ」
俺がからかうように言うと、律は微笑して首を振る。
「俺の趣味じゃないけど!この前友達に占いの店行かされて、そこで言われたんだよ」
「ふーん?で、寿命、どのくらいだったの?」
「おっ!興味津々ですね!?」
「うっさいな!前進んだぞ」

 少しずつ進む列に合わせて歩きながら、いつものように軽口を叩く。
「で、寿命だけど、俺はあと二万五千日あるらしい」
「二万五千…ってどのくらいだ?えっと、365で割って…」
俺が指折り計算しながら頭をかくと、
「約六十八年だよ。遥希はるきは相変わらず計算弱いな」
と、今度は律がからかってきた。うっせえ、と律の肩を小突くと、律はくすくすと笑った。
「でも、六十八年かー。律が今十八歳だから、八十六歳?」
「そうそう。ほぼ平均寿命。まーいい感じじゃない?」
「さあ?ちなみに俺は百まで生きるけどな!」
俺がそう言うと、律はなぜか感心した様子だ。
「さすが遥希、自分のことよくわかってるね」
「どゆこと?」
「せっかくだから遥希の写真も見てもらったんだけど、ちょうど三万日って言ってたんだよ。つまり、百まで生きるってこと」
「何勝手に人を占ってんだ!」
「いいじゃん。悪い結果でもないんだし!」

話しているうちにどんどん列は進み、あっという間に俺たちが乗る番になった。律は胸に手を当てると、
「俺にはまだ二万五千日ある…、ここでは死なない、大丈夫…」
と自分に言い聞かせていた。そんな様子を見て、絶叫マシンが苦手なところは昔と変わんねえな、と一人で懐かしさを噛み締めていた。

「心臓止まるかと思った…。あんなのよく平気で乗れるね…」
マシンから降りて開口一番、律はそう言った。
「楽しかったろ?なんならもう一回行く?」
「マジやめて!洒落にならん!」
県内一の絶叫コースターは、律には刺激が強すぎたらしい。フラフラと歩くと、近くにあったベンチに座り込んでしまった。
「はぁ…、まだ胸がドキドキしてる」
どうやら相当消耗してしまったようだ。俺は流石に申し訳なくなって
「そこで待ってろよ。ジュース買ってきてやるから」
と申し出た。すると、俯いていた律がパッと顔を上げて目を輝かせる。
「遥希の奢り!?サンキュー!最近金欠だったから助かった!」
「なんだよ、元気じゃねぇか」
内心少しホッとしつつ、俺は売店に向かった。

律が好きなジュースを買って、ベンチの元まで戻る。しかし、そこに律の姿はなかった。
「あいつどこ行ったんだ?待ってろって言ったのに」
ジュースをベンチに置いてスマホを確認するが、特に連絡は来ていない。しかし、俺は別に心配はしていなかった。律はマイペースなところがあって、目を離した隙に勝手に行動することも珍しくはない。どうせ今回も、トイレにでも行ったのだろう。そう考え、自分の分のジュースを飲みながら律が帰るのを待った。

あれから十分ほど待ったが、律はまだ帰らない。ジュースの氷がとけはじめ、紙コップが汗をかいている。先ほどまでは晴れていた空も、今は灰色の雲が侵食し始めている。スマホにも連絡はない。
さすがにこれはおかしい。そう思って律に電話をかけたが繋がることはなかった。

それから俺はしばらくパークを歩き回り律を探したが、広大な面積を持つパークではなかなか見つからない。段々と焦燥感が募っていく。先ほどまでとは打って変わって、不穏な感情が膨らんでいく。まさかとは思いつつ、そのまさかを否定できない自分がいる。
ただの迷子であって欲しい。そう願いながら足を進めていると、大きめの池の周りに人だかりができているのを見つけた。冷や汗が流れる。人混みを掻き分け、前に出るとそこでは、

仰向けに倒れた律が、パークのスタッフと思われる人物に心配蘇生をされていた。

「律!律!!」
俺が駆け寄ろうとすると、近くで見物していた人に腕を掴まれて止められる。振り解こうともがいていると、律のそばに立っていたもう一人のスタッフが
「お連れの方ですか?」
と声をかけてきた。
「つ、連れです!友人です!」
俺が答えると、ちょうど救急隊員が駆けつけ、ぴくりとも動かない律を担架に乗せて運んでいってしまった。

あまりのことに理解が追いつかず、体から力が抜ける。見物人とスタッフに支えられ、俺は救護室に運ばれた。
そこでは、どうして律が倒れたのか、その時の状況説明を受けた。話によると、ベンチで俺を待っていた律の前に迷子の子供が現れ、お人好しの律は親を探してあげていた。そして、その道中に池のそばに行き、そこで誰かが飛ばした風船を取ってあげようとしてバランスを崩し、池に転落したそうだ。池は深く、カナヅチだった律はすぐに溺れてしまった。そしてさらに運の悪いことに、その時パークではヒーローショーをしており、池の周りにはあまり人がおらず、発見が遅れてしまったのだ。迷子の子供が近くを通りかかった大人に助けを求めたことでようやく救助されたものの、その時にはもう息をしていなかったそうだ。人だかりができたのも、俺が来る直前のことだったらしい。

話が終わったあと、救護室に電話が入り、律が搬送先の病院で亡くなったことを聞かされた。スタッフは慰めるように俺を見て頭を撫でてくれたが、俺は呆然としたままだった。律が死んだ?信じられない。先ほどまで一緒に絶叫マシンに乗っていたのだ。それに、律の寿命はあと二万五千日あると言っていたではないか。

信じられない、信じたくないのに、涙が溢れてきて止まらない。視界がくらみ、暗くなっていく。スタッフの声が聞こえた気がするが、すぐに意識は闇に落ちていった。


目を覚ますと、そこは慣れた家のベッドだった。親が家まで運んでくれたのだろうか。いまだに朦朧とする意識の中、枕元に置いてあったスマホを見る。まだ朝の六時だ。そして、その日付を見て、目を疑った。

「2024年12月31日…!?」
スマホには確かにそう表示されていた。一気に目が覚める。俺は階段を駆け下り、リビングに入る。キッチンで朝食を作っていた母は少し驚いた様子だ。
「随分早起きねぇ。律くんと遊ぶからって張り切りすぎよ…」
「そ、そんなことより!今日何日!?」
俺が焦ったように聞くと、
「12月31日の大晦日に決まってるでしょ?そうそう、今日のお昼におせちが届くから、お父さんに受け取ってもらうように頼まないと…」
と、母はあっけらかんと答えた。呆気に取られている俺を見て、母は
「まさかあんた、律くんとの約束忘れてたんじゃないでしょうね?」
と笑った。
「い、いや、そんなわけ、ないって…」
俺は引き攣った笑みでそう返すと、そのままリビングを後にして、家を飛び出した。律は近くのマンションの十二階に住んでいる。いくら母に、今日が大晦日だと言われようとも、実際に律の顔を見るまで納得ができなかった。マンションのエントランスで、律の部屋のチャイムを鳴らす。すると、
「遥希ー?まだ六時だけど?」
と、律の眠そうな声が聞こえてきた。
「律!?本物の律なのか!?」
俺のその言葉に、律はあくびと共に
「当たり前でしょ。何言ってんの」
と呆れたように返した。律からしたら、今日遊ぶはずの友人が、なぜか朝早く家に突撃してきた以外の何物でもない。
しかし、俺にとっては死んだはずの親友との再会なのだ。顔は見えないが、確かに律のものとわかる声が聞けて、あまりの安堵に膝から崩れ落ちていた。
「ちょっ、遥希!?どうしたの!?」
突如、インターホンのカメラから姿を消した俺を心配して、律がそう言う。
「とりあえずドア開けるから、部屋に来なよ」
そう言ってオートロックのドアを開けてくれた。俺はよろよろと立ち上がってエレベーターに乗ると、律のいる十二階に向かった。

「こんな朝早くに来るから、マジでビックリしたじゃん」
律はそう言って、俺にお茶を出してくれた。それを見つめながら、改めて律が生きていることを認識する。いつまでもお茶を眺めている俺に、律は訝しげに声をかける。
「おーい、どうしたの?体調悪い?」
俺はハッと顔を上げて、反射的に首を振る。
「大丈夫。待ち合わせ、九時だったよな?六時と九時間違えちゃって」
「いや逆に大丈夫じゃないでしょ。なにそれ、心配なんだけど」
そうは言いつつ、律はホッとした表情を見せた。律は良い奴だから、俺が体調不良になって、助けを呼びに家に来たのではないかと、本気で心配してくれたのだろう。律の両親は二人とも出張中で、律自身がすぐに助けを求められる状態じゃないのも、関係しているのではないかと思っている。

「せっかく起きたし、俺シャワー浴びてくるね。遥希はゆっくりしてて」
自分のお茶を飲み終わった律は、そう言ってバスルームに消えていった。
一人になって改めて、昨日起こったこと、いや、今日これから起こることを思い返していた。律とテーマパークに行って、溺れて死んでしまって、そして大晦日の朝に戻る…。

これまで色々な衝撃できちんと考えていなかったが、こうなると一つの疑問が湧き出てくる。
「どうして俺は、大晦日の朝に戻ることができたんだ?」
フィクションの世界じゃあるまいし、普通はそんなこと起こり得るはずがない。それに、誰にでも奇跡が起これば、死ぬ人間なんて存在しないのだ。そこで、一つの仮説に辿り着く。もしも、律が言っていたように、本当に人間の寿命が決まっていたとするならば。律にはまだ二万五千日の寿命が残っていた。それなのに、寿命を管理する『何か』のミスで、命を落としてしまった。だからこそ、二万五千日を取り戻すため、あの日一番近くにいた俺に律を助ける使命を与えたのだ。
考えれば考えるほど、荒唐無稽で馬鹿馬鹿しい仮説に感じる。しかし、実際に奇跡は起こった。そう思うと、この仮説はあながち間違いではないのかもしれない。

それに、仮にそんな大層な使命がなくとも、俺は絶対に律を助ける。
俺は、親友の二万五千日を、どんな方法を使っても取り戻すと誓った。
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