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クマとガチャガチャ
しおりを挟む田中文夫は昆布茶を飲む。
冬の日中に昆布茶を飲むのは格別だ。
年を取ると渋いものがほしくなると親の年代の人達から聞いていたが、
文夫は未だに渋茶が旨いとは思わない。
市役所を定年退職になってから日がな一日呆然と暮らす。
最初の頃は何をやっていいのか分からず、
精神的に不安になる事もあったが、
息子夫婦に子供が生まれてからは孫の顔を見るのが楽しみになった。
何をやることもない寂しいジジイを神様が哀れんでくださったのか。
今は孫娘を連れて歩くのが何よりも生きがいだ。
「おいジジイ」
玄関のほうで大声が聞こえた。
「はいはい、今行きますよ」
文夫は昆布茶を飲み干すと玄関に出ていった。
「ありゃ、これはまた賑やかだねえ」
孫娘の美紀の後ろには短髪で
背中にリラックマのぬいぐるみを背負った子とおかっぱで
髪の毛の長い女の子が居た。
たぶん、短髪の子も女の子なんだろうと思う。
「美紀ちゃん、お友達連れてきたんだねえ」
「そうだよ、烈火ちゃんと京子ちゃんだよ」
「あっそう」
平然と答えたものの、文夫は内心もやもやとしたものがあった。
髪の毛の短い子の名前は俗に言うキラキラネームというものだった。
人の家の子の事だからつべこべ言うこともできないが、
女の子の名前に烈火って。
「今日はお家であそぼうか」
文夫は子供達に家で遊ぶことを勧めた。
孫娘の美紀だけなら外を連れ歩くのも楽しいが、
他の家の子も一緒だと、何かあった時の事を考えると気が休まらない。
公園などに連れて行って交通事故にあったり池に落ちたり、
つまづいて転んでケガをしたりする可能性もある。
他人のお子様を預かるということは、
楽しいだけでは済まされないこともあるし、
その数が多ければ多いほど目も届かなくなる。
出来れば家で遊んでいてほしいものだ。
「京子ちゃんと烈火ちゃんは
おじいちゃんとおばあちゃんから百円もらったんだよ」
美紀が目をキラキラと輝かせながら言った。
「あーそう、はいはい、わかりましたよ」
文夫は家の奥に入って小銭入れを持ってきた。
これはどうやら外にお買い物に行かなければならないようだ。
孫の催促にはかなわない。
これがもっと成長して高校生くらいになると、
おい、ジジイ、一万円よこせや、とか言ってくるんだろうか、
ああ考えたくない。というか、そこまで自分が生きているとはかぎらないが。
「はい、百円」
文夫は美紀に百円渡した。
「わーい、美紀も百円もらったー」
美紀は喜んでグルグル回った。
「じゃ、薬局行こうぜ」
烈火が言った。
「薬局?」
文夫は驚いて聞き返した。
「あら、あなた、薬局も知らなくて?これだから近頃の大人は。
薬局っていうのはね、ドラッグストアーって言ってね、
お菓子やオモシログッズがいっぱいおいてある処なのよ」
京子が思いっきり上から目線で言った。
「はあ、そうなんだー」
文夫は感心してみせた。
最近の子供達は薬局に行くらしい。
文夫の子供の頃は近所に駄菓子屋さんがあって、
そこで念力煙やくじ引き飴、爆竹や銀玉鉄砲、
お菓子などを買ったものだ。
あの頃の子供ダマシのお菓子には必ずくじ引きがあって
必ず貰えるものに優劣があった。
人生ってそんなもんなんだって、あの駄菓子屋から学んだものだが、
最近の子供達は、同じ値段を払えば、
同じもものを貰えると信じているんだろうなと思うと、
ちょっと可哀想な気がした。人生の悲哀もしらず、
大人になって壁にぶち当たるんだろうなあと、
文夫なんとなく思った。まあ、そんな大げさな話ではないが。
最近の田舎の方では駄菓子屋が壊滅したのはもちろんの事、
不景気のせいもあってか、コンビニが次々と潰れていた。
バブル期などコンビニの出店ラッシュがあって、
近所の駄菓子屋や、お菓子とかトイレットペーパーとか
何でも置いている個人経営の文房具屋、
小さなパン屋さんなんかがどんどん潰されていった。
若い人は田舎にコンビニができると喜んで行き、
そこでしゃがみ込んでたむろする。
コンビニが出来たことによって、文夫の住んでいる地域に
初めて二十四時間営業の店が出来た。
不良のたまり場になっていて、
息子も一時期そういう連中と一緒になって夜遅く家に帰ってきて
よく口論になったもんだ。
あの時ばかりは我が子が将来ヤクザにでもなってしまうんじゃないかって
深刻に考えたもんだが、
今では普通に賃貸不動産屋でサラリーマンやっている。
文夫の住んでいる近所も昔は田んぼがかりだったが、
農家が相続税対策で田んぼを潰してアパートを建て、
入居者がいなくて建設会社と銀行に担保に差し入れた家や
田畑を全部取られて夜逃げした家が周囲に沢山ある。
そうした家を大金持ちや保険会社がタダ同然の値段で買って、
アパート、マンションを経営している。
そこに、都会では家賃が高くて住めなくなった
サラリーマンが引っ越してきて、早朝に家を出て夜中に帰ってくる。
息子はそういう人達に住宅を紹介する仕事をしている。
そういう街中に仕事場がある人達は近所の町内会にも参加してなくて、
顔を合わせることもめったにない。ただ、子供達は近所をうろついており、
面倒をみるとそこの家の母親からは喜ばれる。
大店舗法が改正されて以降、
文夫の住んでいる田舎でも国道沿いの広い土地に薬局が建つようになった。
生コンクリート製造工場が廃業して出来た巨大な敷地の上に
広い駐車場と大きな薬局が出来たのだ。
田舎の経済は村が受注する公共事業でもっているところあるが、
近年の大幅な公共事業削減によって地元建設業者の多くが廃業した。
そこへ大型ドラッグストアーチェーンが出店して、
周囲にごま粒のように点在していたコンビニは
大型量販店との価格競争に負けて次々と廃業していった。
そんな事は子供達には関係なく、
だだっぴろい遊び場が近所に出来て、ただ喜んでいた。
「ひょーっ!」
薬局の入り口に行くと、いきなり烈火が奇声をあげた。
何事かと思って近づいて見ると、
薬局の前にずらりと大量のガチャガチャのカプセルマシンが
並べてあったのだ。値段を見ると、なんと三百円。
高い。
文夫が子供の頃もガチャガチャはあったが、
三十円くらいだった。いつの間にこんなに高くなったのか。
「見て!見て!リラックマのガチャガチャだよ!クマたん欲しいよ」
烈火が興奮している。
「買えばいいじゃん」
「だって百円しか持ってないよ」
「ウチらが百円ずつ持ってるから三人分で三百円あるよ、ねえ京子ちゃん」
「あら、美紀、あなた何勝手に決めちゃってるわけ。
私はこの百円でビックプリンを買うのよ、
最近のお子様は物事の価値すら分かってないようね、
クマのちっこいぬいぐるみの魅力が
美味しいプリンの魅力に抗うことができて。ほほほっ」
京子が余裕の表情で美紀を見下している。
「だって烈火ちゃん可哀想じゃん」
美紀の言葉に京子が烈火の顔を見ると、
烈火は泣きそうになって唇を尖らせている。
「な、なによ、そんな顔して。分かったわ、
今回は私が譲ってあげる。私は大人の女だからそれくらいの分別回収はあるわ」
京子は顎のところに梅干しみたいな皺をよせながら胸を張って言った。
たぶん京子の家はエリートさんのオウチなのだろうなと
文夫は思った。分別回収というのはたぶん、
フンベツの事を言っているのだろう。
エリートのインテリでゴミの分別回収を煩くいっているので
子供が分別回収という言葉をおぼえたのではなかろうか。
「レッツラゴー!烈火ちゃん」
美紀は百円を烈火に差し出した。
「クマさんが出てきたら、私にもナデナデさせてね」
京子が言った。
「まかせときなー!」
烈火は美紀と京子から百円玉を受け取ってガチャガチャに入れた。
ガチャガチャのハンドルを回すとガチガチ、ガチガチっと音がしたあと、
ボトッとカプセルが落ちる音がした。
出てきたカプセルを烈火は目を輝かせて開ける。
そこに入っているのは黄色いひよこのぬいぐるみだった。
この世は同じ代償を支払ったからといって同じ対価が得られるわけでない
という現実に子供達が直面した瞬間だった。
リラックマのガチャガチャはクマさんが必ず出てくるわけではない。
大きい茶色のくまさん、小さな白いクマさん、ひよこさんが入っているのだ。
烈火は動揺を隠しきれず目に涙を浮かべている。
「ご、ごめんね、京子ちゃん、クマさんナデナデできないよう」
烈火は、自分がクマさんを取れなかった事よりも、
京子との約束が守れなかった事に対して良心の呵責を感じているようだった。
「何よ、あなたって何も物事が分かってらっしゃらないのね、
そんな事だから部長さんに叱られるのよ。
このひよこさんは大人の女なのよ、
大人の女はセレブなのよ。
そこらへんの低賃金労働者と一緒にしないでちょうだい」
京子は、この子の母親が日頃何を言っているのか
モロに分かる口調で烈火を励ました。
「そうだよ!ひよこさんかわいいよ!」
美紀も励ました。
「そうだね!ひよこさんかわいいね、烈火はひよこさん大好きだよ!」
烈火は無理やり笑顔を作ってみせた。
三人が話している間に文夫はこっそりと薬局の中に入り、
そこの冷蔵棚に入っていたビックプリンを四つ買って足早に外に出た。
「あ、いけねー、間違ってビックプリン四つも買っちゃったー
こんなに沢山食べられないよー、誰か食べてくれないかなー」
これみよがしに文夫が言うと、子供たちの目が見る間に輝きだした。
「あら、本当にあなたってダメな人ね。
そんな計画性のない浪費をするからお金がたまらないのよ。
あなたと同期入社の村田さんなんて会社の近くの一等地にマンションを買ったのよ。
あなた、はずかしくないの?
結局私が尻ぬぐいしなきゃいけないんじゃない。
しかたないわ、食べてあげる」
「ごめんね、御願いします京子ちゃん」
文夫は頭をさげた。
「しかたないジジイだなあ、
そんなんだから母ちゃんに早く擁護老人ホームに入れろって
言われるんだよー、食べてあげるよー」
美紀が言った。
息子の嫁さんはそんな事言っているのか。
「プリンほしー!ほしー!」
烈火はその場でピョンピョン跳ねた。
結局キラキラネームの烈火の家が一番マトモそうなのがなんだかわびしい。
三人を家に連れて帰りみんなでテレビを見ながら仲良くプリンを食べた。
子供番組でオモチャのチャチャチャを唄い出したので、
テレビの中のお姉さんの動きに合わせて子供達が踊った。
文夫も一緒になって踊った。
結構楽しい一日だった。
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