ピジョンブラッド

楠乃小玉

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十三話 ひとりぼっちは寂しいもんな

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 「ほらほら、見て見て!」
 警察署のデスクで椅子に座りながら書類を整理していた涼子の所に、
 霞がとくいげな顔でやってきた。
 手に書類をもっている。
 霞から手渡された書類に涼子は目を通す。

 「近隣の銀行にたのんで、かたっぱしから調べたんだよ。
 コレ見て、三万九千円を百円玉で入金してる。
 ATMの硬貨投入限度額は四十枚だからギリギリの線だよ。これ、おかしくない?」
 「たしかにおかしいな。で、この入金された口座の持ち主は?」
 「年齢六十七才大阪市西成区在住。口座も西成支店だよ」
 「チッ、こりゃ面倒だな」
 「面倒じゃないよ、調べようよ」
 「管轄外だからな。大阪府警に汗かいてもらわないといけなくなる」
 「汗かいてもらおうよ、殺人事件なんだよ」
 「しゃあねえな」
  涼子は捜査委託書を作成し、大阪府警に送付した。

 十一月に入ってすぐ、大阪府警から回答が帰ってきた。
 口座の名義人は大阪市西成区在住の生活保受給者であり、
 公園で昼寝をしていたところ、
 暴力団構成員らしき人物から声をかけられ、
 近隣の銀行で銀行口座を十冊作り、合計十万円を受け取ったということだった。
 口座は大阪府警の要請により直ちに資金凍結の処置がなされた。

 「架空口座か、チキショウ」
 涼子はつぶやいた。
 「残念だったね、これで証拠も無くなっちゃったよ」
 残念そうに霞がうなだれた。
 「そうでもないわよ」
 「え?」
 涼子の言葉に霞が目を輝かせて顔をあげる。

 「この口座のある銀行の防犯カメラを徹底的にチェックしよう。
 あと、銀行員に聞き込み調査して、
 銀行口座が使えないと言ってクレームを言ってきた顧客をピックアップすればいい」
 「おお!その手があったね、すぐに行きます!」
  霞は警察署を飛び出していった。

 次の日、霞は防犯カメラの映像データーをプリントアイとしたものと、
 銀行員の証言をまとめたレポートを持ってきた。
 こういう書類作成に関しては非常に速くて正確なものをもってくる。
 そこに写っていた映像は比企万里郎の姿だった。

 銀行員にキャッシュカードが使えないという抗議をおこなっており、
 その時の店内防犯カメラ、ATM近隣の防犯カメラに写り込んでいる映像からも、
 この偽装口座の持ち主が比企万里郎であることは明かであった。

 「よし、偽造口座所持でひっぱれるな」
  涼子は頷いた。
 「別件逮捕ですね」
  霞はうれしそうに言った。
 「別件逮捕言うな」
  涼子はたしなめた。

 涼子はすぐさま逮捕状請求書、逮捕手続の作成、
 物品差し押さえに関する裁判所への許可申請手続きを霞に命じた。
 涼子自身は供述調書、検証調書作成のための調査事項、質問事項、
 などの整理作業に取りかかった。

 数日後、身上調査照会書によって比企万里郎の居住地を特定し、
 住所を訪れ、任意同行を求めた。比企万里郎はおとなしく同行に応じた。

 涼子は霞がそろえてきた前科紹介所をを閲覧したが
 前科は無いようだった。

 捜査関係事項照会書も閲覧したが、被害者に関連する保険支払い関係は存在しなかった。

 客観的証拠に基づけば殺害が可能な条件を
 複数の被疑者の中でもっとも満たしているのが比企万里郎である。

 しかし、殺害動機に関しては最も薄い。
 もし、来栖王司の息子である丸子力也からのイジメに対して遺恨を持っていたとしても
 父親を殺害するだろうか。
 しかも、何故暗証番号がないと入ることができないマンションに
 入ることができたのか。

 その部分も取り調べて追求必要性がある。
 こういう気の弱そうな人物は脅せば簡単に罪を認めるだろうが、
 従順すぎる被疑者は警察側が用意した想定問答に対して全面的に同意してしまう事が多い。

 そうした状況で調書を作成した場合、
 あとで被疑者の担当弁護士が供述調書の矛盾点を衝いて、
 警察権力による暴力と恫喝によって作られたねつ造調書として告発してくるケースがある。

 よって、相手が従順であればあるほど、
 供述調書の作成は慎重であらねばならない。
 こちらから現場の状況をぺらぺらと話してしまってはならない。
 相手から、その現場に居なければ知り得ない情報を引き出し、
 その記述を積み重ねていくことが需要である。

 窓に鉄格子がはめられた部屋に通された比企万里郎は、
 その部屋の中央にある頑丈な金属製の事務机の前においてある金属机で、
  座る部分がビニール系のクッションが貼られている長時間座っても疲れない椅子に座らされた。

 涼子は安物のパイプ椅子に座る。
 
「よっこいしょういち」
 かけ声をかけながら霞が部屋の隅にあった
 小さなスチール事務机を出入り口のドアの前にもってきて、
 金属製のパイプ椅子に座る。涼子を蹴り飛ばし、
 霞を殴り倒して逃げようとしても、逃げられない状況に追い込んでいることを暗に明示している。

 現代では暴力による自白の強要が禁止されているので、
 警察側はより被疑者が自白しやすくなるような心理戦に腐心している。

 「今日ここに呼ばれた理由は分かっているね」
 「分かりません」
  比企万里郎は憮然とした表情で涼子の質問に答えた。

 「偽装口座の所持。これはすでにこちらで証拠を押さえている。
 他の事に関しても、今頃鑑識課が君の家の証拠物を押収してる頃だよ。
 パソコンのログ解析をすればすぐに状況が判明するが、
 私は少しでも君の罪を軽減してあげたいと思っている。
 君の行った行為を警察が発見する前に、君自身が自白すれば、
 本人が反省して警察に対して協力的であった旨、
 裁判所に報告書を提出しとうと考えている。私は君の力になりたいんだ」
 涼子は落ち着いた声で淡々と話した。

 「違法な事はしていません」
 比企万里郎は少し口をとがらせながら言った。
 「他人名義の口座を自分のものとして所持し、使用していたね、この時点で違法行為だ」
 「それはそうですが、それ以外、違法なことはしていません」
 「そうかね、ではまず、有罪が確定している違法口座について聞かせてもらおうか」
  涼子は無表情にまっすぐ比企万里郎の目を見据えた。
 比企もしばらくその目を見続けていたが、
 睨んでいるように思われて立場が悪くなることを恐れてか、目をそらした。
 「この違法口座はどこで手に入れましたか。」
 「インターネットの裏サイトです」
 「購入金額はいくらですか」
 「十五万円です」
 「何の目的でこの口座を入手しましたか」
 「……」
 比企は口をつぐんだ。

 「刑事訴訟法第291条第3項,同第311条1項の法的根拠により、
 あなたには黙秘権があります。
 こちらで調べますから話したくなければ話さなくていいですよ。
 こちらもそれに対応した処置を取らせていただきます」
 「いや……ビジネスのために」
 「通常ビジネスの場合は会社名義の当座預金口座が使用されますね」
 「あの、その、あまり公にしたくないもので」
 「非合法ですか」
 「合法です」
 「偽装口座使用者の目的は大きくわけて二つ。
 非合法ビジネスの隠蔽、もう一つは脱税です。どちらかの理由に該当しますか」
 「いいえ、そんなことは」
  「ではどのような理由ですか」
 「……ううう、うう」
 比企はうめきだした。
 「答えてください」
 かまわず涼子は詰問する。
 「わーっ!」
 大声で叫んだかと思うと、比企はいきなり鉄製の事務机に自分から思いっきり頭をブチ当てた。
 「あー!あー!」
 叫びながら何度も頭をたたきつけ、比企の額から血が飛び散った。
 「やべっ!」
 涼子は慌てて自分の洋服のポケットから携帯電話を取りだし、
 比企の様子を動画でとりだした。
 「おい、すぐにドアを開けて応援よべ!」
  涼子は霞に指図する。
 「へ?」
 突然の事に霞は呆然としている。
 「あ、わかった」
 我に返った霞は慌てて自分の前の机をどけ、扉を開いて出て行こうとした。
 「待て!行くな、一人にしないでくれ。そこで叫んで応援を呼べ」
 涼子が霞をとめた。

 霞は一瞬困惑したような表情をしたが、すぐさまその場にひざますいて指を組んで祈る格好をした。
 
 「独りぼっちは、寂しいもんな」
 「違うわ、私が殴ってないって証人が居なくなるからじゃ、ボケ!」
 騒ぎを聞きつけて周囲にいた警官が部屋の中に走り込んでくる。

 「おい、見ろ、私は殴ってないからな。動画も撮ってるし」

 入ってきた警官たちに涼子は必死にアピールした。
 密室で警察から暴行を受けて自白を強要されたという
 容疑者からの訴えは非常に良く有ることで、
 人権上の問題から警察へのバッシングが発生する可能性があり、
 警察ではつねに神経をとがらせているのだ。
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