平凡なサラリーマンのオレが異世界最強になってしまった件について

楠乃小玉

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2章

10話 最初の弟分

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 サカイシティーのアサカの駅馬車駅を降りて南に少しいった場所に巨大な刑務所がある。

 その刑務所の前ででっぷりと太った東洋人の男が立っていた。茶色と白のチェック柄の着物。

 頭にはチョンマゲーという東洋人の結び神をしている。
 刑務所の門が開く。

 坊主頭で顔の左上から右下に大きな切り傷がある。
 「おお、久しいのお電二坊」

 「栗津の兄貴、お迎えご苦労さんです」

 坊主はニタリと笑った。

 「まあ、何かうまいもんでも食えや、何がええ」

 「やっぱ肉ですかね、ムショでは食えんので」

 「おお、ええぞ、付いてこいや」

 栗津が待たせていた駅馬車に電二坊と一緒に乗り込む。
 駅馬車の中には墨染の僧の衣がおいてあった。

 「どないや、久しぶりに着るか?」

 「いや、なんぼ何でも墨染着て焼肉はマズイでしょ」

 「ははは、平気で人殺すくせに、そないなところは律儀やのお」

 「そら、御仏に仕える身なんで」

 「そやのお、はははは」

 栗津は大声で笑った。

 「栗津右近や、個室どこや」

 「はい、こちらへ」

 栗津右近は電二坊をつれて個室焼き肉店に入る。

 「10年か長かったなあ、どないや溜っとるやろ、女抱かせたろか」

 「いや、それはまた自分で用意しますわ」

 「殴り殺すなよ、そっちの世界の女やったら何とでもなるけど、お前、
 親がおる素人殺したやろ。やるんやったら戸籍のない孤児とかにせえ」

 「すいません、人権派の先生に動いてもろたおかげで10年で済みました。
 こっちは被害者ちゅうていにして」

 「おう、なんぼなんでも次はないぞ、素人は足がつくからやめとけよ。つぎか庇いきれへんぞ」

 「わかっとります。そこはあんじょうやりますわ。ワシかてアホとちゃいます」

 「ほな、これからどないすんねん。なんかええシノギ紹介したろか」

 「いや、アニキに迷惑かけるのもあれなんで、女でも集めて売春窟でもはじめよかと思うて」

 「いや、女飼うのはやめとけ、病気の管理とか面倒やし、潰れたら始末も大変や。
 普通に売り買いやの仲介やと、在庫がないからあとくされもない。
 ヤクとちごうて、証拠もない。奴隷売買にしとけ、ジャックのオヤジさんもそのほうが喜ぶ」

 「ほんでもアニキ」

 「なんやオドレ、上に意見するんか」

 「すいまへん」

 「やめるな」

 「はい」

 「はっきり言え、何をやめるんや」

 「売春窟はやりまへん」

 「悪いことは言わん、あっちは自称慈善団体のシマや。やりおうたら命がいくらあっても足りん」

 「はい」

 「ほな行こか」

 「早いでんな、まだ酒も飲んでないのに」

 「オヤジに挨拶いかないかんやろ。オヤジも今日はたてこんどるんや」

 「わかりました」

 栗津は電二坊と一緒に金持ちジャックの屋敷に向かった。

 「おう、よく帰って来たな」

 金持ちジャックはでっぷりと太ったその巨漢をソファーの上に投げ出していた。

 「へえ」

 電二坊は深々と頭をさげた。

 「お前の武力とお前が起こす厄介、お前の武力が上だったから助けた。
 だがもう情の貯金も使い果たした。これからは厄介を起さず、オレの金儲けの道具として
 せっせと働けよ」
 
 「承知しとります」

 電二坊は頭を下げたまま言った。

 「コンコン」

 ジャックの部屋のドアがノックされる。

 「なんや」

 栗津が問う。

 「お客人が来られてます」

 外で子分が言った。

 「ほなな」

 栗津は電二坊を見る。

 「へい」

 電二坊は部屋の外に出て行った。

 栗津も外に出ようとする。

 「待て、お前はここにいろ」

 ジャックが言った。

 「ほな電二坊も呼びましょか」

 「あれは面倒を起こしかねない、やめとけ」
 
 「はい」

 栗津はジャックの横で立っていた。

 「座れ」

 「はい」

 栗津はジャックの隣のソファーに座った。

 「お前は大事なLRだ、頼りにしてるぜ」

 ジャックが言った。

 「電二坊もSSRです」

 「上に立つ者はな、心に鬼を飼わねばならん。そうでないと生き残れない」

 「それは私が鬼を飼うてないということですな」
 
 「下の者を食わせていくためだ、人の心は捨てろ」

 「はい」

 栗津は頭をさげた。

 そこに藤林と石虎が入ってくる。

 「おどれらが山田花子と太郎の兄弟か」

 栗津が答える。

 「そうです」

 藤林が答えた。

 栗津が石虎を見る。

 「なんやお前、口がきけんのか、何か言うてみい」

 「うん」

 石虎が答えた。

 石虎は手を出す。

 「なんかちょうだい」

 「あ?!」

 栗津は眉間に深いシワをよせる。

 藤林が飴を出してきて、石虎の口に入れる。

 「命令しないでください。命令するたびに食べ物をあげないと死人が出ます」

 「なんや、おどれナメくさっとるんか、やれるもんならやってみいや」

 藤林はチラリとジャックを見る。

 「やってよろしいか」

 「栗津!」

 ジャックが怒鳴る。

 「すいません」

 栗津がジャックに頭をさげる。

 ジャックはニタニタ笑いながら藤林を見る。

 「まあ、オレの顔に免じてゆるしてくれや。座ってくれ」

 ジャックに言われて藤林は椅子に座った。

 藤林は飴を取り出して石虎の口に入れる。

 石虎は二つの飴をジャリジャリ噛み砕いた。

 「あんたはら、頼錬の兄貴からの紹介だが、腕はたしかなのか?」

 怪訝そうな表情でジャックは藤林を見る。

 「そこのクローゼットに隠れている奴にやらせてみればいいでしょう」

 「あ?何の事だ、ふかしてんじゃねえぞ、あ?」

 ジャックが眉をひそめる。

 「クローゼットに戦士、武器は剣、部屋の外に魔導士10人、戦士20人」

 藤林は冷静に答えた。

 「ははは、そりゃ、ただのオレの護衛だよ、アンタらに別に何かするつもりはねえ」

 ジャックは笑った。

 「あとそこのデブが短いマジックスティックと封印符持ってる」

 石虎が言った。

 ジャックは驚いて栗津を見る。
 「おい、何やってんだ、一つ間違えば抗争になるぞ」

 「すいません、オヤジさんに万一のことがあったら取り返しが付かないと思て」

 栗津は着物の袖から電磁系のマジックスティックと封印符を出した。

 「おい、もしオレがマジックスティック使うてオドレのタマ(命)取りに来とったら
 どないするつもりやったんや」
 栗津は石虎に尋ねた。

 「お前のクビを切ると同時に藤林はジャックの腕を切り落とす」

 石虎は言った。

 「おいおい、何でオレまでとばっちりうけてんだ」

 ジャックが苦笑いをする。

 「マジックスティックを隠し持ってるから」

 石虎が言った。

 「ははは、おもしれえなお前」

 言いながらジャックは背広の内ポケットから簡易発火する炎のマジックスティックを取り出した。

 「悪気はねえんだ、ちょっとしたお遊びだよ、お遊び」

 ニタニタしてジャックは言った。


 「おい、栗津、部屋を用意してやれや」

 「はい」

 栗津は藤林を見る。

 「ついてこいや」

 「はい」

 藤林と石虎は栗津についていった。

 それは、ニューワールドにある一軒家だった。

 栗津は家に帰ると兄貴分である七理来秋しちりらいしゅうの処に電二坊を連れて挨拶に行った。

 「電二坊が出てきました。アニキ、あんじょうよろしゅうたのみます」

 七理はこの辺りの売春を仕切っている僧侶で下間雷錬の息がかかっており恐れられている。
 しかし、SSRであるために金持ちジャックは栗津を若頭に据えていた。

 七理は金持ちジャックの配下ではあったが、雷錬の所属する宗教団体にも
 上納金を渡していた。このように二つの陣営に与している者を
 半手の者という。
 両者で抗争が起こったとき、どちらにも付かなくてもいいが、反面組織でも出世はできない。


 「おう、お前は挨拶だけは一人前やのお、あちこちヘこへこして世辞だけで出世してからに」

 七理がそういうと電二坊が七理をものすごい形相で睨みつける。

 「なんじゃわれ、文句でもあるんかい」

 七理がアゴをしゃくる。

 「電二坊!」

 栗津がたしなめる。

 「いいえ、すいません」

 電二坊が頭を下げる。

 「イモ引くんやったら、最初からおちょくった事すんなや」

 七理が電二坊の足をける。

 「すいません」

 もう一度電二坊が謝った。

 「すいませんで済むか!」

 七理は拳を振り上げる。

 その前に栗津が割ってはいる。

 「すいません、これ以上殴るんやったらワシを殴ってください」
 
 「あ?若頭殴ったら大事になるやろ、それ計算して言うとるんやろ、こっすいのお。
 もうええ、帰れ」

 七理がそう言うと栗津は頭をさげて電二坊を連れて帰った。
 
 「兄貴すんまへん」

 電二坊は栗津に頭をさげる。

 「ええ、それがお前のええとこや、嬉しかったで」
 
 栗津はそう言ってニヤリと笑った。

 「兄貴!」

 電二坊は目を真っ赤にした。

 栗津は電二坊を自分の屋敷に呼んで、板前を呼び、
 マグロを一頭さばかせた。

 「兄貴、こないに食えまへんで」

 「トロだけ食うたらええんや、他は捨てさせる」

 「そないにされたらワシ、恐縮しますわ」

 「なんや柄にもないのお、ははは」
 栗津は大声で笑った。

 その後、二人で酒を酌み交わし、
 栗津は風呂に入った。

 「あ~ええここちやのお」

 そうしているうちにフッと意識がとぎれた。

 栗津が目を覚ますと、そこは僧院だった。

 大理石の寝台の上に乗せられて、僧たちが呪文を唱えている。

 「兄貴!死んでしまうとこでしてんで!」

 電二坊がポロポロ目から涙を流しなだら叫んだ。

 「おう……鬼の目にも涙か」

 「冗談言うてる場合ですか」

 「どないなっとんや」

 「兄貴、風呂で寝てしもて、溺れて半分死んでましてんで。呪詛で蘇生してますけど、
 まだ完全に生者に戻るには数日かかります」

 「そうか、それブサイクなことやのお」

 「兄貴が生きといてくれるならそれでよろしいわ」

 電二坊が言った。

 「嬉しい事言うてくれるのお」

 栗津は微笑を浮かべた。

 思えば、こいつが栗津がこの組織に入ってから最初の弟分だった。

 いくつもの修羅場を超えて、こいつが舎弟になった。

 組との抗争では、こいつがいつも盾になてくれた。

 いつぞや、オソロシアとか呼ばれてる青猫に殺されそうになった時も

 こいつと、こいつの子分衆30人が盾になって栗津を逃がしてくれた。

 おかげでコイツの子分は皆殺しになり、コイツも顔に大怪我をおった。
 
 それが栗津にとって大きな負い目になっていた。

 あの事件さえなければ、電二坊は小さな組の組長になっていた。

 「どれくらい寝とったんや」

 「三日です」

 「そうか、よう寝とったのお」

 「組の仕切りはオレがしますんで、心配せんといてください」

 「それが一番心配やわ、何もすんな、ワシが戻ってくるまで
 うごくなよ、わかったな」

 「はい分かりました」

 電二坊は深々と頭をさげた。

 
 栗津は戸板に乗せられて寝室まで運ばれたが、電二坊はそこまで付き添った。

 電二坊が帰ってからしばらくして七理が僧院にやってきた。

 「こまります、こちらには病人がいてはります」

 「やかましわ!」
 
 僧院の坊主が障子を突き破って部屋に倒れこむ。

 「おどれ、えらい意趣返ししてくれたのお」

 七里は寝ている栗津を睨みつける。

 「なんですのん」

 「うちの売春しきっとったボウズが飛んだ」

 「しりまへん」

 「うちの資金全部なくなっとる、おまえ以外に誰がおるんや、ここ数日雲隠れしやがって。
 どこに埋めたんや」

 「ずっとここで意識不明で寝てました。電二坊はずっとここで看病してたみたいです。

 ここの僧院の人に聞いてくださいな」

 「あ?何眠たいこと言うとんのじゃ」

 「僧院の診察書があるはずです。それを見せてもらってください」

 「ちっ、もしウソやったら沈んでもらうぞ」

 「へえ、よろしいです」

 「クソが」
 
 七里は足早に部屋から出て行った。


 「おい、誰かおるか」

 栗津が子分を呼んだ。

 「へえ」

 「ちょっと太郎君呼んできてくれへんか」

 「わかりました」

 子分は足早に部屋を出た。

 

 

 
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