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2章
7話 障壁
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「お久しぶりですピエール様、ヤマトは今、亡国の危機に立たされています。
私はワーリンとともにナニワ王に対してピエール様の助命嘆願を行っております。
どうか、ヤマトのためにお力を犯しください」
超速のシュネルがイーストナニワに在住するピエールの元を訪れた。
「もとより、ナニワ王に対する忠誠は昔より一切変わっておりません。
ナニワ王の栄光のため、心より忠節を誓いヤマトのために働きましょう」
ピエールはそう言った。
「ところでピエール様、実はこのイーストナニワにドスエの密偵、殺生石が潜伏しているそうです。
魔王軍の偵察部隊かもしれません。暗殺しましょうか?」
「そのような事はしてはいけない。ドスエとて、魔王軍に対しては面従腹背しているのだ。
私が会って話をしよう」
「ならば私が護衛に」
「いや、大人数で行くと相手も警戒する。私一人で行くよ」
「しかし、一人で行って殺されたらどうするんですか」
「私一人の命、ナニワ王に捧げられるなら安いものだ」
「ピエール様……」
シュネルは目に涙を浮かべた。
「敵軍としてヤマトに攻め込み、多くのはヤマト兵を殺したオルフェンの息子である
私に対して、母ともども住処を与えてくださり、幼い兄弟たちにも支援してくださった。
それだけではなくナニワの士官学校の学費までお支払いくださった。
その事は、ウイドーの息子のワーリンともども、心から感謝しております」
シュネルは深々と頭をさげた。
「感謝など……目上の者にすることではない。もし感謝のお気持ちがあるのであれば、
シュネル、あなたの後輩たちのためにあなたが尽くしてあげなさい。
そうやって、人は情の絆をつないでいくのです。私たち国家というのは巨大な木です。
先達が張り巡らされた根から得た養分で我々は枝を伸ばし、葉をおいしげらせている。
その事を決して忘れてはいけませんよ」
「……はい」
シュネルは目からポロポロと涙を流した。
シュネルの情報によると、殺生石はイシキリチャーチの宿坊に泊まっているということだった。
ピエールはそこを訪ね、殺生石を呼び出してもらった。
「なんですかいな、また珍しいお人が来はったようで」
宿坊の中から殺生石が出てきた。
「此度、我々は魔王軍と戦う事となりました。なにとぞ知将殺生石様のお知恵を
拝借したく、参上したしだいでございます。当然、タダとは申しません。
それ相応の返礼はさせていただく所存です」
ピエールがそこまで言うと殺生石はピエールの顔の前に手をかざした。
「代金はいりまへん、魔王軍が消耗すればドスエにとっても利益になる。
ただし、私がこの事を話したことは他言無用にしていただけるなら、
お話してもよろしおす」
「それは助かる、絶対他言いたしません」
「あんたんとこのシュネルとかいうボウズ、あいつが一緒に来てたら
こんな話はしいひんかったところどすえ、あんさん運がよろしいなあ」
そう言うと殺生石はニンマリと笑った。
「ちょっと人払いしまひょうか」
殺生石はピエールを連れてイシキリチャーチの北にある公園に向かった。
「さて、魔王軍との戦いやけど、相手の主力はアンデットや。通常兵器ではダメージが極小しかない。
ようデスナイトに人間の兵士がこともなげに踏み散らかされる風景が印象に残りガチやけど、
それは、通常兵器で攻撃しとるからや。
聖なる祈りをささげられた銀の十字架を溶かして作った銀の盾、銀の剣、銀の槍やと
普通の戦士を刺すみたいにサクサク刺さりますで。ただし、通常の鉄鎧で武装してる
一般兵士相手やと槍が折れたりすることもあるので厄介や。
あとは、洗礼の時に使う、神への祈りがささげられた聖水。これを瀬戸物の瓶に入れて
投げつける。これがかかるとアンデットは溶けたり灰になったりして戦闘不能になる。
ただ、相手は疲れを知らんアンデットやからね。
こっちは人間やから延々戦いつづけとったら人間のほうは
シャリばて(ハンガーノック)になって動けんようになる。
それを防止するためにヒール薬を桶に入れて後方部隊が常に前方部隊にぶっかけなあかん」
「高価なヒール薬をですか?」
「高価とか言うとる場合か、負けたら全部失うんやで」
「その通りです。しかし私たちはあくまでも義勇軍ですので、先立つものが」
「あんたのナニワの邸宅売って金作ったらええのや」
「あの屋敷は先々代が王より拝領した領地であり……」
「死にたいんやったら好きにしはったらよろしいがな。これ以上何も言わん」
「仰るとおりです。あの土地と邸宅を売ることにします」
「それと強欲の戦士が必要となる」
「強欲ですか?」
「タレントスキル、欲望の甘い蜜を使う」
「あれは敵を倒すものでしょう。アンデットには通用しないはずですが」
「蜜を霧状に散布して味方の兵士の肌に吸収させるんや。ヒールではキズが治ったり
疲労が回復するだけで、空腹は押さえられへん。だから糖分を肌から吸収させて
ハンガーノックを防止するんや」
「なるほど、逆転の発想ですね、さすが知将」
ピエールが熱い視線で殺生石を見る。
「……え?……嫌どす」
「申し訳ありません」
ピエールが苦笑する。
「強欲が敵に捕捉されて殺されたら終わりや。敵に見つからんようにするのと、
メシを食わすことを最優先にすることも大事やが、携帯が簡単で、高価な
宝石や金貨などを少しずつ強欲に渡せ。蜜を出し続けられるかわりに
金が引っ張りほうだいだと感じると、強欲の体にまた蜜が湧くから」
「わかりました」
「ほんまに分かったんかいな」
「はい」
「何か質問は?」
「ありません」
「あほか。筋肉バカ」
「すいません」
「すいませんやない。いくら強固な防衛陣地作っても、敵に素通りされたら終わりやろが」
「はい」
「どないすんねん」
「狭い場所に陣を敷きます」
「どこや」
「敵の進軍経路から考えて吉野口」
「せやな。それだけでええんか」
「はい」
「そこに兵を置いとるだけやと北宇智に迂回される」
「ならば、北宇智に部隊の半数を……」
「ちがう!吉野口に兵力を集中させて、そこを攻めさせるのや」
「どうやって?」
「わからんか?」
「はい」
ピエールは泣きそうな顔をして下を向いた。
「はあ」
殺生石はため息をついて横を見た。
「まあええわ、よう聞きや。まず、ヨシノで大量にたき火をしてたき火址を残す。
そのあと、吉野川沿いにたき火の数をどんどん減らしながらたき火址を作っていく。
最終的に、そやな薬水辺りで炊事道具や米をぶちまけて、ばらまいて、
その後、吉野口で軍を駐屯させる」
「それに何の意味があるのでしょうか」
「敵の立場になって考えい。たき火の数がどんどん少なくなれば、ヤマト側では
勝ち目のない合戦で逃亡者が続出していると敵は思う。それで、
薬水辺りで食糧と炊事道具が散らばってたら、完全に軍が崩壊して、
吉野口で動きが取れなくなって停止していると相手は思う。
これは簡単に撃破できると考えるので、手柄を立てるためにヤマト軍を迂回回避しないで
正面から突っ込む」
「ありがとうございます!」
「自分の頭で考えや」
「はい!」
「お返事だけはよろしおすんやねえ」
「それで勝てるんですね」
「勝てん、負ける」
「では勝てるやり方を教えてください」
「今教えたんが最善の策どす。たとえ初撃で敵を退けたとしても
相手は増援して押しつぶしにくる。
ヤマトは緊縮財政を行い、軍事費を削減しすぎた。
兵数も少ないし、練兵もできてない。勝てるわけがない」
「どうあっても絶望であると仰せか。しかし、異世界の書物ではノブナガオダという人物が
わずか2千で4万の兵を壊滅に追い込んだとか。やってできない事はありません」
「あれはな、ノブナガは事前に徹底的に練兵し、土木工事をやって道を整備して治水工事で
穀物の収量をあげて国の経済を繁栄させたうえで戦いに臨んだ。
これに対してヨシモトイマガワは、金をため込んで、軍の大半を傭兵に頼った。
常備兵やったら維持費がかかるさかいな。両国の経済的格差はわずかなものだったんや」
「それならなぜ、ノブナガオダは4万の兵を動員しなかったのですか」
「4万の兵を動員するためには、どうしても傭兵を雇わなければならなくなる。
そうすれば士気がさがる。実際、ヨシモトイマガワは主君がノブナガに襲われても
我先に逃げた。
通常、合戦は必ず数が多いほうが勝つ。
少数で多数を叩きのめすなど妄想。
ノブナガとヨシモトの兵数は見かけ上は大差だが、品質や士気など総合的に考えてばほぼ互角だったんや。
近代戦においては、そのような事は起こりえない。絶対的に強力な破壊兵器を保有していないかぎりな。
今回は、強力な破壊兵器を保有しているのは魔王軍のほうや」
「では、どうあってもヤマトは滅亡すると?」
「そんな事は言うてない。戦争は障壁や。魔王軍は何で戦争する?」
「それは侵略するためです」
「だから何で侵略するんや?」
「ピエールは考え込む」
「筋肉バカが、士官学校で何習うてきたんや。利益のためや。戦争は支配階級が利益を得るために
やるもんや。それを阻止するにはどうしたらいい」
「利益をなくすですか?」
「そうや、乗り越えるべき壁を高くするんや。そのためにはたとえ、お前らが全滅しても
壮絶な抵抗を行えば、敵は、ヤマトの皆殺しではなく、脅して領土を割譲し、
服従させることで支配しようとするやろう。無抵抗に降参したら、それこそ、
虐殺やりたいほうだいや。そやから侵略されたら、すぐに手をあげたらいかんのや。
異世界の逸話にチベットという宗教国家がでてくる。そこは、非武装中立、無抵抗を国是としており、
敵が攻めてきたら手をあげて無抵抗に降参したらしい。そしたら、民衆は大量虐殺されるは
神官は拷問にかけられるは子供は踏みつぶされるは女はレイプされるは、無茶苦茶されたらしい。
無抵抗に敵に降参するというのはそういうことや」
「では、私たちの戦いに意味はあるということですか」
「意味はある。やりようによってはな」
「わかりました!ありがとうございます!」
ピエールは敬礼した。
「あんじょう、おきばりやす」
殺生石は微笑んだ。
問題は強欲のキャラクターを探すことだった。
ピエールはナニワ中の伝手を頼って探したが、
実際に見つかっても魔王軍との戦いに参戦するのは断ってきた。
ピエールはニューワールドまで足を延ばしたがそこでも見つからない。
ここから南へは行かないほうがいいと人材派遣業の案内人は言った。
しかし、それ以北では人はいなかった。
「仕方がないからここから南でも探します」
ピエールがそういうと、案内人は「じゃあ、勝手にしてください」
と言って帰って行った。
そこから南へ路地を入ると何とも言えないアンモニア臭が鼻をついた。
それと、ゴムが焦げたような異様な匂いが混ざり合っていた。
そこからしばらく行くと自転車屋があった。
自転車とは異世界からもたらされた足漕ぎの簡易的人力車だ。
値段を見ると3000Pと安い。
早く移動したいので、買った。
買って、周囲で聞き込みをして外に出てみると、盗まれて無くなっていた。
鍵はつけていたのに。
ピエールは気にせず人を探した。
そして、ちょっと薄暗い路地に入った瞬間である。
「おら、死ねや!」
誰かが後ろからナイフを振りかざしてきた。
がキッ!
ピエールはナイフを握って握り潰した。
バキン
ナイフは粉々になった。
「ひ、ひい」
丸坊主で筋肉隆々の男だったが、腰を抜かしてその場にへたり込んだ。
「や、やべえ、どちらの組の方ですか」
ガタガタ震えながら男は言った。
顔に大きな額に大きな生々しい傷がある。
「君、顔に大きな傷があるね、戦場に行ってたのかい?私は入隊希望者を探してるんだよ」
「な~んだ、軍の募兵係かよ、驚かせやがって」
男は急に態度がデカくなる。
「おう、オレは一発でドラゴン倒したんだ。このキズはその時のもんだ。
ニドヅケキンシーズのゴリアテっちゃあこの辺りで知らねえもんあいねえぜ」
「すごいね、命知らずなんだね」
「あたりまえよ、魔王の軍隊と戦ってデスナイトの軍勢をせん滅したこともあるんだぜ。
入隊してやっから前金よこしな」
「入隊してくれるのはりがたい。その代わり、逃亡防止のために令呪を刻印させてもらうよ」
「刻印?そんなもん、いらねえよ、オレは怖いもん知らずなんだ」
「刻印しないなら金は払えない」
「払えよ!金が必要なんだよ!」
男はガクガク震え出した。
「払えよ!払えっててんだよおおおおお!」
大声で喚き散らす。
男の体がガタガタと震え出す。
「ああ……薬か」
「うっせえんだよおおお……」
男はその場にへたりこむ。
ピエールは軍用の痛み止めのヒーリング薬をポケットから出して、
男に垂らす。
ヒューン
男を黄色い光が包む。
男はひょこっと起き上がる。
「なんだこれ、気持ちいい、すげー上物じゃねえか、オッサン、売人かよ!それなら早く言ってくれよ!」
男は目を輝かせる。
これは麻薬ではなく市場では手に入らない軍用の高濃度ヒーリング薬だった。
「これが欲しいか」
「ほしいぜ、くれるんなら何でもする。殺しでも何でもよお」
「そうか、じゃあ、逃亡防止のために令呪の刻印をする」
「かまわねえぜ、そのかわり、もっと薬をくれよ」
「じゃあ、契約しろ」
「するする!」
ピエールは男と契約し、男に令呪の刻印をした。
このがめつさ、強欲に間違いなかった。
それほど強くなさそうだが、使えるレベルではあった。
「君、名前は」
「ゴリアテってんだ。軍の士官学校に居たこともあるんだぜ、中退しちまったけどよ」
「そうかね」
「薬よこせよ」
「また発作が起こったらね」
「薬よこせよ!」
「働いてないのに薬がやれるか!働いてから要求しろ!」
ピエールが厳しく言うとゴリアテは子供のように頬をふくらませて唇をとがらせた。
厚かましい奴だが可愛げがあった。
こいつには厳しく接しないと増長するタイプだとわかった。
「ではいくぞ、ゴリアテ」
「おう、兄貴」
ゴリアテはご機嫌でピエールについていこうとしたが、ピエールが背中を見せたとたん、
首筋を掴もうと手を伸ばした。
ピエールは素早くそれを避けて手を掴んだ。
手からボタボタと茶色い粘着液が垂れていた。
「なんだこれは」
「へへへ、オレの特殊能力さ。どんな巨人でもブッ倒せる。オレの能力高くわかねえか」
「ああ、買ってやるから、二度とオレを襲おとするなよ、今度やったら腕を握りつぶすぞ」
そう言って、ピエールは掴んだ手をぎゅっと握った。
「ぎゃああああああ、いててててててて、やらねえよ、やらねえから放せよこのボケが!」
「付け上がるな、ふざけたことしたら殺すぞこの家畜が、これからオレをピエール様と呼べ」
「はい、ピエール様」
ピエールが威圧すると
ゴリアテは体を縮めて上目使いでピエールを見た。
けっこう扱いが面倒な子だが、今はこの子しかいない。
ピエールはゴリアテを連れて帰ることにした。
私はワーリンとともにナニワ王に対してピエール様の助命嘆願を行っております。
どうか、ヤマトのためにお力を犯しください」
超速のシュネルがイーストナニワに在住するピエールの元を訪れた。
「もとより、ナニワ王に対する忠誠は昔より一切変わっておりません。
ナニワ王の栄光のため、心より忠節を誓いヤマトのために働きましょう」
ピエールはそう言った。
「ところでピエール様、実はこのイーストナニワにドスエの密偵、殺生石が潜伏しているそうです。
魔王軍の偵察部隊かもしれません。暗殺しましょうか?」
「そのような事はしてはいけない。ドスエとて、魔王軍に対しては面従腹背しているのだ。
私が会って話をしよう」
「ならば私が護衛に」
「いや、大人数で行くと相手も警戒する。私一人で行くよ」
「しかし、一人で行って殺されたらどうするんですか」
「私一人の命、ナニワ王に捧げられるなら安いものだ」
「ピエール様……」
シュネルは目に涙を浮かべた。
「敵軍としてヤマトに攻め込み、多くのはヤマト兵を殺したオルフェンの息子である
私に対して、母ともども住処を与えてくださり、幼い兄弟たちにも支援してくださった。
それだけではなくナニワの士官学校の学費までお支払いくださった。
その事は、ウイドーの息子のワーリンともども、心から感謝しております」
シュネルは深々と頭をさげた。
「感謝など……目上の者にすることではない。もし感謝のお気持ちがあるのであれば、
シュネル、あなたの後輩たちのためにあなたが尽くしてあげなさい。
そうやって、人は情の絆をつないでいくのです。私たち国家というのは巨大な木です。
先達が張り巡らされた根から得た養分で我々は枝を伸ばし、葉をおいしげらせている。
その事を決して忘れてはいけませんよ」
「……はい」
シュネルは目からポロポロと涙を流した。
シュネルの情報によると、殺生石はイシキリチャーチの宿坊に泊まっているということだった。
ピエールはそこを訪ね、殺生石を呼び出してもらった。
「なんですかいな、また珍しいお人が来はったようで」
宿坊の中から殺生石が出てきた。
「此度、我々は魔王軍と戦う事となりました。なにとぞ知将殺生石様のお知恵を
拝借したく、参上したしだいでございます。当然、タダとは申しません。
それ相応の返礼はさせていただく所存です」
ピエールがそこまで言うと殺生石はピエールの顔の前に手をかざした。
「代金はいりまへん、魔王軍が消耗すればドスエにとっても利益になる。
ただし、私がこの事を話したことは他言無用にしていただけるなら、
お話してもよろしおす」
「それは助かる、絶対他言いたしません」
「あんたんとこのシュネルとかいうボウズ、あいつが一緒に来てたら
こんな話はしいひんかったところどすえ、あんさん運がよろしいなあ」
そう言うと殺生石はニンマリと笑った。
「ちょっと人払いしまひょうか」
殺生石はピエールを連れてイシキリチャーチの北にある公園に向かった。
「さて、魔王軍との戦いやけど、相手の主力はアンデットや。通常兵器ではダメージが極小しかない。
ようデスナイトに人間の兵士がこともなげに踏み散らかされる風景が印象に残りガチやけど、
それは、通常兵器で攻撃しとるからや。
聖なる祈りをささげられた銀の十字架を溶かして作った銀の盾、銀の剣、銀の槍やと
普通の戦士を刺すみたいにサクサク刺さりますで。ただし、通常の鉄鎧で武装してる
一般兵士相手やと槍が折れたりすることもあるので厄介や。
あとは、洗礼の時に使う、神への祈りがささげられた聖水。これを瀬戸物の瓶に入れて
投げつける。これがかかるとアンデットは溶けたり灰になったりして戦闘不能になる。
ただ、相手は疲れを知らんアンデットやからね。
こっちは人間やから延々戦いつづけとったら人間のほうは
シャリばて(ハンガーノック)になって動けんようになる。
それを防止するためにヒール薬を桶に入れて後方部隊が常に前方部隊にぶっかけなあかん」
「高価なヒール薬をですか?」
「高価とか言うとる場合か、負けたら全部失うんやで」
「その通りです。しかし私たちはあくまでも義勇軍ですので、先立つものが」
「あんたのナニワの邸宅売って金作ったらええのや」
「あの屋敷は先々代が王より拝領した領地であり……」
「死にたいんやったら好きにしはったらよろしいがな。これ以上何も言わん」
「仰るとおりです。あの土地と邸宅を売ることにします」
「それと強欲の戦士が必要となる」
「強欲ですか?」
「タレントスキル、欲望の甘い蜜を使う」
「あれは敵を倒すものでしょう。アンデットには通用しないはずですが」
「蜜を霧状に散布して味方の兵士の肌に吸収させるんや。ヒールではキズが治ったり
疲労が回復するだけで、空腹は押さえられへん。だから糖分を肌から吸収させて
ハンガーノックを防止するんや」
「なるほど、逆転の発想ですね、さすが知将」
ピエールが熱い視線で殺生石を見る。
「……え?……嫌どす」
「申し訳ありません」
ピエールが苦笑する。
「強欲が敵に捕捉されて殺されたら終わりや。敵に見つからんようにするのと、
メシを食わすことを最優先にすることも大事やが、携帯が簡単で、高価な
宝石や金貨などを少しずつ強欲に渡せ。蜜を出し続けられるかわりに
金が引っ張りほうだいだと感じると、強欲の体にまた蜜が湧くから」
「わかりました」
「ほんまに分かったんかいな」
「はい」
「何か質問は?」
「ありません」
「あほか。筋肉バカ」
「すいません」
「すいませんやない。いくら強固な防衛陣地作っても、敵に素通りされたら終わりやろが」
「はい」
「どないすんねん」
「狭い場所に陣を敷きます」
「どこや」
「敵の進軍経路から考えて吉野口」
「せやな。それだけでええんか」
「はい」
「そこに兵を置いとるだけやと北宇智に迂回される」
「ならば、北宇智に部隊の半数を……」
「ちがう!吉野口に兵力を集中させて、そこを攻めさせるのや」
「どうやって?」
「わからんか?」
「はい」
ピエールは泣きそうな顔をして下を向いた。
「はあ」
殺生石はため息をついて横を見た。
「まあええわ、よう聞きや。まず、ヨシノで大量にたき火をしてたき火址を残す。
そのあと、吉野川沿いにたき火の数をどんどん減らしながらたき火址を作っていく。
最終的に、そやな薬水辺りで炊事道具や米をぶちまけて、ばらまいて、
その後、吉野口で軍を駐屯させる」
「それに何の意味があるのでしょうか」
「敵の立場になって考えい。たき火の数がどんどん少なくなれば、ヤマト側では
勝ち目のない合戦で逃亡者が続出していると敵は思う。それで、
薬水辺りで食糧と炊事道具が散らばってたら、完全に軍が崩壊して、
吉野口で動きが取れなくなって停止していると相手は思う。
これは簡単に撃破できると考えるので、手柄を立てるためにヤマト軍を迂回回避しないで
正面から突っ込む」
「ありがとうございます!」
「自分の頭で考えや」
「はい!」
「お返事だけはよろしおすんやねえ」
「それで勝てるんですね」
「勝てん、負ける」
「では勝てるやり方を教えてください」
「今教えたんが最善の策どす。たとえ初撃で敵を退けたとしても
相手は増援して押しつぶしにくる。
ヤマトは緊縮財政を行い、軍事費を削減しすぎた。
兵数も少ないし、練兵もできてない。勝てるわけがない」
「どうあっても絶望であると仰せか。しかし、異世界の書物ではノブナガオダという人物が
わずか2千で4万の兵を壊滅に追い込んだとか。やってできない事はありません」
「あれはな、ノブナガは事前に徹底的に練兵し、土木工事をやって道を整備して治水工事で
穀物の収量をあげて国の経済を繁栄させたうえで戦いに臨んだ。
これに対してヨシモトイマガワは、金をため込んで、軍の大半を傭兵に頼った。
常備兵やったら維持費がかかるさかいな。両国の経済的格差はわずかなものだったんや」
「それならなぜ、ノブナガオダは4万の兵を動員しなかったのですか」
「4万の兵を動員するためには、どうしても傭兵を雇わなければならなくなる。
そうすれば士気がさがる。実際、ヨシモトイマガワは主君がノブナガに襲われても
我先に逃げた。
通常、合戦は必ず数が多いほうが勝つ。
少数で多数を叩きのめすなど妄想。
ノブナガとヨシモトの兵数は見かけ上は大差だが、品質や士気など総合的に考えてばほぼ互角だったんや。
近代戦においては、そのような事は起こりえない。絶対的に強力な破壊兵器を保有していないかぎりな。
今回は、強力な破壊兵器を保有しているのは魔王軍のほうや」
「では、どうあってもヤマトは滅亡すると?」
「そんな事は言うてない。戦争は障壁や。魔王軍は何で戦争する?」
「それは侵略するためです」
「だから何で侵略するんや?」
「ピエールは考え込む」
「筋肉バカが、士官学校で何習うてきたんや。利益のためや。戦争は支配階級が利益を得るために
やるもんや。それを阻止するにはどうしたらいい」
「利益をなくすですか?」
「そうや、乗り越えるべき壁を高くするんや。そのためにはたとえ、お前らが全滅しても
壮絶な抵抗を行えば、敵は、ヤマトの皆殺しではなく、脅して領土を割譲し、
服従させることで支配しようとするやろう。無抵抗に降参したら、それこそ、
虐殺やりたいほうだいや。そやから侵略されたら、すぐに手をあげたらいかんのや。
異世界の逸話にチベットという宗教国家がでてくる。そこは、非武装中立、無抵抗を国是としており、
敵が攻めてきたら手をあげて無抵抗に降参したらしい。そしたら、民衆は大量虐殺されるは
神官は拷問にかけられるは子供は踏みつぶされるは女はレイプされるは、無茶苦茶されたらしい。
無抵抗に敵に降参するというのはそういうことや」
「では、私たちの戦いに意味はあるということですか」
「意味はある。やりようによってはな」
「わかりました!ありがとうございます!」
ピエールは敬礼した。
「あんじょう、おきばりやす」
殺生石は微笑んだ。
問題は強欲のキャラクターを探すことだった。
ピエールはナニワ中の伝手を頼って探したが、
実際に見つかっても魔王軍との戦いに参戦するのは断ってきた。
ピエールはニューワールドまで足を延ばしたがそこでも見つからない。
ここから南へは行かないほうがいいと人材派遣業の案内人は言った。
しかし、それ以北では人はいなかった。
「仕方がないからここから南でも探します」
ピエールがそういうと、案内人は「じゃあ、勝手にしてください」
と言って帰って行った。
そこから南へ路地を入ると何とも言えないアンモニア臭が鼻をついた。
それと、ゴムが焦げたような異様な匂いが混ざり合っていた。
そこからしばらく行くと自転車屋があった。
自転車とは異世界からもたらされた足漕ぎの簡易的人力車だ。
値段を見ると3000Pと安い。
早く移動したいので、買った。
買って、周囲で聞き込みをして外に出てみると、盗まれて無くなっていた。
鍵はつけていたのに。
ピエールは気にせず人を探した。
そして、ちょっと薄暗い路地に入った瞬間である。
「おら、死ねや!」
誰かが後ろからナイフを振りかざしてきた。
がキッ!
ピエールはナイフを握って握り潰した。
バキン
ナイフは粉々になった。
「ひ、ひい」
丸坊主で筋肉隆々の男だったが、腰を抜かしてその場にへたり込んだ。
「や、やべえ、どちらの組の方ですか」
ガタガタ震えながら男は言った。
顔に大きな額に大きな生々しい傷がある。
「君、顔に大きな傷があるね、戦場に行ってたのかい?私は入隊希望者を探してるんだよ」
「な~んだ、軍の募兵係かよ、驚かせやがって」
男は急に態度がデカくなる。
「おう、オレは一発でドラゴン倒したんだ。このキズはその時のもんだ。
ニドヅケキンシーズのゴリアテっちゃあこの辺りで知らねえもんあいねえぜ」
「すごいね、命知らずなんだね」
「あたりまえよ、魔王の軍隊と戦ってデスナイトの軍勢をせん滅したこともあるんだぜ。
入隊してやっから前金よこしな」
「入隊してくれるのはりがたい。その代わり、逃亡防止のために令呪を刻印させてもらうよ」
「刻印?そんなもん、いらねえよ、オレは怖いもん知らずなんだ」
「刻印しないなら金は払えない」
「払えよ!金が必要なんだよ!」
男はガクガク震え出した。
「払えよ!払えっててんだよおおおおお!」
大声で喚き散らす。
男の体がガタガタと震え出す。
「ああ……薬か」
「うっせえんだよおおお……」
男はその場にへたりこむ。
ピエールは軍用の痛み止めのヒーリング薬をポケットから出して、
男に垂らす。
ヒューン
男を黄色い光が包む。
男はひょこっと起き上がる。
「なんだこれ、気持ちいい、すげー上物じゃねえか、オッサン、売人かよ!それなら早く言ってくれよ!」
男は目を輝かせる。
これは麻薬ではなく市場では手に入らない軍用の高濃度ヒーリング薬だった。
「これが欲しいか」
「ほしいぜ、くれるんなら何でもする。殺しでも何でもよお」
「そうか、じゃあ、逃亡防止のために令呪の刻印をする」
「かまわねえぜ、そのかわり、もっと薬をくれよ」
「じゃあ、契約しろ」
「するする!」
ピエールは男と契約し、男に令呪の刻印をした。
このがめつさ、強欲に間違いなかった。
それほど強くなさそうだが、使えるレベルではあった。
「君、名前は」
「ゴリアテってんだ。軍の士官学校に居たこともあるんだぜ、中退しちまったけどよ」
「そうかね」
「薬よこせよ」
「また発作が起こったらね」
「薬よこせよ!」
「働いてないのに薬がやれるか!働いてから要求しろ!」
ピエールが厳しく言うとゴリアテは子供のように頬をふくらませて唇をとがらせた。
厚かましい奴だが可愛げがあった。
こいつには厳しく接しないと増長するタイプだとわかった。
「ではいくぞ、ゴリアテ」
「おう、兄貴」
ゴリアテはご機嫌でピエールについていこうとしたが、ピエールが背中を見せたとたん、
首筋を掴もうと手を伸ばした。
ピエールは素早くそれを避けて手を掴んだ。
手からボタボタと茶色い粘着液が垂れていた。
「なんだこれは」
「へへへ、オレの特殊能力さ。どんな巨人でもブッ倒せる。オレの能力高くわかねえか」
「ああ、買ってやるから、二度とオレを襲おとするなよ、今度やったら腕を握りつぶすぞ」
そう言って、ピエールは掴んだ手をぎゅっと握った。
「ぎゃああああああ、いててててててて、やらねえよ、やらねえから放せよこのボケが!」
「付け上がるな、ふざけたことしたら殺すぞこの家畜が、これからオレをピエール様と呼べ」
「はい、ピエール様」
ピエールが威圧すると
ゴリアテは体を縮めて上目使いでピエールを見た。
けっこう扱いが面倒な子だが、今はこの子しかいない。
ピエールはゴリアテを連れて帰ることにした。
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