57 / 72
2章
6話 愛国十字騎士団
しおりを挟む
アリターの宿屋のミカン風呂に入ったあと、旅館の部屋に戻ると、部屋の前に珍しい来客が立っていた。
「あら、おめずらしい、オダケンクン魔法院の師範代の
船岡山はんがこないなところに来られて。
洛中から出たら体にカビ生えるから外には出はらへんのと違うのん」
「またそないな、お上品な嫌味言わはって、同じドスエでも洛外の方はお品があって宜しおすなあ」
「なんでまたこんな化外の地まで来はったんどすか」
「ドスエが合戦を免れたのはよろしいんやけど、うちの魔法院のお嬢がヤマトの合戦に巻き込まれとる
いうてお師匠はんがえらい怒ってはりますのや。ヤマトの別院に行っても、なんや訳の分からん
片腕のカブトムシみたいなのがいるだけやし、ミルセラどないしましたんやろ。殺生姐はんやったら
知っとってかいなと思うて」
「ああ、ミルセラはんやったらヨシノーの山奥でガマガエルの薬かなんか作ってはるて聞きましたけど」
「ああダラニなんとかいう薬ですやろ。早うせなヤマトで合戦がはじまりますのや、
場所知ってはるんやったら一緒に来てもらえまへんやろか」
「まあそら宜しいけど、ドスエ領には入れまへんで、今入ったら殺されるかもしれまへんし」
「そらわかってます。国境からはワテが連れてかいりますさかいに。そのために、
こんなくっさいとこまできましたんや」
「ひとの国に来てようくっさいとか言いはりますなあ」
「何言うてますのん、ドスエ人やったらみんな言うてますやろ」
「はいはい、洛中は偉い、偉い」
「はい、洛中は偉いどすえ、ほな行きましょか」
「はいはい」
「はいは一回でよろしおすえ」
「はい、いちいち面倒くさいなあ」
殺生石は旅支度を整え、船岡山とともにヨシノーに向かった。
ヨシノーの薬房に行くとミルセラはすぐに見つかった。
ミルセラと話し合った結果、ミルセラはここに残りたいと言ったが、
スリーリングのオダケンクン院は場所的に確実に合戦に巻き込まれる。
あそこを守っているカブトムシ(牛魔王女)はミルセラが退避しなければ
おそらく絶対に退避しないと説得した。
そのため、ミルセラは渋々薬房を引き払い、
スリーリングのオダケンクン院に行って、そこで魔法を学んでいる生徒と牛魔王女を
説得してドスエに退避させることにした。
生徒の中にはどうしてもヤマトのために戦いたいと言う者もいたが、
13歳や14才ではかえって足手まといになると説得し、連れていくこととした。
親御さんも安全なドスエに子供を預けられることを喜んで子供たちに貯金の
大部分を渡して送り出していた。
「ほんで、お嬢は何でオダケンクン院別院におりませんのん」
船岡山がミルセラに尋ねた。
「ああ、お嬢さんなら魔王軍から呪い攻撃を受けて、治療するためにヒョウゴーの
鷹取師団のところまで行ってらっしゃいますよ」
「は?おどれ今何言うた?」
「何って私がやったんじゃないわよ、魔王軍がやったんじゃない」
「魔王軍がお嬢に呪いかけよったんか、あのウジ虫以下どもが」
「おちつきなさい、ミケ」
「下の名前で呼ぶな、ウチは今や宗家の師範代やど」
「呪われちゃったものはしょうがないじゃない」
「ショウガは八百屋にあるんじゃボケ」
「そこで笑わせにこなくていいから。それでどすうんのよ」
「魔王軍をぶっ壊す!」
船岡山が拳を握りしめて叫んだ。
「ぷっ」
「くくくっ」
ミルセラと殺生石は押し殺すように笑った。
結局、船岡山はヒョウゴーまでロシアンブルーのお嬢を連れ戻しにいくことにしたらしい。
殺生石はドスエには入れないので、イコマーから先にはミルセラが
避難民を西陣のオダケンクン魔法院まで引率することになった。
ヒョウゴーにはイーストナニワを通れば一直線だが、それは船岡山が拒否した。
「何言うてますのん、早いですやん」
「イヤどす、ナニワはドブの匂いがする」
「は?」
「ヘドロチックですやん」
「またそんな、ドスエのジイサンが言うてるような事を」
「入るだけで身の毛がよだちますのや」
「何でそんなに嫌いなん?」
殺生石が尋ねた。
「ナニワて金の事しか考えてまへんやろ。たこ焼き屋が繁盛したら
子供はええ学校入れて、国の官僚にしたり政治家にしたりしよる。
親子二代、三代と続けて技を磨こうとせえへん。金と名誉だけや。
せっかく先代が磨き上げた技術を平気で捨てよる。
そんなん、気持ち悪いですやん」
「まあねえ、魔法も累代の積み重ねやからねえ。その点、ドスエは、
何か武器探す時でもとことん付き合ってくれる。鎧の小札の金属にしても
細かいとこまで注文しても、店員が一生懸命探してくれはる。
なんか心がないとか言われてるけど、ホンマ、物作りにおいては
ドスエほど性根が入ってる人らはおへん」
「そやね、口先だけとか言われてるけど、実際は職人の街なんや、そして、
先代が積み重ねたものの上にまた薄皮を乗せるように積み重ねてゆく。
そうして積みあがったものがドスエの歴史なんや。
なんでもスクラップアンドビルドとかハナクソみたいな事言うてる
ナニワには、こんなもん、なんにも分からへんのや。あいつら、
ダメやったらもう一回、やり直したらええとか言うけど、
そんなもん、一旦、死んでしもたもんは生き返らへんのや。
あいつら、壊すばっかりで、作る事の大変さが分かってへん。
壊すのは一瞬、作るのは数千年の時がかかる。
せやから、壊すときには慎重の上にも慎重をかさねて熟慮せなあかんのや」
「よう考えてますなあ」
「まあね、洛中やさかいに」
「ははは、そうですかいな」
殺生石が軽い声で笑った。
ヤマトの国を通ってキシューへ。
そこからアワジーランドに船で渡り、北に移動して海峡の一番狭い場所からアカシへ。
そこから徒歩でタカトリに向かった。
地元の人に聞くとオソロシアの存在は有名で、近くのクニツ教会所属の病院で療養しているとのことだった。
「いとはん!ようご無事で!」
病院のベットの上にいたオソロシアを見つけた船岡山は目からポロポロと涙を流して
オソロシアに走り寄った。
「なんだミケか、どうしたんだよ。わざわざ見舞いか?」
「いとはん、早うお家に帰りまひょ」
「ドスエに家なんてねえよ、オレのオヤジは死んだんだ。家も社宅だったし。帰るなら
ヤマトの別院に帰るよ」
「別院は一時閉鎖してます。ヤマトで合戦がはじまります」
船岡山の言葉を聞いてオソロシアは目を見張る。
「そりゃ、大変だ、早くタケシに知らせないと」
ベットから起き上がろうとするオソロシアに船岡山がしがみ付く。
「待っておくれやす、もう終わりどす。すでに魔王軍はヤマトの中枢に進行してるはず。すでに
勝負はついてるはずどす。今から行っても遅うございます。手遅れです」
「そんなバカな」
「魔王軍は強い。あまりにも強い、我らに生きる一縷の望みがあるとするならば、
海を渡ってヒョウゴーに攻め込んできた魔王軍を撃退して、こちらの力を見せつけ、
土地を一部割譲して講和を結ぶことしかありまへん」
船岡山の言葉に殺生石がクビをかしげる。
「それは無理やわ、魔王連中、ここの子ら皆殺しにする言うてたし」
「あんたは黙っとき!」
船岡山が感情的になって怒鳴った。
「怒鳴ったかて、何も解決しまへんがな」
殺生石は無気力に答えた。
「そうか分かった、そうとなったら、オレはここでみんなと一緒に戦うよ。
ミケ、お前は逃げろ」
「何をいわはります。いとはんが戦うんやったら、ワテも戦いますよってに」
「命を無駄にするな、お前は逃げろ」
「嫌どす、ここは意地でも戦わせてもらいます。師匠にはいっぱい武芸の事教えてもらいました。
ワテの中では師範は今でも先代の旦那はんどす」
船岡山は殺生石を見る。
「もちろん、あんたも戦うやろ」
「嫌どす」
殺生石は即答した。
「あんた、何わがまま言うとんのや、そんな道理通らんで!」
船岡山が怒鳴る。
「戦うて私に何の益がおますのん。浪花節はナニワでやっておくれやす。
ほな、私は逃げさせていただきます」
「逃げたら敵前逃亡で殺すぞ!」
船岡山は怒鳴る。
「なんで、ドスエの軍役でもないところで敵前逃亡になるんどすか、私をころしたら、あんさんが
国家反逆罪になりますえ」
「ぐぬぬぬぬ……」
船岡山は歯を食いしばる。
「ミケ、やめろ、オレはお前だけ居てくれればいいから」
「ほんまどすか!ワテは戦うてもよろしいんどすか!」
船岡山はオソロシアに向きなおった。
「うん、うん」
ニコニコしながらオソロシアが頷いた。
「ふっ」
殺生石は鼻で笑ってその場を足早に立ち去った。
町を歩いていると、男が近づいてきた。
「おっと!」
そう言いながら男が寄りかかって来た。
殺生石は素早く飛びのいた。
男は転んで「いたたたた!」
と言いながら周囲を見回した。
「チッ」
舌打ちして立ち上がる。
殺生石は素早くその場から立ち去った。
「転び公妨かいな」
殺生石はにがり切った表情をした。
ヒョウゴーの公安警察がヒョウゴーに入り込んできた殺生石を怪しいと思い、
公務執行妨害の容疑をかけために、わざと目の前で転んで怪我をするふりをしたのだ。
どうもヒョウゴーはギスギスして空気が張りつめている。
公安警察だけではなく、外国の工作員らしき連中も、突然入ってきた殺生石を警戒してか
付け回してきているのが分かった。
こんな所は早くでよう。
殺生石はそう思った。
ボウン!
目の前の店から大きな火柱があがった。
もう魔王軍が攻め込んできたのか!
殺生石が緊張してたじろいでいると、野次馬がどんどん集まってくる。
「ははは、火事や、火事や!」
なんか喜んでいる。
「ぎゃああああああー!」
背中に火がついた獣人の男が中から走りだしてきた。
「うわあ」
「ゲラゲラ」
野次馬が笑いながら飛びのく。
「今度のはテロやと思う?」
「いやーヤクザの抗争ちゃう?この前、ヤクザが火炎瓶投げ込んだやん、風俗店に」
「ああ、あったあった、でもテロもあるでえ、テロかヤクザか賭けるか?」
「ええで、それか何人死んだか人数賭ける?」
なんかとんでもない会話を野次馬がしてた。
テロやヤクザの抗争に慣れきってやがる。
公安警察がピリピリするはずだ。
こんな町は早く出よう。
殺生石は足早にその場を立ち去った。
「ちょっと待ちなよ」
声をかけてくる男が居た。
目がくりっとして丸顔。
髪の毛は黒で丸刈り。
がに股の党用事。
ちび助。
「なんどすか」
殺生石は眉をひそめた。
こいつ、見た事がある。前に自分にぶつかったふりをして転んだ奴だ。
「何でオレが公安だとわかった」
男は殺生石を睨みつけた。
「何の事どすか」
「あいにくオレは耳がいいんでな」
「私はドスエの軍人で休暇で友達の家に遊びに来ただけどす」
「ここは中立国だ。ドスエのイヌは出ていけ」
男はずっと鋭い視線で殺生石をにらみながら言った。
「言われんでも出ていきます、こんなくっさい街」
「てめえ、尼をなめてんのか」
男は両手を広げる。
「ヘドロをなめる趣味はおへんえ」
「ケンカ売ってんのか、買ってやろうじゃねえか」
「売ってまへんがな」
この野郎。
男の広げた両手から炎が立ち昇った。
「これは面白い趣向どすなあ」
殺生石が両手を広げる。そこから白い光が放射される。
「なんだてめえ、炎に対して水を使ってこねえのか、よほど自信があんだな。やってみろや」
男は肩頬をニタリと歪めて笑った。
「はい、おしまい」
殺生石は手から光をヒュンと消した。
「あん?」
男はクビをかしげる。
殺生席は服の隙間から小さな箱を取り出す。
「はい、日光写真。これでアンタが罪もない一般市民を魔法暴力で恫喝した証拠はとりましたえ」
「何言ってんだお前、お前無茶苦茶強いだろ。わかるぞ」
「ぎゃー!おまわりさーん!」
殺生席は叫びながら逃げ出した。
「待ちやがれ!」
男は殺生石を追う。
ビューン!
殺生石は10メートルくらい飛び上がって道路を飛び越えた。
「てめえ!」
ビューン!
男も10メートルほどジャンプして殺生石を追った。
殺生石は警察署を見つけ、そこに走りこむ。
その後ろを男が追う。
男が警察署に走りこんでくる。
「てめえ!この野郎!」
「おまわりさん、こいつです!」
殺生石が男を指さす。
たちまち、数名の警察官が男を取り囲む。
「ちょ、待ってくれ、オレは任務でこいつを追ってるんだ!」
「う~怖かったです~」
殺生石は小動物のようにプルプル震えて、日光写真をかざした。
「まて、コイツは他国のスパイに違いねえんだ!」
怒鳴る男。
刑事さんらしき人が男の前に立ちはだかる。
「この人はただの旅行者だよ。旅券マスポートも正規のものだった。
あんた、一般市民に魔法兵器を出した。その時点で違法捜査だ」
「何言ってやがる、あんな強い旅行者がいるか!」
「うううう……」
殺生石は目からポロポロ涙を流し、アゴに梅干しを作って泣く。
「こんなか弱い女性が強いわけないだろ!」
刑事が怒鳴る。
「こいつの強さがわかんねえのか!」
男が怒鳴る。
「わかんないね!」
刑事が怒鳴り返す。
「さ、お嬢さん、いまのうちに行ってください」
刑事が殺生石にニッコリと笑いかける。
「ありがとうございます~」
殺生石は愛想笑いをして警察署を出た。
「あ~アホくさ。なんやヒョウゴーにもツワモノがおるんかいな、
泥の中の一輪のハスの花やなあ、ははは」
殺生石は軽い声で笑った。
「てめえー!おぼえてろよー!」
警察署の中から怒鳴り声が聞こえた。
「やっぱりキョウタナベから下は猿しはおりまへんなあ」
殺生石はクビをすくめた。
ナニワ民国に入国すると、殺生石はとんでもない奴に遭遇した。
ヤマトで反乱を起こしてドスエに亡命していたピエールである。
ドスエが魔王軍と不可侵条約を結んだ時に厄介払いで追放されたのだろう。
それにしても、よくナニワ民国がこの男を受け入れたものだ。
愛国十字騎士団とかいうのを立ち上げて、ヤマトの援軍に駆け付けようと
呼びかけている。
ひょっとすると、魔王の進軍に備えて、ナニワ民国は無関係と思わせて、
実はナニワ民国が資金提供してピエールにやらせているのか。
ピエールたちが勝てばよし、負けても、ピエールが勝手にやったと言い張ればよい。
もしそうなら、良い作戦だ。
そんなものに参加したがる奴が居るのかと思いきや、
旧ナニワ王国の役人で、リストラされて生活保護を受給して生活しているような中年が
ゾロゾロ集まっていた。
みんな中年太りで腹が出ていて頭はボサボサでヒゲもぼうぼうだ。
もう一花、咲かせようというのか、それとも彼らの最終処分場になるのか。
何か興味を引かれたので、それに付いていったが、はっとして殺生席は足を止めた。
あぶない、あぶない、こんなものに関わったら絶対死ぬ。
せっかくイーストナニワーまで来たので、この地区のメインチャーチ、
ヒラオカ聖教会にお参りに行った。
杉の巨木が林立し、荘厳な雰囲気の教会だった。
近くに派手な看板が立ち並ぶ街の喧騒がありながら、ここは別世界のように思えた。
殺生石はその教会の懺悔室でお祈りを行い、教会に1万Pを寄付して帰ってきた。
しばらくは、このイーストナニワーにとどまって戦況を伺おうと殺生石は思った。
「あら、おめずらしい、オダケンクン魔法院の師範代の
船岡山はんがこないなところに来られて。
洛中から出たら体にカビ生えるから外には出はらへんのと違うのん」
「またそないな、お上品な嫌味言わはって、同じドスエでも洛外の方はお品があって宜しおすなあ」
「なんでまたこんな化外の地まで来はったんどすか」
「ドスエが合戦を免れたのはよろしいんやけど、うちの魔法院のお嬢がヤマトの合戦に巻き込まれとる
いうてお師匠はんがえらい怒ってはりますのや。ヤマトの別院に行っても、なんや訳の分からん
片腕のカブトムシみたいなのがいるだけやし、ミルセラどないしましたんやろ。殺生姐はんやったら
知っとってかいなと思うて」
「ああ、ミルセラはんやったらヨシノーの山奥でガマガエルの薬かなんか作ってはるて聞きましたけど」
「ああダラニなんとかいう薬ですやろ。早うせなヤマトで合戦がはじまりますのや、
場所知ってはるんやったら一緒に来てもらえまへんやろか」
「まあそら宜しいけど、ドスエ領には入れまへんで、今入ったら殺されるかもしれまへんし」
「そらわかってます。国境からはワテが連れてかいりますさかいに。そのために、
こんなくっさいとこまできましたんや」
「ひとの国に来てようくっさいとか言いはりますなあ」
「何言うてますのん、ドスエ人やったらみんな言うてますやろ」
「はいはい、洛中は偉い、偉い」
「はい、洛中は偉いどすえ、ほな行きましょか」
「はいはい」
「はいは一回でよろしおすえ」
「はい、いちいち面倒くさいなあ」
殺生石は旅支度を整え、船岡山とともにヨシノーに向かった。
ヨシノーの薬房に行くとミルセラはすぐに見つかった。
ミルセラと話し合った結果、ミルセラはここに残りたいと言ったが、
スリーリングのオダケンクン院は場所的に確実に合戦に巻き込まれる。
あそこを守っているカブトムシ(牛魔王女)はミルセラが退避しなければ
おそらく絶対に退避しないと説得した。
そのため、ミルセラは渋々薬房を引き払い、
スリーリングのオダケンクン院に行って、そこで魔法を学んでいる生徒と牛魔王女を
説得してドスエに退避させることにした。
生徒の中にはどうしてもヤマトのために戦いたいと言う者もいたが、
13歳や14才ではかえって足手まといになると説得し、連れていくこととした。
親御さんも安全なドスエに子供を預けられることを喜んで子供たちに貯金の
大部分を渡して送り出していた。
「ほんで、お嬢は何でオダケンクン院別院におりませんのん」
船岡山がミルセラに尋ねた。
「ああ、お嬢さんなら魔王軍から呪い攻撃を受けて、治療するためにヒョウゴーの
鷹取師団のところまで行ってらっしゃいますよ」
「は?おどれ今何言うた?」
「何って私がやったんじゃないわよ、魔王軍がやったんじゃない」
「魔王軍がお嬢に呪いかけよったんか、あのウジ虫以下どもが」
「おちつきなさい、ミケ」
「下の名前で呼ぶな、ウチは今や宗家の師範代やど」
「呪われちゃったものはしょうがないじゃない」
「ショウガは八百屋にあるんじゃボケ」
「そこで笑わせにこなくていいから。それでどすうんのよ」
「魔王軍をぶっ壊す!」
船岡山が拳を握りしめて叫んだ。
「ぷっ」
「くくくっ」
ミルセラと殺生石は押し殺すように笑った。
結局、船岡山はヒョウゴーまでロシアンブルーのお嬢を連れ戻しにいくことにしたらしい。
殺生石はドスエには入れないので、イコマーから先にはミルセラが
避難民を西陣のオダケンクン魔法院まで引率することになった。
ヒョウゴーにはイーストナニワを通れば一直線だが、それは船岡山が拒否した。
「何言うてますのん、早いですやん」
「イヤどす、ナニワはドブの匂いがする」
「は?」
「ヘドロチックですやん」
「またそんな、ドスエのジイサンが言うてるような事を」
「入るだけで身の毛がよだちますのや」
「何でそんなに嫌いなん?」
殺生石が尋ねた。
「ナニワて金の事しか考えてまへんやろ。たこ焼き屋が繁盛したら
子供はええ学校入れて、国の官僚にしたり政治家にしたりしよる。
親子二代、三代と続けて技を磨こうとせえへん。金と名誉だけや。
せっかく先代が磨き上げた技術を平気で捨てよる。
そんなん、気持ち悪いですやん」
「まあねえ、魔法も累代の積み重ねやからねえ。その点、ドスエは、
何か武器探す時でもとことん付き合ってくれる。鎧の小札の金属にしても
細かいとこまで注文しても、店員が一生懸命探してくれはる。
なんか心がないとか言われてるけど、ホンマ、物作りにおいては
ドスエほど性根が入ってる人らはおへん」
「そやね、口先だけとか言われてるけど、実際は職人の街なんや、そして、
先代が積み重ねたものの上にまた薄皮を乗せるように積み重ねてゆく。
そうして積みあがったものがドスエの歴史なんや。
なんでもスクラップアンドビルドとかハナクソみたいな事言うてる
ナニワには、こんなもん、なんにも分からへんのや。あいつら、
ダメやったらもう一回、やり直したらええとか言うけど、
そんなもん、一旦、死んでしもたもんは生き返らへんのや。
あいつら、壊すばっかりで、作る事の大変さが分かってへん。
壊すのは一瞬、作るのは数千年の時がかかる。
せやから、壊すときには慎重の上にも慎重をかさねて熟慮せなあかんのや」
「よう考えてますなあ」
「まあね、洛中やさかいに」
「ははは、そうですかいな」
殺生石が軽い声で笑った。
ヤマトの国を通ってキシューへ。
そこからアワジーランドに船で渡り、北に移動して海峡の一番狭い場所からアカシへ。
そこから徒歩でタカトリに向かった。
地元の人に聞くとオソロシアの存在は有名で、近くのクニツ教会所属の病院で療養しているとのことだった。
「いとはん!ようご無事で!」
病院のベットの上にいたオソロシアを見つけた船岡山は目からポロポロと涙を流して
オソロシアに走り寄った。
「なんだミケか、どうしたんだよ。わざわざ見舞いか?」
「いとはん、早うお家に帰りまひょ」
「ドスエに家なんてねえよ、オレのオヤジは死んだんだ。家も社宅だったし。帰るなら
ヤマトの別院に帰るよ」
「別院は一時閉鎖してます。ヤマトで合戦がはじまります」
船岡山の言葉を聞いてオソロシアは目を見張る。
「そりゃ、大変だ、早くタケシに知らせないと」
ベットから起き上がろうとするオソロシアに船岡山がしがみ付く。
「待っておくれやす、もう終わりどす。すでに魔王軍はヤマトの中枢に進行してるはず。すでに
勝負はついてるはずどす。今から行っても遅うございます。手遅れです」
「そんなバカな」
「魔王軍は強い。あまりにも強い、我らに生きる一縷の望みがあるとするならば、
海を渡ってヒョウゴーに攻め込んできた魔王軍を撃退して、こちらの力を見せつけ、
土地を一部割譲して講和を結ぶことしかありまへん」
船岡山の言葉に殺生石がクビをかしげる。
「それは無理やわ、魔王連中、ここの子ら皆殺しにする言うてたし」
「あんたは黙っとき!」
船岡山が感情的になって怒鳴った。
「怒鳴ったかて、何も解決しまへんがな」
殺生石は無気力に答えた。
「そうか分かった、そうとなったら、オレはここでみんなと一緒に戦うよ。
ミケ、お前は逃げろ」
「何をいわはります。いとはんが戦うんやったら、ワテも戦いますよってに」
「命を無駄にするな、お前は逃げろ」
「嫌どす、ここは意地でも戦わせてもらいます。師匠にはいっぱい武芸の事教えてもらいました。
ワテの中では師範は今でも先代の旦那はんどす」
船岡山は殺生石を見る。
「もちろん、あんたも戦うやろ」
「嫌どす」
殺生石は即答した。
「あんた、何わがまま言うとんのや、そんな道理通らんで!」
船岡山が怒鳴る。
「戦うて私に何の益がおますのん。浪花節はナニワでやっておくれやす。
ほな、私は逃げさせていただきます」
「逃げたら敵前逃亡で殺すぞ!」
船岡山は怒鳴る。
「なんで、ドスエの軍役でもないところで敵前逃亡になるんどすか、私をころしたら、あんさんが
国家反逆罪になりますえ」
「ぐぬぬぬぬ……」
船岡山は歯を食いしばる。
「ミケ、やめろ、オレはお前だけ居てくれればいいから」
「ほんまどすか!ワテは戦うてもよろしいんどすか!」
船岡山はオソロシアに向きなおった。
「うん、うん」
ニコニコしながらオソロシアが頷いた。
「ふっ」
殺生石は鼻で笑ってその場を足早に立ち去った。
町を歩いていると、男が近づいてきた。
「おっと!」
そう言いながら男が寄りかかって来た。
殺生石は素早く飛びのいた。
男は転んで「いたたたた!」
と言いながら周囲を見回した。
「チッ」
舌打ちして立ち上がる。
殺生石は素早くその場から立ち去った。
「転び公妨かいな」
殺生石はにがり切った表情をした。
ヒョウゴーの公安警察がヒョウゴーに入り込んできた殺生石を怪しいと思い、
公務執行妨害の容疑をかけために、わざと目の前で転んで怪我をするふりをしたのだ。
どうもヒョウゴーはギスギスして空気が張りつめている。
公安警察だけではなく、外国の工作員らしき連中も、突然入ってきた殺生石を警戒してか
付け回してきているのが分かった。
こんな所は早くでよう。
殺生石はそう思った。
ボウン!
目の前の店から大きな火柱があがった。
もう魔王軍が攻め込んできたのか!
殺生石が緊張してたじろいでいると、野次馬がどんどん集まってくる。
「ははは、火事や、火事や!」
なんか喜んでいる。
「ぎゃああああああー!」
背中に火がついた獣人の男が中から走りだしてきた。
「うわあ」
「ゲラゲラ」
野次馬が笑いながら飛びのく。
「今度のはテロやと思う?」
「いやーヤクザの抗争ちゃう?この前、ヤクザが火炎瓶投げ込んだやん、風俗店に」
「ああ、あったあった、でもテロもあるでえ、テロかヤクザか賭けるか?」
「ええで、それか何人死んだか人数賭ける?」
なんかとんでもない会話を野次馬がしてた。
テロやヤクザの抗争に慣れきってやがる。
公安警察がピリピリするはずだ。
こんな町は早く出よう。
殺生石は足早にその場を立ち去った。
「ちょっと待ちなよ」
声をかけてくる男が居た。
目がくりっとして丸顔。
髪の毛は黒で丸刈り。
がに股の党用事。
ちび助。
「なんどすか」
殺生石は眉をひそめた。
こいつ、見た事がある。前に自分にぶつかったふりをして転んだ奴だ。
「何でオレが公安だとわかった」
男は殺生石を睨みつけた。
「何の事どすか」
「あいにくオレは耳がいいんでな」
「私はドスエの軍人で休暇で友達の家に遊びに来ただけどす」
「ここは中立国だ。ドスエのイヌは出ていけ」
男はずっと鋭い視線で殺生石をにらみながら言った。
「言われんでも出ていきます、こんなくっさい街」
「てめえ、尼をなめてんのか」
男は両手を広げる。
「ヘドロをなめる趣味はおへんえ」
「ケンカ売ってんのか、買ってやろうじゃねえか」
「売ってまへんがな」
この野郎。
男の広げた両手から炎が立ち昇った。
「これは面白い趣向どすなあ」
殺生石が両手を広げる。そこから白い光が放射される。
「なんだてめえ、炎に対して水を使ってこねえのか、よほど自信があんだな。やってみろや」
男は肩頬をニタリと歪めて笑った。
「はい、おしまい」
殺生石は手から光をヒュンと消した。
「あん?」
男はクビをかしげる。
殺生席は服の隙間から小さな箱を取り出す。
「はい、日光写真。これでアンタが罪もない一般市民を魔法暴力で恫喝した証拠はとりましたえ」
「何言ってんだお前、お前無茶苦茶強いだろ。わかるぞ」
「ぎゃー!おまわりさーん!」
殺生席は叫びながら逃げ出した。
「待ちやがれ!」
男は殺生石を追う。
ビューン!
殺生石は10メートルくらい飛び上がって道路を飛び越えた。
「てめえ!」
ビューン!
男も10メートルほどジャンプして殺生石を追った。
殺生石は警察署を見つけ、そこに走りこむ。
その後ろを男が追う。
男が警察署に走りこんでくる。
「てめえ!この野郎!」
「おまわりさん、こいつです!」
殺生石が男を指さす。
たちまち、数名の警察官が男を取り囲む。
「ちょ、待ってくれ、オレは任務でこいつを追ってるんだ!」
「う~怖かったです~」
殺生石は小動物のようにプルプル震えて、日光写真をかざした。
「まて、コイツは他国のスパイに違いねえんだ!」
怒鳴る男。
刑事さんらしき人が男の前に立ちはだかる。
「この人はただの旅行者だよ。旅券マスポートも正規のものだった。
あんた、一般市民に魔法兵器を出した。その時点で違法捜査だ」
「何言ってやがる、あんな強い旅行者がいるか!」
「うううう……」
殺生石は目からポロポロ涙を流し、アゴに梅干しを作って泣く。
「こんなか弱い女性が強いわけないだろ!」
刑事が怒鳴る。
「こいつの強さがわかんねえのか!」
男が怒鳴る。
「わかんないね!」
刑事が怒鳴り返す。
「さ、お嬢さん、いまのうちに行ってください」
刑事が殺生石にニッコリと笑いかける。
「ありがとうございます~」
殺生石は愛想笑いをして警察署を出た。
「あ~アホくさ。なんやヒョウゴーにもツワモノがおるんかいな、
泥の中の一輪のハスの花やなあ、ははは」
殺生石は軽い声で笑った。
「てめえー!おぼえてろよー!」
警察署の中から怒鳴り声が聞こえた。
「やっぱりキョウタナベから下は猿しはおりまへんなあ」
殺生石はクビをすくめた。
ナニワ民国に入国すると、殺生石はとんでもない奴に遭遇した。
ヤマトで反乱を起こしてドスエに亡命していたピエールである。
ドスエが魔王軍と不可侵条約を結んだ時に厄介払いで追放されたのだろう。
それにしても、よくナニワ民国がこの男を受け入れたものだ。
愛国十字騎士団とかいうのを立ち上げて、ヤマトの援軍に駆け付けようと
呼びかけている。
ひょっとすると、魔王の進軍に備えて、ナニワ民国は無関係と思わせて、
実はナニワ民国が資金提供してピエールにやらせているのか。
ピエールたちが勝てばよし、負けても、ピエールが勝手にやったと言い張ればよい。
もしそうなら、良い作戦だ。
そんなものに参加したがる奴が居るのかと思いきや、
旧ナニワ王国の役人で、リストラされて生活保護を受給して生活しているような中年が
ゾロゾロ集まっていた。
みんな中年太りで腹が出ていて頭はボサボサでヒゲもぼうぼうだ。
もう一花、咲かせようというのか、それとも彼らの最終処分場になるのか。
何か興味を引かれたので、それに付いていったが、はっとして殺生席は足を止めた。
あぶない、あぶない、こんなものに関わったら絶対死ぬ。
せっかくイーストナニワーまで来たので、この地区のメインチャーチ、
ヒラオカ聖教会にお参りに行った。
杉の巨木が林立し、荘厳な雰囲気の教会だった。
近くに派手な看板が立ち並ぶ街の喧騒がありながら、ここは別世界のように思えた。
殺生石はその教会の懺悔室でお祈りを行い、教会に1万Pを寄付して帰ってきた。
しばらくは、このイーストナニワーにとどまって戦況を伺おうと殺生石は思った。
0
お気に入りに追加
133
あなたにおすすめの小説
転生したら最強種の竜人かよ~目立ちたくないので種族隠して学院へ通います~
ゆる弥
ファンタジー
強さをひた隠しにして学院の入学試験を受けるが、強すぎて隠し通せておらず、逆に目立ってしまう。
コイツは何かがおかしい。
本人は気が付かず隠しているが、周りは気付き始める。
目立ちたくないのに国の最高戦力に祭り上げられてしまう可哀想な男の話。
欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します
ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!!
カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。
30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。
ひさまま
ファンタジー
前世で搾取されまくりだった私。
魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。
とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。
これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。
取り敢えず、明日は退職届けを出そう。
目指せ、快適異世界生活。
ぽちぽち更新します。
作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。
脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。
能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?
火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…?
24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?

元公務員が異世界転生して辺境の勇者になったけど魔獣が13倍出現するブラック地区だから共生を目指すことにした
まどぎわ
ファンタジー
激務で倒れ、そのまま死んだ役所職員。
生まれ変わった世界は、魔獣に怯える国民を守るために勇者が活躍するファンタジーの世界だった。
前世の記憶を有したままチート状態で勇者になったが、担当する街は魔獣の出現が他よりも遥かに多いブラック地区。これは出現する魔獣が悪いのか、通報してくる街の住人が悪いのか……穏やかに寿命を真っ当するため、仕事はそんなに頑張らない。勇者は今日も、魔獣と、市民と、共生を目指す。

ようこそ異世界へ!うっかりから始まる異世界転生物語
Eunoi
ファンタジー
本来12人が異世界転生だったはずが、神様のうっかりで異世界転生に巻き込まれた主人公。
チート能力をもらえるかと思いきや、予定外だったため、チート能力なし。
その代わりに公爵家子息として異世界転生するも、まさかの没落→島流し。
さぁ、どん底から這い上がろうか
そして、少年は流刑地より、王政が当たり前の国家の中で、民主主義国家を樹立することとなる。
少年は英雄への道を歩き始めるのだった。
※第4章に入る前に、各話の改定作業に入りますので、ご了承ください。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです
飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。
だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。
勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し!
そんなお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる