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六十二話 戦は数である

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 永禄三年五月十三日、駿河今川館を発った。

 総勢約二万の大軍勢である。

 今川軍は十五日に三河岡崎城に入城した。

 すでに遠州掛川城から出た朝比奈泰朝隊が二日前には到着しており、
 朝比奈隊の到着と同時に松平元康隊が大高城に向けて軍を発した。

 松平軍は大高城への兵糧搬入と織田方の砦殲滅の二役担わされているので
 大変であったが、松平元康殿は一切不平を言われなかった。

 武士たるものかくあるべしと、義元公のお覚えめでたく、
 近年松平元康殿にお目をかけておられた。

 義元公は岡崎城で諸将を集められ、最終的な差配の確認をなされた。

 松平からは名代が出席し、軍議が終われば早馬で松平本隊と合流することになる。

 此度の合戦の経緯について、
 恐れ多くも義元公が御自らご説明なされる事になった。

 本来これは太原雪斎様がなされる事であった。

 しかし、雪斎様はすでにこの世にはなく、
 ついでこのお役目を引き継がれた朝比奈泰能殿も弘治三年に亡くなられていた。

 一宮宗是はその任に選ばれることなく、
 本来は、大原資良が取り仕切ることになっていたが、
 場の雰囲気が大原を拒んでいると察せされたのであろうか、
 義元公が御自らご説明になられることになった。

 このお心使いに、諸将みな恐縮した。

 「まず、此度の目的の第一は大高城への物資補給にある。
 第二は熱田湊制圧、第三は織田信長討伐。
 これが優先順位である。
 こちらに大軍のあるを見て敵が清洲城に籠城すれば、
 我が軍は熱田まで進軍し、港を制圧。ここで織田に和議の使者を送って和解する」

 「お待ちくだされ、御屋形様は信長を討伐すると仰せではなかったか」

 慌てて孕石泰元が口を差し挟む。

 「皆まで言われるな、熱田さえ取ってしまえば、
 津島は一向宗に閉鎖させて長島が津島に取ってかわる。
 港を無くして織田が衰亡すれば、
 美濃の斉藤が尾張に攻め込んでくる。
 そこで、今川家が援軍を送るかわりに、
 織田は今川に臣従するように命令する。
 こうなれば織田も服従するよりあるまい」

 一宮是宗がたしなめた。

 「しかし、御屋形様は信長を殺されるのであろう。
 服従させては殺すことにはならぬ」

 「だから、皆まで言われるな、今は熱田制圧に執心されよ」

 元泰は納得していないようであったが、
 宗是はこれ以上言わせないようにした。
 織田を服従させたあと、
 謀反の嫌疑をかけて信長を切腹させ、
 信長の弟の織田信良辺りに家督を継がせる算段である。

 その事をここで義元公がのたまうわけにはいかない。

 「宗是、よう言うてくれた。
 話を続ける。清洲城に籠城すればそれでよし。
 もし出陣してくるようであれば、中島砦の前で待ち構える。

 あそこは隠れる場所のない田畑であり、
 そこを真っ直ぐ伸びた細いあぜ道を一列に進んでくる処を
 鉄砲と弓の集中砲火で殲滅する。

 しかし、信長とて馬鹿ではない。

 すでに桶狭間山の周囲はくまなく調べておるが、
 北に細い間道がある。

 信長は乾坤一擲、
 ここに織田家随一の精鋭部隊を投入し我が本陣を奇襲してくるに違いない。

 そこに伏兵を仕掛け、横から突き崩して一気に潰す。

 その伏兵は浅井小四郎が指揮せよ」

 「はっ」

 浅井小四郎殿が一礼した。

 「また、捨鉢になって一直線に我が本陣に駆け込んでくるやもしれず、
 敵兵力を分散させるために小高い丘に本陣を
 偽装した軍を置く。その指揮は松井宗信が取れ」

 「はっ」

 松井宗信が頭をさげた。

 「我が本陣は桶狭間山の自然の要害を利用する。
 本陣設営は瀬名氏俊がいたせ」

 「ははっ」

 瀬名氏俊が一礼する。

 そのあと本陣の陣営と先鋒の陣営の確認を行った。

 先鋒は安倍信真殿、久野元宗殿などが勤められる事となった。

 砦殲滅は朝比奈泰朝殿、松平元康殿、井伊直盛殿らである。

 もし、信長隊が真っ直ぐ今川本陣に突っ込んでくる場合には
 服部友貞が三百の手勢を引き連れて熱田を襲い、
 倉を襲って悉く兵糧米を燃やし尽くす手はずとなっていた。

 その上で今川本隊は大高城に入場し、長期戦に持ち込む。

 全てにおいて完璧なご差配であった。

 ただ、実元が少し気になったのは後方にいくばくかの部隊を残しておられる事であった。

 全力で当たられるのであれば、その部隊も投入されるはずである。

 それとも経費節減のおつもりであろうか。

 軍議も終わり、義元公が締めのお言葉をのたまった。

 「この戦、必ず勝つ。なぜならば、戦は数であるからだ。
 此度の戦、数において当方が圧倒的に有利、
 よって織田に万に一つも勝ち目はない」

 「おーっ」

 義元公のかけ声に今川軍諸将の士気が大いに高まった。
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