どこまでも付いていきます下駄の雪

楠乃小玉

文字の大きさ
上 下
51 / 76

五十一話 三国同盟

しおりを挟む

 元実が家に帰って父、宗是にその話をすると、
 今後は家の事はかまわぬ故、雪斎様のご助力に専念せよと命じられた。

 元実は関口親永殿を通じ、瀬名家の伝手を頼って武田と話しを通した。

 また同じ小笠原一族の小笠原氏興殿を通じて北条と話を通した。

 雪斎様のご実家の庵原氏を通じて武田家の山本勘助などとよしみを通じ、
 今川、武田、北条の重臣が駿河臨済寺に集まり、会合を開くこととなった。

 元実も雪斎様に随行して臨済寺に行くことになったが、
 今川から出席されたのは田原雪斎様、朝比奈泰能殿、
 武田からは飯富虎昌(おぶとらまさ)殿、穴山信嘉(あなやまのぶよし)殿、
 山本勘助殿、北条からは松田盛秀(まつだもりひで)殿、
 北条綱成(ほうじょうつななり)殿であった。

 列席された諸将の中、北条綱成殿を見て元実は体が固まった。

 それはまさしく、福島孫九郎その人であった。

 孫九郎もこちらに気が付き、笑いをかみ殺した。

 実元は慌てて下を見る。

 かの孫九郎が北条の重責を担っているのに、実元はまだ中堅。

 この場で田原雪斎様は自説を述べられた。

 「元より北条のお家は京に上られるおつもりはございますまい。
 欲するは上野、武蔵、下総、上総、」

 雪斎様は国の名前並べながら松田殿、綱成の顔を一瞥された。

「そして」

 甲斐の山本勘助が口を差し挟み、
 飯富、穴山のご両人の顔を見て含み笑いを浮かべた。

「 ふふふ」「ははは」ご両人は低い声で笑った。

 「いやいや」

 松田盛秀殿が苦笑いして首を横に振った。

 綱成は涼しい顔をしておる。

 「武田のお家が欲するは海、されど南に進めば今川家と北条家に挟撃されまする。
 よって向かうは信濃、その向こうの越中の海でござる。
 信濃は小国人分裂し、
 守護小笠原氏に力無く、
 越中は畠山氏と神保氏が争うて取るに容易き事情にござる。
 されば、北に進まれるためには南の守りを盤石としたるが肝要でございましょう」

 「北条、武田の事情は分かる。
 されば、今川家は何の利得ありて同盟を結ばれるか」

 松田盛秀殿が問うた。

 「されば今川殿はケツに火がついておいでですからな」

 また山本勘助が余計な事を言った。

 「はて」

 雪斎様が首をかしげられる。

 「尾張の猿がケツに火をつけて回っておるでしょう」

 勘助の言葉に北条の諸将が無言のままで目を見合わせた。

 泰能殿はそしらぬ顔で平然としておられる。

 「今川の事情はさておき、北条家、武田家にとって悪いお話ではないはず。」

 武田の方でも飯富虎昌殿が口を開いた。

 「穴山殿いかがか」

 「悪い話とは思いませぬ飯富殿が承諾されるなら某に異論はござらぬ」

 「勘助はどう思う」

 「北条はさておき、今川の、その中でも駿河衆は茹で蛙ゆえ、
 盟約を結べば攻めてくることはないでしょう」

 「これ、口を控えよ」

 さすがに虎昌殿が叱責された。勘助は静かに頭を下げた。

 「北条としても異論ござらぬ」

 松田盛秀殿が仰った。

 「それでは、次に、婚姻のお話をいたしましょう」

 雪斎様は盟約に続いて、
 今川、北条、武田の婚姻のお話を始められた。

 今川義元公のご息女が 武田信玄殿の子武田義信殿に嫁ぎ、
 武田信玄殿の娘が北条氏康の子北条氏政殿に嫁ぎ、
 北条氏康殿の娘早川殿が今川義元公のご嫡子、
 今川氏真様に嫁がれることで話しが決まった。

 今考えてみれば、雪斎殿はもとより駿河を捨てて
 信長と戦う気は無かったと見える。

 最初から武田、北条との同盟を鑑み、
 もう一段高みの無理筋から義元公をお攻めになられたのであろう。

 ここまでは雪斎様のもくろみ通りに進んでおるように元実には思えた。
しおりを挟む
感想 43

あなたにおすすめの小説

敵は家康

早川隆
歴史・時代
旧題:礫-つぶて- 【第六回アルファポリス歴史・時代小説大賞 特別賞受賞作品】 俺は石ころじゃない、礫(つぶて)だ!桶狭間前夜を駆ける無名戦士達の物語。永禄3年5月19日の早朝。桶狭間の戦いが起こるほんの数時間ほど前の話。出撃に際し戦勝祈願に立ち寄った熱田神宮の拝殿で、織田信長の眼に、彼方の空にあがる二条の黒い煙が映った。重要拠点の敵を抑止する付け城として築かれた、鷲津砦と丸根砦とが、相前後して炎上、陥落したことを示す煙だった。敵は、餌に食いついた。ひとりほくそ笑む信長。しかし、引き続く歴史的大逆転の影には、この両砦に籠って戦い、玉砕した、名もなき雑兵どもの人生と、夢があったのである・・・ 本編は「信長公記」にも記された、このプロローグからわずかに時間を巻き戻し、弥七という、矢作川の流域に棲む河原者(被差別民)の子供が、ある理不尽な事件に巻き込まれたところからはじまります。逃亡者となった彼は、やがて国境を越え、風雲急を告げる東尾張へ。そして、戦地を駆ける黒鍬衆の一人となって、底知れぬ謀略と争乱の渦中に巻き込まれていきます。そして、最後に行き着いた先は? ストーリーはフィクションですが、周辺の歴史事件など、なるべく史実を踏みリアリティを追求しました。戦場を駆ける河原者二人の眼で、戦国時代を体感しに行きましょう!

織田信長IF… 天下統一再び!!

華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。 この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。 主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。 ※この物語はフィクションです。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

いや、婿を選べって言われても。むしろ俺が立候補したいんだが。

SHO
歴史・時代
時は戦国末期。小田原北条氏が豊臣秀吉に敗れ、新たに徳川家康が関八州へ国替えとなった頃のお話。 伊豆国の離れ小島に、弥五郎という一人の身寄りのない少年がおりました。その少年は名刀ばかりを打つ事で有名な刀匠に拾われ、弟子として厳しく、それは厳しく、途轍もなく厳しく育てられました。 そんな少年も齢十五になりまして、師匠より独立するよう言い渡され、島を追い出されてしまいます。 さて、この先の少年の運命やいかに? 剣術、そして恋が融合した痛快エンタメ時代劇、今開幕にございます! *この作品に出てくる人物は、一部実在した人物やエピソードをモチーフにしていますが、モチーフにしているだけで史実とは異なります。空想時代活劇ですから! *この作品はノベルアップ+様に掲載中の、「いや、婿を選定しろって言われても。だが断る!」を改題、改稿を経たものです。

腐れ外道の城

詠野ごりら
歴史・時代
戦国時代初期、険しい山脈に囲まれた国。樋野(ひの)でも狭い土地をめぐって争いがはじまっていた。 黒田三郎兵衛は反乱者、井藤十兵衛の鎮圧に向かっていた。

鬼を討つ〜徳川十六将・渡辺守綱記〜

八ケ代大輔
歴史・時代
徳川家康を天下に導いた十六人の家臣「徳川十六将」。そのうちの1人「槍の半蔵」と称され、服部半蔵と共に「両半蔵」と呼ばれた渡辺半蔵守綱の一代記。彼の祖先は酒天童子を倒した源頼光四天王の筆頭で鬼を斬ったとされる渡辺綱。徳川家康と同い歳の彼の人生は徳川家康と共に歩んだものでした。渡辺半蔵守綱の生涯を通して徳川家康が天下を取るまでの道のりを描く。表紙画像・すずき孔先生。

戦国終わらず ~家康、夏の陣で討死~

川野遥
歴史・時代
長きに渡る戦国時代も大坂・夏の陣をもって終わりを告げる …はずだった。 まさかの大逆転、豊臣勢が真田の活躍もありまさかの逆襲で徳川家康と秀忠を討ち果たし、大坂の陣の勝者に。果たして彼らは新たな秩序を作ることができるのか? 敗北した徳川勢も何とか巻き返しを図ろうとするが、徳川に臣従したはずの大名達が新たな野心を抱き始める。 文治系藩主は頼りなし? 暴れん坊藩主がまさかの活躍? 参考情報一切なし、全てゼロから切り開く戦国ifストーリーが始まる。 更新は週5~6予定です。 ※ノベルアップ+とカクヨムにも掲載しています。

【完結】斎宮異聞

黄永るり
歴史・時代
平安時代・三条天皇の時代に斎宮に選定された当子内親王の初恋物語。 第8回歴史・時代小説大賞「奨励賞」受賞作品。

処理中です...