どこまでも付いていきます下駄の雪

楠乃小玉

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四十一話 外圧だより

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 月に一度、義元公は諸将を今川館に集め、
 服部貞友より尾張の商いの様子をお聞きになられた。

 回を重ねるごとに尾張の状況が日増しに悪くなる姿が手に取るように分かった。

 「津島神社の神官に至るまで田畑差し押さえとなれば
 神社信仰の揺るぎにも繋がりまする。
 されば、織田信長は急ぎ長島より借書を買い取り、借金を肩代わりしております」

 「今後とも物価は下がり、それに比して銭の価値が上がる。
 銭を使わず貯め込めば、それだけで蓄財となるが、
 信長とてそれが分かりつつも、家臣の田畑が戦もせず借金の担保として
 長島一向宗のものとなるよりは、
 私財を吐き出して借金を肩代わりするより他あるまい。
 皆の者よく聞くがよい。
 これより益々銭の価値は高まる故、
 質素倹約に励み、浪費を控え、銭を貯めるのだぞ。
 貯めれば貯めるほど銭の価値が上がり、皆の家は裕福になるのだ」

 義元公は至極ご満足そうであられた。

 「して、信長は当方の計略に対して何か策を打ってきておるか。
 どのようにして銭の流出を抑えておる。
 踊り遊びを止めたか、堤を止めたか、
 道を止めたか。どのような緊縮財政をやって財政再建を行っておるか」

 「それが……」

 服部貞友は困ったように首をひねった。

 「それが、緊縮するどころか、より遊び、より堤を固め、より道を作っておりまする」

 「真に尾張のうつけとはよう言うたものじゃ。
 それでは早々に織田家の財政は破綻しよう」

 「……」

 それまで勢いよく捲し立てていた貞友が口をつぐんで下を向いた。

 「どうした、今まで散々尾張の国人衆が崩れてゆく様を報告したではないか
 。もうそろそろ織田信秀が一生かかって貯め込んだ財を馬鹿息子の信長が使い果たした頃であろう」

 「いや、それが、尾張国内の反対勢力を併合し、
 勢力を拡大しておりまする」

 義元公の眉間に深い皺がよった。

 視線を右上に挙げられ、
 顎に右手をかけられて何やら思案しておいでのようであった。

 「信長には優れたる弟がおったのお、
 たしか信勝。あの者が家臣に金を貸しておるであろう」

 「ご明察にございまする。我ら一向宗が信勝殿に銭を融通させていただき、
 その銭を信勝殿が家臣の者共に利子を上乗せして
 貸しておりまする。
 よって信勝殿は利子収入による資金が潤沢で、
 資金繰りに困った家臣らは信勝殿にすり寄り、
 織田家中においては、信長の倍の勢力を誇っておりまする」

 「それで頷けたぞ、信長は暗愚なれど、
 賢弟によって助けられているのだな。
 して信長は肩代わりした家臣の借金の利子で細々と暮らしておるのか」

 「いえ、それが、肩代わりした借金はすべて銭で一向宗に返済され、
 利子収入は取っておりませぬ」

 「それはいかにも愚かな事じゃ。
 返済すべき借金が信勝にあるが故に
 君主信長に心情的には与力したけれど
 信勝に臣従している者も多くいるはず。
 借金で支配すれば忠誠心などなくても家臣を屈服させられるものを、
 それを自ら放棄するなど愚策の極みであるな」

 「まことに、まことに仰せの通りでございまする」 

 服部友貞は笑顔で何度も頷いた。

 「さればいずれ、内紛が起き、織田信勝が勝って
 尾張の主になろう。織田信勝、我に臣従したるか」

 「はい、それはもう、信勝殿は聡明なお方にて、
 宗旨を一向宗に改宗され、
 遅れた尾張国を改革するためには外圧が必要と常々仰っておいでです」

 「外圧とは今川の事か」
 
 「御意」

 「これはうい奴よ、せいぜい銭を貸してやれ。
 これからは銭を動かして人を支配する世の中じゃ。
 ちまちまと安い利益で物を作って売っているような
 尾張津島、熱田の座などはすでに時代遅れ。
 そこの頭目信長には自滅が似つかわしい」

 「まことに、まことに」 

  服部友貞は満面の笑みを浮かべた。

 義元公も満足されたような笑みをお浮かべになられていた。

 その時である。ぽん、ぽん、と庭の方で音が聞こえる。

 「はて」

 義元公は首をかしげられた。

 「本日はここまでにいたす。皆の者大義であった」

 「ははっ」

 群臣皆々平伏したあと次々と退席していった。

 義元公が庭に出られると、そこではご嫡子、龍王丸様が蹴鞠を蹴っておられた。

 「ああ父上」 

 龍王丸様は義元公をご覧になり、屈託無く笑われた。

 「父上ではないわ」

 義元公は足早に庭に走り出て、拳で龍王丸様のお顔を打擲された。

 「あっ、何をなさいます」

 龍王丸様はその場に倒れ伏す。

 「暫く、暫く」

 元実が義元公の前に立ちはだかるが突き飛ばされる。

 三浦内匠助殿が走り出て、龍王丸様の上に覆い被さった。

 「お許しくださいませ、なにとぞお許しを」

 「父上、何故衆人の前でこのような恥辱を与えられるのですか、
 これでは龍王丸の面目がたちませぬ」
 
 「恥辱とはこちらの事じゃ、昼日中から蹴鞠などで遊びよって、
 父が日夜寝る間も惜しんで働いているというに、
 息子が遊び惚けておっては臣下に示しがつかぬわ」

 「お待ちくださりませ、龍王丸様はいつも熱心にご勉学に
 励まれておりまする。この蹴鞠は、お母上が亡くなられたおり、
 龍王丸様があまりにお嘆きになるので、
 某が気晴らしにと献上つかまつったものでございまする。
 この罪は全てこの内匠助にございまする」

 内匠助殿は必死に龍王丸様を庇った。

 「内匠助よ、その方、あまりにも龍王丸を甘やかしすぎではないか、
 酷いことじゃ。我が龍王丸と同じ年には自ら進んで勉学に励み、
 決して怠けたことなど無かったぞ。酷い、酷い、龍王丸が可哀想じゃ」

 「なにを仰せある、お父上、
 内匠助はよう我に尽くしてくれまする。
 それの何が酷うありましょうや」

 「そのように甘々と童の言うことを聞いておる故、
 龍王丸に甘え心が生じたのじゃ」

 「申し訳ございませぬ、申し訳ございませぬ」

 内匠助殿は地面の頭をすりつけて謝罪した。

 義元公は何より御嫡子に厳しかった。

 己にも厳しく御嫡子にも厳しい。

 なかなか出来ることではない。

 我ら家臣一同、身の引き締まる思いであった。


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