どこまでも付いていきます下駄の雪

楠乃小玉

文字の大きさ
上 下
22 / 76

二十二話 市場開放

しおりを挟む
 今川館に帰ってくると定様が門前でお待ちであった。

 「どうした、そなた目の周りに黒いくまができておるぞ」

 義元公がお聞きになられた。

 「はい、御屋形様がお帰りになるまで寝ずにお待ち申し上げておりました」

 それは無茶だ、ここは叱らねばならぬ。

 そんな事を続けていたら過労で死んでしまう。

 「よく待っておった。それでこそ武家の妻ぞ、よしよし」

 義元公は笑顔で定様の頭をなでられた。

 お上がこのようでは家中の女房共も苦労が絶えぬことであろう。

 定殿は満面の笑顔を浮かべておられた。


 富士川以東は完全に北条に制圧された。

 勢いに乗って富士川を越えて興津にまで出てきた北条軍の一部と
 今川軍全軍が対峙して睨み合った。

 こちらからは積極的に攻勢に波出ず、
 北条の浪費を待った。北条方の兵糧は富士川を渡って補給せねばならず、
 当方はその荷駄隊を徹底的に狙い撃ちにした。

 川を渡って動きが鈍くなった兵は面白いように矢に当たった。

 こちらの意図に気づいた北条軍は富士川を渡って撤退していった。

 北条がこれ以上駿河に侵攻してこない状況を見極めた上で
 当方は全力で堀越と井伊を攻めた。

 北条の後ろ盾を失った事を知るや
 堀越と井伊は容易く降伏した。

 義元公は大変なお怒りで堀川、井伊とも一族郎党皆首をはねて
 富士川の河原に晒す事をご所望であったが、
 雪斎様がそれを止められた。

 窮鼠猫を噛む、の例えもある通り、
 追い詰めれば相手も死にものぐるいになる。

 完全に殲滅するにはさらなる兵力を消耗せねばならず、
 当方にとって利益がない。

 ならぬ堪忍をするが堪忍とて、ここはお許しあるよう、
 義元公に進言なされた。

 義元公とてこの道理はお分かりである。

 悔しさに拳を握りしめられながらも、
 井伊、堀越を許すことにした。

 しかし聡明な義元公の事、このままでは済まされなかった。

 堀越が持っていた座の利権を全て庶民に開放し、
 堀越が独占していた物品に関しては誰でも自由に売り買いしてよいと
 お達しを出された。


 このため、近隣の甲斐から商人が押し寄せ
 友野二郎兵衛尉などが沼津で唐国からの木綿輸入の商いなどを始めた。

 伊勢長島からは一向宗が大挙して訪れ、
 これにはさすがに国内に入れるべきではないとの声が家中から上がったが、
 義元公は国柄一切差別せずと仰せになり、
 他国者の入国規制を緩和された。

 中でも一向宗願証寺派の僧侶服部友貞は義元公の温情にすがり、
 長島の一向宗を多数遠州に入れた。

 服部友貞は本願寺の持っている巨万の富を背景とし、
 義元公だけではなく、今川家重臣に多額の賄を送った。

 このため、群臣こぞって一向宗を擁護する有様となった。

しおりを挟む
感想 43

あなたにおすすめの小説

織田信長IF… 天下統一再び!!

華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。 この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。 主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。 ※この物語はフィクションです。

敵は家康

早川隆
歴史・時代
旧題:礫-つぶて- 【第六回アルファポリス歴史・時代小説大賞 特別賞受賞作品】 俺は石ころじゃない、礫(つぶて)だ!桶狭間前夜を駆ける無名戦士達の物語。永禄3年5月19日の早朝。桶狭間の戦いが起こるほんの数時間ほど前の話。出撃に際し戦勝祈願に立ち寄った熱田神宮の拝殿で、織田信長の眼に、彼方の空にあがる二条の黒い煙が映った。重要拠点の敵を抑止する付け城として築かれた、鷲津砦と丸根砦とが、相前後して炎上、陥落したことを示す煙だった。敵は、餌に食いついた。ひとりほくそ笑む信長。しかし、引き続く歴史的大逆転の影には、この両砦に籠って戦い、玉砕した、名もなき雑兵どもの人生と、夢があったのである・・・ 本編は「信長公記」にも記された、このプロローグからわずかに時間を巻き戻し、弥七という、矢作川の流域に棲む河原者(被差別民)の子供が、ある理不尽な事件に巻き込まれたところからはじまります。逃亡者となった彼は、やがて国境を越え、風雲急を告げる東尾張へ。そして、戦地を駆ける黒鍬衆の一人となって、底知れぬ謀略と争乱の渦中に巻き込まれていきます。そして、最後に行き着いた先は? ストーリーはフィクションですが、周辺の歴史事件など、なるべく史実を踏みリアリティを追求しました。戦場を駆ける河原者二人の眼で、戦国時代を体感しに行きましょう!

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

鬼を討つ〜徳川十六将・渡辺守綱記〜

八ケ代大輔
歴史・時代
徳川家康を天下に導いた十六人の家臣「徳川十六将」。そのうちの1人「槍の半蔵」と称され、服部半蔵と共に「両半蔵」と呼ばれた渡辺半蔵守綱の一代記。彼の祖先は酒天童子を倒した源頼光四天王の筆頭で鬼を斬ったとされる渡辺綱。徳川家康と同い歳の彼の人生は徳川家康と共に歩んだものでした。渡辺半蔵守綱の生涯を通して徳川家康が天下を取るまでの道のりを描く。表紙画像・すずき孔先生。

猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~

橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。 記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。 これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語 ※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります

戦国終わらず ~家康、夏の陣で討死~

川野遥
歴史・時代
長きに渡る戦国時代も大坂・夏の陣をもって終わりを告げる …はずだった。 まさかの大逆転、豊臣勢が真田の活躍もありまさかの逆襲で徳川家康と秀忠を討ち果たし、大坂の陣の勝者に。果たして彼らは新たな秩序を作ることができるのか? 敗北した徳川勢も何とか巻き返しを図ろうとするが、徳川に臣従したはずの大名達が新たな野心を抱き始める。 文治系藩主は頼りなし? 暴れん坊藩主がまさかの活躍? 参考情報一切なし、全てゼロから切り開く戦国ifストーリーが始まる。 更新は週5~6予定です。 ※ノベルアップ+とカクヨムにも掲載しています。

織田信長 -尾州払暁-

藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。 守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。 織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。 そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。 毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。 スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。 (2022.04.04) ※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。 ※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。

いや、婿を選べって言われても。むしろ俺が立候補したいんだが。

SHO
歴史・時代
時は戦国末期。小田原北条氏が豊臣秀吉に敗れ、新たに徳川家康が関八州へ国替えとなった頃のお話。 伊豆国の離れ小島に、弥五郎という一人の身寄りのない少年がおりました。その少年は名刀ばかりを打つ事で有名な刀匠に拾われ、弟子として厳しく、それは厳しく、途轍もなく厳しく育てられました。 そんな少年も齢十五になりまして、師匠より独立するよう言い渡され、島を追い出されてしまいます。 さて、この先の少年の運命やいかに? 剣術、そして恋が融合した痛快エンタメ時代劇、今開幕にございます! *この作品に出てくる人物は、一部実在した人物やエピソードをモチーフにしていますが、モチーフにしているだけで史実とは異なります。空想時代活劇ですから! *この作品はノベルアップ+様に掲載中の、「いや、婿を選定しろって言われても。だが断る!」を改題、改稿を経たものです。

処理中です...