14 / 76
十四話 見て捨て難き露の下折れ
しおりを挟む
宗是と左兵衛が福島越前守の館に到着すると、
すでにそこには駿河衆の軍勢が溢れていた。
越前守としても急に意図せず寿桂尼様が現れたものだから
軍勢を集める暇が無かった。
朝比奈泰能殿の軍勢は先に来て館を取り囲んでいたが、
そのまま動かずに居た。宗是は取り急ぎ、
寿桂尼様を無事にお返しするよう使者を立てて館に向かわせた。
そこに義元公が馬に乗って到着される。
「何故、早急に我にこの事態を知らせなんだか」
義元公は烈火のごとくお怒りを表され、朝比奈秦能を面罵する。
朝比奈泰能は恐れ入って地面に平伏した。
そこに後から雪斎様が馬で駆けつけられた。
秦能殿は微妙に頭をあげ、助けを求めるように雪斎様に目配せした。
その視線に義元公は気づく。
「なんぞ」
義元公は雪斎様をご覧になられた。
「御屋形様に知らせるのが遅れたのは伝令の不備でございまする。
泰能はすぐに知らせました。
また、ただいま福島越前守の館を包囲して動かぬは、
不測の事態が起らぬよう、拙僧が御屋形様到着までは動くなと
泰能に命じておいたのです。
寿桂尼様のお命こそ大事、短慮はなりませぬ」
そこに父、宗是が進み出た。
「恐れながら、寿桂尼様をお返しするよう、使者を立てましたが」
「かまわぬ、それでよい」
冷静を取り戻した義元公がのたまった。
そこに朝比奈配下の伝令が引っ立てられてくる。
「濡れ衣じゃ、拙者は早急に雪斎様にお知らせした。
御命じあらば、我が命に代えてもお連れ帰りいたしますると言上した」
伝令は縄に縛られ、身をよじってもがいている。
「雪斎様これはいかなる事にございまするか」
伝令はまっすぐ雪斎の顔を見つめた。
雪斎様はそしらぬ顔で横を向く。
「これはっ」
伝令は声をあらげる。
その有様をご覧になり義元公が眉をひそめる。
「だまれ、その方が途中で敵の首を取っていたがゆえに遅参いたしたのであろう。
嘘を言うな」
朝比奈泰能殿が叫んだ。
その声を聞いたとたん伝令は驚愕の表情を浮かべ、
ゆっくりと泰能殿の方を見た。口は半開きになっている。
「もう一度言う、そちは伝令の途中で敵方を見つけ、
手柄を立てようと思い、その者と格闘していたがために
伝令が遅れたのだ。そうだな」
目を大きく見開き、口を半開きにしていた伝令は
そのままの表情でゆっくりと顔を前に向けた。
そして力なく地表にへたり込んだ。
「その方、たばかって雪斎に罪をかぶせようとしたか、
下郎、そこになおれ、我自ら手打ちにしてくれる」
義元公は刀を引き抜き伝令の鼻先にかざした。
伝令は魂が抜けたように下を向きそのままの表情で何も話さない。
「答えよ」
義元公は声を荒げられた。
「はいはい、その通りでございます。
すべて拙者が悪いのでございます」
かすれた小声で伝令は言った。
「なんぞ、その態度は、武辺にあるまじき醜態。切って捨てる」
義元公は刀を振り上げた。
「ふふっ……」
伝令は侮蔑を含んだ笑いを吹き、
その後小声で何か言った。
「何と申した、己、主君をあざける言葉を言うたか、
言うならはっきり申してみよ」
義元公が一喝された。
「苅萱に身にしむ色はなけれども見て捨て難き露の下折れ。」
伝令が殺されようとする間際につぶやいた言葉、
それは藤原家隆の歌であった。
秋の刈萱には身に染みるような趣があるわけではないが、
露に濡れ、垂れ下がる姿を捨て置くのはあまりにも惜しいことである、
というような意味合いである。
自らの歌の教養を披露し、たいした者ではないが、
このような事で殺すには惜しいではないかという事を暗示したのだ。
義元公はゆっくりと刀を降ろされる。
「当意即妙で家隆の歌を出すとは殊勝なり。
よほど勉強しておらねばそのような即応はできまい。
その姿勢を忘れず、今後とも勤勉に励め。人は努力すれば必ず報われる。我は今、その事を示そう」
義元公はそう仰せになり、御自ら伝令の縄を刀でお切りになった。
「恐れ多き事でございまする」
伝令はその場に平伏した。
その場に居た者共はすべからく目に涙を浮かべ、心動かされぬ者はなかった。
すでにそこには駿河衆の軍勢が溢れていた。
越前守としても急に意図せず寿桂尼様が現れたものだから
軍勢を集める暇が無かった。
朝比奈泰能殿の軍勢は先に来て館を取り囲んでいたが、
そのまま動かずに居た。宗是は取り急ぎ、
寿桂尼様を無事にお返しするよう使者を立てて館に向かわせた。
そこに義元公が馬に乗って到着される。
「何故、早急に我にこの事態を知らせなんだか」
義元公は烈火のごとくお怒りを表され、朝比奈秦能を面罵する。
朝比奈泰能は恐れ入って地面に平伏した。
そこに後から雪斎様が馬で駆けつけられた。
秦能殿は微妙に頭をあげ、助けを求めるように雪斎様に目配せした。
その視線に義元公は気づく。
「なんぞ」
義元公は雪斎様をご覧になられた。
「御屋形様に知らせるのが遅れたのは伝令の不備でございまする。
泰能はすぐに知らせました。
また、ただいま福島越前守の館を包囲して動かぬは、
不測の事態が起らぬよう、拙僧が御屋形様到着までは動くなと
泰能に命じておいたのです。
寿桂尼様のお命こそ大事、短慮はなりませぬ」
そこに父、宗是が進み出た。
「恐れながら、寿桂尼様をお返しするよう、使者を立てましたが」
「かまわぬ、それでよい」
冷静を取り戻した義元公がのたまった。
そこに朝比奈配下の伝令が引っ立てられてくる。
「濡れ衣じゃ、拙者は早急に雪斎様にお知らせした。
御命じあらば、我が命に代えてもお連れ帰りいたしますると言上した」
伝令は縄に縛られ、身をよじってもがいている。
「雪斎様これはいかなる事にございまするか」
伝令はまっすぐ雪斎の顔を見つめた。
雪斎様はそしらぬ顔で横を向く。
「これはっ」
伝令は声をあらげる。
その有様をご覧になり義元公が眉をひそめる。
「だまれ、その方が途中で敵の首を取っていたがゆえに遅参いたしたのであろう。
嘘を言うな」
朝比奈泰能殿が叫んだ。
その声を聞いたとたん伝令は驚愕の表情を浮かべ、
ゆっくりと泰能殿の方を見た。口は半開きになっている。
「もう一度言う、そちは伝令の途中で敵方を見つけ、
手柄を立てようと思い、その者と格闘していたがために
伝令が遅れたのだ。そうだな」
目を大きく見開き、口を半開きにしていた伝令は
そのままの表情でゆっくりと顔を前に向けた。
そして力なく地表にへたり込んだ。
「その方、たばかって雪斎に罪をかぶせようとしたか、
下郎、そこになおれ、我自ら手打ちにしてくれる」
義元公は刀を引き抜き伝令の鼻先にかざした。
伝令は魂が抜けたように下を向きそのままの表情で何も話さない。
「答えよ」
義元公は声を荒げられた。
「はいはい、その通りでございます。
すべて拙者が悪いのでございます」
かすれた小声で伝令は言った。
「なんぞ、その態度は、武辺にあるまじき醜態。切って捨てる」
義元公は刀を振り上げた。
「ふふっ……」
伝令は侮蔑を含んだ笑いを吹き、
その後小声で何か言った。
「何と申した、己、主君をあざける言葉を言うたか、
言うならはっきり申してみよ」
義元公が一喝された。
「苅萱に身にしむ色はなけれども見て捨て難き露の下折れ。」
伝令が殺されようとする間際につぶやいた言葉、
それは藤原家隆の歌であった。
秋の刈萱には身に染みるような趣があるわけではないが、
露に濡れ、垂れ下がる姿を捨て置くのはあまりにも惜しいことである、
というような意味合いである。
自らの歌の教養を披露し、たいした者ではないが、
このような事で殺すには惜しいではないかという事を暗示したのだ。
義元公はゆっくりと刀を降ろされる。
「当意即妙で家隆の歌を出すとは殊勝なり。
よほど勉強しておらねばそのような即応はできまい。
その姿勢を忘れず、今後とも勤勉に励め。人は努力すれば必ず報われる。我は今、その事を示そう」
義元公はそう仰せになり、御自ら伝令の縄を刀でお切りになった。
「恐れ多き事でございまする」
伝令はその場に平伏した。
その場に居た者共はすべからく目に涙を浮かべ、心動かされぬ者はなかった。
0
お気に入りに追加
22
あなたにおすすめの小説
織田信長IF… 天下統一再び!!
華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。
この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。
主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。
※この物語はフィクションです。
敵は家康
早川隆
歴史・時代
旧題:礫-つぶて-
【第六回アルファポリス歴史・時代小説大賞 特別賞受賞作品】
俺は石ころじゃない、礫(つぶて)だ!桶狭間前夜を駆ける無名戦士達の物語。永禄3年5月19日の早朝。桶狭間の戦いが起こるほんの数時間ほど前の話。出撃に際し戦勝祈願に立ち寄った熱田神宮の拝殿で、織田信長の眼に、彼方の空にあがる二条の黒い煙が映った。重要拠点の敵を抑止する付け城として築かれた、鷲津砦と丸根砦とが、相前後して炎上、陥落したことを示す煙だった。敵は、餌に食いついた。ひとりほくそ笑む信長。しかし、引き続く歴史的大逆転の影には、この両砦に籠って戦い、玉砕した、名もなき雑兵どもの人生と、夢があったのである・・・
本編は「信長公記」にも記された、このプロローグからわずかに時間を巻き戻し、弥七という、矢作川の流域に棲む河原者(被差別民)の子供が、ある理不尽な事件に巻き込まれたところからはじまります。逃亡者となった彼は、やがて国境を越え、風雲急を告げる東尾張へ。そして、戦地を駆ける黒鍬衆の一人となって、底知れぬ謀略と争乱の渦中に巻き込まれていきます。そして、最後に行き着いた先は?
ストーリーはフィクションですが、周辺の歴史事件など、なるべく史実を踏みリアリティを追求しました。戦場を駆ける河原者二人の眼で、戦国時代を体感しに行きましょう!
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

いや、婿を選べって言われても。むしろ俺が立候補したいんだが。
SHO
歴史・時代
時は戦国末期。小田原北条氏が豊臣秀吉に敗れ、新たに徳川家康が関八州へ国替えとなった頃のお話。
伊豆国の離れ小島に、弥五郎という一人の身寄りのない少年がおりました。その少年は名刀ばかりを打つ事で有名な刀匠に拾われ、弟子として厳しく、それは厳しく、途轍もなく厳しく育てられました。
そんな少年も齢十五になりまして、師匠より独立するよう言い渡され、島を追い出されてしまいます。
さて、この先の少年の運命やいかに?
剣術、そして恋が融合した痛快エンタメ時代劇、今開幕にございます!
*この作品に出てくる人物は、一部実在した人物やエピソードをモチーフにしていますが、モチーフにしているだけで史実とは異なります。空想時代活劇ですから!
*この作品はノベルアップ+様に掲載中の、「いや、婿を選定しろって言われても。だが断る!」を改題、改稿を経たものです。
鬼を討つ〜徳川十六将・渡辺守綱記〜
八ケ代大輔
歴史・時代
徳川家康を天下に導いた十六人の家臣「徳川十六将」。そのうちの1人「槍の半蔵」と称され、服部半蔵と共に「両半蔵」と呼ばれた渡辺半蔵守綱の一代記。彼の祖先は酒天童子を倒した源頼光四天王の筆頭で鬼を斬ったとされる渡辺綱。徳川家康と同い歳の彼の人生は徳川家康と共に歩んだものでした。渡辺半蔵守綱の生涯を通して徳川家康が天下を取るまでの道のりを描く。表紙画像・すずき孔先生。

戦国終わらず ~家康、夏の陣で討死~
川野遥
歴史・時代
長きに渡る戦国時代も大坂・夏の陣をもって終わりを告げる
…はずだった。
まさかの大逆転、豊臣勢が真田の活躍もありまさかの逆襲で徳川家康と秀忠を討ち果たし、大坂の陣の勝者に。果たして彼らは新たな秩序を作ることができるのか?
敗北した徳川勢も何とか巻き返しを図ろうとするが、徳川に臣従したはずの大名達が新たな野心を抱き始める。
文治系藩主は頼りなし?
暴れん坊藩主がまさかの活躍?
参考情報一切なし、全てゼロから切り開く戦国ifストーリーが始まる。
更新は週5~6予定です。
※ノベルアップ+とカクヨムにも掲載しています。
織田信長 -尾州払暁-
藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。
守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。
織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。
そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。
毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。
スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。
(2022.04.04)
※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。
※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる