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十話 野伏

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 野伏を集める手引きは雪斎様のご一門である
 庵原之政イハラユキマサ殿が請け負ってくだされた。

 之政殿は今川、武田領国の境に住居する
 半手の者らにお声をかけられ、野伏を集められた。


 半手の者とは甲斐、駿河の境に領国を持つ国人で

 いずれからも攻められぬために
 両方に半分ずつ年貢を納めている者共である。

 左様な中途半端な立場では家中において発言力はないが、
 どちらからも攻められる恐れもは少ない。

 いたずらに国境の紛争を起こさぬためにも、
 領主はこれら半手の者を大目に見るとともに、
 他国の状況を調べさせたり、
 他国から逃げ出した流民を集めさせたりした。

 郷土を捨てた不届き者など誰も雇わぬかといえばそうでもない。

 頼る武器も兵糧も持たぬため大戦もできぬ流民は賃金を払わいでも、
 飯さえ食わせれば黙って働く。よって誰にでも出来る仕事、
 危険な仕事などを安価でさせるには好都合なのである。

 野伏どもは最初のうち獣のようであった。

 寄せ集められて何も話さず甲斐の猿が寒さに寄せ集まるが如く、
 塊になって動かなかった。

 それが飯を与え訓練していくに従って次第に口をきくようになった。

 口をきけば情もわいてくる。

 野に伏せるうち近隣の農民から襲われて仲間が多く殺される事もあるそうだ。

 それを聞くと野伏も気の毒であるが、
 戦に負けて落ち延びる時の野伏による
 落ち武者狩りの恐ろしさは古老よりよく聞かされていたので
 此奴等の言い分だけ素直に信じるわけにはいかぬ。

 旅の商人か行者などを襲って殺したのを
 村人に知られたのかもしれぬ。

 村落の者共から仲間が殺されて恨めしいかと聞くと、
 最近は飢饉が続き、
 村のほうでも癇癪がたまることがありましょうゆえ、
 是非もない事でございますと言うて、

 さして怒りも恨みもしていないようであった。

 人は絶望すると怒りすらわいてこぬものか。
 真に人が敗北したる時はこのようなものであろうか。

 しばらく訓練などをしておると、
 次第に顔の見分けもついてくる。

 それ、これ、と言うだけでは不便故名前を聞いてみることにした。

 すると 
 「儂など居ても居なくても良き者故なにとぞお許しくださいまし」

 と言って頑として名前を言わなかった。左兵衛は少し寂しかった。

 野伏の鍛錬も順調に進み、
 なんとか雑兵として使い物になりそうになった頃、
 進捗状況を善得寺に報告に行くと、寺の門前で父の宗是が待っていた。

 「遅いぞ、今日来ると聞いていて待っておった」

 「何事でございましょうや」

 「一大事だ、恐れ多くも今川氏輝公がお亡くなりになられた」

  左兵衛は唖然とした。

 




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