どこまでも付いていきます下駄の雪

楠乃小玉

文字の大きさ
上 下
1 / 76

一話 下駄の雪

しおりを挟む


 月明かりの夜道、左兵衛(さひょうえ)が跳ねた。

 溶けかけた霜柱を下駄で踏むとしゃりしゃりと音がする。

 日和で溶けかけた霜柱が夜になって凍りついているので、
 足で踏むと小気味良い音がする。

 駿河は温暖であるがゆえに、
 さして雪が積もることはないが、
 日中溶けて水たまりが出来た道を草履で歩くと草履に冷水がしみこんで足が皹になる。

 こういう日には下駄が重宝する。
 
 駿河守護職今川氏親(いまがわうじちか)公がご子息、
 梅岳承芳(ばいがくしょうほう)様を夜中に近所の寺までお迎えに行き、
 善徳寺までお届けするのだ。

 おかわいそうに後々跡目相続の争いが起らぬよう、
 わずか四才にして善得寺に預けられた。

 梅岳承芳様は聞き分けがよく、態度も静粛で、
 お寺に帰る時もただ黙って左兵衛に付いてくる。

 幼いながら夜中までよく学び、学識があるというて、

 それをひけらかして無体な問答を仕掛けてくることもなく、
 
 ただ、黙々とお歩きになられる。

 ただ黙って送り届けるだけなので楽なものだ。

 本当に良き童であらせられる。

 左兵衛ら近臣も誇らしい事であった。

 一宮左兵衛は、飛び跳ねて霜柱を潰しながら歩いた。

 潰れて音が鳴るのが楽しい。
 無論、梅岳承芳様の御前では左様な不埒な振る舞いはいたさぬ。

 行きだけの戯れだ。
 
 今川家三男、梅岳承芳様は利発なお子様である。

 教育係である九英承菊様のご言いつけも守られ、
 決して口答えされず、喜んで勉学に励まれる。

 梅岳承芳様が目上に対して口答えをした事を
 一度も見たことがない。

 常に従順で、率先して働く。

 学んでおられる寺で大掃除があると真っ先に駆けつけてお手伝いをされる。
 
 高貴なお方がそのような事をなされてはなりませぬと
 左兵衛らお付きの者がたしなめると、
 民の労苦を知らずして人の上に立てようか、
 とかえってたしなめられるくらいだ。

 まだ幼いのに多くの史書を読破し、
 先人の知恵を学んで教訓とされている。
 特に太史公書には深く傾倒され、
 古来唐土では酒に溺れ女に狂い、
 惰眠をむさぼることこそ滅びの道であると臣下に常々日頃より説かれた。

 驕る平家久しからず、平清盛を悪しき教訓とし、
 八幡太郎義家公を良き教訓として、
 武家とは常に質素倹約でなければならぬとも、のたまわれている。 

 さすが母上様のご実家藤原北家、
 勧修寺流の中御門家のお血筋を引いておられるだけの事はある。

 おとなしく上品で聞き分けがあり、
 寺の学僧から何を申しつけられても素直に言うことを聞く。

 決して自分から疲れたと弱音を吐くことはない。
 いつ寝ているのだろうかと思うほどに勤勉にいつも学び、
 いつも働いておられる。左兵衛は常々楽をさせてもらっていた。

 それに引き替え、今川家次男坊の気性の荒いこと。

 遠州高天神衆の血筋を引いておるゆえ武芸百般には秀でているものの、

 やらまいかと仰せになっては御父君に差し出口をなされる。

 よって後々の家督争いを懸念した御父君によって、
 出家させられ、花倉の遍照光寺に入れられた。

 玄広恵探という僧名はあるものの駿河衆からは花倉殿と呼ばれている。

 遠州者の福島一門などは今日に至っても未練がましく

 若様と呼んでいるようであったが、
 すでに出家されたものを左様に言いつのるのも善し悪しであろう。
しおりを挟む
感想 43

あなたにおすすめの小説

織田信長IF… 天下統一再び!!

華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。 この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。 主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。 ※この物語はフィクションです。

敵は家康

早川隆
歴史・時代
旧題:礫-つぶて- 【第六回アルファポリス歴史・時代小説大賞 特別賞受賞作品】 俺は石ころじゃない、礫(つぶて)だ!桶狭間前夜を駆ける無名戦士達の物語。永禄3年5月19日の早朝。桶狭間の戦いが起こるほんの数時間ほど前の話。出撃に際し戦勝祈願に立ち寄った熱田神宮の拝殿で、織田信長の眼に、彼方の空にあがる二条の黒い煙が映った。重要拠点の敵を抑止する付け城として築かれた、鷲津砦と丸根砦とが、相前後して炎上、陥落したことを示す煙だった。敵は、餌に食いついた。ひとりほくそ笑む信長。しかし、引き続く歴史的大逆転の影には、この両砦に籠って戦い、玉砕した、名もなき雑兵どもの人生と、夢があったのである・・・ 本編は「信長公記」にも記された、このプロローグからわずかに時間を巻き戻し、弥七という、矢作川の流域に棲む河原者(被差別民)の子供が、ある理不尽な事件に巻き込まれたところからはじまります。逃亡者となった彼は、やがて国境を越え、風雲急を告げる東尾張へ。そして、戦地を駆ける黒鍬衆の一人となって、底知れぬ謀略と争乱の渦中に巻き込まれていきます。そして、最後に行き着いた先は? ストーリーはフィクションですが、周辺の歴史事件など、なるべく史実を踏みリアリティを追求しました。戦場を駆ける河原者二人の眼で、戦国時代を体感しに行きましょう!

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

鬼を討つ〜徳川十六将・渡辺守綱記〜

八ケ代大輔
歴史・時代
徳川家康を天下に導いた十六人の家臣「徳川十六将」。そのうちの1人「槍の半蔵」と称され、服部半蔵と共に「両半蔵」と呼ばれた渡辺半蔵守綱の一代記。彼の祖先は酒天童子を倒した源頼光四天王の筆頭で鬼を斬ったとされる渡辺綱。徳川家康と同い歳の彼の人生は徳川家康と共に歩んだものでした。渡辺半蔵守綱の生涯を通して徳川家康が天下を取るまでの道のりを描く。表紙画像・すずき孔先生。

いや、婿を選べって言われても。むしろ俺が立候補したいんだが。

SHO
歴史・時代
時は戦国末期。小田原北条氏が豊臣秀吉に敗れ、新たに徳川家康が関八州へ国替えとなった頃のお話。 伊豆国の離れ小島に、弥五郎という一人の身寄りのない少年がおりました。その少年は名刀ばかりを打つ事で有名な刀匠に拾われ、弟子として厳しく、それは厳しく、途轍もなく厳しく育てられました。 そんな少年も齢十五になりまして、師匠より独立するよう言い渡され、島を追い出されてしまいます。 さて、この先の少年の運命やいかに? 剣術、そして恋が融合した痛快エンタメ時代劇、今開幕にございます! *この作品に出てくる人物は、一部実在した人物やエピソードをモチーフにしていますが、モチーフにしているだけで史実とは異なります。空想時代活劇ですから! *この作品はノベルアップ+様に掲載中の、「いや、婿を選定しろって言われても。だが断る!」を改題、改稿を経たものです。

腐れ外道の城

詠野ごりら
歴史・時代
戦国時代初期、険しい山脈に囲まれた国。樋野(ひの)でも狭い土地をめぐって争いがはじまっていた。 黒田三郎兵衛は反乱者、井藤十兵衛の鎮圧に向かっていた。

戦国終わらず ~家康、夏の陣で討死~

川野遥
歴史・時代
長きに渡る戦国時代も大坂・夏の陣をもって終わりを告げる …はずだった。 まさかの大逆転、豊臣勢が真田の活躍もありまさかの逆襲で徳川家康と秀忠を討ち果たし、大坂の陣の勝者に。果たして彼らは新たな秩序を作ることができるのか? 敗北した徳川勢も何とか巻き返しを図ろうとするが、徳川に臣従したはずの大名達が新たな野心を抱き始める。 文治系藩主は頼りなし? 暴れん坊藩主がまさかの活躍? 参考情報一切なし、全てゼロから切り開く戦国ifストーリーが始まる。 更新は週5~6予定です。 ※ノベルアップ+とカクヨムにも掲載しています。

織田信長 -尾州払暁-

藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。 守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。 織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。 そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。 毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。 スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。 (2022.04.04) ※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。 ※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。

処理中です...