東京ケモミミ学園

楠乃小玉

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第二章 牡丹ろうどう編

二十話 みんなのため

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 漫画家の女の先生は震える手を必死に抑えながら漫画を描きつづけた。

 武と良太はそれを正座して、後ろで見守りつづけた。

 ドスッ
 
 と音がして女の先生はびっくりしてとびあがる。

 良太が立ち上がろうとして足がしびれていて、ひっくり返ったのだ。

 「ぷっ」

 女の先生が噴き出す。

 「正座してなくてもいいわよ。そこに居てくれるだけで心強いから」

 「でも……」

 良太が申し訳なさそうに言う。

 「大丈夫。ちょっと休憩して紅茶でもいれましょうか」

 女の先生は紅茶を入れてくれた。

 すごく優しい人だった。

 「私はね、焦っていたの。漫画って、25歳を過ぎたら無価値って
 よく大手の出版社の営業さんに言われてたのね。だから
 なんとしても、どんな手段を使っても25歳までにデビューしなきゃいけないと
 思い込んでいたの。

 25歳をすぎてデビューできてなかったら、私には人間として価値がないと思ってたの。

 だから、あのテレビのコメンテーターに無理やりベットに押し倒されて、
 パニックになって逃げだしたとき、もう、私は死ぬしかないと思ったわ。
 でも、そうじゃなかったのよ。
 私は無価値、まったくゴミ以下、私の描く漫画は残飯以下の価値もないといわれたわ。

 でも、それをネットに公開したらものすごい反響があったの。
 みんな、ものすごく面白いと言ってくださって、出版が決まった。
 アメゾンの評価でも
 多くの読者の方がほめてくださったわ。
 25歳を過ぎたらもう漫画家にはなれない。それはあくまでもエリートが務める
 一流出版社からのことであって、ネットで人気が出て、本を出せば売れる状況なら
 どこからでも本は出せるのよ。
 絶望したこともある、緊張の糸が切れたこともある。
 逃げ出したことだって何度もある。

 それでも、読者が待ってくれてる限り、私は血反吐を吐いてでも描き続けなければならないの。
 そして、いくつになっても、何歳になっても、あきらめなければ、
 夢はかなう可能性があるの。

 そりゃ、絶対にかなうなんてことはないわ。

 でも、サイコロを1回なげて一が出る確率と6回なげて1が出る確率は同じじゃないのよ。

 夢と希望があるかぎり、たとえ心折れても、一度は逃げ出しても、
 読者の皆さんがまってくれているかぎり、本は描かなければならないのよ」

 そう言って女の漫画家さんは満面の笑みをうかべた。

 それからは、さすがプロというべきか、すらすらと筆が進んだ。

 そして、自分が経験した、枕営業の強要を漫画にしてネットに発表した。

 もちろん匿名で。

 この反響はすさまじく、週刊誌が取材に来て、大々的に報じるほどだった。

 これによって、彼らが組織的にやっていた炎上ビジネスはことごとく失敗に終わった。

 イラストレーターに絵を描かせ、ストーリーをゴーストライターに書かせた上で、
 「漫画ごときで金をとろうなんて、連中は思い上がりもはなはだしい、守銭奴だ」
 などとプロの作家を散々罵倒していた漫才師は、
 実は、自分で出版した本を大量に買い上げ、売り上げ一位を演出して、
 そのあと講演会などで食っていく計画だったことがばれ、
 最終的には2億円も借金をかかえる大失敗だったこともわかった。

 ほかの芸人たちも、一時的には注目を集めるものの、作品を愛されているわけではないので
 ファンはつかず、テレビ局で悪態をつく悪態芸人コメンテーターとして
 テレビ局が本音で言いたいことをシナリオ通りにしゃべる、
 腹話術の人間になって生きるしかない存在になっていた。

 だれも、実質的な成功はつかめなかった。

 すべては、燃え尽きたあとの灰になってしまったのだ。

 「いやー、よかったねえ、すべて解決して」

 良太と武は笑顔で家路についた。

 良太を家まで送っていくと、すでに外は日が暮れていた。

 「さて、家に帰るか」

 武は夜道を急いだ。

 カラン、コロン、カラン、コロン、

 下駄の足音がする。

 向こうのほうに明かりが見える。

 ほのぐらい闇夜の中にぼんやりと女の輪郭が浮かぶ。


 それは、江戸時代の女性の着物姿だった。
 
 真っ赤な牡丹の絵が描かれた着物。

 いつか見た、牡丹灯籠の妖怪だった。

 牡丹灯籠は微笑をうかべた。

 「残念だったわ、みんなのストレスを発散してもらうために、
 ダウンロード型のオンラインゲームを開発したのに。
 何百年もかかって火の妖怪たちがため込んだお金でやっと作ったのよ。
 そこで、みんなを楽しませ、長らく、遊んでもらおうと思ったのに。
 そのためには、みんながイライラして現実から目をそむける必要があったの。
 すべて……みんなのためだったのに……それを……あなたがぶち壊したの……
 う~ら~め~し~や~」

 にんまり笑う牡丹灯籠の口の端から血がしたたり落ちた。

 武はまんじりともせず、牡丹灯籠を凝視した。

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