東京ケモミミ学園

楠乃小玉

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二十九話 

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「おーい武よおーい」

 前から卯月が走ってくる。

「どこ行ってたんだよ」

「すまん、文を追いかけていたのだが運動場の土の中に逃げられての。
 それから、先ほどは言い忘れていたのだが、プリンを食べに家に帰ると言ったのは嘘だ」

「なんだ、お前は妖怪より格上の精霊なんだろ。それが嘘ついてもいいのかよ」

「いやいや、嘘も方便といっての、そもそも木精は水の智を得て火の礼を発し、
 土の信を剋する。つまり木精はそもそも嘘をつくものなのじゃ。
 その嘘が害のないものか、害のあるものかによって善悪の差が出る」

「じゃあ何してたんだよ」

「学校から如月彩花を助け出して家に連れて帰り、
 土の護符を作ってもらっていた。
 今回の黒幕は恐らく板屋川師走であろうと私は最初から思っていたからな。
 木の力でも火の力でも水は倒せないのでな。ピピルマピピルマプリリンパ!」

 卯月は豊満な胸の谷間からビニール袋に包んだ御札を取り出した。

「何でビニール袋に入れてんだよ」

「それは土符。木精の私が触れたらたちまち養分を吸って符が力をなくしてしまうからだ。
 これは武に使ってもらう」

「でも、どうやって近づくんだい。ボクが近づこうとしても先に板屋川にやられちゃうよ」

「それは、私が前みたいにお前をおぶってやる」

「えーいやだよ、良太くんにやってもらえよ」

「バカッ、お腹に手を回されたら手に下乳が当たって恥ずかしいではないか」

「何言ってんだ、この前は平気だったくせに」

「そ、それはお前だから平気なのだ!
 私を軽い女だと思うなよ!お前だから背中に乗るのを許したのだからなっ!
 お前だけなんだからなっ!ふん」

 卯月は鼻の頭を真っ赤にしてそっぽを向いた。

「フーッ、まったくもう」

 武はため息をつく。

「緊急事態だから卯月さんの言うとおりにしよう、武くん」

 真剣な顔で良太が言った。

「う、うんそうだね、わかった。板屋川と出会ったら卯月の背中に乗るよ」

「分かればそれでよし」

 卯月はビニール袋に入れた符を武に渡した。符を渡されて武はふと我に返った。

「そうだ、水無月の攻撃が効かなかったんだ」

「何?」

「板屋川師走と吉原文が居たところを水無月に土で攻撃させたんだけど、通じなかった」

「文は土故通じるわけがあるまい」

「そうじゃなくて」

 ズドドドドッ

 校舎を揺るがす地響きがして武たちの背後から板屋川師走が走り寄って来た。

「こんな処におったか、命もらい受けるでござる!」

「あ、それから霜月さんが卯月に伝えてほしいと言ってたんだけど」

「話は後じゃ、乗れ」

 武は卯月の上に乗った。

「この御札効かないかもしれない」

「彩花を信じよ!」

「そうじゃなくて」

「行くぞ!」

 卯月は板屋川師走に突進した。武は符のビニールをはずし、手に握る。
 卯月は絶妙のタイミングで板屋川に接近し、体をかがめる。

「いまじゃ!」

「よし!」

 武は板屋川の顔に御札を貼り付けた。
 すると板屋川の体の筋肉は盛り上がり、強靱な腕をふるって卯月の腹に拳をねじ込んだ。

「ゲホッ」

 卯月は少し口から血を吐いて後方の飛び退いた。

「クククッ、こうでなければならぬ、こうでなければ面白くない。良き退屈しのぎになるわ」

 卯月はうすら笑いを浮かべ口からしたたる血をぬぐった。

「ふん、負け惜しみを。我が力は強大であり、
 陰陽五行の理など超越しているのでござるよ。
 土の攻撃など無駄、無駄」

 板屋川は見下したように腕を組んだ。
 体は土の符を貼ってもまったく弱ることなく、むしろ強靱になっている。

「これぞ好機なり!わっちが先代様の仇を討つでありんす!」

 叫びながら文が板屋川の後ろから突進し、
 板屋川の背中ごしに手をかざして手から手裏剣を発射した。

「ギャーッ!」

 板屋川の背中に手裏剣が刺さる。

「な、何をするでござる」

 激怒して板屋川が叫ぶ。文はその場に呆然と立ち尽くした。

「何をするもなにも、板屋川様は水精であるが故に刃物は体をすり抜けるはずではありんせんか。
 何故、刃物が刺さるのじゃ」

「そ、それは、体を鍛えているので、筋肉の隙間に刺さったのでござる。
 我が体は陰陽五行の理を超越しておる」

「それなら、刃物が刺さっても平気なはずでありんす」

 卯月は額に巻いた天下御免の鉢巻きをするりと外した。

「ふははははっ、この痴れ者め、他の者は欺けても、
 天下御免の向こう傷、この東京退屈狐、上坂卯月様の目は欺けぬわっ!
 その方、木精であるのをたばかって水精になりすましていたのであろう!」

「何を言うでござる!拙者は水精でござる!」

 怒鳴る板屋川の背後から弥生が走り込んできた。

「伏見で聞いて参りました。
 そいつが師走殿であるとは真っ赤な嘘。
 本当は無位無冠の猿虎蛇という妖怪ですっ!」

「はははっ、こうなったら木対木、霊力が強い方が勝つということじゃ」

「拙者はすでに大量の土の栄養を体に吸収した上、
 土の護符で体を強化した。貴様ごときには負けぬでござるわっ!」
「武おりろ」

 卯月が指示したので武は急いで卯月の背中から飛び退いた。


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