東京ケモミミ学園

楠乃小玉

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二十四話 

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 「世の中の汚い大人達が金の事しか考えていないとするなら、
 ボクはそんな腐った世の中を変えてゆきたい」

 夕食の卓を囲んで母と妹と卯月のいる前で武は勇気をもって宣言した。

「あらあら、それは大変ねえ」

 母は笑顔で言った。

「お兄ちゃん、かっくいー!」

 目を輝かせて妹の美紀が言った。

 「……あの、いや、その、そこは大人であるお母さんが
 『世の中そんな甘くないわ。あなたも大人になれば分かるわっ!』
 とか言って子供が乗り越えるべき壁的な発言するもんでしょ、流れ的に」
「えーお母さん武ちゃんとケンカしたくないもーん」

「えー」

「ならば私が乗り越えるべき壁になってやろう。パンツァーブリッツで勝負だ!」

 拳を振り上げて卯月が言った。

「アバロンヒル社のゲームは時間がかかるからやらない」

 ゲンナリして武は答えた。

 一週間が過ぎ、武の謹慎が解かれた。

 武は良太に電話して待ち合わせをして一緒に学校に行くことにした。

「ごめん武くん、あの時は言い過ぎたよ、本当にごめんね」

 良太は平身低頭して謝った。

「全然気にしてないよ。本当に良太くんはいい人だなあ」

 武は笑顔で言った。

 二人は笑談しながら学校まで行った。

 学校に入ると、下駄箱のところで八橋美化が待ち構えていた。

 「待ってたわ~愛しの良太く~ん。あの~お願いがあるんだけどお、
 実はうちのお父さんが新しい事業を立ち上げるんだけどお、
 良太くんのお父さんにも出資してもらえないかなーって思ったんだけど」

 「え、ボクのことなら何とでもなるけど、
 お父さんは投資に関しては厳しいから難しいと思うよ」

 「そんなあ、あなたのお家からすればお小遣い程度のお金なのよ、
 三千万くらい、おねがい、大好きな大好きな良太さん」

 「いくら何でもそれは無理だよ。
 日頃のデート代くらいならなんとかなるけど」

 「どうしてもだめ?」 

 美化は首をかしげながら聞く。

 「いくら何でもその額は無理だよ」

 「ふーっ、あっそ、ならいいわ、もうアンタとはつきあってやんない。それでもいいの?」

 「それはイヤだけど、無理なものは無理だよ。物事には限度ってものがあるよ」

「わかった、じゃあどこへでも行きなよ、チッ」

 美化は舌打ちをした。

「良太くん行こう」

 武は良太の手を引いてその場を立ち去ろうとする。

 良太はうなだれて暗い顔をしていたが、
 半分は諦めたような表情だった。

 これで美化と良太の関係が切れるならそれが一番良いことだと武は思った。

 ふと、武は美化の方を顧みる。美化はポケットから携帯電話を取り出して誰かと会話をはじめた。

「あのさー、あのクソデブすげーつけあがっちゃってさ、
 お金出さねーってえの。聖也くん、ちょっと仲間連れて説教しに来てくれないからなあ。
 ああ、あのデブ?あのバケモノなら今帰ったとこだよ」

 これ見よがしに美化が大声で話しているその言葉、
 そのバケモノという言葉が聞こえた時、良太の足がぴたりと止まった。
 明らかに体が小刻みに震えているのがわかった。

 「良太くん、我慢だよ、あんなの無視してやりすごそう」

 武がそう言うと、良太は青ざめた顔で無理矢理笑顔を作って武を見た。

「うん、大丈夫だよ、彼女が言ったことは本当の事だから。ボクはバケモノだから」

「良太くん……」

 あまりの酷い発言に武の怒りは頂点に達した。

 武は美化の方に向き直り、美化の胸倉を掴んで怒鳴ってやろうと思った。

 もう退学になってもいい。これは許せないと思った。

 と、美化の背後に黒い影が映った。それは、日本刀を振りかざした籠釣瓶だった。

 このままでは美化が殺される。

 守らなくては!武は本能的にそう感じて、美化を助けるために走り出した。

 「危ない!」

 突然、武の前に卯月が飛び出してきて、
 しゃがんだ。武は卯月の体にぶつかってその場に転がる。

 「何してんだ!」

「それはコッチのセリフだ、武はもう少しでテントウムシのピー子ちゃんを踏みつぶすところだったんだぞ!」

 そう言って怒る卯月が指さした処にナナホシテントウがのそのそと這っていた。

「美化の命とテントウムシの命、どっちが大事なんだ!」

 武はコメカミの血管を浮き立たせて怒鳴る。

 卯月は真顔で武の胸倉を掴みあげ、
 武の目と自分の目を一センチくらいまで近くに引き寄せた。

「テントウムシさんの命のほうが百万倍大切に決まってんだろうが、
 テントウムシさんとゴミを比較したことをテントウムシさんに詫びろ」

 ブウン

 風を切る音がした。武が美化の方を見ると籠釣瓶が美化の前に回り込み、
 日本刀を振り下ろしたところだった。

「あれ、なんか胸のあたりがチクッってしたんだけど」

 美化が少し不快そうな顔をした。すんでの処で刀が空振りしたのだろうか。

 ブウン

 籠釣瓶は美化の下腹部の辺りで刀を横に振る。

「あれ、またなんかチクッって……」

 美化がそう言うが早いか美化の胸骨の中心あたりから
 下腹部まで赤い切れ目が入り、血がにじみ出してくる。

「え?え?何がどうしたわけ?」

 美化は混乱したような声をあげた。彼女の体から血は吹き出さない。

 スブスブスブッ、ボタッ。

 鈍い音とともに美化の小腸と大腸が下腹部から流れ出した。

「ぎゃああああああああっっー!」

 それを見て美化は悲鳴を上げ、血泡を吹いて仰向けに倒れた。

「何やってんだ神無!」

 血相を変えて良太が籠釣瓶に走り寄ってきた。

「神無と呼んでくださって嬉しいですわ、良太さん」

 籠釣瓶は微笑んだ。

「それどころじゃないよ、こんな事して。せっかく前の騒動の時は見逃してもらったのに、
 これじゃ、今度こそ神無は殺されちゃうよ」

「殺されたっていいのです。これが私の良太さんへの愛の証明なのですから。
 私が良太さんを心から愛している証し」

「でも、神無はボクの事、本当は好きじゃないって言ったじゃない」

「それは、良太さんが人間と結婚して幸せになってほしかったから。

 良太さんの幸せのためなら私はどうなってもかまわない。

 あなたへの愛を貫くためなら世界中を敵に回して戦って破滅してもかまらない。それほどあなたを愛しているのよ」
 とても晴れやかに、すべてを諦めたような脱力感の中で籠釣瓶は語った。

「神無……分かったよ神無。もう離さない。ここで一緒に死のう」

 目にいっぱいの涙をうかべて良太が微笑んだ。

「いいえ、あなたは生きるの。生きて幸せになって。

あなたの幸せが私の幸せ。あなたの幸せのために私はここで死ななければならないの。

これでお別れです」

 籠釣瓶は優しく微笑んだ。
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