東京ケモミミ学園

楠乃小玉

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一話

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 睦月武むつきたけしが生まれ育ったのは東京の下町。

 家からの最寄り駅は鶯谷らしい。

 正直鶯谷駅はあまり使わない。

 家はJR山手線からはかなり離れているが
 北めぐりんという名前の百円バスがあるので不便はしない。

 家族でちょっと食事に行く時はバスで浅草まで出る。

 そこから上野に行ってアメ横で
 スルメなど乾物を買ってチョコレートのたたき売りなどを
 冷やかしで見て帰るのがパターンだ。

 家の近くには神社があって楠の大木がある。

 井戸に雷様の子供が落ちたという逸話がある神社で
 宮司は女の人であり、
 鴨部の民の子孫だという。

 鴨部の民というのは陰陽師安倍晴明に陰陽道を教えた一族らしくて、
 武の家の近所に住む遠縁の親戚で世話焼きのお姉さん如月彩花も
 鴨部の血を引いた一族だということで、
 将来は宮司になることが夢らしい。

 彩花が鴨部の血を引いているということは、
 当然武も同じ血を引いているのだが、
 そんな事を意識したことは武には無かったし、
 何か特別な力があるわけでもなかった。

 ただ、物心ついた時から稲荷には興味があった。

 家の近くの神社にも防火稲荷という摂社があり、
 それをよく見に行っていた。

 陰陽師安倍晴明の母親が狐であるという逸話を聞いたときは、
 なぜだか胸がキュンと痛くなったのを憶えている。

 なぜそうなったのかは武にも分からない。

 三月の初旬、近所の個人宅が売りに出されて新しい買い手がついたので、
 そこの庭先に祀ってあった稲荷の祠が解体される事になった。

 武は稲荷が好きなので、
 そこの家に住んでいた一人暮らしのお爺さんの家に遊びに行って、
 よく昔話を聞いたものだ。

 武の住む下谷から少し離れたところに
 吉原という土地がある。

 ここに昔、悪鬼が住み着いて人間に憑依し、
 何人もの人が斬り殺された事があったそうだ。

 そんなとき、スーパー狐が現れて鬼どもを退治し、
 その鬼をここの家の稲荷の祠の下に封印したのだという。

 そのあと、その祠のご分霊が吉原にも祀られたらしい。

 お爺さんの話を武は目を輝かせて聞いたものだ。

 近所の人にその話をすると、
 あそこのジジイはほら吹きじいさんだから相手にするなと言われたが、
 武はこの話をずっと信じていた。

 だから、幼い頃、武にとってのヒーローだったスーパー狐の祠が
 壊されることは胸が痛かった。

 そのお爺さんも亡くなり、
 この家は長らく空き家になっていたが、
 遠縁の親戚が最近売りに出したようだった。

 家の解体工事が始まった。

 最近では個人で祠を建立してまで信心する人も少なく、
 その上この地域では江戸時代、伊勢屋、稲荷に犬の糞と言われるほど、
 大量の稲荷の祠が建立されていたため、
 土地が買収された家の小さな祠が壊されていくのは日常茶飯事の風景だった。

 ただ、このたびは、稲荷神社の下に日本刀が埋められていたとかで話題になった。

 新聞の記事でそれを読んだ武は、
 興味をそそられて、その現場を見に行った。

 その時である。現場で神社の祠を掻き潰したショベルカーを運転していた人が
 何を間違えたのかキャタピラを逆進させ、
 誘導していた警備員をひき殺した。

 武は、その体が半分潰されてうめいている警備員を見てしまった。

 目が合ったのだ。

 あれは嫌な光景だった。

 いそいで110番に電話し、救急車を呼んだ。

 でも、体半分を挽きつぶされて、その警備員は結局亡くなったそうだ。

 来年から心機一転高校生活だというのに、
 嫌なものを見てしまったものだ。

 しばらくは嫌な気分が続いたが、
 十日もすればしだいに気分も落ち着き、高校の入学式を迎えた。

「ねえ、お兄ちゃん起きて、起きてってばぁ」

 熟睡していた武を妹の美紀みきがゆさぶる。

 美紀は今年十一才。

 母親の美里三十五才は築地魚市場のアルバイトで朝三時に家を出て朝の十時頃に帰ってくる。

 父は海外出張で家に居ない。

 美紀が朝ご飯を作ってくれる。

 家は電磁調理器を使っているので美紀の年頃の娘でも比較的安全に使える。

 冷凍食品のオカズを電子レンジで暖めたものと、
 とほうれん草のバター炒めにトーストなどの食事を用意してくれる。

 まだ幼いのに、よくできた妹だ。

 兄より早く起きて、食事も作ってくれて起こしてくれる。

 気立ても優しく、いつも兄である武を気遣ってくれた。

 「うーん、もうちょっと寝たい」

 「だめですよ、今から起きないと着替えをして、
 ご飯をたべていたら時間が間に合いませんよ。
 私はお兄ちゃんが食べたあとの食器も洗って学校に行きたいので、
 少しくらい余裕をもって起きてくださいよ」

 「あーそれ悪いから朝ご飯もういいわ」

 「何いっているの、せっかく私が作ったのに、
 お兄ちゃん私の作ったご飯たべたくないんだ。
 ちゃんと一からおかず作れなくて
 電子レンジ使ったりしているからだよね……ごめんね……ぐすっ」

 妹の声が少し泣き声に変化した。

 「そんな事ないよーっ!」

 武は体を跳ね上げて飛び起きた。

 「美紀はえらいなあ、いつも早起きしてご飯つくって、
 お兄ちゃんいつも感心してるんだ」

 「でも美紀のご飯はおいしくないんでしょ」

 潤んだ瞳で美紀は武を凝視する。

 「そんなことないよ、ものすごーく美味しいよ!」

 武は妹の涙にはすこぶる弱いのだ。

 柔和な笑顔で美紀の頭をなでる武。

 美紀が作ったご飯を「美味しい、美味しい」といいながら食べたあと、
 美紀と一緒にお皿を洗い後片付けをした。

 兄と一緒に何かしているときが美紀は一番楽しいみたいで、
 笑顔で武の顔を見ながらお皿をあらった。

 全部洗い終わって、武に頭をなでてもらうと、
 美紀は満面の笑みで
 「お兄ちゃん大好き!」
 といいながら武の腰の辺りにしがみついてきた。

 武は思わず苦笑してしまった。

 色々と美紀とじゃれている間にけっこう時間が経過し、
 学校に行く時間が迫ってくる。

 「やべえ!」

 家を飛び出出した武は学校への道を猛ダッシュでひた走った。

 「ええい、退け退けい、このままでは約束の時間に間に合わぬわ!」

 少し口ごもったような、気の強そうな若い女性の声が聞こえた。
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