鬼嫁物語

楠乃小玉

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七十七話 誰だお前は

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 織田信雄の元に佐久間信盛の息子、信栄が再仕官することとなり、
 左京亮も信栄の家臣となった。

 尾張に屋敷ももらえた。
 これで、やっと多紀を迎えに行ける。

 ああ、性格はキツイけど、美しいだけが取り柄の女だ。
 あの美しさだけあれば他のツライことは我慢できる。
 そう思う左京亮であった。
 
 熱田の加藤家の家に左京亮が行くと、門前に女装したオッサンが立っている。

 なんだ気持ち悪いなあと思いつつ、左京亮はその横を通り過ぎて、門の中に入った。


 「恐れ入りまする、佐久間の左京亮でございまする。多紀を迎えにまえりました」

 「遅いぞ、何をしておられたか」

 後ろから野太い声が聞こえる。
 
 左京亮は振り返る。

 先ほどの気持ち悪いオッサンが立っている。


 「なんだお前は」

 「自分の妻の容姿も忘れたか」

 「ぎゃああああああああ」

 左京亮は飛びのいた。

 「誰だお前は」

 「多紀じゃ」

 「何故にそんなに太ったのじゃ」

 「お前様がふがいない故、鬱を散じるためやけ食いしてこれほど肉が付いたのじゃ。
 元はといえば、ふがいなきお前様が悪い、謝罪と賠償を要求する」

 「えーワシがわるいのか」

 「そうじゃ」

 多紀は言い切った。

 「そんなにブクブクと太ってオッサンのような姿になって声まで変わってしもうて、
 そなた、何とも思わぬのか」

 「別に」

 多紀はすました顔で言った。

 「ああ、本物の多紀だ。このあつかましさは本人に相違ない」

 「だから、さっきから本物だといっておろうが」

 「ううううう、美しいからこそ、あれほどクソ厚かましくて、口汚くても
 美しいからこそ我慢できたのだ。それが、このように骨太のオッサンのようになってしもうて」

 左京亮は絶望してその場い崩れ落ちた。

 「たのもう、叔父上はおるかの」

 そこに佐久間信栄がやってきた。

 「おお、殿」

 左京亮は佐久間信栄に向きなおった。

 「かたくるしいことはやめてくれ。主君といっても、身内ではないか。それより、今日は
 我が殿、信勝様が叔父上を傍近くに置きたいと言うておられたので、こちらにお連れしたのだ。
 佐久間の御器所屋敷でお待ちになれば早馬を飛ばして、参上させると言うたのですが、
 佐久間左京亮の美しき妻も久々に見たいと仰せになってな、して伯母上は」

 信栄が周囲を見回す。

 「おお、左京亮久しいのお」

 そこに織田信雄がやってきた。
 この当時、織田信雄は北畠信意と名乗っていましたが、混乱を避けるため織田信雄に統一します。

 「これは殿」

 左京亮はその場に平伏する。

 「本日は、そなたを重臣として取り立てようとしてきたのだ。それと、そなたの美しき妻も見て
 目の保養をしようと思うてのう、して、妻はいずこじゃ」

 「ここでございまする」

 オッサンが織田信雄に言った。

 「おお、妻の父か、女物の着物とは傾いたことをするのお、父のマネか」

 「わらわが多紀でございまする」

 「な」

  信雄は言葉を失った。
 「何がな、でございまするか」

 「そなた、太ったのお、まるで豪傑のような容姿ではないか」

 「武家の男が女の容姿ごときに文句をつけて、器が小さいことでございまするな」

 多紀はズバッと言い放った。

 「なにを、本日はそなたの夫を登用してやろうと思うて来たのだぞ、それを恩とも思わぬのか」

 「別に」

 多紀はそっぽを向いた。

 「もうよい、左居亮よ、そちのかわりに津川義冬を家老として取り立てることにした」

 「申し訳ございませぬ、殿」
 狼狽して佐久間信栄が織田信雄に近づく。

 「寄るな、今後は佐久間は傍にはおかぬ。かわりに岡田重孝、浅井長時らを重んじることとしよう」

 その言葉を聞いて佐久間信栄は絶望した表情になったあと、キッと左京亮を睨んだ。

 「あわわわわ、某は何も……」

 えらいことになってしまった。

 しかし、もうどうしようもない。

 織田信雄は怒って帰ってしまった。

 その後、織田信雄はすぐに北畠から織田に名前を変えて、名も信意から信雄に変えた。

 その後、主君織田信雄に好機が訪れた。

 
 天正十年十月二十八日、
 平秀吉が織田信忠の息子、三法師を織田家の跡取りであるという織田家中の取り決めを反故にし、
 織田信雄こそが織田家の主君であると宣言した。

 この平秀吉とは、それまで羽柴秀吉と名乗っていた男だ。

 明智光秀を討ち果たしたあと、急に自分は平家の末裔だと言い出し、自らを平秀吉と名乗っていた。


 これに池田恒興、丹羽長秀、徳川家康が賛同したため、越前にいる柴田勝家や織田織田信孝を無視して
 勝手に行われた。

 これに激怒した柴田勝家と織田信孝は秀吉に対して戦いを挑んだ。

 織田信雄は自らが織田家の当主とされたことを大いに喜び、当然ながら秀吉側についた。

 佐久間信栄と左京亮は織田信雄の命令で織田信孝が籠る岐阜城を攻め、落城に貢献した。

 信孝は尾張の織田信雄の元に送られることになっていたが、道中、秀吉の家臣に切腹を迫られ、
 腹を切らされた。

 信雄は、それを聞いて、自分の身内であり、柴田勝家に嫁いだ市やその娘たちも殺されるのではないかと
 心配し、秀吉に使者を送って市やその娘たちを殺さぬよう要請した。

 市は、柴田勝家とともに自害したが、三人の娘たちは命を助けられたので、
 織田信雄が保護し、伯父の織田信包にあずけられた。

 「これで、天下は我のものだ」

 織田信雄は大いに喜び、検地を実施させ、織田家臣団に命令を送り、自らは安土に館を作らせて、
 三法師の後見として安土に住もうとした。

 しかし、その命令は秀吉によって勝手に取り消され、信雄も安土から退去を命じられた。

 家臣として臣従したはずの秀吉が、信雄に対してまるで家臣を扱うような態度で接してくるようになった。
 これに対して信雄は怒りを募らせたが、

 重臣たちはすでに織田家の軍権は秀吉が握っており、このまま秀吉に臣従するしかないと信雄を
 説得した。

 天正十二年、近江の三井寺で信雄は秀吉と会見するが、秀吉は上座に座っていた。

 完全に自分が上だという態度を取った。

 これに激怒した信雄は所領の伊勢長島に戻り、家康と同盟を結ぶ。

 そして、秀吉を攻め滅ぼすべく、軍を起そうとした。
 これに重臣たちは猛反対して、そのような事をしたら織田家が滅ぶと訴えたが、
 信雄は激怒して、重臣の津川義冬、岡田重孝、浅井長時を殺害してしまった。

 その話をあとで聞いた左京亮は甥で主君の佐久間信栄に尋ねた。

 「もし今、日の出の勢いの秀吉と合戦すると信雄様が言い出したら、殿なら勧めますか、止めますか」

 「まあ、普通の知恵がある者であれば止めるであろう。戦はメンツでするものではない。
 戦っても勝つ見込みがないわ」

 「でしょうなあ、某でも止めておりました」

 「やれやれ、命拾いしたのお。首筋が寒うなったわ」

 そう言って佐久間信栄は自分の首の後ろのほうをさすった。


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