鬼嫁物語

楠乃小玉

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二十九話 違う!そうじゃない!!

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 織田信長は借書で得た財源で道を作り、鳴海周辺に大量の砦を築いた。

 一向宗から慣習として多額の借金をしている津島衆には信長への借金の借り換えをさせた。
 信長は一向宗から大量の借金を抱えることとなる。

 これこそ林秀貞が恐れた事態であった。
 一向宗からの借金によって一向宗に支配されてしまう。

 しかし、信長は積極的に土木工事を行うことにより多くの物資を消費し、
 物資が不足することによってその値もあがった。

 一向宗にしても倉の建設などで土木資材の消費はせねばならぬ。
 尾張の材木は信長がすべて仕切っており、一向宗も高騰した材木を高い値で
 信長から買わねばならない。

 物の値が高騰すれば銭の価値はさがる。

 信長が一向宗から借りた金も物価の高騰によってその価値が半減していった。

 景気が高騰し、物価が上がることによって信長は易々と一向宗からの借金を返済してしまった。
 信長の他に一向宗から金を借りていた者たちも、仕事が増え、物価が高騰することによって
 借金を返済し、信長への忠誠心があがった。


 ただ、そうした事態が面白くないのが昔から多くの金銀を貯蓄し、蓄財を貸し出して離職で
 生活していた上流階級の人間たちである。

 物価が高騰することによって、どんどん今まで自分たちが蓄財した金品の価値が激減していく。

 それは、一時は父、斯波義統の仇を討ってもらい、尾張下半郡守護代から奪った清州城を
 与えられた斯波義銀にしても同じことであった。

 それは、元々三河守護であった吉良義昭にしても同じことであって、同じ足利一門である
 石橋義忠と結託して、尾張に今川義元を引き入れようとした。

 今川義元は緊縮財政派であり、政が緊縮財政となれば物の値段が下がり、蓄財の価値が上がるからだ。

 これに、一向宗の服部友貞が結託し、信長に対して謀反を起そうとしたが、
 民衆は信長の統治に満足しており、密告が入り、吉良義昭、石橋義忠は逃亡し、斯波義銀は京に
 追放となった。

 斯波義銀がいなくなると、信長は益々土木工事を遂行し、物資欠乏は東海一帯に及んだ。

 これにたまりかねた今川義元は織田信長の軍を起こす準備をはじめた。

 今川義元は多数の金鉱山を保有しており、莫大な数の金の延べ板を保有していた。
 支出を抑え、財をため込むことこそ、国力の現れと考えていたようだ。

 だが、信長の物価高騰戦略によって、自分が長年蓄財した金がどんどん目減りしていく。
 その事に今川義元は激怒したのだ。

 今川義元は軍を動かすにあたって、周辺諸国から広く加世者を集めた。

 今川の軍は本隊は少なく、戦争がある時だけ傭兵である加世者を雇うことによって、
 軍備の経費節減を図っていた。

 これに対して信長は雑兵まで正規雇用を進めていたため、雇用できる数はかぎられていた。
 軍の維持費もかかる。

 この信長が正規雇用した雑兵たちが御徒と呼ばれ、後の卒族となる。

 この卒族は武士と民衆の中心的存在であり、後に崩壊した織田軍の御徒を大量に吸収した
 徳川は江戸幕府において、この卒族を警察機構の末端として活用した。

 それが八丁堀同心である。

 彼らは江戸のファッションリーダーであり、庶民に身近な憧れの的であった。

 江戸の庶民に蔓延した思想「宵越しの金は持たねえ」「粋、イナセ」などの思想は
 織田信長が御徒に啓蒙した思想を繁栄したものであり、
 今川の緊縮財政の教育を代々学んできた徳川の上級武士たちからは嫌悪された思想であった。
 そのため、江戸幕府は度々倹約令を発してこの織田の亡霊である浪費思想を撲滅しようとしたが、
 それはなかなか成功しなかった。

 信長が尾張を統一した当時、信長はこの「宵越しの金はもたねえ」「着物や鎧に金をかける、粋」
 という思想を奨励していたため、織田家家臣はこぞって着物や鎧に金をかけていた。

 織田信長の家臣、前田利家もこの気風に感化されており、黄金の鯰尾兜などをしつらえていた。
 笄などの小物にも金をかけていたが、織田信長の同朋衆である拾阿弥が前田利家の笄という小物を
 盗んっでしまったがために激怒して切り殺してしまった。

 この事に信長は激怒し、前田利家は逃亡した。

 このため、今川義元が尾張を攻める準備を始めた報が尾張にもたらされても
 誰が先鋒を務めるのかが空席になっていた。

 本来であれば尾張最強の軍団といわれた前田の部隊が務める立場であった。

 「御前様、今川との戦の先鋒を申し出ないのですか」

 山崎の城で多紀が左京亮に問うた。

 「何を言うか、敵は数万の軍勢を整えておると聞く。そんなもの、先鋒など務めたら
 皆殺しにされよう」

 「負ければ先鋒も後方もなく皆殺しにされまするぞ」

 「その時は降伏すればいいではないか」

 「降伏して生かされるとお思いか、それとも我が妻でも差し出してゆるしてもらうおつもりか」

 「そんな事は考えておらぬ」

 「妻もさしださずに何も差し出さずに生かされるとお思いか」

 「そんなもの、やってみなければわからぬ」

 左京亮は少し苛立ちながら答えた。

 「……」

 多紀は眉間に深いシワをよせて左京亮を睨んだ。

 「そ、そんな目でみるな」

 左京亮は顔をそむけた。


 そこに折りよくか、折り悪くなのか、織田信長が山崎の城に訪れた。

 今川の進軍を前に重心と打ち合わせすることは当然の事である。

 「喉がかわいた、茶を所望する」

 信長は馬を降りてそう言った。

 多紀はすぐにお湯を沸かし、茶を信長に持って行った。

 「おお、すまぬの」

 信長はお茶を飲む。
 信長がお茶に口をつけたのを見て出迎えた佐久間信盛、佐久間左京亮もお茶を口に含む。

 「ちょうどよい処においでくださいました、実は今、我が主人の佐久間左京亮が此度の戦いでは
 是非とも先鋒を仰せつかりたいと強弁しておりました」

 「ぶーっ!」

 左京亮と信盛が同時のお茶を噴き出す。

 信盛はものすごい憤怒の表情で左京亮を睨む。

 「ち……ちがう……ちがう」

 左京亮は目を真ん丸に見開いてクビを横に振った。

 「あ、なんだと、違うのか」

 信長は眉間に深いシワをよせて左京亮をにらんだ。

 「ちがいませぬ!ぜひとも、我らさ佐久間一族を此度の戦の先鋒に!」

 半泣きになって跪いて左京亮が叫んだ。

 信盛はよそ見をしながら跪いた左京亮の尻を蹴った。

 「げぼっ!」

 左京亮は前につんのめる。

 「なんだ信盛、不満か」

 信長はコメカミに青筋を立てながら信盛を睨む。

 「とんでもございません!ぜひとも我らに先鋒を!」

 信盛が叫ぶ。

 「よし、そこまで言うなら、そなた等佐久間一族に先鋒申し付けたぞ」

 信長は一点して満面の笑みでそう言い放った。

 「あーうれしいなーうれしいなー」

 全然気の入らない表情であさっての方向を向いて佐久間信盛は答えた。

 左京亮は地面につっぷしたままであった。

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