三國志 on 世説新語

ヘツポツ斎

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晋編2 竹林七賢

向秀   荘子を釈す

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向秀しょうしゅうのおしごとで有名なのは、
荘子そうじについての解釈だったようである。


初,注莊子者數十家,莫能究其旨要。向秀於舊注外為解義,妙析奇致,大暢玄風。唯秋水、至樂二篇未竟而秀卒。秀子幼,義遂零落,然猶有別本。郭象者,為人薄行,有俊才。見秀義不傳於世,遂竊以為己注。乃自注秋水、至樂二篇,又易馬蹄一篇,其餘眾篇,或定點文句而已。後秀義別本出,故今有向、郭二莊,其義一也。(文學17)


荘子と言えば、当時にも
すでに多くの人間が注を付けていたが、
その奥義をとらえた、
と言えるようなものはいなかった。

その中で向秀がつけた注は、
旧注からさらに踏み込んだ解釈をなし、
その解釈は新奇にして妙、
これこそが荘子の意を汲んだものだ、
と、もてはやされた。

しかし向秀、「秋水しゅうすい」「至樂しがく」については
注を残すことなく、死んだ。

この時息子たちは未だ幼く、
父親からの薫陶も満足に得られなかった。
よって、父の業績を継承しきれなかった。

完成しなかったことにより、
一部からの評価こそ高かったものの、
その注は、やがて人々から
見向きもされなくなってしまった。

もちろん、向秀の著述そのものは
残っていたのだが。

ここで登場するのが、郭象かくしょうという人だ。

ケーハクな人ではあるのだが、
才能はバリバリだった。
だから向秀の注釈にも、
アンテナをビンビンに張っていた。

そして向注の存在が、みんなの記憶から
抜け落ちたのをいいことに、
「こいつはワイの注やデ!」
と、剽窃。

ただ、向秀が注を施せなかった
秋水、至樂の二篇の注は自力で行った。

それと「易馬蹄いばてい」についても
自分の注を加えたが、
後の部分には標点を加える程度。

こうして郭注が世に出回ったのだが、
内容はほぼ向注と一緒だった、という。


この辺の話の真偽はさておき、
向注、郭注が素晴らしいもの、
とは、世に知れ渡っていたようである。


莊子逍遙篇,舊是難處,諸名賢所可鑽味,也而不能拔理於郭、向之外。支道林在白馬寺中,將馮太常共語,因及逍遙。支卓然標新理於二家之表,立異義於眾賢之外,皆是諸名賢尋味之所不得。後遂用支理。(文學32)


東晋時代に、支遁しとんという人がいる。
かれもまた荘子解釈で知られている。

荘子の冒頭「逍遙しょうよう」。
オープニングからいきなり
その難解さでぶん殴ってくるこの章は、
先人たちも様々な解釈を寄せていたが、
なかなか向秀、郭象の注釈を
上回ることができないでいた。

そんな中、支遁は白馬寺はくばじにて、
馮懐ふうかいというひとと荘子について語らい、
その話題が、例の逍遥編に及んだ。

すると支遁、さらっと新解釈を、
向注、郭注の上に書き、示した。

「どうです、これで比較してみては
 下さいませんか?」

そうして示された解釈は、
これまでの人びとが辿り着こうとしても
辿り着けなかった境地にまで達していた。

そうして、以降は支遁釈が
逍遥理解のスタンダードとなるのだった。


 ○


向秀
ダンサーとしてもなかなかゴキゲン、そして老荘の解釈については抜群、でも本人のキャラは非常に地味だし現実的。これは目立ちませんわ……嵆康には「老子研究なんかバカのやることじゃんwwwww」みたいに笑われていたのだが、いざ完成させてみれば嵆康もその出来の精密さにぎゃふんと言った、なるエピソードも残されている。竹林七賢地味組の中では、みんながわいわいしてる中でにこにこしている向秀、なんだかぐびぐび酒飲んでは突然思わせぶりなことをぼそりと呟く劉伶《りゅうれい》、という感じだろうか。そうだな、エアロスミスで言うところのジョーイクレイマーとブラッドウィットフォードかな!

郭象
現在注として残っているのは郭象さんのものだけだという事で、実際に両者の注は比較できない。とりあえず元々は謙虚だったが偉くなるにしたがって傲慢になってったそうで、そう言ったところからキャラクター付けされてったのかな、という印象はある。

馮懐
全然経歴が載ってない謎のひと。ただ、この人の息子馮循ふうじゅん琅邪ろうや王氏である王彬おうひんの娘、王隆愛おうりゅうあいを娶った、そうである。そう言う墓誌が残っていて(※)、書道においては臨書テーマともなっているそうだ。墓誌があると家族構成がめっちゃメリメリ分かって素敵だよなぁ……。
※残っている墓誌は王彬の妻「夏金虎かきんこ」という人のもの。


逍遥
おおとり(全長数千キロにも及ぶ伝説の鳥)とウズラとの対比にて語られている。

向・郭二家釈
鴻にせよ、ウズラにせよ、自分の領分の中で生きている。与えられたものを全うすることが道に即した振る舞いだ、と言えるだろう。

支遁釈
……とは言ってもさぁ、より高い境地に立って、あらゆるものが見渡せなきゃ真に満たされるなんてことなくない? より広い視座を得る、そうなってこそ道との合一が果たせるんじゃないのかなぁ?


逍遥編では、他にも荘子が「節くれだらけの木は木材として役に立たないから生を全うできるっすよ」と語っていた、ってエピソードも見えている。身はウズラでありながら心は鴻、そう言う境地が道に合致した境地として描かれている印象もある。そうすると、やっぱり支遁釈の方がわかりやすい……のかなぁ。ムヅカチイですわねー。老子一通り終わったら荘子も読もうと思ってるが、うーん。まぁ、あんまり構えすぎずに行こう。
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