56 / 142
蜀編
龐統1 偉人とは
しおりを挟む
南郡龐士元聞司馬德操在潁川,故二千里候之。至,遇德操採桑,士元從車中謂曰:「吾聞丈夫處世,當帶金佩紫。焉有屈洪流之量,而執絲婦之事。」德操曰:「子且下車,子適知邪徑之速,不慮失道之迷。昔伯成耦耕,不慕諸侯之榮;原憲桑樞,不易有官之宅。何有坐則華屋,行則肥馬,侍女數十,然後為奇。此乃許、父所以忼慨,夷、齊所以長嘆。雖有竊秦之爵,千駟之富,不足貴也!」士元曰:「僕生出邊垂,寡見大義。若不一叩洪鍾,伐雷鼓,則不識其音響也。」(言語9)
南郡に住んでいた龐統は、
人相見に長けた司馬徽が
穎川にいると聞き、
二千里の旅程を経て会いに向かった。
ちなみに龐統にとって司馬徽は、
兄弟子のようなものだ。
穎川に到着すると、
司馬徽が桑畑で収穫を行っている。
龐統は車に乗りながら、呼びかける。
「偉人は身なりを整えておくもの、
と私は聞き及んでおります。
先生はその広大なお心を
抱かれておりながら、
何故、糸繰り女のような事を
なされているのですか」
司馬徽が答える。
「君も、いったん車から
降りてみるといいよ。
いまの君は、小道をいかに速く走るか、
にのみ心が囚われている。
進むべき道を見失い、迷う事に
想定が至っていない。
昔、尭王に仕えた伯成は、
禹王の時代には隠居し、
いわゆる栄達の道から退いた。
孔子の高弟、原憲も、
粗末な家に住まい、
邸宅住まいを良しとしなかった。
高貴である、という事は、
華やかな家に住まう事かね?
立派な馬に車を牽かせる事か?
それとも、多くの侍女を抱える事か?
君も許由と巣父の話は
知っているだろう。
尭王から禅譲の申し出を受けた許由は
“汚らわしいことを聞いた”
と川で耳を洗った。
その様子を見た巣父もまた、
川の水を汚物と見做した。
また殷の王族、伯夷と叔斉。
周の武王が殷の紂王を倒そうとした時、
周の軍勢の前に立ちはだかり、
主を討たんとする軍を止めようとした。
いざ殷が滅んだのちには、
周の国が徳に悖る国である、と糾弾。
大いに嘆きつつ、餓死していった。
彼らのことを尊敬しない者は、
果たしてどれだけいるだろうか。
一方で、呂不韋はどうだね。
大枚をはたいて秦の国に取り入り、
丞相、相国とまでなったが、
今の時代に、彼を尊敬する者は
どれだけいるだろうか。
また斉の景公も、四千頭もの馬を
有していたにもかかわらず、
誰も尊敬はしなかった。
君はそれでもなお、
外見を整える事を
偉人の証としたいのか?
本当に、大道と呼べると思うかね?」
マジレスにもほどがある。
とは言え龐統、居住まいを正した。
「け、見識の狭い田舎者が
差し出がましいことを申しました!
立派な鐘や太鼓の鳴る音を
ろくろく聞いたこともなかったのに、
どうしてその荘重な響きを
想像などできたことでしょう!」
○
龐統
諸葛亮と並ぶ名軍師と称賛されているが、蜀獲得戦の段階でリタイヤ。つーか龐統さん、道の喩えには道で返そうよ。義とか音とかさ、微妙に話が散漫になっちゃってるよ。
司馬徽
三国志演義では「水鏡先生」として知られる。つまり、劉備に諸葛亮と龐統を紹介したひと。とんでもない見識を備えていたのだが、同時に韜晦の達人でもあったので、当時の主君である劉表はそれを見抜けなかった。人材マニア曹操さまはもちろんこの人のヤバさに気付いていたので登用しようとしたが、その直前に死亡。それにしても先生、いくら弟弟子とは言っても、軽く絡んできた若造に対してこれは、さすがにオーバーキルでしょう。
南郡に住んでいた龐統は、
人相見に長けた司馬徽が
穎川にいると聞き、
二千里の旅程を経て会いに向かった。
ちなみに龐統にとって司馬徽は、
兄弟子のようなものだ。
穎川に到着すると、
司馬徽が桑畑で収穫を行っている。
龐統は車に乗りながら、呼びかける。
「偉人は身なりを整えておくもの、
と私は聞き及んでおります。
先生はその広大なお心を
抱かれておりながら、
何故、糸繰り女のような事を
なされているのですか」
司馬徽が答える。
「君も、いったん車から
降りてみるといいよ。
いまの君は、小道をいかに速く走るか、
にのみ心が囚われている。
進むべき道を見失い、迷う事に
想定が至っていない。
昔、尭王に仕えた伯成は、
禹王の時代には隠居し、
いわゆる栄達の道から退いた。
孔子の高弟、原憲も、
粗末な家に住まい、
邸宅住まいを良しとしなかった。
高貴である、という事は、
華やかな家に住まう事かね?
立派な馬に車を牽かせる事か?
それとも、多くの侍女を抱える事か?
君も許由と巣父の話は
知っているだろう。
尭王から禅譲の申し出を受けた許由は
“汚らわしいことを聞いた”
と川で耳を洗った。
その様子を見た巣父もまた、
川の水を汚物と見做した。
また殷の王族、伯夷と叔斉。
周の武王が殷の紂王を倒そうとした時、
周の軍勢の前に立ちはだかり、
主を討たんとする軍を止めようとした。
いざ殷が滅んだのちには、
周の国が徳に悖る国である、と糾弾。
大いに嘆きつつ、餓死していった。
彼らのことを尊敬しない者は、
果たしてどれだけいるだろうか。
一方で、呂不韋はどうだね。
大枚をはたいて秦の国に取り入り、
丞相、相国とまでなったが、
今の時代に、彼を尊敬する者は
どれだけいるだろうか。
また斉の景公も、四千頭もの馬を
有していたにもかかわらず、
誰も尊敬はしなかった。
君はそれでもなお、
外見を整える事を
偉人の証としたいのか?
本当に、大道と呼べると思うかね?」
マジレスにもほどがある。
とは言え龐統、居住まいを正した。
「け、見識の狭い田舎者が
差し出がましいことを申しました!
立派な鐘や太鼓の鳴る音を
ろくろく聞いたこともなかったのに、
どうしてその荘重な響きを
想像などできたことでしょう!」
○
龐統
諸葛亮と並ぶ名軍師と称賛されているが、蜀獲得戦の段階でリタイヤ。つーか龐統さん、道の喩えには道で返そうよ。義とか音とかさ、微妙に話が散漫になっちゃってるよ。
司馬徽
三国志演義では「水鏡先生」として知られる。つまり、劉備に諸葛亮と龐統を紹介したひと。とんでもない見識を備えていたのだが、同時に韜晦の達人でもあったので、当時の主君である劉表はそれを見抜けなかった。人材マニア曹操さまはもちろんこの人のヤバさに気付いていたので登用しようとしたが、その直前に死亡。それにしても先生、いくら弟弟子とは言っても、軽く絡んできた若造に対してこれは、さすがにオーバーキルでしょう。
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。


傍若無人な皇太子は、その言動で周りを振り回してきた
歩芽川ゆい
ホラー
頭は良いが、性格が破綻している王子、ブルスカメンテ。
その権力も用いて自分の思い通りにならないことなどこの世にはない、と思っているが、婚約者候補の一人、フェロチータ公爵令嬢アフリットだけは面会に来いと命令しても、病弱を理由に一度も来ない。
とうとうしびれをきらしたブルスカメンテは、フェロチータ公爵家に乗り込んでいった。
架空の国のお話です。
ホラーです。
子供に対しての残酷な描写も出てきます。人も死にます。苦手な方は避けてくださいませ。


独裁者・武田信玄
いずもカリーシ
歴史・時代
歴史の本とは別の視点で武田信玄という人間を描きます!
平和な時代に、戦争の素人が娯楽[エンターテイメント]の一貫で歴史の本を書いたことで、歴史はただ暗記するだけの詰まらないものと化してしまいました。
『事実は小説よりも奇なり』
この言葉の通り、事実の方が好奇心をそそるものであるのに……
歴史の本が単純で薄い内容であるせいで、フィクションの方が面白く、深い内容になっていることが残念でなりません。
過去の出来事ではありますが、独裁国家が民主国家を数で上回り、戦争が相次いで起こる『現代』だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。
【第壱章 独裁者への階段】 国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い
【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形
【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人
【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある
【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である
この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。
(前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)

大日本帝国、アラスカを購入して無双する
雨宮 徹
歴史・時代
1853年、ロシア帝国はクリミア戦争で敗戦し、財政難に悩んでいた。友好国アメリカにアラスカ購入を打診するも、失敗に終わる。1867年、すでに大日本帝国へと生まれ変わっていた日本がアラスカを購入すると金鉱や油田が発見されて……。
大日本帝国VS全世界、ここに開幕!
※架空の日本史・世界史です。
※分かりやすくするように、領土や登場人物など世界情勢を大きく変えています。
※ツッコミどころ満載ですが、ご勘弁を。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる