三國志 on 世説新語

ヘツポツ斎

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魏編3 前半世代編

司馬懿3 西晋の覇権

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王導、溫嶠俱見明帝,帝問溫前世所以得天下之由。溫未答。頃,王曰:「溫嶠年少未諳,臣為陛下陳之。」王迺具敘宣王創業之始,誅夷名族,寵樹同己,及文王之末,高貴鄉公事。明帝聞之,覆面著床曰:「若如公言,祚安得長!」(尤悔7)


時代が下り、東晋のはじめのころ。
王導おうどう温嶠おんきょうが明帝に謁見した。

「温嶠、なぜ西晋は天下を取れたのか?」

明帝からの質問に、温嶠は答えない。
そこに王導がしゃしゃる。

「彼は年若く、
 歴史に通じておりません。
 そこで彼に替わり、
 不肖王導めがお話し致しましょう」

そして王導は滔々と語る。
司馬懿しばいがライバルを蹴落とし、
仲間を次々に引き立てたこと。
それから司馬昭しばしょうが、
皇帝の曹髦そうぼうを排除したこと。

「こうして権力を安定させたことが、
 天下の安寧に繋がったのです!」

ドヤる王導。
しかし明帝は泣いた。
顔を覆い、床にぶっ倒れる勢いで泣いた。

「王導の言う事が正しければ、
 東晋の命数は長からぬではないか!
 そもそも王導、この国でいま、
 司馬懿レベルの権勢を握っているのが
 誰なのか、卿は理解しておるのか!」


 ○


王導
先祖を辿ると戦国秦の大将軍、王翦おうせんがいる。超一級の血統の生まれで、晋朝にあっては権謀術数を操り旧呉土着の豪族層を骨抜きし、東晋帝国の基盤を築いた。結果として江南の地は五胡勢力の手に落ちずにすんだわけであるが、滅ぼされたほうの旧呉系豪族にとってはあまり関係のない話でもあろう。この王導以降、王導の家門である琅邪ろうや王氏はずっと腐れ南朝貴族社会のトップであり続ける。

温嶠
官僚としての印象が強い人物であるが、西晋の劉琨りゅうこんに従い、五胡の石勒せきろくと戦ったりもしている。劉琨は敗色濃厚を悟ると温嶠を使者として司馬睿しばえい(東晋初代皇帝・元帝)の元へ派遣。劉琨の敗死や西晋の滅亡を受け、溫嶠はそのまま司馬睿に仕えることとなった。そして司馬睿を帝位に推戴。しかし東晋は琅耶王氏の権勢が非常に強く、王敦《おうとん》の乱に代表されるように、司馬氏と王氏の対立が生じていた。ここで温嶠は折衝役として振る舞っている。その後の蘇峻そしゅん祖約そやくの乱でも陶侃とうかんと結び平定の道筋を作るなど、東晋百年の真の功労者と呼ぶべきであろう。

明帝 司馬紹しばしょう
東晋の二代目皇帝。権勢を広げる琅邪王氏のうち武力を握った王敦の叛乱を食い止めた。早世した名君と言う扱いにはなっているが、エピソードを読んでいる感じだとこの人が長生きしてたら割とヤバい方向に突っ走って行ったような気もする。

司馬昭
司馬懿しばいの息子、司馬師しばしの弟。毌丘倹かんきゅうけんの叛乱以後、魏内の司馬氏アンチが一気に賑やかになってきたので、アンチ潰しに奔走する。そして 260 年には一通りのアンチを潰し終えた成果として、魏のラストエンペラー曹奐そうかん(元帝)を即位させた。またこの人の時代にしょくを滅ぼす。実質上、晋帝国の基盤を築いた人である。

曹髦そうぼう
衰運著しい魏の王朝にあって、何とか盛り返そうと頑張った人。けど結局司馬師しばしに殺された。


※このエピソードは、明帝と王導と溫嶠の微妙な関係を戯画化しているように思う。特に、黙り込む溫嶠のくだりが上手い。
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