上 下
34 / 47

再び元婚約者

しおりを挟む
「ご無沙汰しております、兄上。本日はどのような御用でしょうか?」

 案内された応接室の椅子に座って待つジョエルの兄は見るからに苛々した態度をしていた。ジョエルは兄のそんな様子に白けた目を向ける。

「……は? カロライン? どうして君がここにいる!?」

 ジョエルに寄り添うように立っていたカロラインに気付き、兄は驚愕した顔で彼女を指差した。その無礼な態度にジョエルは顔から表情を消し、冷めた声音で言い放つ。

「僕の婚約者に無礼な態度はおやめください。それにもうカロラインは兄上とは無関係なのですから気安く名前を呼ぶのもおやめください」
 
 庇う様に前に立つジョエルをカロラインはうっとりとした目で見つめた。
 そんな彼女の様子を見た兄は椅子から立ち上がり喚き始める。

「なっ……なんだ、その目! 僕にそんな目を向けたことないのに……どうしてジョエルにだけ……!」

 訳の分からないことを騒ぎ始めた兄にジョエルは唖然としてしまった。
 今は自分と話しているはずなのに、どうして急にカロラインに意味不明の難癖をつけたのか不思議でならない。

「あらあら……相も変わらず会話が出来ない御方ですこと。わたくしがジョエル様を見つめる目が気に入らないとでも?」

 意味不明な発言をする兄に冷静な対応をし始めたカロライン。
 ジョエルは彼女の落ち着いた態度に少しだけ驚いた。

「だ、だって……僕にそんな目を向けたことなかったじゃないか! なのに、どうしてジョエルには……」

「わたくしの目つきがジョエル様と貴方で違うのであれば、それは愛情が有るか無いかの違いですわね」

「愛情だと……? 君はジョエルを愛しているというのか!?」

「ええ、そうですわ。わたくしはジョエル様を心から愛しております。そして貴方様のことはこれっぽっちも愛しておりません」

 きっぱりと拒絶され、兄は分かりやすく落胆した様子を見せた。
 力なく倒れるように椅子に座り顔面蒼白で俯く。
 それを見たジョエルは心底呆れた顔を兄へと向けた。

「兄上は一体何がしたいのです? そもそも僕に用事があったのではないのですか?」

「……そうだが、だってカロラインがここにいるとは思わなくて……」

「彼女は僕の婚約者です。だから僕と一緒にいても何もおかしくありません。で、一体何の用事ですか? 特に用もないのでしたらもうお帰り頂きたいのですけど……」

 まだ正式な婚約は交わしていないし、ここにカロラインはいるのは別の理由がある。だがそれをわざわざ兄に伝える必要もないだろうとジョエルは判断した。

「ま、まて! 用事ならある! 最近リーナがここに来ているのだろう!?」

「リーナ……? ああ、もしかして兄上の恋人のことですか? ええ、はい、最近よくここへ来ますね。迷惑ですから兄上の方から来ないように言って頂きたいのですけど……」

「なっ……お前その言い方は何だ! 折角リーナがお前と仲良くしようと足を運んでやっているのに、お前はいつも冷たい態度しかとらないそうだな? リーナはいつも泣いているんだぞ!?」

「仲良くする必要あります? 兄の恋人と必要以上に交流を図る意味って何ですか?」

「それは……義理の姉弟になるのだし、仲良くなりたいと思うのは普通だろう?」

「……あまり言いたくないですけどね、兄上の恋人が僕に望んでいるのは義理の姉弟の仲ではないと思いますよ」

「はあ!? お前……リーナが色目を使っているとでも言いたいのか!?」

「はい、その通りです。兄上が傷つくだろうと思い今まで黙って参りましたが、そんな『義理の姉弟になるのだから仲良くしてやれ』などと強要するのでしたら話は別です」

「ふざけるな! リーナはそんなふしだらな女ではない!」

「何を根拠にそんなことが言えるのです? 彼女は兄上に婚約者がいながら平然と恋仲になるような非道徳的でふしだらな女性ではないですか」

「違う! 婚約が決まる前からリーナとは恋仲だった! だから彼女は何も悪くない!」

「いや、悪いでしょう。兄上に婚約者が出来ても平然と付き合い、あまつさえその婚約者の前に堂々と姿を現すような人ですよ? どう考えても悪気があるし、性格も悪いですよ」

 平然とリーナを罵るジョエルに兄は顔を真っ赤にして喚き散らす。
 その様子を黙って見ていたカロラインは、ふとあることを思い出した。

(あら……? もしかして以前教会でジョエル様に擦り寄っていた女性って……リーナさんだったの?)

 以前教会で目にした服装も化粧も派手な女性。
 あの時は分からなかったが、もしかしてあの女性はリーナだったのかと今更ながら気づいた。
  
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

侯爵夫人のハズですが、完全に無視されています

猫枕
恋愛
伯爵令嬢のシンディーは学園を卒業と同時にキャッシュ侯爵家に嫁がされた。 しかし婚姻から4年、旦那様に会ったのは一度きり、大きなお屋敷の端っこにある離れに住むように言われ、勝手な外出も禁じられている。 本宅にはシンディーの偽物が奥様と呼ばれて暮らしているらしい。 盛大な結婚式が行われたというがシンディーは出席していないし、今年3才になる息子がいるというが、もちろん産んだ覚えもない。

幼馴染が夫を奪った後に時間が戻ったので、婚約を破棄します

天宮有
恋愛
バハムス王子の婚約者になった私ルーミエは、様々な問題を魔法で解決していた。 結婚式で起きた問題を解決した際に、私は全ての魔力を失ってしまう。 中断していた結婚式が再開すると「魔力のない者とは関わりたくない」とバハムスが言い出す。 そしてバハムスは、幼馴染のメリタを妻にしていた。 これはメリタの計画で、私からバハムスを奪うことに成功する。 私は城から追い出されると、今まで力になってくれた魔法使いのジトアがやって来る。 ずっと好きだったと告白されて、私のために時間を戻す魔法を編み出したようだ。 ジトアの魔法により時間を戻すことに成功して、私がバハムスの妻になってない時だった。 幼馴染と婚約者の本心を知ったから、私は婚約を破棄します。

【完結】離縁されたので実家には戻らずに自由にさせて貰います!

山葵
恋愛
「キリア、俺と離縁してくれ。ライラの御腹には俺の子が居る。産まれてくる子を庶子としたくない。お前に子供が授からなかったのも悪いのだ。慰謝料は払うから、離婚届にサインをして出て行ってくれ!」 夫のカイロは、自分の横にライラさんを座らせ、向かいに座る私に離婚届を差し出した。

この子、貴方の子供です。私とは寝てない? いいえ、貴方と妹の子です。

サイコちゃん
恋愛
貧乏暮らしをしていたエルティアナは赤ん坊を連れて、オーガスト伯爵の屋敷を訪ねた。その赤ん坊をオーガストの子供だと言い張るが、彼は身に覚えがない。するとエルティアナはこの赤ん坊は妹メルティアナとオーガストの子供だと告げる。当時、妹は第一王子の婚約者であり、現在はこの国の王妃である。ようやく事態を理解したオーガストは動揺し、彼女を追い返そうとするが――

【7話完結】婚約破棄?妹の方が優秀?あぁそうですか・・・。じゃあ、もう教えなくていいですよね?

西東友一
恋愛
昔、昔。氷河期の頃、人々が魔法を使えた時のお話。魔法教師をしていた私はファンゼル王子と婚約していたのだけれど、妹の方が優秀だからそちらと結婚したいということ。妹もそう思っているみたいだし、もう教えなくてもいいよね? 7話完結のショートストーリー。 1日1話。1週間で完結する予定です。

愛されないはずの契約花嫁は、なぜか今宵も溺愛されています!

香取鞠里
恋愛
マリアは子爵家の長女。 ある日、父親から 「すまないが、二人のどちらかにウインド公爵家に嫁いでもらう必要がある」 と告げられる。 伯爵家でありながら家は貧しく、父親が事業に失敗してしまった。 その借金返済をウインド公爵家に伯爵家の借金返済を肩代わりしてもらったことから、 伯爵家の姉妹のうちどちらかを公爵家の一人息子、ライアンの嫁にほしいと要求されたのだそうだ。 親に溺愛されるワガママな妹、デイジーが心底嫌がったことから、姉のマリアは必然的に自分が嫁ぐことに決まってしまう。 ライアンは、冷酷と噂されている。 さらには、借金返済の肩代わりをしてもらったことから決まった契約結婚だ。 決して愛されることはないと思っていたのに、なぜか溺愛されて──!? そして、ライアンのマリアへの待遇が羨ましくなった妹のデイジーがライアンに突如アプローチをはじめて──!?

完結 冗談で済ますつもりでしょうが、そうはいきません。

音爽(ネソウ)
恋愛
王子の幼馴染はいつもわがまま放題。それを放置する。 結婚式でもやらかして私の挙式はメチャクチャに 「ほんの冗談さ」と王子は軽くあしらうが、そこに一人の男性が現れて……

私のことを追い出したいらしいので、お望み通り出て行って差し上げますわ

榎夜
恋愛
私の婚約も勉強も、常に邪魔をしてくるおバカさんたちにはもうウンザリですの! 私は私で好き勝手やらせてもらうので、そちらもどうぞ自滅してくださいませ。

処理中です...