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身代わり
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「猊下……“こういうこと”とは、どういった意味でしょうか……?」
震えながらカロラインは教皇に先ほどの発言の意味を問いかけた。
「コレがある限りお嬢さんは獣の花嫁になる危険性が付き纏う、という意味だ。微かだがコレ自体に“魅了”の気配を感じる」
「魅了? それはいったい……」
「魅了とは相手の心を支配し、己の虜にさせてしまう呪い。おそらく奴はコレを通してお嬢さんを言いなりにし、自分の巣へと自ら足を運ばせるつもりだったのだろう」
「そんな……! ですが、そういった現象は一度もありませんでしたよ……?」
「いや、おそらく奴は何度も“魅了”を発動させたのだが、お嬢さんには効かなかったのだろう」
「え!? 効かなかったとはどういうことです?」
「発動の条件として“対象に己の体の一部を渡す”と“対象の名を呼ぶ”というものがある。獣は前者の条件は満たしたが、後者は満たさなかった。何故なら奴はお嬢さんの名を“カロリーナ”だと思い込んでいるからだ。おそらくはずっとカロリーナの名で呼びかけていたのだろうが、名前を違えれば呪いは発動しない。奴の知能が低くて助かったな」
カロラインの胸に安堵と恐怖が一度に湧き上がる。
名を知られていないおかげで奴に攫われずに済んだという安堵。
知らぬうちに奴の体の一部という悍ましい物を渡され、魅了されそうになっていたのかという恐怖。
「それとコレを教会に預けたという選択がよかった。主神の加護があるこの場所のおかげでコレが持つ呪いは大分薄まっている」
神モドキが本物の神のお力に敵うはずがないからなと教皇は呟く。
「猊下、呪いが薄まっていたとしてもそれを返さないといけないのでしょうか?」
「勿論だ。薄まっているというだけで、無くなったわけじゃない。今後これがお嬢さんにどのような影響をもたらすかも分からぬし、廃棄できない以上は返してしまった方がいいだろう」
確かにコレは捨てても燃やしても戻ってきてしまう。
廃棄できない代物であれば持ち主に返すのが一番なのかもしれない。
「安心してくれ。お嬢さんに返しに行けとは言わない。その役目は儂が担おう」
「猊下が!? そんなっ! そこまでしていただくわけには参りません」
「遠慮することはない。それにこの中で儂が一番適任だ。ああいった存在を討伐した経験もあるし、それに儂の立場なら教会の聖騎士達を動かすことが出来る。そしてソレを奴の手に返し、その隙を狙い討ち取ってやろう……」
聖騎士を動かすと聞き、カロラインはそこまで大事になってしまうのかと焦った。
「なに、そう身構えずともよい。聖騎士を動かす理由は人が多い方が何かと都合も良いからだ。それとジョエルにも協力してもらおう」
教皇がジョエルに目線を向けると、彼は「何なりとお申し付けください」と頷く。
「大切な人の為です。僕に出来ることがあれば何でもいたします」
「うむ、よくぞ言った。それでこそ我が自慢の弟子よ。お前にはお嬢さんの身代わりをしてもらうぞ」
ジョエルはとカロラインは「身代わり?」と声を揃えた。
「お前とお嬢さんは瞳の色が似ている。髪はお嬢さんと同じ色の鬘でも被ればいいだろう」
「お待ちください猊下! どうしてジョエル様がわたくしの身代わりにならねばならないのですか!?」
自分の身代わりとしてジョエルが選ばれたことにカロラインは慌てた。
「それは奴をおびき寄せるためだ。奴の狙いはお嬢さん、貴女だからな。おそらく儂と騎士だけで行ったとしても奴は姿を現さない可能性が高い。野生の獣は己を害する存在にひどく敏感で姿を隠すことも上手いからな」
自分を討伐できる存在が多数に襲撃されたのなら驚いて身を潜めてしまう可能性が高いとのこと。
言われてみれば確かにそうなのだが……。
「……でしたら、わたくしが直接行けば確実なのではありませんか?」
「いや、それは危険だ。お嬢さんが奴の前に姿を現せばそのまま攫われてしまう可能性もある。お嬢さんが奴の花嫁になってしまっては……もう助けられん。それでは意味がない」
「え……花嫁になる、とは?」
「奴と契りを結ぶことを指す、つまりは奴に体を許すことだ。今はお嬢さんも奴を拒絶しているが、近くに行けば意識を操られる可能性もある」
カロラインはそれを聞いてひどくゾッとした。
それと同時に夢でカロリーナがあの青年に簡単に体を許していたことを思い出す。
「カロライン、貴女の身に何かあれば僕は生きていけません。どうか僕の為にも貴女は安全な場所にいてください」
「ジョエル様……でも……」
もしジョエルが自分の身代わりになって攫われでもしたら……と考えると辛い。
それに何故自分と背格好も顔も似ていない彼が身代わりになるのかも疑問だ。
「別に顔や背格好を似せる必要はない。髪色や瞳の色を似せる必要もないのかもしれないが……まあ念のためにだ」
「え……? どういうことですか?」
身代わりというのならば最低限本人に似せる必要があるのでは、とカロラインは小首を傾げた。
震えながらカロラインは教皇に先ほどの発言の意味を問いかけた。
「コレがある限りお嬢さんは獣の花嫁になる危険性が付き纏う、という意味だ。微かだがコレ自体に“魅了”の気配を感じる」
「魅了? それはいったい……」
「魅了とは相手の心を支配し、己の虜にさせてしまう呪い。おそらく奴はコレを通してお嬢さんを言いなりにし、自分の巣へと自ら足を運ばせるつもりだったのだろう」
「そんな……! ですが、そういった現象は一度もありませんでしたよ……?」
「いや、おそらく奴は何度も“魅了”を発動させたのだが、お嬢さんには効かなかったのだろう」
「え!? 効かなかったとはどういうことです?」
「発動の条件として“対象に己の体の一部を渡す”と“対象の名を呼ぶ”というものがある。獣は前者の条件は満たしたが、後者は満たさなかった。何故なら奴はお嬢さんの名を“カロリーナ”だと思い込んでいるからだ。おそらくはずっとカロリーナの名で呼びかけていたのだろうが、名前を違えれば呪いは発動しない。奴の知能が低くて助かったな」
カロラインの胸に安堵と恐怖が一度に湧き上がる。
名を知られていないおかげで奴に攫われずに済んだという安堵。
知らぬうちに奴の体の一部という悍ましい物を渡され、魅了されそうになっていたのかという恐怖。
「それとコレを教会に預けたという選択がよかった。主神の加護があるこの場所のおかげでコレが持つ呪いは大分薄まっている」
神モドキが本物の神のお力に敵うはずがないからなと教皇は呟く。
「猊下、呪いが薄まっていたとしてもそれを返さないといけないのでしょうか?」
「勿論だ。薄まっているというだけで、無くなったわけじゃない。今後これがお嬢さんにどのような影響をもたらすかも分からぬし、廃棄できない以上は返してしまった方がいいだろう」
確かにコレは捨てても燃やしても戻ってきてしまう。
廃棄できない代物であれば持ち主に返すのが一番なのかもしれない。
「安心してくれ。お嬢さんに返しに行けとは言わない。その役目は儂が担おう」
「猊下が!? そんなっ! そこまでしていただくわけには参りません」
「遠慮することはない。それにこの中で儂が一番適任だ。ああいった存在を討伐した経験もあるし、それに儂の立場なら教会の聖騎士達を動かすことが出来る。そしてソレを奴の手に返し、その隙を狙い討ち取ってやろう……」
聖騎士を動かすと聞き、カロラインはそこまで大事になってしまうのかと焦った。
「なに、そう身構えずともよい。聖騎士を動かす理由は人が多い方が何かと都合も良いからだ。それとジョエルにも協力してもらおう」
教皇がジョエルに目線を向けると、彼は「何なりとお申し付けください」と頷く。
「大切な人の為です。僕に出来ることがあれば何でもいたします」
「うむ、よくぞ言った。それでこそ我が自慢の弟子よ。お前にはお嬢さんの身代わりをしてもらうぞ」
ジョエルはとカロラインは「身代わり?」と声を揃えた。
「お前とお嬢さんは瞳の色が似ている。髪はお嬢さんと同じ色の鬘でも被ればいいだろう」
「お待ちください猊下! どうしてジョエル様がわたくしの身代わりにならねばならないのですか!?」
自分の身代わりとしてジョエルが選ばれたことにカロラインは慌てた。
「それは奴をおびき寄せるためだ。奴の狙いはお嬢さん、貴女だからな。おそらく儂と騎士だけで行ったとしても奴は姿を現さない可能性が高い。野生の獣は己を害する存在にひどく敏感で姿を隠すことも上手いからな」
自分を討伐できる存在が多数に襲撃されたのなら驚いて身を潜めてしまう可能性が高いとのこと。
言われてみれば確かにそうなのだが……。
「……でしたら、わたくしが直接行けば確実なのではありませんか?」
「いや、それは危険だ。お嬢さんが奴の前に姿を現せばそのまま攫われてしまう可能性もある。お嬢さんが奴の花嫁になってしまっては……もう助けられん。それでは意味がない」
「え……花嫁になる、とは?」
「奴と契りを結ぶことを指す、つまりは奴に体を許すことだ。今はお嬢さんも奴を拒絶しているが、近くに行けば意識を操られる可能性もある」
カロラインはそれを聞いてひどくゾッとした。
それと同時に夢でカロリーナがあの青年に簡単に体を許していたことを思い出す。
「カロライン、貴女の身に何かあれば僕は生きていけません。どうか僕の為にも貴女は安全な場所にいてください」
「ジョエル様……でも……」
もしジョエルが自分の身代わりになって攫われでもしたら……と考えると辛い。
それに何故自分と背格好も顔も似ていない彼が身代わりになるのかも疑問だ。
「別に顔や背格好を似せる必要はない。髪色や瞳の色を似せる必要もないのかもしれないが……まあ念のためにだ」
「え……? どういうことですか?」
身代わりというのならば最低限本人に似せる必要があるのでは、とカロラインは小首を傾げた。
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