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施し
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「な、なによ……なんなのよ、アンタのその余裕ぶった態度は!? あの時は情けなく泣きそうな顔をしていたのに……どうして今はそんな平然としているのよ!」
「あの時? ああ、街で彼と待ち合わせをした時のことでしょうか? あの時は確かにショックで倒れそうではありましたけど……その後色々あって、彼のことなど気にならなくなりましたの」
「は……? 何よ、その色々って……」
「そうですね……得体の知れない者に狙われたことでしょうか」
「は!? 怖っ! アンタ頭でもおかしくなったわけ?」
「いいえ、わたくしは正気ですわ。それよりも、貴女のご用件はもうお済みかしら? 済んだのならもうお帰り頂きたいのですけど……」
堂々巡りの会話にカロラインはそろそろ飽きてきた。
そしてそれを感じ取ったリーナが彼女を指差して喚きだす。
「何も済んでないわよ! いいから彼をまた跡継ぎの座に戻しなさいよ! それか次期当主の弟を私に寄越しなさい!」
「あらまあ……なんて強欲なのかしら。どちらも無理よ。それに貴女に貴族夫人は務まらないわ、諦めなさい」
「馬鹿にすんじゃないわよ!? お高く止まった貴族のお嬢様よりも素直で可愛い私の方が妻に相応しいって彼は言っていたわよ? 男に愛される私の方がアンタよりも価値があるの!」
「そんな誰が定めたかも分からない価値などどうでもいいですわ。それより、平民が貴族夫人になれないことは法律で決まっていますもの」
「え……? 法律で?」
キョトンとするリーナに、カロラインは『この方、教育を受けていないのかしら?』と首を傾げた。
「そんなの嘘よ! だって彼は一言もそんなこと……」
「言っていないのか、知らなかったのかは分かりませんが、無理なものは無理です。諦めて身の丈に合った生活を望みなさい。強欲が過ぎれば破滅しますよ?」
「う……うるさい! うるさい!! 何よ! アンタは何でも持っているじゃない! 恵まれているんだから、一つくらいアタシが貰ったっていいじゃない! 強欲はアンタの方よ!!」
「あら……つまり、貴女はわたくしから施しを受けたいと、そう仰るの?」
「は……? ほ、施し……?」
「だってそうでしょう? 恵まれているわたくしから、何かを貰いたいというのはそういう意味でしょう?」
「は……はあああ!!? 馬鹿にしているわけ!?」
真っ赤になって激高するリーナを無視し、カロラインは「でも」と話を続けた。
「わたくしから見た限りだと、貴女は別に恵まれない存在ではないと思うのよね。だって、貴女はどう見ても健康体で……あ、もしかしたら何か持病でもお持ちかしら?」
「は? ないわよ、そんなの!」
「ああ、そうなのね? なら貴女は若くて健康な肉体を持ち、食べるものにも、着るものにも、住むところにも困っていない。だって肌艶もいいし、髪だって毛先まで手入れされて艶もある。服だって、それは流行のドレスよね? 良質な食事をとれて、体の手入れをするほどの財と時間がある証拠だわ。それに、貴女を心から愛して全てを捨てた彼もいる。あら、貴女って物凄く恵まれているじゃないの? なのに、これ以上望むのは贅沢というものだわ」
「は、はあああ!? ふざけないでよ!」
カロラインはちっともふざけていないし、どちらかというと褒めたつもりなのに、彼女にはどうやら嫌味と捉えられたようだ。まあ、小馬鹿にした物言いではあったけれども。
「ふざけてなんていないわよ。よくって? 施しというものは本来、衣食住に恵まれない、生きることが困難な方にこそ行うものなの。貴女のように裕福な家のお嬢様には必要のないものでしょう? これ以上何を望むというの?」
「な……あ、あんた……」
言い返す言葉が見つからないのか、リーナはわなわなと震えだした。
「それに、他人の婚約を壊しておいて、ちっとも罪悪感を抱かないほど神経が図太いようだし……羨ましいわ。わたくしだったら罪悪感で悪夢にうなされそうだもの……」
低く圧の籠ったカロラインの声音にリーナは顔を強張らせた。
「ふ、ふん……アンタ、涼しい顔をして、やっぱり怒っているんでしょう? 婚約者を奪われて悔しいんでしょう?」
「う~ん、どうかしら? そこはご自由に想像なさって構いませんわよ?」
どうあってもリーナの挑発には乗らず、自分のペースを崩さないカロライン。
そんな打っても響かない彼女の態度にリーナは段々と疲れてきた……。
「……いい、もう帰るわ。だけど覚えていなさいよ! 絶対にアンタを悔しがらせてやるんだから! その時後悔したって知らないからね!」
そう宣言すると、リーナはドスドスと足音を立てて帰っていった。
淑女とはかけ離れたはしたない行動にカロラインは目を丸くして驚く。
「あれで貴族夫人なんて無理だと思うのだけど……」
「ええ、あんなゴリラみたいな女には絶対に務まりませんよ」
セイラの返しにカロラインは「ゴリラって……もう!」と笑い出す。
「それにしても、彼女化粧をしない方が綺麗だわ。まるで別人みたいね」
「そうですね……一瞬誰かと思いました。それに……あの人、化粧をしないとお嬢様とどことなく顔が似ています」
「え? そう?」
「もちろんお嬢様の方が数倍美人です! なんとなくそう思っただけです。気を悪くしたらすみません……」
「いいえ、そんなことはないわ。でも、確かにそう言われてみればそうね……」
彼女の髪と瞳は、今考えると夢に出てきたあの女性と同じ色をしている。
鮮やかな赤い髪にハシバミ色の瞳の、神を自称する青年の花嫁に選ばれたカロリーナと。
「あの時? ああ、街で彼と待ち合わせをした時のことでしょうか? あの時は確かにショックで倒れそうではありましたけど……その後色々あって、彼のことなど気にならなくなりましたの」
「は……? 何よ、その色々って……」
「そうですね……得体の知れない者に狙われたことでしょうか」
「は!? 怖っ! アンタ頭でもおかしくなったわけ?」
「いいえ、わたくしは正気ですわ。それよりも、貴女のご用件はもうお済みかしら? 済んだのならもうお帰り頂きたいのですけど……」
堂々巡りの会話にカロラインはそろそろ飽きてきた。
そしてそれを感じ取ったリーナが彼女を指差して喚きだす。
「何も済んでないわよ! いいから彼をまた跡継ぎの座に戻しなさいよ! それか次期当主の弟を私に寄越しなさい!」
「あらまあ……なんて強欲なのかしら。どちらも無理よ。それに貴女に貴族夫人は務まらないわ、諦めなさい」
「馬鹿にすんじゃないわよ!? お高く止まった貴族のお嬢様よりも素直で可愛い私の方が妻に相応しいって彼は言っていたわよ? 男に愛される私の方がアンタよりも価値があるの!」
「そんな誰が定めたかも分からない価値などどうでもいいですわ。それより、平民が貴族夫人になれないことは法律で決まっていますもの」
「え……? 法律で?」
キョトンとするリーナに、カロラインは『この方、教育を受けていないのかしら?』と首を傾げた。
「そんなの嘘よ! だって彼は一言もそんなこと……」
「言っていないのか、知らなかったのかは分かりませんが、無理なものは無理です。諦めて身の丈に合った生活を望みなさい。強欲が過ぎれば破滅しますよ?」
「う……うるさい! うるさい!! 何よ! アンタは何でも持っているじゃない! 恵まれているんだから、一つくらいアタシが貰ったっていいじゃない! 強欲はアンタの方よ!!」
「あら……つまり、貴女はわたくしから施しを受けたいと、そう仰るの?」
「は……? ほ、施し……?」
「だってそうでしょう? 恵まれているわたくしから、何かを貰いたいというのはそういう意味でしょう?」
「は……はあああ!!? 馬鹿にしているわけ!?」
真っ赤になって激高するリーナを無視し、カロラインは「でも」と話を続けた。
「わたくしから見た限りだと、貴女は別に恵まれない存在ではないと思うのよね。だって、貴女はどう見ても健康体で……あ、もしかしたら何か持病でもお持ちかしら?」
「は? ないわよ、そんなの!」
「ああ、そうなのね? なら貴女は若くて健康な肉体を持ち、食べるものにも、着るものにも、住むところにも困っていない。だって肌艶もいいし、髪だって毛先まで手入れされて艶もある。服だって、それは流行のドレスよね? 良質な食事をとれて、体の手入れをするほどの財と時間がある証拠だわ。それに、貴女を心から愛して全てを捨てた彼もいる。あら、貴女って物凄く恵まれているじゃないの? なのに、これ以上望むのは贅沢というものだわ」
「は、はあああ!? ふざけないでよ!」
カロラインはちっともふざけていないし、どちらかというと褒めたつもりなのに、彼女にはどうやら嫌味と捉えられたようだ。まあ、小馬鹿にした物言いではあったけれども。
「ふざけてなんていないわよ。よくって? 施しというものは本来、衣食住に恵まれない、生きることが困難な方にこそ行うものなの。貴女のように裕福な家のお嬢様には必要のないものでしょう? これ以上何を望むというの?」
「な……あ、あんた……」
言い返す言葉が見つからないのか、リーナはわなわなと震えだした。
「それに、他人の婚約を壊しておいて、ちっとも罪悪感を抱かないほど神経が図太いようだし……羨ましいわ。わたくしだったら罪悪感で悪夢にうなされそうだもの……」
低く圧の籠ったカロラインの声音にリーナは顔を強張らせた。
「ふ、ふん……アンタ、涼しい顔をして、やっぱり怒っているんでしょう? 婚約者を奪われて悔しいんでしょう?」
「う~ん、どうかしら? そこはご自由に想像なさって構いませんわよ?」
どうあってもリーナの挑発には乗らず、自分のペースを崩さないカロライン。
そんな打っても響かない彼女の態度にリーナは段々と疲れてきた……。
「……いい、もう帰るわ。だけど覚えていなさいよ! 絶対にアンタを悔しがらせてやるんだから! その時後悔したって知らないからね!」
そう宣言すると、リーナはドスドスと足音を立てて帰っていった。
淑女とはかけ離れたはしたない行動にカロラインは目を丸くして驚く。
「あれで貴族夫人なんて無理だと思うのだけど……」
「ええ、あんなゴリラみたいな女には絶対に務まりませんよ」
セイラの返しにカロラインは「ゴリラって……もう!」と笑い出す。
「それにしても、彼女化粧をしない方が綺麗だわ。まるで別人みたいね」
「そうですね……一瞬誰かと思いました。それに……あの人、化粧をしないとお嬢様とどことなく顔が似ています」
「え? そう?」
「もちろんお嬢様の方が数倍美人です! なんとなくそう思っただけです。気を悪くしたらすみません……」
「いいえ、そんなことはないわ。でも、確かにそう言われてみればそうね……」
彼女の髪と瞳は、今考えると夢に出てきたあの女性と同じ色をしている。
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