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一人でやって来た元婚約者
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「え? 元婚約者様がお一人で?」
なんとカロラインの元婚約者が邸に一人で来たとのこと。
連日女連れで訪問するたびに門前払いされ、流石に懲りたらしい。
「部外者を連れていないのなら、会うしかないわね……。いいわ、応接室へお通しして」
部外者連れで会うつもりはない。そう彼に言った手前、単身で来たのなら会ってやるしかない。
これから教会に向かうので手短に済まそう、とカロラインは身支度もそこそこに元婚約者の待つ応接室へと足を運んだ。
「お久しぶりでございますね。貴方が見知らぬ女性を連れて待ち合わせ場所にやって来た時以来でしょうか? 本日はどのようなご用向きで?」
嫌味の籠った言葉に元婚約者は目を吊り上げてソファーから立ち上がるも、カロラインの背後に控える数名の護衛騎士に睨まれそのまま大人しく座り直した。
カロラインはそんな婚約者の様子をただじっと見つめる。
最後に会った日は彼の裏切りにひどく傷ついていたはずなのに、今は不思議と何も思わない。
「………何故、婚約を解消したんだ」
ぼそりと蚊の鳴くような声で彼はそう呟いた。
「? 婚約解消を決めたのは貴方のお父君とわたくしの父であって、わたくしが解消を申し出たわけではありませんわ。何故と問うなら相手は貴方のお父君ではなくて?」
カロラインは元婚約者の質問の意味が全く理解できなかった。
婚約解消の判断をしたのは両家の当主であって、自分ではない。
気持ちとしては婚約解消は喜ばしいが、当主でもないのにそれを決断できるわけがないことは彼も知っているはずだ。
両家がこの元婚約者を見限ったからこその婚約解消だ。
何故それが分からないのだろう、とカロラインは首を傾げた。
「き、君が、黙っていれば……全て丸く収まったんだ!」
「いいえ? わたくしが言わずとも、貴方の従者からご当主へ報告なさるでしょう。現に貴方のお父君はすでに貴方の所業をご存じでしたよ?」
呆気にとられる元婚約者を、カロラインは白けた目で見つめた。
子息が婚約者以外の女を伴い婚約者とのデートに向かった、などという大変非常識な行いを従者が当主に報告しないわけがない。
「け、けどっ! そのせいで僕は当主の座から外されたんだぞ!?」
「え? はあ……まあ、そうなるでしょうね。婚約者との約束に別の女性を侍らせ、堂々と恥ずかしい発言をするような方に当主は務まらないと思いますし」
「なっ……恥ずかしいだと!?」
「ええ、恥ずかしいですよ。何でしたっけ……『君のことは愛せない』でしたか? どうしてわざわざそんなことを口にするのか理解できませんわ」
「それは……だって、僕が好きなのはリーナだけだから……」
「……失礼ですけど貴方、おいくつですの? 好きな女性がいて、その人以外と添い遂げる気がないのでしたら婚約など結ばなければよかった話でしょう? 子供じゃあるまいし、そのくらいは分かるでしょう?」
カロラインの正論に元婚約者は顔を真っ赤にして「何だと!?」と激高するも、彼女の背後に控えている護衛騎士が腰の剣をちらつかせると大人しくなった。
「だって……仕方ないじゃないか。元々僕は婚約なんてしたくなかったんだ。なのに、父上が無理やり……」
「それはそれは……。なら、望んでもいない婚約を解消できてよかったですね」
「い、いやっ、それは違うっ! 僕は婚約解消なんて望んでいなかった! あのまま君と結婚はするつもりで……」
「え? 貴方がわたくしに身を引いてほしかった、と聞きましたが?」
「違う! 婚約を解消してほしいという意味ではなく、本命気取りをしないでほしいという意味で……」
「はあ? 一体何を言ってますの? 意味が分かりません……」
「何故分からない!? つまり、君とは結婚はするが、僕の本命はあくまでもリーナだということだ!」
支離滅裂な彼の主張を要約するとこうだ。
カロラインと結婚はするが、真実愛しているのはリーナ唯一人。
それを理解したうえで、カロラインには常に弁えた態度をとってほしい。
あまりにも馬鹿げた主張にカロラインはため息をついた。
「成程……。ご家族は貴方の『身を引いてほしい』という言葉を婚約を解消したいという意味に捉えたというわけですか……」
「そうなんだ! 僕が言葉足らずだったかもしれないけど、そんな曲解されているなんて思ってもいなかった!」
いや、曲解も何もそう捉える人の方が多いだろう。
何処の誰が婚約者にお飾り扱いを要求していると思うのか。
「つまりは……わたくしをお飾りの妻にするつもりだったと? そしてご自分はあの女性を本物の妻として邸に置き、跡継ぎまでその方と成そうとでも? ……これはこれは、わたくしと当家を随分と馬鹿にしておりますこと」
底冷えのするようなカロラインの低く圧の籠った声に元婚約者はびくりと体を震わせた。
どうやら、大人しいと思って見下していた彼女の意外な本性に驚いたようだ。
なんとカロラインの元婚約者が邸に一人で来たとのこと。
連日女連れで訪問するたびに門前払いされ、流石に懲りたらしい。
「部外者を連れていないのなら、会うしかないわね……。いいわ、応接室へお通しして」
部外者連れで会うつもりはない。そう彼に言った手前、単身で来たのなら会ってやるしかない。
これから教会に向かうので手短に済まそう、とカロラインは身支度もそこそこに元婚約者の待つ応接室へと足を運んだ。
「お久しぶりでございますね。貴方が見知らぬ女性を連れて待ち合わせ場所にやって来た時以来でしょうか? 本日はどのようなご用向きで?」
嫌味の籠った言葉に元婚約者は目を吊り上げてソファーから立ち上がるも、カロラインの背後に控える数名の護衛騎士に睨まれそのまま大人しく座り直した。
カロラインはそんな婚約者の様子をただじっと見つめる。
最後に会った日は彼の裏切りにひどく傷ついていたはずなのに、今は不思議と何も思わない。
「………何故、婚約を解消したんだ」
ぼそりと蚊の鳴くような声で彼はそう呟いた。
「? 婚約解消を決めたのは貴方のお父君とわたくしの父であって、わたくしが解消を申し出たわけではありませんわ。何故と問うなら相手は貴方のお父君ではなくて?」
カロラインは元婚約者の質問の意味が全く理解できなかった。
婚約解消の判断をしたのは両家の当主であって、自分ではない。
気持ちとしては婚約解消は喜ばしいが、当主でもないのにそれを決断できるわけがないことは彼も知っているはずだ。
両家がこの元婚約者を見限ったからこその婚約解消だ。
何故それが分からないのだろう、とカロラインは首を傾げた。
「き、君が、黙っていれば……全て丸く収まったんだ!」
「いいえ? わたくしが言わずとも、貴方の従者からご当主へ報告なさるでしょう。現に貴方のお父君はすでに貴方の所業をご存じでしたよ?」
呆気にとられる元婚約者を、カロラインは白けた目で見つめた。
子息が婚約者以外の女を伴い婚約者とのデートに向かった、などという大変非常識な行いを従者が当主に報告しないわけがない。
「け、けどっ! そのせいで僕は当主の座から外されたんだぞ!?」
「え? はあ……まあ、そうなるでしょうね。婚約者との約束に別の女性を侍らせ、堂々と恥ずかしい発言をするような方に当主は務まらないと思いますし」
「なっ……恥ずかしいだと!?」
「ええ、恥ずかしいですよ。何でしたっけ……『君のことは愛せない』でしたか? どうしてわざわざそんなことを口にするのか理解できませんわ」
「それは……だって、僕が好きなのはリーナだけだから……」
「……失礼ですけど貴方、おいくつですの? 好きな女性がいて、その人以外と添い遂げる気がないのでしたら婚約など結ばなければよかった話でしょう? 子供じゃあるまいし、そのくらいは分かるでしょう?」
カロラインの正論に元婚約者は顔を真っ赤にして「何だと!?」と激高するも、彼女の背後に控えている護衛騎士が腰の剣をちらつかせると大人しくなった。
「だって……仕方ないじゃないか。元々僕は婚約なんてしたくなかったんだ。なのに、父上が無理やり……」
「それはそれは……。なら、望んでもいない婚約を解消できてよかったですね」
「い、いやっ、それは違うっ! 僕は婚約解消なんて望んでいなかった! あのまま君と結婚はするつもりで……」
「え? 貴方がわたくしに身を引いてほしかった、と聞きましたが?」
「違う! 婚約を解消してほしいという意味ではなく、本命気取りをしないでほしいという意味で……」
「はあ? 一体何を言ってますの? 意味が分かりません……」
「何故分からない!? つまり、君とは結婚はするが、僕の本命はあくまでもリーナだということだ!」
支離滅裂な彼の主張を要約するとこうだ。
カロラインと結婚はするが、真実愛しているのはリーナ唯一人。
それを理解したうえで、カロラインには常に弁えた態度をとってほしい。
あまりにも馬鹿げた主張にカロラインはため息をついた。
「成程……。ご家族は貴方の『身を引いてほしい』という言葉を婚約を解消したいという意味に捉えたというわけですか……」
「そうなんだ! 僕が言葉足らずだったかもしれないけど、そんな曲解されているなんて思ってもいなかった!」
いや、曲解も何もそう捉える人の方が多いだろう。
何処の誰が婚約者にお飾り扱いを要求していると思うのか。
「つまりは……わたくしをお飾りの妻にするつもりだったと? そしてご自分はあの女性を本物の妻として邸に置き、跡継ぎまでその方と成そうとでも? ……これはこれは、わたくしと当家を随分と馬鹿にしておりますこと」
底冷えのするようなカロラインの低く圧の籠った声に元婚約者はびくりと体を震わせた。
どうやら、大人しいと思って見下していた彼女の意外な本性に驚いたようだ。
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