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教会と神父
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「お嬢様~……もうこれは教会に相談しましょうよ」
何処に捨てようが必ずカロラインの元へと戻ってくる山百合の花。
侍女のセイラはその気味の悪さに涙目となり、カロラインに必死に訴えかける。
「そうね……流石に気味が悪いわ。今すぐに教会へと行きましょう」
こういった非日常な現象に関する相談は教会へと相場が決まっている。
「そうしましょう! これ、もう見るのも嫌です……」
もう触るのも嫌なのかセイラは山百合を厨房から持ってきた菜箸で摘まみ、箱の中へと仕舞う。
いくら乱暴に扱おうとも萎れることのないそれに二人は鳥肌を立たせて恐怖した。
外出の準備を整えた二人は共に教会へと向かう。
道中、馬車の中でカロラインがセイラにあることを尋ねた。
「ねえ、セイラ……。先日、わたくしを早く邸まで帰らせるために通った近道なのだけど……それはどの辺りか分かるかしら?」
「え? ああ、はい、もちろんです。確か荷物の中に地図があったと……ああ、ありました」
セイラは荷物の入った鞄を開け、中から一枚の地図を取り出す。
貴族の従者は馬車に乗る際、御者に道を指示することもあるのでこうして地図を鞄に忍ばせていることが多い。
「えっと確かこの辺りです。この緩やかな一本道、これが先日通った近道です」
セイラが指で示した場所を見ると、そこは確かに一本道で近くに広い森が隣接していた。
そこを抜けると田園地帯が広がり、もう少し進むといつも使う道へと繋がるようだ。
「近道ではあるのですが、舗装のされていない悪路なので馬車で進むには適していませんね。それに割と道幅も狭くて、馬車一台分ほどしかありませんでした」
「まあ、なら対向車が来たら大変だったわね」
「ええ、ですが道中他の馬車は一台も見当たりませんでした。それに歩行者もいなかったので、停まることなく進めましたね」
「え? 歩行者もいなかったの?」
「ええ、一人も見かけませんでした」
カロラインはそのことに違和感を覚えた。
近くに広い田園があるのなら、農夫の一人くらいは見かけてもいいはずなのに。
「近くに田園地帯があるのに、農夫ともすれ違わなかったの?」
「あ、いえ、田園で農夫は見かけましたよ? ですが彼等はこの道には入ろうとしませんでしたね。あぜ道を利用しておりました」
セイラの言葉にカロラインは何か引っかかるものを感じた。
農夫があぜ道を使用することはどこもおかしくない。
けれど、穿った見方をすると彼等はまるでその道を避けているかのように思えてしまう。
「あ、お嬢様、到着したようですよ」
馬車が停車し、目的地に到着したことを知らせる。
カロラインは一旦考えることを止め、セイラと共に馬車を降りた。
ステンドグラスがはめ込まれた美しい造りの教会。
重い木の扉を開けるとそこには一人の若い神父が立っていた。
「ようこそ教会へ。本日はお祈りでしょうか? それとも懺悔室のご利用でしょうか?」
この国の教会では神父やシスターがこうして訪れる人を出迎え、要望を聞く習わしとなっている。
その人が“お祈り”と告げればその場所まで案内し、“懺悔室の利用”と告げたのならその相手をしてくれる。
「いいえ、そのどちらでもありません。本日はご相談があって参りましたの」
カロラインがそう答えると、神父は首を傾げた。
「相談、ですか? それはまたどのような……」
「それがその……説明すると少々長くなりまして……」
「左様ですか。では応接室へとご案内いたしましょう」
「まあ、ありがとうございます」
神父に促され、カロラインはセイラと共に教会の奥にある部屋へと入る。
そこは古いソファーと机が置かれただけの殺風景な場所ではあるが、壁に飾られた宗教画が目を楽しませてくれた。
「美しい絵ですね」
そうポツリとカロラインが呟くと、神父は嬉しそうな顔を見せた。
「お褒め頂き光栄です。この絵は僕が描いたのですよ」
「まあ! 神父様が!?」
「ええ、僕は絵を描くことが好きでして。こうして描いたものをここに飾らせてもらっているのですよ。この絵はその昔に神の寵愛を受けて花嫁になったという乙女をモチーフにしています」
「え……、神の、花嫁……?」
カロラインはその言葉に顔を引きつらせた。
神の花嫁というのはこの絵のように清らかで美しい姿を想像するのが一般的だ。
だが彼女は夢に見たあの女性、カロリーナの姿を想像してしまう。
神を自称する青年の、見かけの美しさに騙され全てを捨てた挙句、森へと放置され亡くなった哀れなあの女性の姿を────。
「レディ、顔色が悪いですが大丈夫ですか?」
神父が心配そうにカロラインの顔を覗き込む。
間近で見た彼の意外に端正な顔立ちに思わずハッと頬を赤らめた。
「すみません、大丈夫です。少しぼうっとしてしまったようで……」
「そうですか? では気分がスッキリするような薬草茶をお淹れしましょう。こちらでお座りになってお待ちください」
そうしてしばらく待ち、運ばれてきたのはミントの香りがするお茶。
一口飲んでみるとスーッとした清涼感が鼻を抜け、頭をスッキリとさせてくれる心地がした。
「とても美味しいです」
「そうですか、お口にあってよかったです。それではご相談をお伺いさせていただいてよろしいでしょうか?」
「はい、よろしくお願いします。ではまずこちらをご覧になってください」
カロラインはセイラに目配せし、山百合の入った箱を机の上に置いてもらう。
その箱を開け、まるでたった今摘んできたかのように瑞々しい山百合の花を取り出し神父の目の前に置いた。
「これは……山百合ですか?」
神父がそう尋ねると、カロラインは自分に起こった不思議な出来事を全て包み隠さずに話した。
こんな非現実的な事を全て話していいものか迷ったが、一人で抱えるには重い。
誰かに相談しないと解決策も思いつかない。
何処に捨てようが必ずカロラインの元へと戻ってくる山百合の花。
侍女のセイラはその気味の悪さに涙目となり、カロラインに必死に訴えかける。
「そうね……流石に気味が悪いわ。今すぐに教会へと行きましょう」
こういった非日常な現象に関する相談は教会へと相場が決まっている。
「そうしましょう! これ、もう見るのも嫌です……」
もう触るのも嫌なのかセイラは山百合を厨房から持ってきた菜箸で摘まみ、箱の中へと仕舞う。
いくら乱暴に扱おうとも萎れることのないそれに二人は鳥肌を立たせて恐怖した。
外出の準備を整えた二人は共に教会へと向かう。
道中、馬車の中でカロラインがセイラにあることを尋ねた。
「ねえ、セイラ……。先日、わたくしを早く邸まで帰らせるために通った近道なのだけど……それはどの辺りか分かるかしら?」
「え? ああ、はい、もちろんです。確か荷物の中に地図があったと……ああ、ありました」
セイラは荷物の入った鞄を開け、中から一枚の地図を取り出す。
貴族の従者は馬車に乗る際、御者に道を指示することもあるのでこうして地図を鞄に忍ばせていることが多い。
「えっと確かこの辺りです。この緩やかな一本道、これが先日通った近道です」
セイラが指で示した場所を見ると、そこは確かに一本道で近くに広い森が隣接していた。
そこを抜けると田園地帯が広がり、もう少し進むといつも使う道へと繋がるようだ。
「近道ではあるのですが、舗装のされていない悪路なので馬車で進むには適していませんね。それに割と道幅も狭くて、馬車一台分ほどしかありませんでした」
「まあ、なら対向車が来たら大変だったわね」
「ええ、ですが道中他の馬車は一台も見当たりませんでした。それに歩行者もいなかったので、停まることなく進めましたね」
「え? 歩行者もいなかったの?」
「ええ、一人も見かけませんでした」
カロラインはそのことに違和感を覚えた。
近くに広い田園があるのなら、農夫の一人くらいは見かけてもいいはずなのに。
「近くに田園地帯があるのに、農夫ともすれ違わなかったの?」
「あ、いえ、田園で農夫は見かけましたよ? ですが彼等はこの道には入ろうとしませんでしたね。あぜ道を利用しておりました」
セイラの言葉にカロラインは何か引っかかるものを感じた。
農夫があぜ道を使用することはどこもおかしくない。
けれど、穿った見方をすると彼等はまるでその道を避けているかのように思えてしまう。
「あ、お嬢様、到着したようですよ」
馬車が停車し、目的地に到着したことを知らせる。
カロラインは一旦考えることを止め、セイラと共に馬車を降りた。
ステンドグラスがはめ込まれた美しい造りの教会。
重い木の扉を開けるとそこには一人の若い神父が立っていた。
「ようこそ教会へ。本日はお祈りでしょうか? それとも懺悔室のご利用でしょうか?」
この国の教会では神父やシスターがこうして訪れる人を出迎え、要望を聞く習わしとなっている。
その人が“お祈り”と告げればその場所まで案内し、“懺悔室の利用”と告げたのならその相手をしてくれる。
「いいえ、そのどちらでもありません。本日はご相談があって参りましたの」
カロラインがそう答えると、神父は首を傾げた。
「相談、ですか? それはまたどのような……」
「それがその……説明すると少々長くなりまして……」
「左様ですか。では応接室へとご案内いたしましょう」
「まあ、ありがとうございます」
神父に促され、カロラインはセイラと共に教会の奥にある部屋へと入る。
そこは古いソファーと机が置かれただけの殺風景な場所ではあるが、壁に飾られた宗教画が目を楽しませてくれた。
「美しい絵ですね」
そうポツリとカロラインが呟くと、神父は嬉しそうな顔を見せた。
「お褒め頂き光栄です。この絵は僕が描いたのですよ」
「まあ! 神父様が!?」
「ええ、僕は絵を描くことが好きでして。こうして描いたものをここに飾らせてもらっているのですよ。この絵はその昔に神の寵愛を受けて花嫁になったという乙女をモチーフにしています」
「え……、神の、花嫁……?」
カロラインはその言葉に顔を引きつらせた。
神の花嫁というのはこの絵のように清らかで美しい姿を想像するのが一般的だ。
だが彼女は夢に見たあの女性、カロリーナの姿を想像してしまう。
神を自称する青年の、見かけの美しさに騙され全てを捨てた挙句、森へと放置され亡くなった哀れなあの女性の姿を────。
「レディ、顔色が悪いですが大丈夫ですか?」
神父が心配そうにカロラインの顔を覗き込む。
間近で見た彼の意外に端正な顔立ちに思わずハッと頬を赤らめた。
「すみません、大丈夫です。少しぼうっとしてしまったようで……」
「そうですか? では気分がスッキリするような薬草茶をお淹れしましょう。こちらでお座りになってお待ちください」
そうしてしばらく待ち、運ばれてきたのはミントの香りがするお茶。
一口飲んでみるとスーッとした清涼感が鼻を抜け、頭をスッキリとさせてくれる心地がした。
「とても美味しいです」
「そうですか、お口にあってよかったです。それではご相談をお伺いさせていただいてよろしいでしょうか?」
「はい、よろしくお願いします。ではまずこちらをご覧になってください」
カロラインはセイラに目配せし、山百合の入った箱を机の上に置いてもらう。
その箱を開け、まるでたった今摘んできたかのように瑞々しい山百合の花を取り出し神父の目の前に置いた。
「これは……山百合ですか?」
神父がそう尋ねると、カロラインは自分に起こった不思議な出来事を全て包み隠さずに話した。
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