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牡丹のように美しい人①
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「こうした言葉を交わすのはいつ振りでしょうか……」
暖かな春の日差しが降り注ぐ庭園でアンゼリカは横にいる人物へと声をかけた。
庭園には牡丹が盛りを迎えており、まさに百花の王に相応しい優美な姿を見せている。
「また、貴女とこうして話すことが出来て大変嬉しく存じます。ミラージュ様……」
アンゼリカの隣に座る佳人は、咲き誇る牡丹の花よりも華やかな笑みを浮かべた。
虚ろだった彼女の瞳には木漏れ日のように眩しい光が宿っている。
「ええ、わたくしもよ。またこうして……昔みたいに貴女と言葉を交わしたいと、どれだけ願っていたことか……」
ミラージュの紫の瞳に自分が映っている。それが嬉しくてアンゼリカは口元を綻ばせて微笑んだ。
それはまるで普通の少女のような、無邪気な笑み。
滅多に見られないアンゼリカの柔らかな微笑みにその場にいた使用人達は目を見開いて驚く。
「こうしていると……あの頃に戻ったようだわ。毎日が楽しくて輝いていたあの頃に……」
そう呟き、ミラージュは遠い目を向けた。
「ありがとう、アンゼリカ。貴女のおかげでわたくしはこうして元の状態まで回復出来たのよ。勿論お父様やお母様、お兄様や使用人達にも感謝しているわ。それでもわたくしが一番感謝しているのは貴女なの。貴女だけは……あんな状態になったわたくしを憐れまないでくれた。それが何より嬉しかったわ……」
「あら、だって意味がありませんもの。いくら憐れんだところで現状が良くなるわけでもありません。それよりも、貴女と再び言葉を交わせるようになるためにはどうしたらよいか、その方法を模索して実行する方が遥かに有意義ですわ」
アンゼリカのハッキリとした物言いにミラージュは声を上げて笑う。
「ふふっ……貴女のそういうところが大好きよ。それに、貴女が模索した“方法”は正解だったわ。それのおかげでわたくしは元の状態にまで戻れたのだもの」
「ええ、この“話”を貴女に聞かせる度に目に輝きが戻ってきておりました。効果があったようでようございましたわ」
精神を壊したミラージュの耳にアンゼリカが聞かせていたこと。
それは彼女を傷つけた連中の末路だ。
元王太子の側近、そしてその側近の婚約者、元王太子の浮気相手ルルナ、そして主犯ともいえる元王太子。それらの落ちぶれていく様子を語り聞かせていくうちにミラージュは徐々に生気を取り戻したのだ。
「他人の不幸を耳にして元気になるなんて、わたくしも大概よね……」
「あら、別にいいではないですか。貴女を不幸した他人の“不幸”を喜んで何が悪いというのです?」
アンゼリカが彼等に報復を企てたのは自分の為だ。決してミラージュの為という大義名分のもと歪んだ正義を振りかざしていたわけではない。ただ純粋に自分が彼等に腹が立ったからそうした、それだけだ。
そしてそれらを単なる世間話のつもりでミラージュに聞かせたのだが、その時彼女の目に光が灯ったのをアンゼリカは見逃さなかった。
もしかして……と思い、ミラージュに彼等の末路を聞かせ続けた結果、彼女は以前の姿を取り戻したのだ。淑女の鑑と謳われた、才色兼備で非の打ち所がないミラージュ・サラマンドラの姿を。
「でもね、わたくしはもう貴女の好む性格から外れてしまったわ……。高潔で、清廉で、慈愛深い。それを持ち合わせた者を貴女は好むのでしょう?」
「え……?」
自分の好みを正確に言い当てられたアンゼリカは目を丸くして驚いた。
「貴女がわたくしのどういった部分を慕ってくれていたのか、理解していたつもりよ。わたくしはそれが嬉しくて、貴女に好かれる人間であろうとした。でも……駄目ね、根っこの部分は他人の不幸を喜ぶような腐った人間なのだもの」
「ミラージュ様、わたくしは貴女が他人の不幸を喜んだとしても、貴女に幻滅など致しませんわ」
「アンゼリカ……。ふふ、ありがとう……」
真っ直ぐに自分を見つめてくるアイスブルーの瞳に嘘はない。
それを分かっていながらも、ミラージュは胸が痛んだ。
───貴女の一番はわたくしだったのに……。
自分を一心に慕う愛らしい令嬢の心を、いつのまにか自分の兄が攫っていってしまった。それはミラージュの心に重い痛みを味合わせるものであった。
暖かな春の日差しが降り注ぐ庭園でアンゼリカは横にいる人物へと声をかけた。
庭園には牡丹が盛りを迎えており、まさに百花の王に相応しい優美な姿を見せている。
「また、貴女とこうして話すことが出来て大変嬉しく存じます。ミラージュ様……」
アンゼリカの隣に座る佳人は、咲き誇る牡丹の花よりも華やかな笑みを浮かべた。
虚ろだった彼女の瞳には木漏れ日のように眩しい光が宿っている。
「ええ、わたくしもよ。またこうして……昔みたいに貴女と言葉を交わしたいと、どれだけ願っていたことか……」
ミラージュの紫の瞳に自分が映っている。それが嬉しくてアンゼリカは口元を綻ばせて微笑んだ。
それはまるで普通の少女のような、無邪気な笑み。
滅多に見られないアンゼリカの柔らかな微笑みにその場にいた使用人達は目を見開いて驚く。
「こうしていると……あの頃に戻ったようだわ。毎日が楽しくて輝いていたあの頃に……」
そう呟き、ミラージュは遠い目を向けた。
「ありがとう、アンゼリカ。貴女のおかげでわたくしはこうして元の状態まで回復出来たのよ。勿論お父様やお母様、お兄様や使用人達にも感謝しているわ。それでもわたくしが一番感謝しているのは貴女なの。貴女だけは……あんな状態になったわたくしを憐れまないでくれた。それが何より嬉しかったわ……」
「あら、だって意味がありませんもの。いくら憐れんだところで現状が良くなるわけでもありません。それよりも、貴女と再び言葉を交わせるようになるためにはどうしたらよいか、その方法を模索して実行する方が遥かに有意義ですわ」
アンゼリカのハッキリとした物言いにミラージュは声を上げて笑う。
「ふふっ……貴女のそういうところが大好きよ。それに、貴女が模索した“方法”は正解だったわ。それのおかげでわたくしは元の状態にまで戻れたのだもの」
「ええ、この“話”を貴女に聞かせる度に目に輝きが戻ってきておりました。効果があったようでようございましたわ」
精神を壊したミラージュの耳にアンゼリカが聞かせていたこと。
それは彼女を傷つけた連中の末路だ。
元王太子の側近、そしてその側近の婚約者、元王太子の浮気相手ルルナ、そして主犯ともいえる元王太子。それらの落ちぶれていく様子を語り聞かせていくうちにミラージュは徐々に生気を取り戻したのだ。
「他人の不幸を耳にして元気になるなんて、わたくしも大概よね……」
「あら、別にいいではないですか。貴女を不幸した他人の“不幸”を喜んで何が悪いというのです?」
アンゼリカが彼等に報復を企てたのは自分の為だ。決してミラージュの為という大義名分のもと歪んだ正義を振りかざしていたわけではない。ただ純粋に自分が彼等に腹が立ったからそうした、それだけだ。
そしてそれらを単なる世間話のつもりでミラージュに聞かせたのだが、その時彼女の目に光が灯ったのをアンゼリカは見逃さなかった。
もしかして……と思い、ミラージュに彼等の末路を聞かせ続けた結果、彼女は以前の姿を取り戻したのだ。淑女の鑑と謳われた、才色兼備で非の打ち所がないミラージュ・サラマンドラの姿を。
「でもね、わたくしはもう貴女の好む性格から外れてしまったわ……。高潔で、清廉で、慈愛深い。それを持ち合わせた者を貴女は好むのでしょう?」
「え……?」
自分の好みを正確に言い当てられたアンゼリカは目を丸くして驚いた。
「貴女がわたくしのどういった部分を慕ってくれていたのか、理解していたつもりよ。わたくしはそれが嬉しくて、貴女に好かれる人間であろうとした。でも……駄目ね、根っこの部分は他人の不幸を喜ぶような腐った人間なのだもの」
「ミラージュ様、わたくしは貴女が他人の不幸を喜んだとしても、貴女に幻滅など致しませんわ」
「アンゼリカ……。ふふ、ありがとう……」
真っ直ぐに自分を見つめてくるアイスブルーの瞳に嘘はない。
それを分かっていながらも、ミラージュは胸が痛んだ。
───貴女の一番はわたくしだったのに……。
自分を一心に慕う愛らしい令嬢の心を、いつのまにか自分の兄が攫っていってしまった。それはミラージュの心に重い痛みを味合わせるものであった。
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