王妃となったアンゼリカ

わらびもち

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恋に生きた男の最後①

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「ルルナお嬢様は流行り病にてお亡くなりになりました」

「は…………? 亡くなった? ルルナが……?」

 門番が暗い声で告げたのはルルナの死だった。

「え、え……ちょっと待ってくれ! ルルナが亡くなった!? 嘘だろう? だってルルナは風邪も滅多に引かない程健康だって……」

 ケビンの記憶にあるルルナはまさに健康優良児そのものだった。
 平民暮らしが長かったせいもあり、そこらの貴族令嬢よりもずっと健康で体力に満ち溢れている。そんなルルナが亡くなったなどとても信じられない。

「流行り病は誰にでも罹る可能性はあるのですよ……。お嬢様を亡くされて旦那様も奥様もひどく悲しんでおられます。なので、どうかこれ以上お二人のお心を掻き乱さぬようお願いします」

 暗に「もう帰れ」と言われているのだと理解した。
 ここでケビンがルルナのことで騒ぐと、傷心の男爵夫妻が娘を思い出してまた悲しむかもしれないから。

「待ってくれ! そんな……亡くなっただなんて、急に言われても信じられない!」

「こちらは急ではないのですけれど……困りましたね、そう言われましても証明するものはありませんよ? お嬢様のご遺体を墓から暴いて取り出せとでもおっしゃるのですか?」

「そ、そこまでしなくていい!」

 門番の恐ろしい発言にケビンは恐怖を感じてその場から逃げ出した。

「参ったな……殿下、いや……エドワード様に何て言えばいいんだ……」

 昔の癖でケビンはエドワードをしばらく“殿下”呼びしていた。
 だが、もう王族ではないのだし、周囲が混乱するからとラウルから呼び方を改めるよう注意されたのを思い出した。

「そうだ……ラウルさん。ラウルさんに相談しよう……。このままじゃエドワード様は絶対俺の妻に……」

 ルルナが亡くなったと聞かされても驚いただけで悲しくはない。
 昔好きだった相手とはいえ、今はもう何とも思っていないのだなと実感する。

 では、何故ケビンがここまで焦っているのか。
 それは友人であるエドワードがルルナの死を知り悲しむことを案じてではない。

 彼が今一番懸念していることは、最愛の恋人の死を知ったエドワードがを身代わりにしないかだ。

 国でも有数の美姫である婚約者二人にも一切の興味を示さなかったエドワードが唯一愛したのがルルナだ。エドワードは特にルルナの外見を気に入っていたのを覚えている。

「とにかく……早く帰らないと」

 もうしばらくは街に滞在して観光を楽しむ予定だったが、すぐにこの件についてラウルに相談するためケビンは国境へと戻ることにした。


 ケビンが帰路につく間、エドワードは興味本位でレフト族の集落を始めて訪れていた。それまでは「あんな下賤な場所、誰が行くものか」という傲慢な思考のもと絶対に訪れなかった場所に、どういう風邪の吹き回しで足を運ぶことになったのか。それはケビンの嫁になった相手がどんな女か知りたくなったからだ。

 集落は想像していたよりもずっと近代的で、粗末な掘っ立て小屋が並んでいるのだろうというエドワードの想像を粉々に砕いた。まあ、以前はそうだったのだが、アンゼリカの介入によってここまで改善されたのだ。それは本来王家がやるべきことだったというのをエドワードは知らないし、知ろうともしない。そういうところが王者としての器でないのだと、彼はいつまで経っても気づかない。

 そんな彼が集落を歩いていると、一人の女性が目に留まった。

「は? ルルナ……? どうしてここに……!」

 なんとその女性の顔はルルナに瓜二つだったのだ。
 女性はレフト族の民族衣装を身に着け、集落の人々と何やら議論を交わしている。

「ルルナ…………!!」
 
 エドワードは最愛の女性を前に感極まった。
 ずっと会えぬと嘆いていた愛しい恋人が目の前にいるのだ。それに喜ばない人間は少ないだろう。

 しかし、そのルルナと似ている女性は体系が全く違っていた。よく言えばスレンダー、悪く言えば貧乳のルルナと違い、女性は豊かな肢体の持ち主だった。

 それに髪も肌も瞳の色も違う。つまるところ彼女はルルナではない。顔だけが似ている全くの別人だ。

 それでもエドワードは彼女に向かって駆け出した。
 離れ離れになっていた最愛に向かって両腕を広げ、そのルルナに似た女性を背後から勢いよく抱き締めた。

『キ……キャアアアアアッ!!』
 
 女性は絹を引き裂くような悲鳴をレフト族の言語で叫び、自分に痴漢行為を働いた男の顎めがけて頭突きをかました。

「ぐふあっ!!」

 顎に生じた衝撃により、エドワードはカエルが潰れたような声を出してその場に倒れた。

『何だコイツ!? お嬢、大丈夫ですか!』

『この痴漢野郎が! お嬢に何しやがる!!』

 女性と話していた者達が慌ててエドワードを取り押さえた。

「なんだ貴様等! 離せ! ルルナ! 私だ、エドワードだ!」

 女性をルルナだと思い込んでいるエドワードは再び彼女の方を向き、名を連呼する。しかし女性は汚い者を見るかのように蔑んだ目で睨みつけた。

『この変態! 痴漢! 以外がアタシに触れるなど許さない! この男を牢屋に入れておきなさい!!』

「え? は? 夫? 牢屋? 何を言っているんだ、ルルナ!?」

 エドワードが共通語で喚くも誰も耳を貸さない。
 それは言語を分かっていないからではなく、いきなりに抱き着くような変態の発言など聞きたくもないからだ。

 そして彼は全く気づいていなかった。ルルナだと思い込んでいる女性がレフトの言語を話していることを。

 あれよという間にエドワードは長い蔓のようなもので体を縛り上げられ、集落の男達に担がれ牢屋まで連れて行かれてしまった。

「何だって? エドワードがレフト族の牢屋に……?」

「はい……。どうやら、を襲おうとしたらしく……」

「族長の娘を!? なにやってんだアイツ……」

 部下からエドワードがレフト族に投獄されたと報告を受けたラウルは頭を抱えた。
 我儘で傲慢で顔以外にいい所が無い奴だが、見ず知らずの女性を襲うような奴ではないと信じていたのに。

「族長も娘を襲われたと知り激怒しております」

「そりゃそうだよな……娘を襲われた父親としてそれは当然だ」

「はい……。それで、レフトの集落で起きた犯罪はレフトの掟で裁くと……そう言っておりました」

「レフトの掟か……。そうなると、最悪アイツ死ぬかもしれんな」

 レフトの掟による罰は苛烈なものが多い。
 それは勿論国の法律よりも遥かに。

「とにかくレフトの集落に行ってくる」

 エドワードによって眉間に深い皺が刻まれたラウルは、ため息をつきながらレフト族の集落へと向かった。
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