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元王太子の転落⑥

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「ルルナ……君に会いたい……」

 最後の逢瀬から一年、その間エドワードはずっとルルナに会えずじまいでいた。
 何度も手紙を送ったが返事はない。その状況に最初の頃は悲恋に酔う事も出来たが、段々と焦りが生じてきた。

「どうして手紙の返事すら来ない……? いったい君の身に何が起きている?」

 言いようのない嫌な予感が心を支配する。
 直接会いに行こうにも、エドワードはこの砦から出ることを禁じられていた。
 過去に勝手に出て行こうとしたものの、すぐに見つかり懲罰牢へと入れられてしまったのだ。暗くて不潔な牢で過ごすことなど育ちのいいエドワードに耐えられるものではない。案の定一晩で懲りてしまい、以降は出て行こうとすら思えなくなってしまった。

「おい、エドワード。これからレフトの族長の娘夫婦が新築の申請にやってくる。書類を一式用意しておけ」

 悶々とするエドワードに構わずラウルは仕事の指示を出す。
 それに対して不満げな表情を見せるものの、エドワードは大人しく指示に従い書類を揃えはじめた。

「新しく邸を建てる為にわざわざ申請を出すなど……辺境の部族風情が生意気だな」

「おい、口を慎め。仮にも王族だった人間が自国の民を差別するのは止めておけよ、みっともない。それにこういった申請書を作成するようお決めになったのはアンゼリカお嬢様……いや、今は王太子妃殿下か。妃殿下が土地や建物の権利を有耶無耶にしないようにと配慮してくださったからだぞ」

「ふん……民に媚びて点数稼ぎとは姑息な……」

「民からの評価点数がマイナスのお前に言われたくないわな……」

 土地や建物の所有が誰にあるかを明確にするのは領主の仕事である。
 二つの部族の土地は国所有となっていたので、本来ならば王家の仕事であった。だが、何かにつけて仕事の遅い国王ではここまで手が回らず、何だかんだと有耶無耶になっていたのをアンゼリカが整えたというわけだ。エドワードは自分達王家がやれていない仕事をしてくれたアンゼリカに感謝するべきである。

(まあ、こいつが人に感謝などするわけないな……)

 しばらくエドワードと共に過ごすことで分かったのだが、彼には人に感謝をするという概念が存在しない。王太子という王に次ぐ高位の身分だったせいか、それとも生まれつき傲慢だったかは分からないが、エドワードには“感謝”と“謝罪”を口にすることがほぼない。

 よく『ありがとう』『ごめんなさい』が言えない人間は人付き合いが上手くいかないと聞くが、まさにその通り。しばらく経とうがエドワードは少しも砦に馴染んでいない。

 おまけに二つの部族の間で共通語が流行り始めたせいでエドワードの仕事も段々と減りつつある。ラウルはエドワードがそのことに対してを覚えていないことが不思議で仕方がない。

「エドワード、お前さ……」

 不意にラウルがエドワードを呼び止めようとしたその時だった。

「エドワード殿! お久しぶりです……!」

「え……ケビン? お前……ケビンか!?」

 目の前に現れたのはかつての側近、ケビンだった。
 あの王城での事件以来会えなくなった友人の変わらない笑顔にエドワードは歓喜のあまり目に涙を滲ませる。

「ケビン……! お前、どうしてこんなところに? まさか私を追って……?」

 ケビンの事情を知らないエドワードはお目出度い事に彼が自分を追ってここに来たのだという勘違いをした。主君である自分を苦境から救い出す為にケビンはここに来たのだと。

「? いえ、違いますよ? 俺は元々この砦にいたんです。今は別の場所で暮らしていますけど、今日は書類の申請の為にここへ来ました」

「は?」

「ん?」

 噛み合わない会話に二人は同時に首を傾げた。
 エドワードはケビンが自分の側近を辞した後どうなったかを知らなかったのだが、ケビンは当然知っているものだろうと思い込んでいた。

 たとえ友人で側近といえどもルルナ以外の他人にそこまで興味を示さないエドワード。そして王太子なのだから自分のその後について知らないはずがないと思い込んでいるケビン。その二人の会話が噛み合わないのも当然で、埒が明かないので傍で聞いていたラウルが話を逸らした。

「ケビン、再会を喜ぶのもいいがまずは書類の申請を終わらせよう」

「あ、すみませんラウルさん!」

「おう。じゃあまずはこれとこれに記入をしてもらって……。あ、エドワード……インクが切れてるぞ! 早く新しいの持ってこい」

 インクの補充等の雑用も言いつけておいたはずなのに、エドワードは「なんで私がそんなことを……」といつも不満そうにしていた。インクが切れそうになったら補充しおくように、と指示しているにも関わらずこうしてしょっちゅう空のままなのは、気が利かないのかやる気がないのか、はたまたどちらもか。なんでもいいが仕事だけはきちんとやってほしいとラウルは苛立った。

 案の定「なんで私が……」とぶつくさ言いながらもラウルの睨みが怖いのか、エドワードはインクを取りに行くために保管されている倉庫へと向かった。

「ケビン、そういや今日奥方はどうした? お前達いつも一緒に行動しているだろう?」

 ふと思い出したかのようにラウルはケビンに問いかけた。
 するとケビンは気まずそうに目を逸らし、小さな声でポソッと呟く。

「……妻は家に置いてきました。だって、会わせたくないんです……殿下に」

「エドワードに? 何でだ?」

「いや……だって、俺の妻の顔……」

 そこまで言いかけたところでケビンは口を噤んでしまった。
 視線の先にエドワードが戻ってきた姿が見えたからだ。
 
 その様子に違和感を覚えたものの、それ以上追及することも出来ず仕舞いだった。
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