上 下
95 / 109

元王太子の転落④

しおりを挟む
「では、早速仕事にとりかかりましょう。外で並ぶ人々を順番に面談します。あちらの椅子に座ってください」

 あちら、と指差された先には簡易的な壁で仕切りを造った空間がある。そこにはこの場に不釣り合いなほど上等な椅子と机が設置されていた。

「主にあの場所がエドワード様の仕事場となりますね。あそこにラウルさんと共に座ってもらい、陳情を述べる人々の言葉を通訳してください。ね? 簡単なお仕事でしょう?」

「は!? まさか……外に並んでいる者全員とか言わないよな?」

「そのまさかです。頑張ってください」

「あんな人数を相手にしろと!? 無理に決まっているだろう!」

「無理と言われましても……どちらの言語も習得しているのは貴方しかいないので頑張ってくださいとしか……」

「はあ!? いや、おかしいだろう! それなら今までどうしていたんだ!」

「今までそれぞれの部族の族長がその役目を担っていました。族長は国内共通語も話せますからね。それぞれの部族内の陳情を聞き、ラウルさんに共通語でそれを説明してくれていたのですが……この間疲労で二人共倒れてしまいましてね」

 族長二人が倒れるほどの仕事量をさせるつもりか、とエドワードは憤ったが、ふと先ほどの光景を思い出した。

「いや、さっき外で兵士が列に並ぶ者に対して共通語で注意を促していたよな? ということは、外にいる奴らは共通語が分かるということだろう? だったら別に私だけがやらなくてもいいではないか!」

 エドワードの言い分に元従者は一瞬キョトンとしたが、すぐに先ほどの光景を思い出した。

「兵士たちは共通語しか話せないから仕方ありません。まあ、話せずとも何となく雰囲気は伝わるからそれで構わないんです。

 暗に「お前以外に適役はいないから諦めろ」と言われている気がする。
 怒りでワナワナと震えるエドワードに元従者は小馬鹿にしたように告げた。

「まさか出来ないなんて言いませんよね? それくらい、余裕でこなせましたよ?」

「は? どういうことだ? どうしてアンゼリカの名がここで出てくる?」

「どうもこうも、お嬢様もここに来たということです。お嬢様は王妃教育でこちらの言語も習得済みですし、これくらいの列なら難なくこなせましたよ? まさかエドワード様ともあろう御方が自分よりも年下の令嬢が出来ることを、出来ないなんて言いませんよね?」

 分かり易く煽るとエドワードは「当たり前だろう!」と強がった。
 その単純な姿に従者は呆れた。

「ところでエドワード様、はご存じですか?」

「は? なんだいきなり?」

「いえ、単純に知りたかっただけです。で、どうなんですか?」

「はっ……! 従者の名などこの私が知るわけがないだろう?」

 堂々と言ってのけたエドワードに従者は軽蔑の目を向けた。
 今までもそんな眼差しを向けられたことはあるが、それよりももっと、心の底から蔑む視線にエドワードはビクッと体を震わせる。

「な、なんだ……お前、その目は……」

「いえ……やっぱり貴方はと再認識したまでです」

「なんだと!? どういう意味だ!」

「お嬢様でしたら仕えたその日に名を覚えてくださいます。そういうところが貴方とは違う」

「はあ!? お前の名前を憶えていないのが何だと言うのだ!」

「いえ、私の名前云々の話ではありません。自分に仕える者に全く興味が無いことを知られる貴方の迂闊さが、上に立つ者として向いてないと言っているのです。お嬢様でしたら相手にそういったことを悟らせません。だからこそ、あの御方は沢山の者から崇拝される。お嬢様の為に死んでもいいという人間は沢山いますけど、貴方にはそういう人間が一人でもいますか?」

 元従者の指摘にエドワードは言葉に詰まった。
 反論しようにも、彼の発言に胸が抉られたように痛む。

「……不愉快だ! お前のような不敬な者は二度とその姿を見せるな!」

 エドワードの精一杯の強がりに対して元従者は「はいはい、そのつもりです」と軽く流す。

「ではラウルさん、後をよろしくお願いいたします」

「はい、お任せください!」

 元従者は長身の男ラウルにエドワードを任せると、その場から去って行った。
 もちろんエドワードに挨拶も何もなく。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

殿下、側妃とお幸せに! 正妃をやめたら溺愛されました

まるねこ
恋愛
旧題:お飾り妃になってしまいました 第15回アルファポリス恋愛大賞で奨励賞を頂きました⭐︎読者の皆様お読み頂きありがとうございます! 結婚式1月前に突然告白される。相手は男爵令嬢ですか、婚約破棄ですね。分かりました。えっ?違うの?嫌です。お飾り妃なんてなりたくありません。

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします

希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。 国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。 隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。 「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

今さら後悔しても知りません 婚約者は浮気相手に夢中なようなので消えてさしあげます

神崎 ルナ
恋愛
旧題:長年の婚約者は政略結婚の私より、恋愛結婚をしたい相手がいるようなので、消えてあげようと思います。 【奨励賞頂きましたっ( ゚Д゚) ありがとうございます(人''▽`)】 コッペリア・マドルーク公爵令嬢は、王太子アレンの婚約者として良好な関係を維持してきたと思っていた。  だが、ある時アレンとマリアの会話を聞いてしまう。 「あんな堅苦しい女性は苦手だ。もし許されるのであれば、君を王太子妃にしたかった」  マリア・ダグラス男爵令嬢は下級貴族であり、王太子と婚約などできるはずもない。 (そう。そんなに彼女が良かったの)  長年に渡る王太子妃教育を耐えてきた彼女がそう決意を固めるのも早かった。  何故なら、彼らは将来自分達の子を王に据え、更にはコッペリアに公務を押し付け、自分達だけ遊び惚けていようとしているようだったから。 (私は都合のいい道具なの?)  絶望したコッペリアは毒薬を入手しようと、お忍びでとある店を探す。  侍女達が話していたのはここだろうか?  店に入ると老婆が迎えてくれ、コッペリアに何が入用か、と尋ねてきた。  コッペリアが正直に全て話すと、 「今のあんたにぴったりの物がある」  渡されたのは、小瓶に入った液状の薬。 「体を休める薬だよ。ん? 毒じゃないのかって? まあ、似たようなものだね。これを飲んだらあんたは眠る。ただし」  そこで老婆は言葉を切った。 「目覚めるには条件がある。それを満たすのは並大抵のことじゃ出来ないよ。下手をすれば永遠に眠ることになる。それでもいいのかい?」  コッペリアは深く頷いた。  薬を飲んだコッペリアは眠りについた。  そして――。  アレン王子と向かい合うコッペリア(?)がいた。 「は? 書類の整理を手伝え? お断り致しますわ」 ※お読み頂きありがとうございます(人''▽`) hotランキング、全ての小説、恋愛小説ランキングにて1位をいただきました( ゚Д゚)  (2023.2.3)  ありがとうございますっm(__)m ジャンピング土下座×1000000 ※お読みくださり有難うございました(人''▽`) 完結しました(^▽^)

十年目の離婚

杉本凪咲
恋愛
結婚十年目。 夫は離婚を切り出しました。 愛人と、その子供と、一緒に暮らしたいからと。

処理中です...