王妃となったアンゼリカ

わらびもち

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話し合いという名の脅迫②

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「王太子殿下がそのような愚かな真似を繰り返したのは、ひとえにをどうにかして手元に置きたかったからなのでしょう? 恋とは人を簡単に狂わせてしまいますな……いやはや恐ろしい。私が殿下の立場であったなら、二公爵家の令嬢を軽んじるなどとてもじゃないが出来ません。大陸広しといえども、それほどの蛮勇を成せるのは殿下唯一人でしょうな」

 暗に『お前の息子は大陸一の馬鹿だ』と告げるグリフォン公爵を国王は悔しそうに睨みつけた。だが、その通りなので反論も出来ない。

 エドワードは惚れた女のことしか考えていない馬鹿だ。王太子としての責務も、他家との均衡も、国の安定すらも考えられない愚かな息子。そしてそんな風に育て上げてしまったのは、息子の行動を許し続けた国王だ。

「……もうよい、分かった。其方達は余に何を望む……」

 分かっていたことだ。グリフォン公爵相手に口で敵うわけがないと。
 いや、口だけではない。むしろ身分以外に敵う部分など無い。
 その身分すらも目の前の男にとって何の効果も無いのだ。勝ち目など何一つ無い。

「おや、話が早くて助かりますな」

(白々しい……。だからこの男は苦手なんだ……)

 実りの無い話をいつまでもダラダラと長引かせたら、目の前の男は何をするか分からない。

 国王は知っていた。グリフォン公爵家が王家を相手にどんな制裁も出来る立場にあることを。

 王太子がアンゼリカと婚約をした直後、城の使用人と騎士団員全ての雇用契約が再度結び直されており、雇用主が国王ではなくグリフォン公爵となっていた。その事実を知らされた時、焦りと困惑で憤り公爵を問い詰めたのだが、彼は悪びれもせず答えた。

『はて? 当家が賃金を支払うのですから、雇用主が当主であるわたくしめになるのはではありませんか?』

 それに対して「ふざけるな!」と文句をつければ公爵は冷めた眼差しでため息をついた。

『はあ……ならば仕方ありません。一旦、彼等を全員撤退させますかね……』

 本気の目だった。この男は冗談など言わないと嫌でも理解した。
 その気になればこの男は彼等全てを撤退させ、城を丸裸にすることが可能なのだ。

 それを理解していながら、どうして息子をきっちりと躾されなかったのか。
 叱るだけで言う事を聞くような性格ではないことを分かっておきながら、どうして野放しにしてしまったのだろう。

 多分、心のどこかで驕りがあったからだ。自分達は王族なのだという驕りが。
 王族たる自分達の願いは叶えられて当然だと無意識にそう思っていたから、今こんな目に遭っているのだろう。

「我等が望むのは、王権を我がサラマンドラ家に譲渡して頂くことです」

「は……? サラマンドラ家に? グリフォン家ではなく?」

 国王はてっきり婚約破棄の代償としてグリフォン家が王位を手にするのだと思っていた。サラマンドラ家もエドワードから婚約破棄をされたとはいえ、王権を奪うなどという大それたことをするなんて予想もしていなかったのだ。

「おやおや……我がグリフォン家は王家の血を引いておりませんよ。尊き血を引くサラマンドラ家を差し置いて玉座に就くなど、とてもとても……」

 嘘をつけ、お前が血筋など気にするわけないだろう。
 その気になれば血など関係なく玉座を手にすることが出来るくせに、何故サラマンドラ家にそれを譲るのだと国王は訝しんだ。

「それではグリフォン家に何の利益も無いのではないか……?」

「いえ? そんなことはありませんよ。娘は未来の王妃の座に就きますのでね」

「王妃の座だと……? まさか……」

「そうなるのは当たり前のことではありませんか? 娘はエドワード殿下と婚約を結んでから必死に王妃教育に励んでいたのです。それが無駄になるなど、娘の時間をドブに捨てたようなものではありませんか?」

 グリフォン公爵の言葉に国王はたじろいだ。横目でサラマンドラ公爵を見ると、彼は侮蔑の表情をこちらに向けている。

(王家がミラージュ嬢の王妃教育にかけた時間をドブに捨てたというあてつけか!?)

 その通りだから何も言えない。今更だが王太子が婚約破棄をしたせいでミラージュの王妃教育に費やした時間が無駄になったのだ。グリフォン公爵はその事実を改めて国王に突きつけている。
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