75 / 109
王太子の襲来②
しおりを挟む
「この世は殿下の都合がいいように回っていないのですよ。臣下も臣下の家も貴方の望みを叶えるために存在するわけではない。貴方はそれが分かっていません」
「な……! 無礼だぞ!!」
「私が無礼なのであれば、殿下は失礼ですね。一度捨てた婚約者にみっともなく縋りつき、今の婚約者すら捨てようとしている。そんなことを続けていればいつかはご自分が捨てられてしまうという危機感はないのですか?」
「捨てられるだと!? 私が誰に捨てられるというんだ!」
「貴方のお父君、国王陛下にですよ。サラマンドラ家のみならず、グリフォン公爵家とも縁を切った殿下をそのままにしておくことなど出来ないでしょう?」
「は……? それはどういう意味だ?」
「殿下から王太子の座を剥奪する可能性は高い、ということですよ。流石に二公爵家を敵に回した王子を次代の王に据えるなど無理ですから」
「私から王太子の座を剥奪するだと!? はっ! 何を馬鹿なことを……私以外に王太子が務まる者などいない! 何故なら私は国王より生まれた由緒正しき王子なのだぞ!」
「……本気で仰っているのですか、それ?」
この王子は国王の子というだけで王位を継げるのだと信じ切っている。
このぶんだと何の為に王位継承権があるのかも理解していないだろう。
(どういった教育を受ければこんな勘違いが出来る? 最高峰の教育を受けているであろう殿下がどうしてこんな阿呆な思考をしているんだ……?)
いくら国王の子といえども、二公爵家と敵対するような愚王子を玉座に据えてしまえば内乱が起きてもおかしくない。どうしてこの王太子はそれが理解できないのか、レイモンドは不思議で仕方なかった。
「何の後ろ盾もなく王になれると本気で思っていらっしゃるのですか?」
「何を言う! 後ろ盾にはサラマンドラ家がなればよいだろう? ミラージュが王妃になるのだから、その生家が後ろ盾を担うのは当然だ!」
堂々巡りの会話にレイモンドは頭を抱えた。
この王太子は自分がこの世で最も価値のある存在だと本気で思っているようだ。だから何をしても周囲は自分の為に動いてくれるものだと信じ込んでいる。
ここまで独善的で歪んだ性格なのは生まれつきか、もしくは幼少期に誰かがそう育てたのか。それは分からないが、このままいけばこの王太子は確実に自滅するであろうことは分かる。
「ミラージュを再度貴方の婚約者になどさせません。ですから当家が後ろ盾になることもありません。分かったならさっさとお帰りください」
こちらが真面目に話をしたとしても、この王太子は聞かないし理解しようともしない。妹はこんな猿よりも話が通じない男と婚約していたのか、と考えると胸が締め付けられる。
「このまま帰れるわけがないだろう!? いいからさっさとミラージュに会わせろ! 彼女は私を愛していた! きっと私からの申し出に涙を流して喜んでくれるはずだ!」
「無理です。駄目です。会わせません。だいたい、グリフォン公爵令嬢と婚約したままの状態で再婚約の話などしても無駄でしょう?」
だから諦めてさっさと帰れ、という意味で言ったのに、頭にお花畑が咲き乱れている王太子はそれを曲解した。
「分かった……。ならばアンゼリカとの婚約を破棄すればよいのだな?」
「は……?」
どうしてそうなるのかが理解できない。
先程それをすれば廃嫡になると忠告したのにもう忘れたのか?
「ですから、殿下……それをなさればご自身に不利が……」
そこまで言いかけてレイモンドの頭にある考えがよぎった。
(まてよ……。もし、王太子が婚約破棄をすれば、アンゼリカ嬢は婚約者がいない状態に……?)
初めて愛おしいと感じた少女。
王太子の婚約者だからと諦めていた彼女が、自由の身となれば……。
「それではアンゼリカと婚約を破棄したらミラージュを迎えに来るからな!」
「あ……、お、お待ちを……」
邪な考えが頭を占めている隙に王太子が意気揚々と去ってしまった。
帰ってくれる分にはいいのだが、グリフォン公爵令嬢と婚約破棄をすればミラージュと再婚約を結べると勘違いしているのはいただけない。
「まあ、いいか……。何と言われようともミラージュを馬鹿に嫁がせる気はないし……」
以前の自分であったのなら『それで国の為になるのなら』と妹を無理にでも王太子と再婚約を結ばせていたかもしれない。王太子が二公爵家に見放されては国が荒れるという考えのもと、妹の気持ちも尊厳も見ないふりをして。
だが、今は違う。あの少女に一喝されてから考えが変わった。
もっと強く出てもいいのだと、いや、公爵家として強く出ねば駄目なのだと。
サラマンドラ家の嫡子として、家と妹を守るために強くあらねばならないと。
そう気付かせてくれた彼女を特別に想うことは自然なことであって、彼女を妻にしたいと願うことも自然なことだ。
王太子が彼女に婚約破棄をすれば王家は大変なことになるだろうが、それよりも彼女が自由の身になってほしいと願う気持ちの方が強い。
「一応、彼女には伝えておくか……」
彼女に関わることだ。報告だけはしておいた方がいい。
そう考えたレイモンドは愛しい少女に向けた手紙にペンを走らせた。
「な……! 無礼だぞ!!」
「私が無礼なのであれば、殿下は失礼ですね。一度捨てた婚約者にみっともなく縋りつき、今の婚約者すら捨てようとしている。そんなことを続けていればいつかはご自分が捨てられてしまうという危機感はないのですか?」
「捨てられるだと!? 私が誰に捨てられるというんだ!」
「貴方のお父君、国王陛下にですよ。サラマンドラ家のみならず、グリフォン公爵家とも縁を切った殿下をそのままにしておくことなど出来ないでしょう?」
「は……? それはどういう意味だ?」
「殿下から王太子の座を剥奪する可能性は高い、ということですよ。流石に二公爵家を敵に回した王子を次代の王に据えるなど無理ですから」
「私から王太子の座を剥奪するだと!? はっ! 何を馬鹿なことを……私以外に王太子が務まる者などいない! 何故なら私は国王より生まれた由緒正しき王子なのだぞ!」
「……本気で仰っているのですか、それ?」
この王子は国王の子というだけで王位を継げるのだと信じ切っている。
このぶんだと何の為に王位継承権があるのかも理解していないだろう。
(どういった教育を受ければこんな勘違いが出来る? 最高峰の教育を受けているであろう殿下がどうしてこんな阿呆な思考をしているんだ……?)
いくら国王の子といえども、二公爵家と敵対するような愚王子を玉座に据えてしまえば内乱が起きてもおかしくない。どうしてこの王太子はそれが理解できないのか、レイモンドは不思議で仕方なかった。
「何の後ろ盾もなく王になれると本気で思っていらっしゃるのですか?」
「何を言う! 後ろ盾にはサラマンドラ家がなればよいだろう? ミラージュが王妃になるのだから、その生家が後ろ盾を担うのは当然だ!」
堂々巡りの会話にレイモンドは頭を抱えた。
この王太子は自分がこの世で最も価値のある存在だと本気で思っているようだ。だから何をしても周囲は自分の為に動いてくれるものだと信じ込んでいる。
ここまで独善的で歪んだ性格なのは生まれつきか、もしくは幼少期に誰かがそう育てたのか。それは分からないが、このままいけばこの王太子は確実に自滅するであろうことは分かる。
「ミラージュを再度貴方の婚約者になどさせません。ですから当家が後ろ盾になることもありません。分かったならさっさとお帰りください」
こちらが真面目に話をしたとしても、この王太子は聞かないし理解しようともしない。妹はこんな猿よりも話が通じない男と婚約していたのか、と考えると胸が締め付けられる。
「このまま帰れるわけがないだろう!? いいからさっさとミラージュに会わせろ! 彼女は私を愛していた! きっと私からの申し出に涙を流して喜んでくれるはずだ!」
「無理です。駄目です。会わせません。だいたい、グリフォン公爵令嬢と婚約したままの状態で再婚約の話などしても無駄でしょう?」
だから諦めてさっさと帰れ、という意味で言ったのに、頭にお花畑が咲き乱れている王太子はそれを曲解した。
「分かった……。ならばアンゼリカとの婚約を破棄すればよいのだな?」
「は……?」
どうしてそうなるのかが理解できない。
先程それをすれば廃嫡になると忠告したのにもう忘れたのか?
「ですから、殿下……それをなさればご自身に不利が……」
そこまで言いかけてレイモンドの頭にある考えがよぎった。
(まてよ……。もし、王太子が婚約破棄をすれば、アンゼリカ嬢は婚約者がいない状態に……?)
初めて愛おしいと感じた少女。
王太子の婚約者だからと諦めていた彼女が、自由の身となれば……。
「それではアンゼリカと婚約を破棄したらミラージュを迎えに来るからな!」
「あ……、お、お待ちを……」
邪な考えが頭を占めている隙に王太子が意気揚々と去ってしまった。
帰ってくれる分にはいいのだが、グリフォン公爵令嬢と婚約破棄をすればミラージュと再婚約を結べると勘違いしているのはいただけない。
「まあ、いいか……。何と言われようともミラージュを馬鹿に嫁がせる気はないし……」
以前の自分であったのなら『それで国の為になるのなら』と妹を無理にでも王太子と再婚約を結ばせていたかもしれない。王太子が二公爵家に見放されては国が荒れるという考えのもと、妹の気持ちも尊厳も見ないふりをして。
だが、今は違う。あの少女に一喝されてから考えが変わった。
もっと強く出てもいいのだと、いや、公爵家として強く出ねば駄目なのだと。
サラマンドラ家の嫡子として、家と妹を守るために強くあらねばならないと。
そう気付かせてくれた彼女を特別に想うことは自然なことであって、彼女を妻にしたいと願うことも自然なことだ。
王太子が彼女に婚約破棄をすれば王家は大変なことになるだろうが、それよりも彼女が自由の身になってほしいと願う気持ちの方が強い。
「一応、彼女には伝えておくか……」
彼女に関わることだ。報告だけはしておいた方がいい。
そう考えたレイモンドは愛しい少女に向けた手紙にペンを走らせた。
5,214
お気に入りに追加
7,437
あなたにおすすめの小説
【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。
五月ふう
恋愛
リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。
「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」
今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。
「そう……。」
マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。
明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。
リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。
「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」
ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。
「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」
「ちっ……」
ポールは顔をしかめて舌打ちをした。
「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」
ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。
だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。
二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。
「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」
七年間の婚約は今日で終わりを迎えます
hana
恋愛
公爵令嬢エミリアが十歳の時、第三王子であるロイとの婚約が決まった。しかし婚約者としての生活に、エミリアは不満を覚える毎日を過ごしていた。そんな折、エミリアは夜会にて王子から婚約破棄を宣言される。
【完結】愛に裏切られた私と、愛を諦めなかった元夫
紫崎 藍華
恋愛
政略結婚だったにも関わらず、スティーヴンはイルマに浮気し、妻のミシェルを捨てた。
スティーヴンは政略結婚の重要性を理解できていなかった。
そのような男の愛が許されるはずないのだが、彼は愛を貫いた。
捨てられたミシェルも貴族という立場に翻弄されつつも、一つの答えを見出した。
《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。
友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」
貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。
「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」
耳を疑いそう聞き返すも、
「君も、その方が良いのだろう?」
苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。
全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。
絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。
だったのですが。
王命を忘れた恋
須木 水夏
恋愛
『君はあの子よりも強いから』
そう言って貴方は私を見ることなく、この関係性を終わらせた。
強くいなければ、貴方のそばにいれなかったのに?貴方のそばにいる為に強くいたのに?
そんな痛む心を隠し。ユリアーナはただ静かに微笑むと、承知を告げた。
御機嫌ようそしてさようなら ~王太子妃の選んだ最悪の結末
Hinaki
恋愛
令嬢の名はエリザベス。
生まれた瞬間より両親達が創る公爵邸と言う名の箱庭の中で生きていた。
全てがその箱庭の中でなされ、そして彼女は箱庭より外へは出される事はなかった。
ただ一つ月に一度彼女を訪ねる5歳年上の少年を除いては……。
時は流れエリザベスが15歳の乙女へと成長し未来の王太子妃として半年後の結婚を控えたある日に彼女を包み込んでいた世界は崩壊していく。
ゆるふわ設定の短編です。
完結済みなので予約投稿しています。
愛想を尽かした女と尽かされた男
火野村志紀
恋愛
※全16話となります。
「そうですか。今まであなたに尽くしていた私は側妃扱いで、急に湧いて出てきた彼女が正妃だと? どうぞ、お好きになさって。その代わり私も好きにしますので」
【完】あの、……どなたでしょうか?
桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー
爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」
見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は………
「あの、……どなたのことでしょうか?」
まさかの意味不明発言!!
今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!!
結末やいかに!!
*******************
執筆終了済みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる