王妃となったアンゼリカ

わらびもち

文字の大きさ
上 下
71 / 109

スミス男爵の奮闘④

しおりを挟む
「一つ目は、国王陛下にお母君の罪を告白し、処罰を受けることです。わたくしだったら選びませんわね。だって馬鹿馬鹿しいもの、誰かのせいで罰を受けるなど御免ですわ」

 道徳的に最も正しいであろう選択をアンゼリカはバッサリと切り捨てる。
 男爵としては有難いことだが、そんなにあっさりと……と呆気にとられてしまった。

「二つ目は、お母君を説得し、もう二度と殿下を邸へと入れないこと。おそらくですが、これも難しいと思います。お話を聞く限りですと、お母君は殿下と同じくなのではないかと」

 その通りだ。あの母は止めろと言って大人しくそれに従うような性格ではない。
 むしろ、逆上してこちらに危害を加えてくる可能性だってある。

「三つ目は、、此度の証拠と原因を消してしまうことですね。少々手間がかかりますし、何よりお母君を切り捨てることになりますけど、この選択肢ならば家と家族は守れますよ」

「家と家族は守れる……? それは……どういう方法なのでしょうか……?」

 大切な家族を守れる方法があるのか、と男爵は三つ目の選択肢に飛びついた。
 妻と子、そして父を守れるのであれば母を切り捨てることなど躊躇しない。
 
 最初に家族を切り捨てたのは、母の方なのだから。

「この件について知る者は限られています。まず、当事者である王太子殿下とビット男爵令嬢、そして貴方のお母君ですね。それと目撃者である貴方とわたくしの手の者である殿下の従者。そしてその情報を知り得たわたくしと、貴方のお父君。共通するのは口封じが必要な人間が誰一人いないということですよ」

「え……口封じ、ですか……?」

「ええ、例えば使用人が目撃していたのなら、その者達に口封じを施さねばなりません。これは少々厄介ですので、今回その手間が無いのは幸いですね」

 口封じって何をするんだろう……。
 そこまで考えて男爵は怖くなった。始末するのだろうな、ということしか思いつかないから。

「なので、王命を破った禁断の逢瀬の現場となった

「ええっ!? 邸を燃やす? な、何故そんなことを……?」

 どうしてここで邸を燃やすなんて発想になるのか。
 訳が分からず驚愕する男爵にアンゼリカは涼しい顔で答えた。

「邸さえ無くなってしまえば、今後二人がそこで逢瀬をする心配は無くなりますし、二人がいた痕跡も消せます。そして手引きをしたお母君は何処か遠くにある修道院へと押し込めてしまえばよろしいわ。そうすればこの件はスミス家の手を離れます。あの二人のことだから懲りずにまた何処かで逢瀬を重ねるでしょうけど、それはもう貴方達には関係が無くなりますわ」

「それは……確かにそうですね。しかし、別に燃やさなくともいいのではないでしょうか? 取り壊すなり、売るなりすれば……」

 一応小さいながらも先祖代々所有してきた歴史ある建物。それを燃やすというのは些か抵抗がある。だが、そんな男爵をアンゼリカは真顔で叱責する。

「男爵、それは甘くてよ。壊すにしても売るにしても、必ず第三者がそこに立ち入ることとなります。万が一にも邸の中で殿下やビット男爵令嬢の持ち物などが見つかってはそこからこの事が露見する可能性だってありますわ。今だって別邸の使用人がそういう痕跡を見つけているかもしれないのですよ?」

 アンゼリカの指摘に男爵はビクッと体を震わせた。
 その可能性は全く考えていなかった。もしかすると別邸にいる使用人は既に彼等の持ち物を見つけているかもしれない。

「まあ、そこはお帰りになったら確認をお願いします。場合によっては知ってしまった使用人をどうするか考えねばなりませんので。それで、どうします? 燃やしてしまえば証拠品となる彼等の持ち物があるという可能性すら消してしまえるのですよ?」

 とんでもない決断を突きつけられ、緊張で顔が強張った。
 本心で言えば数日ほど時間を貰ってから決断したい。だが、それは許されぬだろう。

「しかし……燃やすとなると、別邸にいる人間はどうすれば……」

「それは『別邸を売りに出す』とでも言って、そこにいる人間全てに出て行ってもらえばよろしいわ。使用人は本邸で雇うなり紹介状を出すなりご自由になさって結構よ。お父君に関してはどうとでも構いませんが、お母君は必ず修道院に押し込めるよう手配なさって。生家に帰すことはお勧めしないわ、またそこを逢引きの場として提供しかねないから」

「あれ? 売りに出してはいけないと仰いませんでしたか……?」

「ただの方便です。本当に売りに出す必要はなくってよ。邸から全員いなくなり次第火を放ちます。これはわたくしの方で手配しましょう。近隣に被害が及ばぬようにしますので」

「え!? 公女様が手配してくださるんですか?」

「ええ。提案した身として完全に貴方に丸投げする気はなくてよ。別に殿下なぞ王命違反でどうとでも処罰されてしまって構わないけど、それに無関係の人々を巻き込むのは戴けないわ」

「あ………………」

 男爵はこの瞬間理解した。この少女は王太子のやらかしで自分達スミス家の人間が処罰を受けぬよう助けてくれるのだと。

 見殺しにしようともこの少女には何の関係もないことだった。
 それを、こうして危ない橋を渡ってでも助けようとしてくれる彼女の慈悲に涙が零れた。

「ありがとうございます、公女様……。このご恩は死ぬまで決して忘れたり致しません……」

 父がどうしてこの少女に助けを求めろと言った意味がよく分かった。
 彼女は助けを求めてきた者を必ず助けられるほどの偉大な器の持ち主だ。
 まさに国の母となるに相応しい器。いや、それ以上に大きい。

「礼など必要なくてよ。言ったでしょう? 、と。それに罪悪感を抱かぬようならやってしまえばよろしいわ」

「いえ、罪悪感など抱くはずもありません。私は母に人生で最も楽しみにしていた瞬間を奪われた身ですから。今度は……私が奪う番です」

 思いつめた顔の男爵がそう告げると、アンゼリカはまるで天使のように慈しみに満ちた笑みを見せる。その笑顔に魅了され、先ほどまで思いつめていた男爵の顔は一瞬で呆けた顔に変わる。

(恐ろしいだ……。まだ十代そこそこの若い少女なのに、こんなにも人を従わせる風格を纏っているなんて……)

「では、男爵は三つ目を選ぶということでよろしいのね?」

 天使のような外見をした覇王の如き少女に向かって男爵は跪いた。

「はい。公女様にはお手間を取らすことになり大変申し訳ありませんが……家族と家を守りたいのです」

 この御方に任せれば全て上手くいく。
 初対面にも関わらずそう思わせるほどの安心と信頼感。 

(彼女は王妃というよりも……むしろ……)

 女性の中で最高位の存在である王妃だが、それくらいでは足りない。
 むしろ国の頂点に位置する王の座が相応しいと、男爵はこの時本気でそう思った。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】恋は、終わったのです

楽歩
恋愛
幼い頃に決められた婚約者、セオドアと共に歩む未来。それは決定事項だった。しかし、いつしか冷たい現実が訪れ、彼の隣には別の令嬢の笑顔が輝くようになる。 今のような関係になったのは、いつからだったのだろう。 『分からないだろうな、お前のようなでかくて、エマのように可愛げのない女には』 身長を追い越してしまった時からだろうか。  それとも、特進クラスに私だけが入った時だろうか。 あるいは――あの子に出会った時からだろうか。 ――それでも、リディアは平然を装い続ける。胸に秘めた思いを隠しながら。

愛すべきマリア

志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。 学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。 家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。 早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。 頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。 その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。 体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。 しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。 他サイトでも掲載しています。 表紙は写真ACより転載しました。

【完結】冤罪で殺された王太子の婚約者は100年後に生まれ変わりました。今世では愛し愛される相手を見つけたいと思っています。

金峯蓮華
恋愛
どうやら私は階段から突き落とされ落下する間に前世の記憶を思い出していたらしい。 前世は冤罪を着せられて殺害されたのだった。それにしても酷い。その後あの国はどうなったのだろう? 私の願い通り滅びたのだろうか? 前世で冤罪を着せられ殺害された王太子の婚約者だった令嬢が生まれ変わった今世で愛し愛される相手とめぐりあい幸せになるお話。 緩い世界観の緩いお話しです。 ご都合主義です。 *タイトル変更しました。すみません。

悪役令嬢ですが、当て馬なんて奉仕活動はいたしませんので、どうぞあしからず!

たぬきち25番
恋愛
 気が付くと私は、ゲームの中の悪役令嬢フォルトナに転生していた。自分は、婚約者のルジェク王子殿下と、ヒロインのクレアを邪魔する悪役令嬢。そして、ふと気が付いた。私は今、強大な権力と、惚れ惚れするほどの美貌と身体、そして、かなり出来の良い頭を持っていた。王子も確かにカッコイイけど、この世界には他にもカッコイイ男性はいる、王子はヒロインにお任せします。え? 当て馬がいないと物語が進まない? ごめんなさい、王子殿下、私、自分のことを優先させて頂きまぁ~す♡ ※マルチエンディングです!! コルネリウス(兄)&ルジェク(王子)好きなエンディングをお迎えください m(_ _)m 2024.11.14アイク(誰?)ルートをスタートいたしました。 楽しんで頂けると幸いです。

【完結】私、殺されちゃったの? 婚約者に懸想した王女に殺された侯爵令嬢は巻き戻った世界で殺されないように策を練る

金峯蓮華
恋愛
侯爵令嬢のベルティーユは婚約者に懸想した王女に嫌がらせをされたあげく殺された。 ちょっと待ってよ。なんで私が殺されなきゃならないの? お父様、ジェフリー様、私は死にたくないから婚約を解消してって言ったよね。 ジェフリー様、必ず守るから少し待ってほしいって言ったよね。 少し待っている間に殺されちゃったじゃないの。 どうしてくれるのよ。 ちょっと神様! やり直させなさいよ! 何で私が殺されなきゃならないのよ! 腹立つわ〜。 舞台は独自の世界です。 ご都合主義です。 緩いお話なので気楽にお読みいただけると嬉しいです。

不遇な王妃は国王の愛を望まない

ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。 ※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり(苦手な方はご注意下さい)。ハピエン🩷 ※稚拙ながらも投稿初日からHOTランキング(2024.11.21)に入れて頂き、ありがとうございます🙂 今回初めて最高ランキング5位(11/23)✨ まさに感無量です🥲

白い結婚のはずでしたが、王太子の愛人に嘲笑されたので隣国へ逃げたら、そちらの王子に大切にされました

ゆる
恋愛
「王太子妃として、私はただの飾り――それなら、いっそ逃げるわ」 オデット・ド・ブランシュフォール侯爵令嬢は、王太子アルベールの婚約者として育てられた。誰もが羨む立場のはずだったが、彼の心は愛人ミレイユに奪われ、オデットはただの“形式だけの妻”として冷遇される。 「君との結婚はただの義務だ。愛するのはミレイユだけ」 そう嘲笑う王太子と、勝ち誇る愛人。耐え忍ぶことを強いられた日々に、オデットの心は次第に冷え切っていった。だが、ある日――隣国アルヴェールの王子・レオポルドから届いた一通の書簡が、彼女の運命を大きく変える。 「もし君が望むなら、私は君を迎え入れよう」 このまま王太子妃として屈辱に耐え続けるのか。それとも、自らの人生を取り戻すのか。 オデットは決断する。――もう、アルベールの傀儡にはならない。 愛人に嘲笑われた王妃の座などまっぴらごめん! 王宮を飛び出し、隣国で新たな人生を掴み取ったオデットを待っていたのは、誠実な王子の深い愛。 冷遇された令嬢が、理不尽な白い結婚を捨てて“本当の幸せ”を手にする

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

処理中です...