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禁じられた逢瀬⑤

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 グリフォン公爵令嬢と婚約していながら他の女にうつつを抜かす王太子と、婚約者がいる男と恋仲になっているどこぞの女。そんな二人が自分の所有する別邸を密会の場として使用している。

 言葉にするだけでも大分不味い状況だ。男爵は予想もしていなかった事態に困惑し、茫然とした状態で目の前の光景を眺め続けた。

「エド様があの人と婚約してから嫌な事ばかり起きるわ……。ケビン君とアインス君も何処かに行っちゃったし、パパは急に私にビット家の当主になれって言うし……」

(ビット家? それがあの女の家名か? ということは貴族なのか……?)

 言葉遣いから仕草までとても貴族の令嬢には見えない。
 あんな頭の悪そうな女を寵愛するなんて王太子の趣味は悪いな、と男爵は怪訝な顔で彼等を見た。

「ああ、あの女は悪魔だ。私達に不幸ばかりをもたらす。ケビンとアインスという側近まで失い、ルルナとまで離されては生きていけない……」

 目に涙を滲ませて抱きしめ合う二人は傍から見れば悲恋の恋人達のよう。
 だが、男爵は心を打たれるどころか白けた気持ちになった。

(なんだこいつら? 不幸に酔って気持ち悪いな。詳細は分からないが浮気しといて幸せになれるわけないだろう……?)

 詳しくは知らないが、浮気者同士が婚約者の悪口を言って盛り上がっているようにしか見えない。

「ミラージュ様が婚約者だった頃の方がよかったわ……。叱られはしたけど、おかしな王命なんか出なかったもの。好きにエド様に会いに行けたもの……」

(王命……? あれ? さっき王太子殿下もその言葉を出していなかったか……?)

 男爵はここで「まさか……」と冷や汗を流した。
 先程その“王命”のせいで王太子と女は隠れて会う羽目になったと言っていた気がする。

(つまり……この二人が会うことは“王命”で禁じられている……?)

 だとしたら不味い、と焦りと困惑で心臓が早鐘を打つ。
 もしそうだとすれば、この状態は王命違反ということになる。
 そしてそれに母親が加担し、この邸が不貞の場として提供されているのだとすれば……スミス男爵家も王命違反を犯しているも同然。一家全員が罪に問われる可能性が高い。

 事の重大さに狼狽する男爵とは反対に、王太子は嬉しそうな顔で女にこう告げた。

「ああ、私もそう思った。だからもう一度ミラージュと婚約を結ぼうと思う!」

「え!? ミラージュ様と? でも、ミラージュ様は心を壊してしまったのでしょう? そんな状態で婚約者になれるの? それにあの怖い人はどうするの?」

「ミラージュはお飾りの王妃とすればいい。そうなると王妃としての仕事や世継ぎを生む仕事が出来なくなるという事を理由にルルナを側妃として娶ろうと思う! そうすればルルナとずっと一緒にいられるし、ルルナとの子を世継ぎと出来る! もちろんアンゼリカとは婚約破棄だ!」

 何だその有り得ない提案は、と男爵は密かに突っ込んだ。
 
 確か“ミラージュ”というのは王太子の前の婚約者の名だったはず。
 そうなると王太子は恥知らずにも前の婚約者とよりを戻そうと願っているということか。おまけに浮気相手を側妃に据えるなぞ、どこの女がそれを許すというのか。

(心を壊した……? まさか、そんな状態の令嬢に再婚約を申し込む? 正気なのか……?)

 聞けば聞くほど王太子と女の会話は異常だ。
 どうしてそんな自分達にだけ都合のいい条件を出そうと思うのか。無関係の男爵が聞いても胸糞の悪くなるような酷い内容だ。その元婚約者の令嬢を馬鹿にしているとしか思えない。

 胸をムカつかせながらもしばらく二人の様子を見続けたが、途中で情事が始まりそうな空気が漂い始めたので慌てて退散し、邸の外へと出た。

「これが母上の隠し事か……。想像以上に不味いことになったな」

 両親が住んでいる場所とはいえ、ここはスミス男爵である自分が管理する邸。
 そこが婚約者のいる王太子が隠れて浮気相手に会う場として提供されていると世間に知られたらスミス家は終わりだ。しかもどうやら二人が会うことは王命で禁じられているらしいではないか。

「王太子と浮気相手の逢瀬の為にわざわざ邸をカラにしたのかよ。ご丁寧に使用人に暇を出して、自分は徒歩で息子の邸にやってくるか……イカレてやがる」

 母親が実の息子よりも孫よりも、の王太子にやたら固執しているのは知っていた。だが、まさかやっていい事と悪い事の区別もつかないほど執着しているとは……。

「これが世に出れば自分の夫や息子一家にまで被害が及ぶと考えやしなかったのか? いや……あの人にとって大切なのは殿下だけで、俺達なんてどうでもいいのか……


 分かっていたことだ。母親は血の繋がった自分達を優先させることはない。
 他人の王太子が何よりも大切なのだと……。

 それを突きつけられようとも今更傷つきやしない。
 子供の頃ならまだしも、今の自分は母親の愛も関心も求めない。
 母親よりもずっと大切な家族、妻と子がいるのだから。

 そんなに王太子が大切ならば、
 このまま連座になってたまるかと男爵は母親を切り捨てることを決断した。
 
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