王妃となったアンゼリカ

わらびもち

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禁じられた逢瀬②

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 スミス夫人は上昇志向の強い女であった。

 しかし、上を目指したいという欲はあれども特別な才覚は持ち合わせていない。
 彼女の生家もこれといって特色のない男爵家で、特段美人というわけでもない男爵令嬢が嫁げる先は同等程度の家しかなかった。

 結婚適齢期となり、親が整えた結婚相手であるスミス男爵の元へと嫁ぎスミス夫人となった。それから跡継ぎの男児にも恵まれ、傍から見れば幸せな人生であるものの彼女はいつも不満を抱えていた。

 自分がもっと身分の高い家に生まれていれば……。
 国一番の才女と謳われるほどの頭脳があれば……。
 誰もが羨む美貌があれば……。

 ずっとそんなことばかりを考えていた。

 スミス夫人が望むのは煌びやかな世界。
 王族が住まう宮殿や高位貴族が住む大きな邸で姫のように何不自由なく暮らし、誰もが羨むような輝く自分になりたい。

 いくら望んでも叶う事のない欲望は日増しに膨れ上がる。
 年を取ろうとも無くならない欲求を抱える日々を過ごしているうちに息子の嫁が孕んだ。

 孫が出来たと喜ぶ夫を尻目に夫人は幸せそうに微笑む嫁を憎々し気に見つめていた。凡庸な息子の配偶者にしては美人な嫁。それほどの美貌を持っていながら、何故お前はこんなつまらない暮らしで満足しているのかと見当違いな怒りを抱いていた。

 そんな時、王宮から王妃の子の乳母を募集するというお触れが届いた。
 王族の乳母は通常下位貴族の中から選ばれるので、該当する家にこうして“乳母にならないか”という応募が届くのだ。

 スミス夫人はそれを見た瞬間“これだ!”と閃いた。
 息子の嫁を王妃の子の乳母にすれば、自分もあの煌びやかな宮殿に上がれると考えた。

 乳母になるつもりなどない息子夫婦に黙って夫人は乳母の申し込みを出した。
 すると他に応募者がいなかったのか、難なく息子の嫁が乳母に選ばれた。
 正式に“スミス男爵夫人を乳母に”という書状が届き、何も知らない息子は目を見開いた。

『何だよ、これ!? 何でうちが乳母に選ばれるんだ?』

 この時既に爵位は息子の元へと移っていたので、スミス男爵夫人とは息子の妻を指す。爵位を譲った後の当主の妻はこの国では通常“○○夫人”や“元○○〇爵夫人”と呼ばれるため、息子の母はスミス夫人と呼ばれていた。

 騒ぐ息子にスミス夫人は目を吊り上げて『名誉なことよ! 有難くお受けしないなど不敬だわ!』と叱りつける。

 だが、見当違いなお叱りを受けたところで怯むような息子ではない。
 元々希薄な母子関係だったこともあり、息子は顔を真っ赤に染めて母を怒鳴りつけた。

『母上が勝手に応募したんだな!? ふざけるなよ! 俺から妻も子も奪うつもりか!!』

 乳母として王宮に上がれば出産も育児も婚家では出来なくなる。
 この国では妊婦の状態で王宮へと上がり、乳離れするその時まで母子共に王宮で過ごすことが習わしだからだ。

 王宮で出産した方が何かと手厚い待遇を受けられるから喜ぶ女性もいるものの、スミス男爵夫人は婚家で出産して一番に子供を夫に抱かせてあげることを望んでいた。もちろん夫の方もそのつもりで色々と準備をし、その時が来るのを楽しみにしていたのだ。

 その機会を母親の勝手な行いで奪われ、怒るなという方が無理というもの。
 これには彼女の夫である元スミス男爵も妻を叱りつけた。

『息子夫婦の意向も聞かずに何を勝手な真似をしてくれたのだ! 今すぐに事情を話してこれを取り消すよう頼みに行くぞ!』

『そんなことをすれば恥をかくことになるわ! スミス男爵家の名も地に落ちてしまうから駄目よ!』

『お前が蒔い種だろう!? 自分勝手な行いも大概しろ! 息子に自分の子も見られない悲しみを負わせるなど許さぬぞ!!』

『なら、わたくしも一緒に王宮に行くわ! そして王妃殿下の御子の世話をわたくしがすればいいでしょう?』

『は? 何を言っているのだお前は……』

 なんとスミス夫人は乳母に選ばれた嫁と一緒に王宮へ上がると宣言した。
 意味の分からない発言をする妻を無視してスミス元男爵は王宮へと乳母の辞退を告げに行くも、一度国王の名のもとに書状を発行したのであれば取り下げるのは難しいと拒否される。

 致し方なく、乳母として嫁は王宮に上がることとなる。何故か姑であるスミス夫人も一緒に……。
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