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サラマンドラ家との話し合い

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「この度は当家の娘がこちらに多大なご迷惑を……! 本当に申し訳ございません!!」

 サラマンドラ家へ謝罪に訪れたハウンド伯爵は、腹から声を出して謝意を示した。
 一見すると非常に申し訳なさそうに見える態度だが、心の中では“甘い対応しかしない家だ。謝れば許してくれるだろう”などということを考えていた。

 だが、当主が不在ということで対応してくれたサラマンドラ家嫡男のレイモンドは冷たい表情で伯爵を見ていた。  
 いつもと違うその態度に伯爵は違和感を覚える。

「……全くだ。公爵家に凶器を持ち込んだ挙句に我が妹を害しようとするなんて……貴殿のご息女は余程命がいらないようだな?」

 今まで聞いたことがないほどの冷たい声音。
 伯爵が知るレイモンドはこんな声で話すような男ではなかった。

 てっきり謝罪を受け入れてくれて、簡単な落としどころを持ち掛けてくれると思ったのに、この反応は予想外だ。

「い、いえ……その、娘はどうしても公子様との婚約解消が受け入れられなかったようでして……。それであのような短絡的な行動に出てしまったのかと」

「そのような短絡的な思考の娘を私に宛がおうとしたのか? 伯爵は随分と当家を甘く見ているようだ」

 レイモンドの言葉に伯爵は口から心臓が飛び出そうになる。
 心の内を見透かされたような発言と、いつもとは違う態度に驚きを隠せない。

「滅相もない! 筆頭公爵家を侮るなどそんなこと……決してございません!」

「ふん……まあいい。私もそちらのご息女には無理難題を言ってしまったからな。そちらが当家をどう思っていたかは不問にしよう。だが、妹へ危害を加えようとしたことは別だ。ご息女には筆頭公爵家の令嬢を害しようとした罰を受けてもらいたい」

「は、はい……それはもう何なりと仰せのままに……」

 この時伯爵の中で“罰”というのはせいぜい修道院に行くとか年老いた貴族の後妻だとか、そういうことを想像していた。罪を犯した貴族の娘の行く末というのはだいたいそれで相場が決まっているからだ。

 だが、レイモンドが次に告げた“罰”は伯爵の想像を上回るものであった。

「では、ご息女には毒杯を仰がせるように。それならばもう妹に危害を加えるなぞ出来ないだろうからな」

「は……? ど、毒杯ですか!? そんな! それはあまりにも大きすぎる罰です!」

「何を? 伯爵家の娘が公爵家の娘を害そうとしたのだぞ? これくらい当然だろう」

「そんな……! 仮にも娘は貴方様の婚約者だったのですぞ!? 娘に対する情はないのですか!?」

 まさか死罪を言いつけられるとは思っていなかった。
 確かに自分も娘には愛想が尽きたとはいえ流石に命を絶てとまで思わない。

「情、ね……。確かにあったが、そういう考えは甘いと叱られたよ……。私も公爵家を継ぐ身としてもう少し厳しく冷酷にあらねばと反省した」

 一瞬、まるでその場にいない誰かを想うような甘い笑みを浮かべるレイモンドに伯爵は呆気にとられた。

 伯爵としては甘いままのレイモンドでいてくれた方が都合がよかったのに、誰だそんな余計な入れ知恵をした奴はと沸々怒りが湧いてくる。

「あの場にグリフォン公爵家のご令嬢がいたことは伯爵も知っているな?」

「ひいっ……!? あ、いえ……失礼しました。はい、勿論存じております」

 この世で最も苦手とする人物の名を告げられ、伯爵は変な悲鳴をあげてしまった。

「彼女に教えられたよ、中途半端な対応では妹を守れないとな。いや、全くその通りだと甘い自分を恥じた。だからこれからは守るべきものの為に厳しくあろうと決めたのだよ……」

 グリフォン公爵家の令嬢の話になった途端、これまで見たことがないほどの優しく甘い笑みを零したレイモンドに伯爵は呆気にとられた。

───ええ……この人、まさかあんな恐ろしい令嬢のことを……?
 
 それは伯爵の目から見ても分かるほど、恋をしている男の顔だった。

 伯爵はレイモンドがグリフォン公爵令嬢に好意を抱いていると気づき、かなり引いた。娘にはそんな顔を見せなかったくせに、とかそういうことよりも、あんな悪魔か覇王みたいな女相手によくそんな顔が出来るなという思いの方が強い。

「貴殿の息女がいつまた私の妹に危害を加えるかも分からない。そんな不安要素を野放しにしてよいとでも?」

「…………いっ、いえ! それでしたら娘は辺境の地にある農家へと嫁がせます! そこならば、もう二度と王都の地を踏むことはありませんので公女様に危害を加えることもないかと……!!」

 レイモンドに引いていたせいで伯爵は一瞬反応が遅れてしまった。
 そういえばまだ話の最中だったと気を引き締め直し、どうにか死罪を免れようと言い募る。

「農家へ嫁に……? それは……嫌がって逃げ出すのではないか?」

「いえ! 金を持たせないよう先方には話をつけますので、逃げ出したところで王都まで来ることは不可能です。それにきちんと監視もさせますので……どうか!」

 咄嗟に考え付いたことだが、死罪よりはマシだろうと伯爵は考えた。
 まさか伯爵令嬢である娘を平民の農家に嫁がせることになるなんて、と惜しむ気持ちもあるが毒杯を与えるよりはいい。

「ふうん……ならそれで手打ちとしよう。もしそれを遂行せず、修道院に送ったり邸で匿ったりすれば、ご息女はこちらで処分させてもらうからな」

「はい……! わたくしめが必ず責任をもって娘を嫁がせます」

「よろしい。それでは次に賠償の話をしようか」

「はい……? 賠償……とは?」

「もしや伯爵は息女を罰すればそれで終わりだとでも思っているのか? それは甘すぎる考えだぞ」

 そう指摘され、伯爵は顔を青褪めさせて俯いた。
 サラマンドラ家を見縊っていたことを見透かされているようでバツが悪い。

「い、いえ……そのようなことは思っておりません。勿論当家で出来ることならば何でも致します」

「ふむ……ならば、伯爵家が所有する王都の菓子店の権利を頂こうか?」

「へ…………? あ、いやその……あれは既にグリフォン公爵家に売ってしまいましたので……もう当家の物ではありません」

「グリフォン公爵家に? ……そうか、あの店の菓子は妹の好物だったのだが……既に伯爵の手元にないなら仕方ないな」

 だから何で嬉しそうな顔をするんだよ、と伯爵はレイモンドの緩んだ顔を見て内心毒づく。そしてグリフォン公爵令嬢はどうしてあの店が欲しかったのだろうかと今更ながら気になった。

「では無難に金で済ませようか。金貨30枚で手を打とう」

「畏まりました。それではその額をお支払いさせて頂きます」

 普段なら難色を示すような金額だが、ついこの間グリフォン公爵令嬢から受け取った店の代金がある。もちろん金貨30枚を支払っても尚お釣りがくるほどの大金が。

 そう考えるとあの店を売ってよかったとすら思えてくる。
 そうでなければ金策に困っただろうから。

「それではくれぐれもよろしく頼む。出来れば一週間以内にご息女の嫁入りと、賠償金の支払をお願いしたい」

「はい、仰せのままに……」

 何はともあれ、これで済んでよかったと伯爵は胸を撫でおろした。
 娘を田舎の平民に嫁がせるのは胸が痛むものの、これからも何処かで何か問題を起こすかもしれない。そう考えると遠くにやってしまった方が家の為になる。

 伯爵は早速賠償金の支払いの準備と、娘を嫁がせる準備をすべくサラマンドラ家を後にした。
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