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アンゼリカの理論
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「正しいのか、間違っているのか、そんなことにこだわる必要はございません。単純な話、公子様が婚約者よりも妹であるミラージュ様の方が大切だった。ただそれだけにございますよ」
予想を超えたアンゼリカの返答に、レイモンドは唖然としてしまった。
「こだわる必要はない……? だが、ハウンド嬢に瑕疵があったわけでもないのに、一方的に婚約を解消してしまったから……」
「瑕疵はありますよ。伯爵令嬢が公爵令嬢を侮辱するなど許されません。いくら貴方の婚約者で、将来は公爵夫人になるといってもまだ伯爵令嬢の身分でしかないのです。身分制度の厳しい貴族社会で下位の者が上位の者を侮辱することは不敬です」
「それは……そうだな」
「それに、公子様がミラージュ様よりハウンド嬢を大切にしていたのなら、彼女の意志を優先したことでしょう。それをしなかったということは、貴方にとって彼女はその程度でしかない存在だったということです。ですので、何も悔やむ必要はありませんよ」
「いや、それは……」
レイモンドはアンゼリカの言葉を否定したくとも出来なかった。
それは確信を突いていたからだ。
婚約者よりも妹の方を優先したことに罪悪感はあった。
しかし罪悪感は湧くが、ハウンド嬢との縁が切れたことについては何も感じなかったのだ。
「そうだな……。私はハウンド嬢に対して恋情を抱いていなかった。もし、彼女に恋焦がれていたのなら、彼女を失うことを恐れて邸でミラージュの面倒を見ると言い出さなかったかもしれない……」
正しい、正しくない、ではないのだ。
アンゼリカの言う通り、婚約者よりも妹の方が大切だった。ただそれだけなのだ。
「客観的に見れば私は婚約者として酷いな。将来の妻よりも妹を優先したのだから……」
「……それが、仮に平民だとしたらそうでしょうけども、公子様もハウンド嬢も貴族ですからその理屈は通りませんよ」
「え? それはどういうことだ……?」
「分かりませんか? 公子様は公爵家の子息、ハウンド嬢は伯爵家の息女。この時点で身分が違うのです。身分差があるということは元々平等ではないということ。ハウンド嬢が公子様の妻になりたいのでしたら、貴方の要望には応えないといけないということです」
「えっ……!? いや、それは少々傲慢ではないか? 夫婦とは平等なものだろう?」
「夫婦となれば平等でよいでしょう。ですが、現時点ではまだ夫婦ではありません。身分差のある婚約者です。この場合、公子様がハウンド嬢に出した“邸でずっとミラージュ様の面倒を見る”というのは『提案』ではなく『条件』でしょう」
「条件……? いや、私はそんな条件を出したつもりは……」
「そんなつもりはなくとも、そういう意味となります。公子様の妻となる為には、公子様の出す『条件』を飲まねばならぬということ。それを彼女は理解せず“ミラージュ様を邸から追い出す”という自分の『要望』が通ると思ったのでしょう。ですがそれは甚だ図々しい勘違いです」
図々しい、とハウンド嬢を罵る言葉にレイモンドは驚愕した。
婚約者を優先しないなど酷い男だとこちらが罵られる覚悟をしていたのだが、目の前の少女の考えはそういう感情論を一切廃止したものだ。
論理的であり、実に正解に近い言葉を紡ぐ少女にレイモンドは息を飲む。
─────────
昨日の投稿が間に合わず済みませんでした!
本日はもう一話更新します。
予想を超えたアンゼリカの返答に、レイモンドは唖然としてしまった。
「こだわる必要はない……? だが、ハウンド嬢に瑕疵があったわけでもないのに、一方的に婚約を解消してしまったから……」
「瑕疵はありますよ。伯爵令嬢が公爵令嬢を侮辱するなど許されません。いくら貴方の婚約者で、将来は公爵夫人になるといってもまだ伯爵令嬢の身分でしかないのです。身分制度の厳しい貴族社会で下位の者が上位の者を侮辱することは不敬です」
「それは……そうだな」
「それに、公子様がミラージュ様よりハウンド嬢を大切にしていたのなら、彼女の意志を優先したことでしょう。それをしなかったということは、貴方にとって彼女はその程度でしかない存在だったということです。ですので、何も悔やむ必要はありませんよ」
「いや、それは……」
レイモンドはアンゼリカの言葉を否定したくとも出来なかった。
それは確信を突いていたからだ。
婚約者よりも妹の方を優先したことに罪悪感はあった。
しかし罪悪感は湧くが、ハウンド嬢との縁が切れたことについては何も感じなかったのだ。
「そうだな……。私はハウンド嬢に対して恋情を抱いていなかった。もし、彼女に恋焦がれていたのなら、彼女を失うことを恐れて邸でミラージュの面倒を見ると言い出さなかったかもしれない……」
正しい、正しくない、ではないのだ。
アンゼリカの言う通り、婚約者よりも妹の方が大切だった。ただそれだけなのだ。
「客観的に見れば私は婚約者として酷いな。将来の妻よりも妹を優先したのだから……」
「……それが、仮に平民だとしたらそうでしょうけども、公子様もハウンド嬢も貴族ですからその理屈は通りませんよ」
「え? それはどういうことだ……?」
「分かりませんか? 公子様は公爵家の子息、ハウンド嬢は伯爵家の息女。この時点で身分が違うのです。身分差があるということは元々平等ではないということ。ハウンド嬢が公子様の妻になりたいのでしたら、貴方の要望には応えないといけないということです」
「えっ……!? いや、それは少々傲慢ではないか? 夫婦とは平等なものだろう?」
「夫婦となれば平等でよいでしょう。ですが、現時点ではまだ夫婦ではありません。身分差のある婚約者です。この場合、公子様がハウンド嬢に出した“邸でずっとミラージュ様の面倒を見る”というのは『提案』ではなく『条件』でしょう」
「条件……? いや、私はそんな条件を出したつもりは……」
「そんなつもりはなくとも、そういう意味となります。公子様の妻となる為には、公子様の出す『条件』を飲まねばならぬということ。それを彼女は理解せず“ミラージュ様を邸から追い出す”という自分の『要望』が通ると思ったのでしょう。ですがそれは甚だ図々しい勘違いです」
図々しい、とハウンド嬢を罵る言葉にレイモンドは驚愕した。
婚約者を優先しないなど酷い男だとこちらが罵られる覚悟をしていたのだが、目の前の少女の考えはそういう感情論を一切廃止したものだ。
論理的であり、実に正解に近い言葉を紡ぐ少女にレイモンドは息を飲む。
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