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公子の弱音

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 サラが女に着替えをさせ、乗って来たであろう馬車に押し込め無理やり帰ってもらった。まあ、こちらから”帰れ”と言い出さなくともあんなことがあってはもうこの邸にいたくはないだろう。もしかすると、もう一生来ないかもしれない。

 呆気に取られていたレイモンドは気を取り直してアンゼリカに事態を説明するべくお茶にと誘う。ミラージュは騒動のせいで長く温室にいたため、疲れたのか戻る頃には車椅子に乗ったまま目を瞑って眠りについていた。それを自室で休ませるよう侍女に命じ、改めてアンゼリカを応接間へと案内する。

「本当に申し訳なかった……!!」

 応接間に入り、ソファーに腰を下ろした途端にレイモンドが深く頭を下げて謝罪をしてきた。それをアンゼリカはじっと眺め、口を開く。

「話の内容から察するに、あの女性は公子様の婚約者方でしょうか?」

「……ああ、その通りだ。彼女はハウンド伯爵家の令嬢で、この間まで私の婚約者だった」

「差し付けなければ婚約解消に至った理由をお聞かせいただいても?」

 泰然とした王者の風格すら見せるアンゼリカの態度にレイモンドは面食らってしまった。筆頭公爵家の嫡男という立場から、女性に今までこんな態度をとられたことはない。

「あ、ああ……実は、このままミラージュをこの邸で一生私が面倒を見ると告げたらひどく反対されてしまって……。ミラージュに対する暴言まで吐いたものだから、私も我慢できず口論となり、そこから婚約を解消した」

「ああ、そういえば先ほど彼女は“新婚家庭に妹がいるなど邪魔だ”と言っておりましたね。あれはそういうことですか」

「そうなんだ、彼女の言い分も分からなくはないが、傷ついた妹を邪魔だからと邸から追い出す真似など出来るはずもない。そんな妹に対して優しさの欠片も無い態度を取る女性を妻にしたくもない、と婚約を解消したのだが……彼女は納得しなかった」

「そのようですね。権力に対する欲か、愛情かは分かりませんがどうしても公子様と結婚したかったかのように見受けられました」

 レイモンドの話にアンゼリカは淡々と返し、出された紅茶に口をつけた。
 サラマンドラ家で提供されるお茶はオーソドックスな銘柄ながらも薫り高く落ち着く味である。風味から察するに相当高価な茶葉を使っているのだろう。これを“普通でつまらない”とはよく言ったものだ。そんな罰当たりな台詞を吐いた人間はもう紅茶すら飲めない場所へと旅立っていったが。

「それで、ミラージュ様さえ排除してしまえばまた元の関係に戻れると考えたわけですか。……浅はかで短絡的な考えですこと」

 あの令嬢のナイフを持ち方、振り回し方は素人のそれだった。
 その程度の腕前で公爵家に乗り込み、公爵令嬢を害しようとするなど片腹痛い。

「まあ、伯爵令嬢が公爵令嬢を殺害しようとしたのですから処刑は当然ですね。もう二度と会うことはないのですから、この件はこれで終わりですね」

「え? 処刑!? い、いや……何もそこまでしなくとも……」

「? 何を甘い事を仰っているのです? 格下の令嬢が格上の令嬢を殺害しようとしたのですから処刑は当たり前ですよ?」

「それはそうだが……未遂で済んだわけだし、何より私が婚約を解消したせいで彼女はあのような凶行に及んだわけで……」

「あら……公子様はハウンド嬢に罪悪感があるのですね?」

 アンゼリカの目がレイモンドを咎めるように鋭くなる。
 それを見てレイモンドは冷や汗を流した。

「罪悪感はある……。ミラージュを優先したことについては後悔していないが、一方的に婚約を解消したことは果たして正しかったのだろうかと……」

 そこまで言ってレイモンドはハッと我に返った。
 自分よりも大分年下の、しかも今日あったばかりの少女にどうして弱音を吐いているのかと。

 だが、この少女の何事にも動じない覇王然とした風格を前にすると、不思議と弱い部分を曝け出してしまいたくなる。そしてこの少女に自分の選択が正しかったのか、間違っていたのかを判断してほしいという欲が湧く。

 縋るようなレイモンドの視線にアンゼリカは艶やかな笑みを返し、ゆっくりと口を開いた。
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