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再教育どころの話ではない

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 長時間馬を走らせたせいで王太子は王宮に着く頃にはひどく疲れ果てていた。
 苦労した割に愛しのルルナには会えなかったし、男爵には冷たくされるし散々だ。
 すぐにでも父親にあの王命について言及したいところだが、疲労困憊で頭が上手く働かない。

 早く自室で休みたい。そう思っていたところ、急に門前で兵士に囲まれた。

「王太子殿下、国王陛下がお呼びですので速やかにご同行願います」

「は!? 何だ、お前達!」

 まるで罪人のような扱いと、疲労も相まって王太子は兵士達を怒鳴りつけた。
 だが、兵士達はまるで動じることなく王太子の両腕を掴んだ。

「陛下より殿下が拒否するのであれば、多少乱暴にしても構わないと命じられております。ですので、大人しくついてきてくださいますようお願い申し上げます」

 振りほどこうにもビクともしない兵士の腕力に王太子は恐れをなした。
 せめてもの抵抗で「自分で歩く。離せ」と命じ、自分から兵士についていくことにする。

 そうして兵士の案内で連れられたのは国王の執務室。
 中には怒りで顔を真っ赤に染めた国王と、冷めた表情でこちらを見ている宰相がいた。

「エドワード……このっ、馬鹿者が! 授業を抜け出した挙句にこんな時間まで何処に行っていた!?」

 国王の怒号に王太子は小さく「ひっ!?」と声を漏らす。

「お、お言葉ですが……あんな初歩的な教育を受ける必要が何処にあります!? 全部幼い頃に学んだ内容ではありませんか!」

「その幼子が学ぶような内容を習得していないからだろうが! 授業を履修することが王太子として存続できるための条件だと何度言ったら分かるのだ!?」

「私は納得していません! 今更そんなものを学び直して何になるのですか!」

「そんなもの、と言うがお前にはそれすら欠けているのが分からんか!? このところのお前の非常識な態度は本当に目に余る……。婚約者の目の前で堂々と浮気相手と乳繰り合うわ、男数人で婚約者に詰め寄るわ、やっていることは破落戸同然だ! とてもじゃないが誇り高い王族のすることとは思えぬ! 余も“若気の至り”と大目に見るのではなかった。さっさとどうにかすれば、ここまで取り返しのつかない事態にならなかっただろうに……」

 両手で頭を抱える国王の姿に王太子は絶句した。
 父親がこんな風に項垂れる姿を見るのは初めてだ。そこまで自分の行動はおかしいのかと、この時初めて実感した。

「以前はここまで酷くなかったのに……あの男爵令嬢と出会ってお前は変わってしまったな。こんな、自分の欲望のままに行動するような奴ではなかったはずなのに……」

「なっ……! ルルナを悪く言わないでください! いくら父上といえども許しませんよ!」

「それはこちらの台詞だ、馬鹿垂れが! 実際あの男爵令嬢と出会ってからのお前の行動は目に余るものばかりではないか? 王命で結ばれた婚約者を蔑ろにするわ、か弱い婦人相手に危害を加えようとするわ、授業は逃げ出すわで……聞くに堪えん! これではいつアンゼリカ嬢がお前を見限るかも分からん……」

「は? どうしてここであの女の名が出てくるのですか!?」

「それも分からんのか、お前は! アンゼリカ嬢に見限られるということはグリフォン公爵家に見限られるということだ。支援先を無くせば王家はもう終わりなのだぞ? それを理解していないのか!」

「そんな、いくら公爵家と言えど王家の臣下に過ぎません! 臣下が主君に口出しするなど言語道断で……」

「現実を直視しろ! サラマンドラ家に続いてグリフォン家にまで手を引かれてしまえばもう後がない! だいたい金を出してもらっている分際でどうしてそう偉そうな態度をとれるのだ!? 理解出来ん!」

「金、金と言うのは品がないですよ! 父上には王族としての矜持がないのですか!?」

 直接財政に関わっていないからか、王太子はお金の大切さを全く理解していなかった。サラマンドラ家からの支援を失った時の焦りを知らないからこんな阿呆な事が言えるのだろう。

「ああもう……ここまで話の通じない奴に成り果ててしまうとは……。こんなことになるのなら、早い段階であの男爵令嬢を排除しておけばよかった」

 息子がここまで変わってしまったのはルルナの影響だと信じて疑わない国王がそう呟く。実際はルルナのこともあるが、王太子自身が元々そういう性質を持っていたというのもある。

「あ、そうでした……! 父上! ビット男爵家へルルナの私への接触禁止を命じたとはどういうことですか!? 私達の真実の愛を阻むなんて……いくら父上でも許されませんよ!」

「これ以上馬鹿を晒すな、この馬鹿が! あんな非常識で礼儀知らずな女とこれ以上接するな! いいか、お前がすべきことはあの身分卑しい女と乳繰り合うことではない。婚約者であるアンゼリカ嬢を大切にし、結婚をしてもらうことだ。そうでなければ。それをよく肝に銘じておけ!」

「あんな恐ろしい女を大切にしろと!? 無理です、そんなの!」

「黙れ! 全部お前が蒔いた種だろうが! 余もグリフォン公爵家よりもサラマンドラ公爵家と縁を繋いでおきたかったわ。それを台無しにしたのはお前だろうが!」

「いや、あれは私のせいではなく……元はといえばケビンとアインスの婚約者の陰謀で……」

「元凶が何であれ、ミラージュ嬢を責め立てのは紛れもなくお前だ! お前が悪い! ああ、もう……お前と話していると頭が痛くなる……」

 もうこれ以上話をしたくない、と国王は王太子に退出を命じる。
 まだ納得のいっていない様子の王太子だが、兵士に促され部屋から渋々出て行った。

(このままではルルナと永遠に離れ離れになってしまう……。おまけにあんな恐ろしい女と結婚なんて絶対に御免だ! なんとかする方法は……あ、そうだ! ……)
 
 名案だ、とばかりに王太子はとんでもないことを考えた。

 一度婚約を解消した相手、しかも心を壊すまで傷つけた相手に復縁を迫るなど普通は考えない。だが、彼の頭を占めるのは“アンゼリカと結婚したくない”ということのみ。

 ミラージュを冤罪で傷つけたことを後悔していたはずなのに、彼の中でそれはになってしまった。己の欲を何よりも優先する彼はいとも簡単に最も恥知らずな選択をしてしまう。

 その結果がどうなるかなど考えもせずに……。
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