上 下
49 / 109

再教育どころの話ではない

しおりを挟む
 長時間馬を走らせたせいで王太子は王宮に着く頃にはひどく疲れ果てていた。
 苦労した割に愛しのルルナには会えなかったし、男爵には冷たくされるし散々だ。
 すぐにでも父親にあの王命について言及したいところだが、疲労困憊で頭が上手く働かない。

 早く自室で休みたい。そう思っていたところ、急に門前で兵士に囲まれた。

「王太子殿下、国王陛下がお呼びですので速やかにご同行願います」

「は!? 何だ、お前達!」

 まるで罪人のような扱いと、疲労も相まって王太子は兵士達を怒鳴りつけた。
 だが、兵士達はまるで動じることなく王太子の両腕を掴んだ。

「陛下より殿下が拒否するのであれば、多少乱暴にしても構わないと命じられております。ですので、大人しくついてきてくださいますようお願い申し上げます」

 振りほどこうにもビクともしない兵士の腕力に王太子は恐れをなした。
 せめてもの抵抗で「自分で歩く。離せ」と命じ、自分から兵士についていくことにする。

 そうして兵士の案内で連れられたのは国王の執務室。
 中には怒りで顔を真っ赤に染めた国王と、冷めた表情でこちらを見ている宰相がいた。

「エドワード……このっ、馬鹿者が! 授業を抜け出した挙句にこんな時間まで何処に行っていた!?」

 国王の怒号に王太子は小さく「ひっ!?」と声を漏らす。

「お、お言葉ですが……あんな初歩的な教育を受ける必要が何処にあります!? 全部幼い頃に学んだ内容ではありませんか!」

「その幼子が学ぶような内容を習得していないからだろうが! 授業を履修することが王太子として存続できるための条件だと何度言ったら分かるのだ!?」

「私は納得していません! 今更そんなものを学び直して何になるのですか!」

「そんなもの、と言うがお前にはそれすら欠けているのが分からんか!? このところのお前の非常識な態度は本当に目に余る……。婚約者の目の前で堂々と浮気相手と乳繰り合うわ、男数人で婚約者に詰め寄るわ、やっていることは破落戸同然だ! とてもじゃないが誇り高い王族のすることとは思えぬ! 余も“若気の至り”と大目に見るのではなかった。さっさとどうにかすれば、ここまで取り返しのつかない事態にならなかっただろうに……」

 両手で頭を抱える国王の姿に王太子は絶句した。
 父親がこんな風に項垂れる姿を見るのは初めてだ。そこまで自分の行動はおかしいのかと、この時初めて実感した。

「以前はここまで酷くなかったのに……あの男爵令嬢と出会ってお前は変わってしまったな。こんな、自分の欲望のままに行動するような奴ではなかったはずなのに……」

「なっ……! ルルナを悪く言わないでください! いくら父上といえども許しませんよ!」

「それはこちらの台詞だ、馬鹿垂れが! 実際あの男爵令嬢と出会ってからのお前の行動は目に余るものばかりではないか? 王命で結ばれた婚約者を蔑ろにするわ、か弱い婦人相手に危害を加えようとするわ、授業は逃げ出すわで……聞くに堪えん! これではいつアンゼリカ嬢がお前を見限るかも分からん……」

「は? どうしてここであの女の名が出てくるのですか!?」

「それも分からんのか、お前は! アンゼリカ嬢に見限られるということはグリフォン公爵家に見限られるということだ。支援先を無くせば王家はもう終わりなのだぞ? それを理解していないのか!」

「そんな、いくら公爵家と言えど王家の臣下に過ぎません! 臣下が主君に口出しするなど言語道断で……」

「現実を直視しろ! サラマンドラ家に続いてグリフォン家にまで手を引かれてしまえばもう後がない! だいたい金を出してもらっている分際でどうしてそう偉そうな態度をとれるのだ!? 理解出来ん!」

「金、金と言うのは品がないですよ! 父上には王族としての矜持がないのですか!?」

 直接財政に関わっていないからか、王太子はお金の大切さを全く理解していなかった。サラマンドラ家からの支援を失った時の焦りを知らないからこんな阿呆な事が言えるのだろう。

「ああもう……ここまで話の通じない奴に成り果ててしまうとは……。こんなことになるのなら、早い段階であの男爵令嬢を排除しておけばよかった」

 息子がここまで変わってしまったのはルルナの影響だと信じて疑わない国王がそう呟く。実際はルルナのこともあるが、王太子自身が元々そういう性質を持っていたというのもある。

「あ、そうでした……! 父上! ビット男爵家へルルナの私への接触禁止を命じたとはどういうことですか!? 私達の真実の愛を阻むなんて……いくら父上でも許されませんよ!」

「これ以上馬鹿を晒すな、この馬鹿が! あんな非常識で礼儀知らずな女とこれ以上接するな! いいか、お前がすべきことはあの身分卑しい女と乳繰り合うことではない。婚約者であるアンゼリカ嬢を大切にし、結婚をしてもらうことだ。そうでなければ。それをよく肝に銘じておけ!」

「あんな恐ろしい女を大切にしろと!? 無理です、そんなの!」

「黙れ! 全部お前が蒔いた種だろうが! 余もグリフォン公爵家よりもサラマンドラ公爵家と縁を繋いでおきたかったわ。それを台無しにしたのはお前だろうが!」

「いや、あれは私のせいではなく……元はといえばケビンとアインスの婚約者の陰謀で……」

「元凶が何であれ、ミラージュ嬢を責め立てのは紛れもなくお前だ! お前が悪い! ああ、もう……お前と話していると頭が痛くなる……」

 もうこれ以上話をしたくない、と国王は王太子に退出を命じる。
 まだ納得のいっていない様子の王太子だが、兵士に促され部屋から渋々出て行った。

(このままではルルナと永遠に離れ離れになってしまう……。おまけにあんな恐ろしい女と結婚なんて絶対に御免だ! なんとかする方法は……あ、そうだ! ……)
 
 名案だ、とばかりに王太子はとんでもないことを考えた。

 一度婚約を解消した相手、しかも心を壊すまで傷つけた相手に復縁を迫るなど普通は考えない。だが、彼の頭を占めるのは“アンゼリカと結婚したくない”ということのみ。

 ミラージュを冤罪で傷つけたことを後悔していたはずなのに、彼の中でそれはになってしまった。己の欲を何よりも優先する彼はいとも簡単に最も恥知らずな選択をしてしまう。

 その結果がどうなるかなど考えもせずに……。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

七年間の婚約は今日で終わりを迎えます

hana
恋愛
公爵令嬢エミリアが十歳の時、第三王子であるロイとの婚約が決まった。しかし婚約者としての生活に、エミリアは不満を覚える毎日を過ごしていた。そんな折、エミリアは夜会にて王子から婚約破棄を宣言される。

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

王命を忘れた恋

須木 水夏
恋愛
『君はあの子よりも強いから』  そう言って貴方は私を見ることなく、この関係性を終わらせた。  強くいなければ、貴方のそばにいれなかったのに?貴方のそばにいる為に強くいたのに?  そんな痛む心を隠し。ユリアーナはただ静かに微笑むと、承知を告げた。

御機嫌ようそしてさようなら  ~王太子妃の選んだ最悪の結末

Hinaki
恋愛
令嬢の名はエリザベス。 生まれた瞬間より両親達が創る公爵邸と言う名の箱庭の中で生きていた。 全てがその箱庭の中でなされ、そして彼女は箱庭より外へは出される事はなかった。 ただ一つ月に一度彼女を訪ねる5歳年上の少年を除いては……。 時は流れエリザベスが15歳の乙女へと成長し未来の王太子妃として半年後の結婚を控えたある日に彼女を包み込んでいた世界は崩壊していく。 ゆるふわ設定の短編です。 完結済みなので予約投稿しています。

愛想を尽かした女と尽かされた男

火野村志紀
恋愛
※全16話となります。 「そうですか。今まであなたに尽くしていた私は側妃扱いで、急に湧いて出てきた彼女が正妃だと? どうぞ、お好きになさって。その代わり私も好きにしますので」

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

旦那様、離婚しましょう

榎夜
恋愛
私と旦那は、いわゆる『白い結婚』というやつだ。 手を繋いだどころか、夜を共にしたこともありません。 ですが、とある時に浮気相手が懐妊した、との報告がありました。 なので邪魔者は消えさせてもらいますね *『旦那様、離婚しましょう~私は冒険者になるのでお構いなく!~』と登場人物は同じ 本当はこんな感じにしたかったのに主が詰め込みすぎて......

処理中です...