王妃となったアンゼリカ

わらびもち

文字の大きさ
上 下
48 / 109

王太子の再教育④

しおりを挟む
「ご存じかどうかは分かりませんが、ルルナは元々当家のとするべく迎えたのですよ。ですがこうして殿下よりご寵愛を頂けるようになりましたので……跡取りに据えることは諦めておりました。しがない男爵家の当主よりも殿下のお傍に侍る役割を頂ける方が重要だと思いましたので。ですが、のであれば……当初の予定通り当家の跡取りにしたいのです」

「そ……そんなの駄目だ! ルルナには私の傍にいてもらわないと……」

「ですから、どうやってルルナを傍に置くのです? 妃にも愛妾にもなれないのであれば、ルルナは何の役割を賜れますか? まさか殿下の専属侍女にするなどと言いませんよね?」

 侍女、という言葉に王太子は「それだ!」とばかりにハッとした。
 それならば何の問題もなくルルナを傍に置ける。名案だと男爵に顔を向けるも、彼は呆れた表情をしていた。

「……王宮の使用人は下男から侍従長に至るまで全てグリフォン公爵家が給金を支払っているのですよね? なので、当然新しい使用人を雇う際にもグリフォン公爵の承認が必要になると聞きました。……娘の夫となる相手の恋人を、専属侍女として雇い入れる父親が何処にいます? 書類選考の段階で落ちますよ……」

「い、いや……大丈夫だ! 私が直接ルルナを指名すれば何も問題はない!」

「……殿下、不敬を承知で言わせてください。父親としては娘によりよい道を歩んでほしいと思うものです。侍女という職は一見花形に見えますが、使用人であることに変わりはない。誰かに傅く立場に就くよりも、誰かに傅かれる当主の立場に就かせてやりたいと願うのは当たり前だと思いませんか?」

 遠回しに「当主になれる娘をどうして使用人なんかにさせなきゃいけないんだ」と王太子を非難している。そこまでしてルルナを傍に置きたいと思うのは王太子の我儘に過ぎず、ルルナの為にも男爵家の為にもならない。

 どこまでも自分本位な考えでしかないのだ。

「だが! 私とルルナは本当に愛し合っているんだ! 離れることなぞ考えられない!」

「……そのように言われても困ります。ルルナが殿下への接近を禁止する旨の王命が下されておりますので、もう二度と娘を御前に晒すことはないかと。わたくしめも娘を失いたくないのでどうぞご容赦ください」

「は? 接近禁止の王命……? 何だそれは!?」

「ご存じないのですか……?」

「知らない! 父上がそんな王命を!? 嘘だ……!」

「お疑いでしたらその書状をお見せします。例の書状をここへ」

 男爵が家令に命じると、すぐにその書状が男爵へと手渡された。 
 その手際の良さからこうなることを察して事前に準備していたのだろう。
 男爵から書状を渡された王太子は乱暴にそれを開け、中身に目を通す。
 そこにはしっかりと“接近禁止”の旨が記載されており、きっちりと国王の印が捺されてあった。

「う、うそだ……。なんで父上がこんな……」

「それは帰ってご自分でお確かめになってくださいませ。わたくしめも陛下の御心までは分かりません」

 突き放すような男爵の物言いに王太子はショックを受ける。
 ルルナの父親である男爵はずっと自分の味方だと思っていた。味方がほぼいなくなってしまった彼にとって、味方だと思っていた相手に見放されるのは堪えられないものだった。

「……ルルナに、ルルナにどうか会わせてくれ! 外出なんて嘘なんだろう? 本当は邸の中にいるのだろう!?」

「殿下、どうかご勘弁を……! わたくしめは臣下として王命に背くような真似はできません! ルルナだってどんな罰を受けるか……」

「心配するな! ルルナは必ず私が守る! 私は王太子だぞ!?」
 
 何も分かっていない王太子に男爵は嫌気が差した。
 この王太子は自分のことしか考えていない、と。

 国王と王太子、どちらの方が格上かなんて馬鹿でも分かる。勿論、どちらの命令を優先すべきかも。そしてその優先順位を誤った場合に罰を受けるかも理解している。

 男爵家やルルナ自身に配慮するならば王太子はここで身を引くべきだ。
 それをしないということは、男爵家やルルナがどうなってもいいということ。

 今まで王族だからと敬ってきた相手が実はとんでもない自己中心的で考え無しな屑だったと知り、男爵は王太子に失望を覚えた。

「お願いですからどうかわたくし共の立場も考えてください……。どうか、今日はもうお帰りを」

 何を訴えようとも頑なにこちらを拒絶する男爵の態度に王太子は「また来る……」とだけ告げ帰っていった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる

葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。 アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。 アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。 市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。

あなたには、この程度のこと、だったのかもしれませんが。

ふまさ
恋愛
 楽しみにしていた、パーティー。けれどその場は、信じられないほどに凍り付いていた。  でも。  愉快そうに声を上げて笑う者が、一人、いた。

婚約者を想うのをやめました

かぐや
恋愛
女性を侍らしてばかりの婚約者に私は宣言した。 「もうあなたを愛するのをやめますので、どうぞご自由に」 最初は婚約者も頷くが、彼女が自分の側にいることがなくなってから初めて色々なことに気づき始める。 *書籍化しました。応援してくださった読者様、ありがとうございます。

奪われる人生とはお別れします ~婚約破棄の後は幸せな日々が待っていました~

水空 葵
恋愛
婚約者だった王太子殿下は、最近聖女様にかかりっきりで私には見向きもしない。 それなのに妃教育と称して仕事を押し付けてくる。 しまいには建国パーティーの時に婚約解消を突き付けられてしまった。 王太子殿下、それから私の両親。今まで尽くしてきたのに、裏切るなんて許せません。 でも、これ以上奪われるのは嫌なので、さっさとお別れしましょう。 ※他サイト様でも連載中です。 ◇2024/2/5 HOTランキング1位に掲載されました。 ◇第17回 恋愛小説大賞で6位&奨励賞を頂きました。 本当にありがとうございます!

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

三年待ったのに愛は帰らず、出奔したら何故か追いかけられています

ネコ
恋愛
リーゼルは三年間、婚約者セドリックの冷淡な態度に耐え続けてきたが、ついに愛を感じられなくなり、婚約解消を告げて領地を後にする。ところが、なぜかセドリックは彼女を追って執拗に行方を探り始める。

『親友』との時間を優先する婚約者に別れを告げたら

黒木メイ
恋愛
筆頭聖女の私にはルカという婚約者がいる。教会に入る際、ルカとは聖女の契りを交わした。会えない間、互いの不貞を疑う必要がないようにと。 最初は順調だった。燃えるような恋ではなかったけれど、少しずつ心の距離を縮めていけたように思う。 けれど、ルカは高等部に上がり、変わってしまった。その背景には二人の男女がいた。マルコとジュリア。ルカにとって初めてできた『親友』だ。身分も性別も超えた仲。『親友』が教えてくれる全てのものがルカには新鮮に映った。広がる世界。まるで生まれ変わった気分だった。けれど、同時に終わりがあることも理解していた。だからこそ、ルカは学生の間だけでも『親友』との時間を優先したいとステファニアに願い出た。馬鹿正直に。 そんなルカの願いに対して私はダメだとは言えなかった。ルカの気持ちもわかるような気がしたし、自分が心の狭い人間だとは思いたくなかったから。一ヶ月に一度あった逢瀬は数ヶ月に一度に減り、半年に一度になり、とうとう一年に一度まで減った。ようやく会えたとしてもルカの話題は『親友』のことばかり。さすがに堪えた。ルカにとって自分がどういう存在なのか痛いくらいにわかったから。 極めつけはルカと親友カップルの歪な三角関係についての噂。信じたくはないが、間違っているとも思えなかった。もう、半ば受け入れていた。ルカの心はもう自分にはないと。 それでも婚約解消に至らなかったのは、聖女の契りが継続していたから。 辛うじて繋がっていた絆。その絆は聖女の任期終了まで後数ヶ月というところで切れた。婚約はルカの有責で破棄。もう関わることはないだろう。そう思っていたのに、何故かルカは今更になって執着してくる。いったいどういうつもりなの? 戸惑いつつも情を捨てきれないステファニア。プライドは捨てて追い縋ろうとするルカ。さて、二人の未来はどうなる? ※曖昧設定。 ※別サイトにも掲載。

お二人共、どうぞお幸せに……もう二度と勘違いはしませんから

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【もう私は必要ありませんよね?】 私には2人の幼なじみがいる。一人は美しくて親切な伯爵令嬢。もう一人は笑顔が素敵で穏やかな伯爵令息。 その一方、私は貴族とは名ばかりのしがない男爵家出身だった。けれど2人は身分差に関係なく私に優しく接してくれるとても大切な存在であり、私は密かに彼に恋していた。 ある日のこと。病弱だった父が亡くなり、家を手放さなければならない 自体に陥る。幼い弟は父の知り合いに引き取られることになったが、私は住む場所を失ってしまう。 そんな矢先、幼なじみの彼に「一生、面倒をみてあげるから家においで」と声をかけられた。まるで夢のような誘いに、私は喜んで彼の元へ身を寄せることになったのだが―― ※ 他サイトでも投稿中   途中まで鬱展開続きます(注意)

処理中です...