王妃となったアンゼリカ

わらびもち

文字の大きさ
上 下
47 / 109

王太子の再教育③

しおりを挟む
 馬を走らせ王太子が目指すのはビット男爵家。彼の愛しいルルナの住む邸だ。
 そこは王都から少し離れた郊外にあり、馬車で向かうと半日ほどかかる。
 ルルナに会うため何度も訪れていたので既に道も熟知しており、休みなく馬を走らせているといつもより早くその場所へと辿り着いた。

 邸の門番へ中に入れるよう命じるが、馬でやってきた来訪者に困惑し、決して門を開けようとはしなかった。

「無礼者! 私は王太子だぞ!?」

「そ、そのように言われましても……私は王太子殿下のご尊顔を拝したことはございませんので、貴方様がそうであるとの判別がつきません。それに、いつもでしたら王太子殿下は王家の家紋付き馬車でご来訪されますし……本日は何故馬でいらしたのでしょうか?」

 門番の言い分はもっともだった。
 王侯貴族の移動は常に馬車と決まっており、馬でやってくるのは騎士や兵士くらいだ。しかも王太子はいつも馬車に乗ったまま門を通過するので、門番は彼の顔を知らない。王家の家紋で王太子が乗っていると判断して通している。

「では、邸の者に話を通しますのでここで少々お待ちを」

 自分では判断がつかないので門番は王太子の顔を知っているであろう邸内の使用人に話をつけるべくその場を離れた。王太子はこんな場所で待たされることに不満を抱くも、愛する女の邸の前で醜態を晒したくないと渋々ながら我慢した。

 しばらくすると門番は家令ではなく邸の当主、ビット男爵を連れて戻ってきた。
 男爵は王太子を見るなり恭しく頭を下げる。

「これはこれは王太子殿下、わざわざ当家へご足労いただきありがとうございます……。本日はどのようなご用件で……?」

 王太子はビット男爵のいつもと違う反応を訝しんだ。
 彼はいつも邸を訪ねると揉み手で歓迎し、すぐにルルナを呼んできてくれたはずなのに、今日はどうも迷惑そうに目を泳がせている。

「そんなのルルナに会いに来たに決まっているだろう? 男爵、ルルナはいるか?」

「……いえ、ルルナは外出中でして……」

「む、そうか。ならば中で待たせてもらおう。ルルナはいつ頃戻ってくる?」

「いえ……多分夜まで戻ってこないと思います。なので、申し訳ないのですが今日のところはお帰りを……」

 歯切れの悪い話し方に王太子は違和感を覚えた。
 いつもと違う、いつもなら外出先からルルナを連れ戻してでも必ず会わせるように配慮してくれていた。

「男爵、何があった? 変だぞ?」

「わたくしめの態度に失礼があったのでしたら申し訳ございません」

 拒絶するような男爵の態度を王太子は不快に思い、とにかく邸の中へ入れるように命じた。何が原因で邸内へ入れることを拒んでいるかは知らないが、ルルナと会うことを邪魔するなど許されない。

「……ご不快であることは重々承知しておりますが、もうルルナと会うことはおやめください」

「はあ……!? ルルナと会うな、だと? 何をふざけたことをぬかしておるのだ!」

 絞り出すような男爵の言葉を王太子はすぐさま拒絶した。
 ルルナはこの世で唯一人の運命の相手、二人の愛を阻むことは例え父親といえども許されない、と。

「……お言葉ですが、殿?」

「は? どうする、だと? それはどういう意味だ?」

「ルルナに何の欲割を与えるのでしょうか、という意味にございます。失礼ながら、ルルナは妃にも愛妾にもなれませんよね……?」

 図星を突かれ、王太子は二の句が継げなかった。
 確かにルルナは妃にもなれないうえに愛妾にもなれない。それでも離れられないからそのまま関係を続けてきたのだ。

「そ、それは、そうだが……私はルルナをこの世で一番愛しい存在であると……」

「はあ……。娘をそこまで想っていただくことは光栄にございますが……、それではこちらは困るのですよ。わたくしは父親として娘をただの慰み者にさせたくはないのです。娘を娶る気がないのでしたらここで手を引いていただけないかと……」

「な、慰み者にする気などないっ! 私はルルナを誰よりも大切に想っている!」

「いえ、ですから、娘を娶る以外で手元に置くのは困ると申し上げているのですよ……。わたくしはてっきり殿下が娘を側妃か愛妾に迎えてくださるものだと期待していたのですが、どうやらそれはらしいですね……」

「あ、いや……それは……だが……」

 男爵は知らなかったのだ。
 王家が側妃も愛妾も迎えられないほど貧しいのだということを。
 王宮の維持にかかる資金や生活費諸々を妃となる令嬢の生家に頼っていることを。

 それまでは「娘を王太子に娶って頂けるなど光栄だ」と歓喜していたのに、それを知ってからは「娘を無駄に王太子のお手つきにしてしまった……」と絶望した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

君のためだと言われても、少しも嬉しくありません

みみぢあん
恋愛
子爵家の令嬢マリオンの婚約者、アルフレッド卿が王族の護衛で隣国へ行くが、任期がながびき帰国できなくなり婚約を解消することになった。 すぐにノエル卿と2度目の婚約が決まったが、結婚を目前にして家庭の事情で2人は……    暗い流れがつづきます。 ざまぁでスカッ… とされたい方には不向きのお話です。ご注意を😓

【完結】恋は、終わったのです

楽歩
恋愛
幼い頃に決められた婚約者、セオドアと共に歩む未来。それは決定事項だった。しかし、いつしか冷たい現実が訪れ、彼の隣には別の令嬢の笑顔が輝くようになる。 今のような関係になったのは、いつからだったのだろう。 『分からないだろうな、お前のようなでかくて、エマのように可愛げのない女には』 身長を追い越してしまった時からだろうか。  それとも、特進クラスに私だけが入った時だろうか。 あるいは――あの子に出会った時からだろうか。 ――それでも、リディアは平然を装い続ける。胸に秘めた思いを隠しながら。

【完結】冤罪で殺された王太子の婚約者は100年後に生まれ変わりました。今世では愛し愛される相手を見つけたいと思っています。

金峯蓮華
恋愛
どうやら私は階段から突き落とされ落下する間に前世の記憶を思い出していたらしい。 前世は冤罪を着せられて殺害されたのだった。それにしても酷い。その後あの国はどうなったのだろう? 私の願い通り滅びたのだろうか? 前世で冤罪を着せられ殺害された王太子の婚約者だった令嬢が生まれ変わった今世で愛し愛される相手とめぐりあい幸せになるお話。 緩い世界観の緩いお話しです。 ご都合主義です。 *タイトル変更しました。すみません。

初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―

望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」 【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。 そして、それに返したオリービアの一言は、 「あらあら、まぁ」 の六文字だった。  屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。 ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて…… ※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。

王命って何ですか?

まるまる⭐️
恋愛
その日、貴族裁判所前には多くの貴族達が傍聴券を求め、所狭しと行列を作っていた。 貴族達にとって注目すべき裁判が開かれるからだ。 現国王の妹王女の嫁ぎ先である建国以来の名門侯爵家が、新興貴族である伯爵家から訴えを起こされたこの裁判。 人々の関心を集めないはずがない。 裁判の冒頭、証言台に立った伯爵家長女は涙ながらに訴えた。 「私には婚約者がいました…。 彼を愛していました。でも、私とその方の婚約は破棄され、私は意に沿わぬ男性の元へと嫁ぎ、侯爵夫人となったのです。 そう…。誰も覆す事の出来ない王命と言う理不尽な制度によって…。 ですが、理不尽な制度には理不尽な扱いが待っていました…」 裁判開始早々、王命を理不尽だと公衆の面前で公言した彼女。裁判での証言でなければ不敬罪に問われても可笑しくはない発言だ。 だが、彼女はそんな事は全て承知の上であえてこの言葉を発した。   彼女はこれより少し前、嫁ぎ先の侯爵家から彼女の有責で離縁されている。原因は彼女の不貞行為だ。彼女はそれを否定し、この裁判に於いて自身の無実を証明しようとしているのだ。 次々に積み重ねられていく証言に次第に追い込まれていく侯爵家。明らかになっていく真実を傍聴席の貴族達は息を飲んで見守る。 裁判の最後、彼女は傍聴席に向かって訴えかけた。 「王命って何ですか?」と。 ✳︎不定期更新、設定ゆるゆるです。

【完結】妖精姫と忘れられた恋~好きな人が結婚するみたいなので解放してあげようと思います~

塩羽間つづり
恋愛
お気に入り登録やエールいつもありがとうございます! 2.23完結しました! ファルメリア王国の姫、メルティア・P・ファルメリアは、幼いころから恋をしていた。 相手は幼馴染ジーク・フォン・ランスト。 ローズの称号を賜る名門一族の次男だった。 幼いころの約束を信じ、いつかジークと結ばれると思っていたメルティアだが、ジークが結婚すると知り、メルティアの生活は一変する。 好きになってもらえるように慣れないお化粧をしたり、着飾ったりしてみたけれど反応はいまいち。 そしてだんだんと、メルティアは恋の邪魔をしているのは自分なのではないかと思いあたる。 それに気づいてから、メルティアはジークの幸せのためにジーク離れをはじめるのだが、思っていたようにはいかなくて……? 妖精が見えるお姫様と近衛騎士のすれ違う恋のお話 切なめ恋愛ファンタジー

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

婚約者から妾になれと言われた私は、婚約を破棄することにしました

天宮有
恋愛
公爵令嬢の私エミリーは、婚約者のアシェル王子に「妾になれ」と言われてしまう。 アシェルは子爵令嬢のキアラを好きになったようで、妾になる原因を私のせいにしたいようだ。 もうアシェルと関わりたくない私は、妾にならず婚約破棄しようと決意していた。

処理中です...