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王太子の再教育③
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馬を走らせ王太子が目指すのはビット男爵家。彼の愛しいルルナの住む邸だ。
そこは王都から少し離れた郊外にあり、馬車で向かうと半日ほどかかる。
ルルナに会うため何度も訪れていたので既に道も熟知しており、休みなく馬を走らせているといつもより早くその場所へと辿り着いた。
邸の門番へ中に入れるよう命じるが、馬でやってきた来訪者に困惑し、決して門を開けようとはしなかった。
「無礼者! 私は王太子だぞ!?」
「そ、そのように言われましても……私は王太子殿下のご尊顔を拝したことはございませんので、貴方様がそうであるとの判別がつきません。それに、いつもでしたら王太子殿下は王家の家紋付き馬車でご来訪されますし……本日は何故馬でいらしたのでしょうか?」
門番の言い分はもっともだった。
王侯貴族の移動は常に馬車と決まっており、馬でやってくるのは騎士や兵士くらいだ。しかも王太子はいつも馬車に乗ったまま門を通過するので、門番は彼の顔を知らない。王家の家紋で王太子が乗っていると判断して通している。
「では、邸の者に話を通しますのでここで少々お待ちを」
自分では判断がつかないので門番は王太子の顔を知っているであろう邸内の使用人に話をつけるべくその場を離れた。王太子はこんな場所で待たされることに不満を抱くも、愛する女の邸の前で醜態を晒したくないと渋々ながら我慢した。
しばらくすると門番は家令ではなく邸の当主、ビット男爵を連れて戻ってきた。
男爵は王太子を見るなり恭しく頭を下げる。
「これはこれは王太子殿下、わざわざ当家へご足労いただきありがとうございます……。本日はどのようなご用件で……?」
王太子はビット男爵のいつもと違う反応を訝しんだ。
彼はいつも邸を訪ねると揉み手で歓迎し、すぐにルルナを呼んできてくれたはずなのに、今日はどうも迷惑そうに目を泳がせている。
「そんなのルルナに会いに来たに決まっているだろう? 男爵、ルルナはいるか?」
「……いえ、ルルナは外出中でして……」
「む、そうか。ならば中で待たせてもらおう。ルルナはいつ頃戻ってくる?」
「いえ……多分夜まで戻ってこないと思います。なので、申し訳ないのですが今日のところはお帰りを……」
歯切れの悪い話し方に王太子は違和感を覚えた。
いつもと違う、いつもなら外出先からルルナを連れ戻してでも必ず会わせるように配慮してくれていた。
「男爵、何があった? 変だぞ?」
「わたくしめの態度に失礼があったのでしたら申し訳ございません」
拒絶するような男爵の態度を王太子は不快に思い、とにかく邸の中へ入れるように命じた。何が原因で邸内へ入れることを拒んでいるかは知らないが、ルルナと会うことを邪魔するなど許されない。
「……ご不快であることは重々承知しておりますが、もうルルナと会うことはおやめください」
「はあ……!? ルルナと会うな、だと? 何をふざけたことをぬかしておるのだ!」
絞り出すような男爵の言葉を王太子はすぐさま拒絶した。
ルルナはこの世で唯一人の運命の相手、二人の愛を阻むことは例え父親といえども許されない、と。
「……お言葉ですが、殿下はルルナをどうするおつもりですか?」
「は? どうする、だと? それはどういう意味だ?」
「ルルナに何の欲割を与えるのでしょうか、という意味にございます。失礼ながら、ルルナは妃にも愛妾にもなれませんよね……?」
図星を突かれ、王太子は二の句が継げなかった。
確かにルルナは妃にもなれないうえに愛妾にもなれない。それでも離れられないからそのまま関係を続けてきたのだ。
「そ、それは、そうだが……私はルルナをこの世で一番愛しい存在であると……」
「はあ……。娘をそこまで想っていただくことは光栄にございますが……、それではこちらは困るのですよ。わたくしは父親として娘をただの慰み者にさせたくはないのです。娘を娶る気がないのでしたらここで手を引いていただけないかと……」
「な、慰み者にする気などないっ! 私はルルナを誰よりも大切に想っている!」
「いえ、ですから、娘を娶る以外で手元に置くのは困ると申し上げているのですよ……。わたくしはてっきり殿下が娘を側妃か愛妾に迎えてくださるものだと期待していたのですが、どうやらそれは不可能らしいですね……」
「あ、いや……それは……だが……」
男爵は知らなかったのだ。
王家が側妃も愛妾も迎えられないほど貧しいのだということを。
王宮の維持にかかる資金や生活費諸々を妃となる令嬢の生家に頼っていることを。
それまでは「娘を王太子に娶って頂けるなど光栄だ」と歓喜していたのに、それを知ってからは「娘を無駄に王太子のお手つきにしてしまった……」と絶望した。
そこは王都から少し離れた郊外にあり、馬車で向かうと半日ほどかかる。
ルルナに会うため何度も訪れていたので既に道も熟知しており、休みなく馬を走らせているといつもより早くその場所へと辿り着いた。
邸の門番へ中に入れるよう命じるが、馬でやってきた来訪者に困惑し、決して門を開けようとはしなかった。
「無礼者! 私は王太子だぞ!?」
「そ、そのように言われましても……私は王太子殿下のご尊顔を拝したことはございませんので、貴方様がそうであるとの判別がつきません。それに、いつもでしたら王太子殿下は王家の家紋付き馬車でご来訪されますし……本日は何故馬でいらしたのでしょうか?」
門番の言い分はもっともだった。
王侯貴族の移動は常に馬車と決まっており、馬でやってくるのは騎士や兵士くらいだ。しかも王太子はいつも馬車に乗ったまま門を通過するので、門番は彼の顔を知らない。王家の家紋で王太子が乗っていると判断して通している。
「では、邸の者に話を通しますのでここで少々お待ちを」
自分では判断がつかないので門番は王太子の顔を知っているであろう邸内の使用人に話をつけるべくその場を離れた。王太子はこんな場所で待たされることに不満を抱くも、愛する女の邸の前で醜態を晒したくないと渋々ながら我慢した。
しばらくすると門番は家令ではなく邸の当主、ビット男爵を連れて戻ってきた。
男爵は王太子を見るなり恭しく頭を下げる。
「これはこれは王太子殿下、わざわざ当家へご足労いただきありがとうございます……。本日はどのようなご用件で……?」
王太子はビット男爵のいつもと違う反応を訝しんだ。
彼はいつも邸を訪ねると揉み手で歓迎し、すぐにルルナを呼んできてくれたはずなのに、今日はどうも迷惑そうに目を泳がせている。
「そんなのルルナに会いに来たに決まっているだろう? 男爵、ルルナはいるか?」
「……いえ、ルルナは外出中でして……」
「む、そうか。ならば中で待たせてもらおう。ルルナはいつ頃戻ってくる?」
「いえ……多分夜まで戻ってこないと思います。なので、申し訳ないのですが今日のところはお帰りを……」
歯切れの悪い話し方に王太子は違和感を覚えた。
いつもと違う、いつもなら外出先からルルナを連れ戻してでも必ず会わせるように配慮してくれていた。
「男爵、何があった? 変だぞ?」
「わたくしめの態度に失礼があったのでしたら申し訳ございません」
拒絶するような男爵の態度を王太子は不快に思い、とにかく邸の中へ入れるように命じた。何が原因で邸内へ入れることを拒んでいるかは知らないが、ルルナと会うことを邪魔するなど許されない。
「……ご不快であることは重々承知しておりますが、もうルルナと会うことはおやめください」
「はあ……!? ルルナと会うな、だと? 何をふざけたことをぬかしておるのだ!」
絞り出すような男爵の言葉を王太子はすぐさま拒絶した。
ルルナはこの世で唯一人の運命の相手、二人の愛を阻むことは例え父親といえども許されない、と。
「……お言葉ですが、殿下はルルナをどうするおつもりですか?」
「は? どうする、だと? それはどういう意味だ?」
「ルルナに何の欲割を与えるのでしょうか、という意味にございます。失礼ながら、ルルナは妃にも愛妾にもなれませんよね……?」
図星を突かれ、王太子は二の句が継げなかった。
確かにルルナは妃にもなれないうえに愛妾にもなれない。それでも離れられないからそのまま関係を続けてきたのだ。
「そ、それは、そうだが……私はルルナをこの世で一番愛しい存在であると……」
「はあ……。娘をそこまで想っていただくことは光栄にございますが……、それではこちらは困るのですよ。わたくしは父親として娘をただの慰み者にさせたくはないのです。娘を娶る気がないのでしたらここで手を引いていただけないかと……」
「な、慰み者にする気などないっ! 私はルルナを誰よりも大切に想っている!」
「いえ、ですから、娘を娶る以外で手元に置くのは困ると申し上げているのですよ……。わたくしはてっきり殿下が娘を側妃か愛妾に迎えてくださるものだと期待していたのですが、どうやらそれは不可能らしいですね……」
「あ、いや……それは……だが……」
男爵は知らなかったのだ。
王家が側妃も愛妾も迎えられないほど貧しいのだということを。
王宮の維持にかかる資金や生活費諸々を妃となる令嬢の生家に頼っていることを。
それまでは「娘を王太子に娶って頂けるなど光栄だ」と歓喜していたのに、それを知ってからは「娘を無駄に王太子のお手つきにしてしまった……」と絶望した。
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