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王太子の再教育①
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「おい! 何故この私がこんな初歩的なものを学ばなければいかんのだ!?」
王太子エドワードは教師に向かって怒鳴りつけた。
その教師の手元にあるのは基本的な礼儀作法の教本。10歳程度の子供が学ぶような内容のものであった。
「はあ……何故と聞かれましても、陛下のご命令なのですからわたくしは何とも……」
王太子に怒鳴られようが教師は全く怯まず、むしろ面倒くさそうに返した。
それが余計に気に障ったのか、王太子は両手で机をバンと叩きそのまま椅子から立ち上がる。
「おや、何処へ行かれるおつもりですか? まだ授業は始まったばかりですよ?」
「うるさい! こんな子供が学ぶようなものをやっていられるか!」
「その子供が学ぶような礼儀作法すら身についていないのですから仕方ないのではありませんか?」
「はああ!? この私を侮辱するつもりか!」
「……そうは言いましても、実際身についていないからこうして初歩から学ぶよう陛下が命じられたのです。それに従わないということは陛下の命に背くと言うことですよ? これに加えて財政学も学ばねばなりませんので逃げている暇などありません。お分かり頂けたのでしたら、どうぞお座りになってください」
「くっ……!」
国王の命令と言われたのなら背くわけにもいかず、渋々ながら王太子は再び椅子に座る。彼はここ最近、一度学んだはずの授業を学び直しているのだが、それに納得できずこうして教師に悪態をついているというわけだ。
「よいですか、殿下。紳士たるもの女性には常に優しく、壊れ物を扱うかのように丁寧に対応するものです」
初歩の礼儀について、馬鹿みたいに丁寧に教える教師に王太子は嫌気が差した。
「……そんなことは言われなくとも理解している。今更学ぶ必要がどこにあるというのだ!?」
「……理解していても、実践できねば意味がありません。一番それを実践すべき相手に出来ねば理解していないも同然です」
「一番それをすべき相手だと!? 誰の事を言っている!」
「そんなの婚約者であるグリフォン公爵令嬢の事に決まっているではありませんか? 未来の妻を大切に扱えずして、立派な王になれるとお思いで?」
「あんな恐ろしい女に誰が紳士的な態度などとるか! あんな悪女が妻になるなんて考えただけでも恐ろしい!!」
「……お言葉ですが、グリフォン公爵令嬢を逃したら殿下はもう後がないと理解していらっしゃいますか? それに、恐ろしい女性が妻になるのは嫌だと仰いますけど、恐ろしくないサラマンドラ嬢にも殿下は優しくできなかったではありませんか?」
「い、いや……それは……」
先日アンゼリカからミラージュは無実だと告げられ、王太子は罪悪感に悩まされつつあった。潔白だったミラージュを責め立て、断罪して追い詰めたことを今更ながら後悔している。
「サラマンドラ嬢は無実でしたのに、それを殿下が必要以上に責め立てたのでしょう? お優しいサラマンドラ嬢にすらそれなのですから、少しくらい恐ろしいと感じる女性を妻にした方がよろしいのでしょう」
「は……? ちょっと待て……、どうしてお前がそのことを知っている? ミラージュが無実だったと……」
「え? こんなの今は社交界中で知られておりますよ。ミラージュ様の潔白が証明されたと。……殿下はご存じないのですか?」
「社交界中で知られているだと!?」
あの件が知られていると聞き、王太子は顔面蒼白となった。
ただでさえ婚約者を追い詰めたと白い目で見られているのに、実はそれが間違っていたと知られたら自分の評判は地に落ちてしまう。
「……既に評判は最悪なところまで来ておりますから大丈夫ですよ。殿下に残された道はグリフォン公爵令嬢を丁重に扱う事だけ。見放されでもしたら終わりだと言う事を肝に銘じてくださいね」
教師の冷めた目、冷めた言葉で王太子は理解した。
既に彼は自分を見限っていると。
「……………………っ!!」
王太子は無言のまま再び立ち上がり、逃げるように部屋から出て行った。
残された教師はため息をつきながら教本を片付け、ポツリと呟いた。
「昔はあそこまで酷くなかったのに……。あの男爵令嬢と関わるようになって変わってしまわれた……」
幼い頃から王太子を知る教師は昔を思い出し、嘆いた。
元から少し我儘なところはあれども、あそこまで常識から外れた言動はしなかったのに。やはり非常識な奴と関わると染まってしまうのだな、と再びため息をつく。
王太子エドワードは教師に向かって怒鳴りつけた。
その教師の手元にあるのは基本的な礼儀作法の教本。10歳程度の子供が学ぶような内容のものであった。
「はあ……何故と聞かれましても、陛下のご命令なのですからわたくしは何とも……」
王太子に怒鳴られようが教師は全く怯まず、むしろ面倒くさそうに返した。
それが余計に気に障ったのか、王太子は両手で机をバンと叩きそのまま椅子から立ち上がる。
「おや、何処へ行かれるおつもりですか? まだ授業は始まったばかりですよ?」
「うるさい! こんな子供が学ぶようなものをやっていられるか!」
「その子供が学ぶような礼儀作法すら身についていないのですから仕方ないのではありませんか?」
「はああ!? この私を侮辱するつもりか!」
「……そうは言いましても、実際身についていないからこうして初歩から学ぶよう陛下が命じられたのです。それに従わないということは陛下の命に背くと言うことですよ? これに加えて財政学も学ばねばなりませんので逃げている暇などありません。お分かり頂けたのでしたら、どうぞお座りになってください」
「くっ……!」
国王の命令と言われたのなら背くわけにもいかず、渋々ながら王太子は再び椅子に座る。彼はここ最近、一度学んだはずの授業を学び直しているのだが、それに納得できずこうして教師に悪態をついているというわけだ。
「よいですか、殿下。紳士たるもの女性には常に優しく、壊れ物を扱うかのように丁寧に対応するものです」
初歩の礼儀について、馬鹿みたいに丁寧に教える教師に王太子は嫌気が差した。
「……そんなことは言われなくとも理解している。今更学ぶ必要がどこにあるというのだ!?」
「……理解していても、実践できねば意味がありません。一番それを実践すべき相手に出来ねば理解していないも同然です」
「一番それをすべき相手だと!? 誰の事を言っている!」
「そんなの婚約者であるグリフォン公爵令嬢の事に決まっているではありませんか? 未来の妻を大切に扱えずして、立派な王になれるとお思いで?」
「あんな恐ろしい女に誰が紳士的な態度などとるか! あんな悪女が妻になるなんて考えただけでも恐ろしい!!」
「……お言葉ですが、グリフォン公爵令嬢を逃したら殿下はもう後がないと理解していらっしゃいますか? それに、恐ろしい女性が妻になるのは嫌だと仰いますけど、恐ろしくないサラマンドラ嬢にも殿下は優しくできなかったではありませんか?」
「い、いや……それは……」
先日アンゼリカからミラージュは無実だと告げられ、王太子は罪悪感に悩まされつつあった。潔白だったミラージュを責め立て、断罪して追い詰めたことを今更ながら後悔している。
「サラマンドラ嬢は無実でしたのに、それを殿下が必要以上に責め立てたのでしょう? お優しいサラマンドラ嬢にすらそれなのですから、少しくらい恐ろしいと感じる女性を妻にした方がよろしいのでしょう」
「は……? ちょっと待て……、どうしてお前がそのことを知っている? ミラージュが無実だったと……」
「え? こんなの今は社交界中で知られておりますよ。ミラージュ様の潔白が証明されたと。……殿下はご存じないのですか?」
「社交界中で知られているだと!?」
あの件が知られていると聞き、王太子は顔面蒼白となった。
ただでさえ婚約者を追い詰めたと白い目で見られているのに、実はそれが間違っていたと知られたら自分の評判は地に落ちてしまう。
「……既に評判は最悪なところまで来ておりますから大丈夫ですよ。殿下に残された道はグリフォン公爵令嬢を丁重に扱う事だけ。見放されでもしたら終わりだと言う事を肝に銘じてくださいね」
教師の冷めた目、冷めた言葉で王太子は理解した。
既に彼は自分を見限っていると。
「……………………っ!!」
王太子は無言のまま再び立ち上がり、逃げるように部屋から出て行った。
残された教師はため息をつきながら教本を片付け、ポツリと呟いた。
「昔はあそこまで酷くなかったのに……。あの男爵令嬢と関わるようになって変わってしまわれた……」
幼い頃から王太子を知る教師は昔を思い出し、嘆いた。
元から少し我儘なところはあれども、あそこまで常識から外れた言動はしなかったのに。やはり非常識な奴と関わると染まってしまうのだな、と再びため息をつく。
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