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自白剤③
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「……あの尻軽女を始末してくれるんじゃないかという期待よ。王妃になるんだったらそれくらい出来るはずでしょう……」
「あら、貴女はその男爵令嬢を始末してほしかったのね?」
「そうよ! あんな他人の婚約者に色目を使うような尻軽女なんて……この世からいなくなってしまえばいいのよ!」
「ふうん……。別にご自分で始末すればよかったのではなくて? わざわざミラージュ様に期待する必要が何処にあるの?」
「そんな……私には無理よ!」
「ご自分で無理なことを人にやらせようとなさったの? 貴女、それは流石にどうかと思うわ」
「だってミラージュ様は公爵令嬢じゃない! 私達のような弱小貴族家じゃ無理なことも公爵家なら出来るはずでしょう!? だったらミラージュ様がやるべきじゃない!」
「まあ、確かに男爵家の庶子程度始末することは可能ですけども……お優しいミラージュ様にそれは酷というものでしょう。それにしても貴女方のやることは中途半端ですね? 始末することを無理だと言う割には男爵令嬢を階段から突き落としたり、誘拐しかけたりと、その気になれば始末できそうなことをしているではありませんか?」
ドレスを破る嫌がらせはともかくとして、階段から突き落とす嫌がらせや誘拐は始末する気満々に思える。
なのに大した怪我も負わせていないし、一体彼女達は何がしたかったのか分からない。
「……別に殺そうとしてあんなことをしたわけじゃないもの。さっきも言ったように、ただあの尻軽女に嫌がらせをしたかっただけよ」
「そう……」
なんとも自分勝手な言い分にアンゼリカはうんざりとした。
王太子も、その側近も、そして彼女達も自分の欲を第一として行動し、平気で他者を傷つける。似た者同士の集まりの中でミラージュだけが異質の存在だったのだろう。
「それでその罪をミラージュ様に擦り付けた、と。先ほどミラージュ様が貴女方を苦しめる目的で嫌がらせを命じていたというのは嘘だったのね?」
「そうよ……! むしろ私達がミラージュ様の苦しむ姿を見たかったのよ! あの時殿下に断罪され、私達にも裏切られたと絶望したあの顔……! 今思い出しても滑稽で笑っちゃうわ! 私達のこと友人だとでも思っていたのかしらね? こっちはずーっと大嫌いだったのに! ちっとも気づきやしないんだもの、鈍いにも程があるわ!」
「ずっと? それってあの男爵令嬢が現れる前からずっと、ということ?」
「そう! 初めて会った時から大嫌いだった……。生まれながらに全てを持っているお姫様特有の、余裕のある優しさが気に入らなかった! 比べられて惨めな気持ちになるのがずーっと嫌だったわ! でも、未来の王妃にそんなこと言えないし、側近の妻になる私達はミラージュ様との親交を絶つことも出来ない! ほんっと……嫌でしょうがなかったわ!」
自白剤の影響で言葉遣いも乱れつつある二人。
アンゼリカは特に気にした様子もなく、ただ一言「ふうん」と呟いた。
(わたくしはミラージュ様の優しいところをとても気に入っているのだけど……人によっては気に入らないと捉えられるのね。そういえば殿下もそんなことを言っていたわ。可哀想なほどミラージュ様という存在は殿下も含めた方々にとって妬みや劣等感を刺激するのね……)
大切な人を貶されてもアンゼリカは怒りを感じたりはしない。
ただ「そういう考えもあるのか」と思うだけだ。
だが目の前の二人は違う。ここまでするほど大切に想っているであろうミラージュを貶されても少しも動じないアンゼリカを不気味に感じた。
「あんた……私達から真相を聞いてどうしたいの?」
「言ったでしょう? ただ“真実”を知りたかっただけですよ。当事者である貴女方の口から直接本当のことを聞きたかった、ただそれだけですよ」
「それだけの為にここまでする!? あんたおかしい! 狂っているわよ! あんたは知らないでしょうけど、自白剤って対象者を廃人にするのよ!? そんな恐ろしい劇薬使うなんて……この人でなし!!」
「まあ……わたくしの話を聞いていなかったの? 言ったでしょう、この自白剤はわたくし特製だと。わたくしが自ら調合した物ですので、対象者を廃人になどさせませんわ」
「へっ……? 自分で調合? 自白剤を……?」
そんなものを自分で調合する貴族令嬢など聞いたことがない、と唖然とする二人。
するとその時だった。二人の体からいきなり力が抜け、椅子から床に転がり落ちた。
「は……? え? え……何? 何でいきなり……?」
自分の体が急におかしくなったことに二人はひどく驚いた。
声は出せるのに体は全く動かない。力を入れようとしても指一つ動かせない状況に困惑し、傍にいるアンゼリカに助けを求めようとしたその時────
「あっ…………!??」
不意に下半身部分に生暖かいものを感じた。
頭すら動かせないからその部分を見ることは出来ない。だが、感触で何となく分かる。これは……
「う、うそ、うそ……!? 何で!? イヤアアアアアッ!!?」
「は……? え? 何で!? 何で! 嘘! やだっ……!!?」
二人のドレスのスカート部分はしとどに濡れ、床には水溜まりが出来ていた。
その水の正体は彼女達の小水。つまり、彼女達は茶席で粗相をしたということだ。
人前でいきなり粗相をしてしまったことに驚き泣き喚く二人。
その様子をアンゼリカとグリフォン公爵家の使用人は冷めた目でただ眺めていた。
「なるほど……つまり、貴女方はミラージュ様を見下していたということですわね?」
目の前で客人が粗相をしたというのに全く動じず、そのことに触れることなく話を続けるアンゼリカ。
そしてそれを当然のように見守っている使用人達。
その異様な光景にパメラとファニイは羞恥も相まって言葉を失ってしまった。
いったい自分の身に何が起きたのか分からない。
だが、アンゼリカの様子から察するにこれも彼女の仕業に違いない、ということだけは分かった。
────信じられない、この女……。ここまでするなんて、狂っている……!
およそ自分達の理解を超えた存在であるということを、二人は今更ながら理解した。そしてそれと同時にこの邸を訪れたことをこの先一生後悔するであろうことも。
ただ、王太子の新しい婚約者が期待できる人間かどうかを見極めたかっただけなのに。どうして自分達がこんな目に遭わなければいけないのだと、二人は羞恥と絶望で涙を流した。
「あら、貴女はその男爵令嬢を始末してほしかったのね?」
「そうよ! あんな他人の婚約者に色目を使うような尻軽女なんて……この世からいなくなってしまえばいいのよ!」
「ふうん……。別にご自分で始末すればよかったのではなくて? わざわざミラージュ様に期待する必要が何処にあるの?」
「そんな……私には無理よ!」
「ご自分で無理なことを人にやらせようとなさったの? 貴女、それは流石にどうかと思うわ」
「だってミラージュ様は公爵令嬢じゃない! 私達のような弱小貴族家じゃ無理なことも公爵家なら出来るはずでしょう!? だったらミラージュ様がやるべきじゃない!」
「まあ、確かに男爵家の庶子程度始末することは可能ですけども……お優しいミラージュ様にそれは酷というものでしょう。それにしても貴女方のやることは中途半端ですね? 始末することを無理だと言う割には男爵令嬢を階段から突き落としたり、誘拐しかけたりと、その気になれば始末できそうなことをしているではありませんか?」
ドレスを破る嫌がらせはともかくとして、階段から突き落とす嫌がらせや誘拐は始末する気満々に思える。
なのに大した怪我も負わせていないし、一体彼女達は何がしたかったのか分からない。
「……別に殺そうとしてあんなことをしたわけじゃないもの。さっきも言ったように、ただあの尻軽女に嫌がらせをしたかっただけよ」
「そう……」
なんとも自分勝手な言い分にアンゼリカはうんざりとした。
王太子も、その側近も、そして彼女達も自分の欲を第一として行動し、平気で他者を傷つける。似た者同士の集まりの中でミラージュだけが異質の存在だったのだろう。
「それでその罪をミラージュ様に擦り付けた、と。先ほどミラージュ様が貴女方を苦しめる目的で嫌がらせを命じていたというのは嘘だったのね?」
「そうよ……! むしろ私達がミラージュ様の苦しむ姿を見たかったのよ! あの時殿下に断罪され、私達にも裏切られたと絶望したあの顔……! 今思い出しても滑稽で笑っちゃうわ! 私達のこと友人だとでも思っていたのかしらね? こっちはずーっと大嫌いだったのに! ちっとも気づきやしないんだもの、鈍いにも程があるわ!」
「ずっと? それってあの男爵令嬢が現れる前からずっと、ということ?」
「そう! 初めて会った時から大嫌いだった……。生まれながらに全てを持っているお姫様特有の、余裕のある優しさが気に入らなかった! 比べられて惨めな気持ちになるのがずーっと嫌だったわ! でも、未来の王妃にそんなこと言えないし、側近の妻になる私達はミラージュ様との親交を絶つことも出来ない! ほんっと……嫌でしょうがなかったわ!」
自白剤の影響で言葉遣いも乱れつつある二人。
アンゼリカは特に気にした様子もなく、ただ一言「ふうん」と呟いた。
(わたくしはミラージュ様の優しいところをとても気に入っているのだけど……人によっては気に入らないと捉えられるのね。そういえば殿下もそんなことを言っていたわ。可哀想なほどミラージュ様という存在は殿下も含めた方々にとって妬みや劣等感を刺激するのね……)
大切な人を貶されてもアンゼリカは怒りを感じたりはしない。
ただ「そういう考えもあるのか」と思うだけだ。
だが目の前の二人は違う。ここまでするほど大切に想っているであろうミラージュを貶されても少しも動じないアンゼリカを不気味に感じた。
「あんた……私達から真相を聞いてどうしたいの?」
「言ったでしょう? ただ“真実”を知りたかっただけですよ。当事者である貴女方の口から直接本当のことを聞きたかった、ただそれだけですよ」
「それだけの為にここまでする!? あんたおかしい! 狂っているわよ! あんたは知らないでしょうけど、自白剤って対象者を廃人にするのよ!? そんな恐ろしい劇薬使うなんて……この人でなし!!」
「まあ……わたくしの話を聞いていなかったの? 言ったでしょう、この自白剤はわたくし特製だと。わたくしが自ら調合した物ですので、対象者を廃人になどさせませんわ」
「へっ……? 自分で調合? 自白剤を……?」
そんなものを自分で調合する貴族令嬢など聞いたことがない、と唖然とする二人。
するとその時だった。二人の体からいきなり力が抜け、椅子から床に転がり落ちた。
「は……? え? え……何? 何でいきなり……?」
自分の体が急におかしくなったことに二人はひどく驚いた。
声は出せるのに体は全く動かない。力を入れようとしても指一つ動かせない状況に困惑し、傍にいるアンゼリカに助けを求めようとしたその時────
「あっ…………!??」
不意に下半身部分に生暖かいものを感じた。
頭すら動かせないからその部分を見ることは出来ない。だが、感触で何となく分かる。これは……
「う、うそ、うそ……!? 何で!? イヤアアアアアッ!!?」
「は……? え? 何で!? 何で! 嘘! やだっ……!!?」
二人のドレスのスカート部分はしとどに濡れ、床には水溜まりが出来ていた。
その水の正体は彼女達の小水。つまり、彼女達は茶席で粗相をしたということだ。
人前でいきなり粗相をしてしまったことに驚き泣き喚く二人。
その様子をアンゼリカとグリフォン公爵家の使用人は冷めた目でただ眺めていた。
「なるほど……つまり、貴女方はミラージュ様を見下していたということですわね?」
目の前で客人が粗相をしたというのに全く動じず、そのことに触れることなく話を続けるアンゼリカ。
そしてそれを当然のように見守っている使用人達。
その異様な光景にパメラとファニイは羞恥も相まって言葉を失ってしまった。
いったい自分の身に何が起きたのか分からない。
だが、アンゼリカの様子から察するにこれも彼女の仕業に違いない、ということだけは分かった。
────信じられない、この女……。ここまでするなんて、狂っている……!
およそ自分達の理解を超えた存在であるということを、二人は今更ながら理解した。そしてそれと同時にこの邸を訪れたことをこの先一生後悔するであろうことも。
ただ、王太子の新しい婚約者が期待できる人間かどうかを見極めたかっただけなのに。どうして自分達がこんな目に遭わなければいけないのだと、二人は羞恥と絶望で涙を流した。
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